第36話「牛人退治」

「その『アリアドネの毛糸』の効力はな……」


 一瞬、嘘を教えようかと思った。

 アリアドネの毛糸の能力は、大量のマナを使うことで一度足を踏み入れた場所なら、ダンジョンのどこへでも転移ワープできることだ。


 もしここで、地上にしか戻れないと教えればそのような効果しか発揮できない。

 俺だけがアドバンテージを得ることになる。


「どうしたの、ワタルくん」

「いや、その毛糸の効力は大量のマナを消費することで、一度足を踏み入れた場所ならどこへでも転移ワープできることだ」


 だが止めておく。

 久美子達は、みんな一級のプレイヤーだ。ここで制限することでろくでもないことになりそうな予感もする。


 久美子達が上のアホどもの世話をせっせと焼いてくれれば。

 俺に面倒がかかることはない。


 実力面でいえば、俺がさらに強くなって引き離せば良いだけのことだ。

 亜麻色の光沢がある『アリアドネの毛糸』を眺めながら、俺はそう考えた。


「へー、凄いアイテムね。でもマナを大量消費するんじゃ、チビウサギや木崎さんは使えないわね。私のマナでギリギリぐらい」

「うーん、久美子のマナでも分からんな。ただ宝石を補助に使えばいいんだ。確かアリアドネの毛糸は、魔術師系の扱いだったからダイヤモンドかルビーの欠片が五つもあれば一回は飛べる計算だ。集団パーティーで使う場合、マナの多い奴が肩代わりしてやるって手もある」


「じゃあ、ワタシも使えるんデスね」

「アタシも貰っていいの?」


 渡してやると、木崎は遠慮していた。

 何の因果か人数分あったのだし、ここで惜しむほど俺はケチではない。


「もちろん、木崎にもやる。使っても目減りしないから、二つあってもしょうがないアイテムだ」

「そっか、ありがとう。真城には、借りが増えるばかりだ……」


 いや、そんなことはないんだよ。

 俺が熟練しているのは一人プレイだ。例えば、集団パーティーでアリアドネの毛糸を一人だけが持っていて、集団パーティー全体を移動できるかなどの条件がいまいち分からない。


 木崎がどう使うか知ったことではないが。

 どうせなら各所で活用してくれれば実証結果のデータも溜まっていく。


「まっ、気にするな」


 まだ気にしているのか、微苦笑している木崎の肩を軽く叩くと、俺は先に歩を進めた。


 あとは、地下十階まで行って、昇降機エレベーターに乗せてコイツらを上に送るだけだ。

 そう思うと気が楽になる。


     ※


 迷路以外は、たいした障害もなくボスの門まで来た。

 ピカピカと黄金色に光っている門だ。黄金にしては光沢がシックなので真鍮だと思うが、牛がデザインされていてデザインが凝っている。


 黒の騎士ブラック・デスナイト事件で狂ってしまった勘も戻りつつある。

 腕を組んで、デカい門の飾りを見上げて楽しむぐらいの余裕がある。


「お前ら、ここのボスのミノタウロスは、俺が一人で殺らせてもらうぞ」

「でも……」


 久美子がすかさず抗弁してくる。

 予想していたので、説得できる材料は用意してある。


「俺が地下八階でウッサー、一人でやらせたのには意味がある。よく考えろ、まだ黒の騎士ブラック・デスナイトが四体残ってるんだぞ。もしアイツらが逃げずに、俺達を殺すタイミングを図っているなら、どのタイミングがいい」

「あっ!」


「そうだろ。俺なら、ボスと対決したときに後ろから襲う。お前らには、もしものときに俺の後ろを守ってくれとそう言ってるんだ」

「分かったわ……」


 まあ、俺はその可能性は低いと踏んでる。久美子を説得するための理由付けにすぎない。

 待ち伏せなら、地下八階のときでも良かったはずだ。地下九階で攻めてくる特別な理由は無い。


 それなりに急いでもいる俺達が黒の騎士ブラック・デスナイトどもに追いつけないということは、相手も全力で逃げている。


 もっと下にもっと待ち伏せする良い手があるのか。

 あるいは、別の理由があるのか。さっさと来てくれれば良いのに、見えない敵のほうが恐ろしい。


「じゃあ、分かったら行くぞ!」


 どんな強敵が来ようと、俺がやることは変わらない。

 俺は、手に力を込めて俺達の身の丈を遥かに超える大きな門を開いた。


 ミノタウロスの部屋は、天井が高くなっている。

 そこに、身の丈三メートルはあろうかという巨大な牛の顔をした巨人が存在した。手には巨大な真鍮の双頭斧を持っているが、それがオモチャに見えるぐらいデカいモンスターだ。


 なるほど。こんなにデカイんじゃ、天井を高くしないと頭が付いちまうからな。

 ダンジョンで生きるには、不便な生物だよなあ。


「ウゴオオオオオオオオ」


 俺達を見て、濁った眼を光らせて咆哮を上げる。

 ゆっくりと『孤絶ソリチュード』を引き抜いて、対峙する。


「おい、牛はモーと鳴くんじゃないのか」


 ミノタウロスは小山ほどある肩の筋肉を盛り上がらせて、俺に向かって思いっきり巨大な両刃斧を振るった。

 強大な斧が、地面に叩きつけられた衝撃でギリリリイッと嫌な音がなって盛大な火花が散った。


 あの巨体から繰り出される膂力と斧の重量を考えれば、当たればただの人間では、ひとたまりもないだろうな。

 まあ、当たればの話だ。


 俺から見れば動きは遅い。まさに鈍牛だな。

 なんなく避けたが、その後に身体にビリっと電気が走った。


「ああっ? おっとそうだったな」


 どういう原理か知らないが、こいつの真鍮の双頭斧は振るうたびに、稲妻の魔法が飛ぶのである。

 避けきれずにかすってしまったが、威力は下級ってところで『減術師の外套ディミニッシュマント』を着ている俺には大して脅威でもない。


「これが地下九階のボスか、虚仮威しもいいとこ」


 ミノタウロスは、デカい斧を振り上げて、振り下ろす。

 そのタイミングで、稲妻の魔法を飛ばしてくる。


「ウガアアアアア」

「言葉も、通じないか」


 バカの一つ覚え。単調な斧の振り下ろしをかわしてると、闘牛をやっている気分になる。

 もしかしたら、牢獄にアリアドネ姫が居なかった理由がここで語られるのかとも思ったが拍子抜けだ。


 頭を切り替えて、さっさと終わらせてしまうことにする。

 普通に殺してはあまりにつまらないので、俺は練習中の魔闘術を試すことにした。


熱量ラー イア 電光ディン!」


 俺は魔闘術で、足にマナの力を溜めると右足のかかとから解放し、硬い石の床を蹴って一気に跳び上がった。

 ミノタウロスは大きな双頭斧を振るうが、俺の動きについてこれない。稲妻の魔法もあさっての方角に飛ぶ。


「ふんっ!」


 そのまま、左足で高い天井の壁を蹴る。同時に左足の魔闘の力を解放して、反動でさらに勢いを増してミノタウロスの首元に跳躍した。


 サムライブラストの白い軌跡エフェクトが、中空にスッと走る。

 『孤絶ソリチュード』の長い刃は、吸い込まれるように牛の首を両断した。


 ズルっと牛の首が落ちて、一瞬遅れて首の断面からバシュッと派手な鮮血が辺り一面に飛び散った。

 牛男でも、血は赤いか。


「つまらないものを斬った」


 俺が着地して、『孤絶ソリチュード』の刃の血を拭いて鞘に仕舞うところで、ゆっくりとミノタウロスの巨体が崩れ落ちた。

 激しく粉塵が舞う。部屋の真鍮製の飾り付けは豪奢で美しいのに、この部屋はホコリが酷い。


「真城、あんなデカブツを一撃で倒したのか!」

「まあ見りゃ分かるだろ」


 木崎は、驚愕に肩を震わせて「三角斬りだったか?」とか言ってくる。

 おいおい止めろ。人に適当に付けた技名を言われると、なんか恥ずかしくなってくる。


 だいたい、こんな雑魚ざこを殺ってオーバーリアクションで褒められても嬉しくないしな。


「さすがワタルくんね」

「さすがデス」


 久美子とウッサーは、後ろの扉を警戒しながらも平然としている。

 動きを見ただけで、俺とミノタウロスの実力差を分かっていたから心配していなかったのだろう。


 地下八階のツァラトゥストラに比べて、地下九階のミノタウロスが雑魚だったのはなぜだろう。

 鍛錬の違いか。ツァラトゥストラが、自らを鍛え続けたのに比べて、牛頭のミノタウロスは何もやっていなかったに違いない。


 通常のランクでいえば、ここらあたりの階層のボスはもう俺にとっては雑魚だ。

 つまり脅威になるのは、戦法を工夫したり自らを高めることが出来る知能がある敵ということになる。


 階層を下れば下るほど、知能のある敵は増えるからここから先はより厳しくなるということか。

 俺は、黄金色に光り輝くミノタウロスの双頭斧を拾い上げる。


「やはり真鍮製か。なかなか良く出来た武器ではあるが」


 ミノタウロスが巨大な双頭斧を持っているのは、いわれのないことではない。

 両刃斧は、ミノア文明と密接に関係しており、生贄の儀式で使われていたそうだ。生贄にされたのは雄牛であり、ミノタウロスが双頭斧を持って人を襲うのはまさに復讐と言えるかもしれない。


 振るうたびに飛ぶ稲妻の魔法のいわれはなんだろうな。ギリシャ神話の主神ゼウスが雷を落とすのに使う道具が、双頭斧で描かれることもあるのでその辺りか。

 主神の雷にしては威力が弱すぎるが、こんな武器でも雑魚相手であれば使い物にもなるだろう。


 こんな重たい武器を俺が持っててもしょうがないので、戦闘スタイルに合っている木崎に渡してやった。


「この斧はお前にやる」

「良いのか、ただでさえ真城には……」


 俺は、もう口癖になりつつある木崎の言葉を手で止める。

 いちいち言わなくていい。


「こんなの恩を感じることはないぞ。俺が持っててもしょうがないからやるだけだ。お前が少しは役に立つようになれば、結果として俺も助かるわけだしな」

「うん、分かった」


「分かったら、さっさともらっとけ。これは結構重いぞ」

「ありがとう、アタシは重い武器のほうが良いんだ。大事に使わせてもらう」


 木崎は、ミノタウロスの双頭斧に武器を持ち替えて誇らしげに構えた。

 嬉しそうなのはいいけど、それは不用意に振るうなよ。その度に稲妻の魔法が飛ぶから。


「さてと、宝箱はどうだ」

「扉の鍵の外は、金貨と宝石ばっかりね……」


 宝箱のほうは外れか。

 まあ、モンスターも少なかったし、これから『アリアドネの毛糸』を運用して行くことを考えると宝石が多いのに越したことはない。


 俺達は、宝箱に入っていた『ミノタウロスの鍵』を使ってついに折り返し地点、地下十階へと歩を進めた。

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