第37話「ストーンゴーレム」

 地下十階、奈落タルタロス

 ジェノサイド・リアリティーの折り返し地点に当たる階層で、他の階層とは空気が違う。


 この階層に派手な演出はない。明かりで照らすと見える黒い壁の通路は全体的にゴツゴツとしていて、廃坑に迷い込んだような気にさせられる。

 他の閉鎖的な他の階層と空気が違うと感じたのは、ヒューと湿った冷たい風が駆け抜けたからだ。


 どこから流れこんでくる風か、地下一階と大穴で通じているので、そこから空気の循環があるのかもしれない。

 不吉な予感を感じさせる嫌な風、地獄へと続く洞穴。その向こう側から、重たい足音が響いてきた。


「出てきたな」

「あれは何、ワタルくん?」


 侵入者である俺達を、大きな人型の黒い岩の塊が出迎える。

 とりあえず二体、まだ誰も足を踏み入れていないはずなので、先の広場にはこいつらが大量に詰まっているはずだ。


「ストーンゴーレムだよ。岩石で出来たモンスターだな。動きは遅いし、殴りかかってくるだけだが、とにかく硬いから重い打撃じゃないと通らない」

「私には、不向きな敵ってことね」


 そうだな、よく分かっている。久美子の細い忍刀では刃が悪くなってしまうし、ダメージの通りも悪いだろう。素手で殴ったほうが、良いぐらいだ。

 打撃系の攻撃が有効な敵なのだから、まずウッサーと木崎晶に任せてみるのも一興か。


「アタシの出番がついに来たんだな!」

「おー、張り切ってるな木崎。まあ、怪我しないように気を付けて頑張れ」


 奈落タルタロスの壁と同じような黒くて固い岩石で出来ているゴーレム。

 理論上はどんな攻撃でも通るが、やたら表面が硬くヘルスポイントがバカ高い。


「うわあああっ!」


 木崎は、裂帛の叫びを上げながら双頭斧を大きく振り上げて勇躍した。

 当たれば威力の大きい斧を使う木崎が、ようやく活躍できる場面がやってきたわけだ。張り切るのも無理はない。


 ガチンッと硬質な音が鳴り響いた。


「硬ってえっ!」


 真鍮の双頭斧を振り下ろした木崎の一激で火花が散り、ほんの少しだけストーンゴーレムの黒い表面が削れた。

 それで手がしびれたのか、木崎は顔を顰めている。


 身の丈ほどもある大斧を専門武器に使い続けてきた木崎のフルスイングは、そう弱いものではない。

 しかし、それでも刃が通らなかったのだ。


「ほら、ボサッとしてんなよ!」


 動きを止めてしまった木崎の腕を引っ張り戻して、俺は殴りかかってくるストーンゴーレムの重たい拳を、孤絶ソリチュードの刃で受け止めた。

 普通の野太刀なら折れてしまうだろうが、孤高の刃は決して折れも曲がりもしない。


「ごめん、真城!」

「手がしびれたぐらいで動きを止めてるなよ。殺る気がねえなら、下がってろ!」


 俺は孤絶ソリチュードを振るって、ストーンゴーレムを押し返した。

 確かに硬い敵だ。何度斬りつけても、重たい手応えが残るだけで、まるで攻撃が効いている感じがしない。大型のダンブカーを殴っているような、どうしようもない徒労感。


 ゴーレムが無造作に振るってくる重たい石の拳を刀で押し返すだけで、腕の筋は痛み、骨は軋み、野太刀を握る手がしびれる。

 それでも、痛みに耐えて振るい続けなきゃ倒せない。


「真城変わってくれ、アタシ殺る!」

「そうか、じゃあ命がけ殺れよ! 回復ポーションがあるから手が潰れても治せばいいんだ。自分の腕なんか、かばってんじゃねえぞ!」


 俺の怒声に気合の声で答えて、木崎はまた双頭斧を振るって戦いに身を投じた。

 ふと横を見ると、もう一体の相手をしているウッサーも苦い顔していた。


「確かに、硬い敵デスね」

「ウッサーでもキツイか」


 ウッサーは敵のパンチを避けずにあえて正面から受け止めながら、ガッツンガッツン蹴ったり殴ったりして素早く攻撃を続けているが。

 ウッサーの怪力でも、一撃で砕くというわけにはいかないようだ。


 まだ魔闘術は使っていないので全力ってわけでもないだろうが、それでもウッサーの連続攻撃を耐え切れるだけの堅さをストーンゴーレムは持っているということだ。

 まあ、最初の二体はとりあえず木崎とウッサーに任せる。


 こういう硬い敵は、練習台にはちょうど良いのだ。

 木崎にしたって、ストーンゴーレムとまともにタイマン張れないようでは、この先使い物にならない。


「うああああっ!」


 木崎は、硬いストーンゴーレムを斧で叩くたびに悲痛な声を上げている。

 叫びたくなる気持ちは分かる。叩いても叩いても、ゴーレムを倒せないので壁を殴っているような気分なのだろう。


 殴っても壁はびくともしないで、自分の拳だけが潰れていくどうしようもなさ。

 だがそれこそが修行だ。手の皮がめくれて血が滲んでも、繰り返し叩き続けることで肉体的にだけではなく精神的にもタフになる。


 そうならなきゃ、この先を生き残れない。

 女には、酷かもしれない。でもそんな甘えを、ジェノサイド・リアリティーは許さないだろう。


 戦場に立つ以上、敵より強くなければ死ぬ。

 女でも関係ない。久美子も、ウッサーも、文句ひとつ言わず戦い続けているのだ。


 ウッサーがついに、拳の力だけでストーンゴーレムの両腕を粉砕した。


「ハッ!」


 高らかに、連続の跳び蹴りを喰らわせてストーンゴーレムの頭と胴を打ち抜いて破壊した。

 足だけになったゴーレムは力尽きたように、その場に倒れる。


「胴体か、頭がやられれば死ぬってとこか」


 ウッサーが敵を潰すのは速すぎて、どっちが弱点か見えなかった。


「そっちも手伝いマスか」

「いや待てウッサー、木崎一人に殺らせろ」


 俺の言葉に、木崎は「オスッ!」と掛け声をかけて、デカい斧を振るい続ける。

 そうだ、諦めず戦い続けろ。斧を振るうたびに飛ぶ、稲妻の魔法のダメージもストーンゴーレムには確実に蓄積されている。


 木崎が斧を握る手からは血が滲み、肩で息をしてるがそれでも諦めずに獣のような唸り声を上げながら、ガチッガチッとストーンゴーレムに向かって斧を振り回し続けた。

 何十回目かの斧の斬撃で、ストーンゴーレムの額が割れた。


 その瞬間、ストーンゴーレムの動きが止まった。

 次の斧のフルスイングがぶつかった衝撃で、仰向けにズシンと倒れて動かなくなった。


「たっ、倒せた……」

「木崎、ご苦労だった。おかげでゴーレムの弱点が見えた。動きが止まったのは、頭の額が削れたときだった。ゴーレムは魔法の刻印があって、そこを削ると動かなくなるって伝説があったはずだ。おそらく、気が付かない程度に小さく刻印が入っている位置が額なんだろう。その辺りが弱点に違いない」


「やけに、説明的デスね」

「格闘漫画の解説役みたいなセリフね」


 うるせえよ。

 待ってるのが暇だったから、解説役ぐらいしかやることねえだろ。


「アタシ、真城の役に立ったよな」

「ああ、よく頑張った」


 ふざけている久美子や、ウッサーに比べれば。

 一人でストーンゴーレムを殺れたことに目を輝かせている木崎は、まだ可愛げがある。


「ほら、手から血が出てるだろ。回復ポーション作ったから飲めよ」

「ありがとう……」


 木崎は、俺が渡したフラスコの青い液体を飲み干す。

 そして、空フラスコを返してからジッと自分の掌を見ていた。


「手がどうしたんだ。怪我は治っただろ」

「いや、アタシの手がますますガチガチになっちゃったなって」


「ん、そうでもないように見えるけど。皮が厚くなって硬くなったなら、次からは怪我をしないで済むからいいだろ」


 俺が木崎の掌に触れて、硬くなったという皮の感触を確かめるとバッと手を外された。

 ああそうか、木崎でも一応女子だしな。馴れ馴れしすぎたか。


「真城は……いやいい」

「んだよ、煮え切らねえな。言いたいことがあるなら言えよ」


「いや、本当にいい。次からはもっと上手く戦えるなら、アタシも少しは役に立つだろう」

「そうだな。手の皮が剥けて硬くなるのは俺も経験がある。まあ、気になるのは分かるよ。お前も、女の子だからなあ」


 俺も、木崎の言ってることが分からないわけじゃない。

 手がゴツゴツとしていくのは、女子としては気になるって言いたいんだろう。


「真城は、なんでいっつもそういうこと言うんだよ!」

「なんで赤くなってるんだよ、なんか俺が悪いことを言ったか」


 俺は、木崎を恥ずかしがらせるようなことを言っただろうか。

 まあ、女子の気持ちなんか俺は分からんからな。


「もういいよ!」

「良いんならいいけど、お前の掌は、戦士の手なんだから誇りに思えよ」


 戦士として誇りを持てとか、女子に何言ってる話になるんだろうが。

 ここは、そうなるしか生き残る術がない場所だ。


「旦那様、ワタシも戦士の手デスよ。握ってくださいデス」

「ほいほい」


 ウッサーが手を差し出してくるので握ってやった。なんでウッサーの手は岩を砕く拳なのに、小さくてツヤツヤしてんだよ。

 白磁のように透き通っていて、指を絡めると吸い付くような感じがする。少女らしい華奢な指だ。


 殴るときだけ硬化するのだろうか。

 ラビッタラビット族の身体は一体どうなってるんだ。不思議生物め。


「不思議生物じゃないデスよ」

「声に出てたか?」


 出てないけど、眼を見ればだいたい俺が何を考えてるか分かるそうだ。

 やっぱりウッサーは、不思議生物だな。


「まあいい。遊んでないで先に進むぞ」

「し、真城! あれ!」


 奥の通路から、ゾロゾロとストーンゴーレムの集団がやってきた。

 木崎が声を震わせるのも無理はないか。一体でも、あれほど時間がかかったのだから。大量にやってくれば、うんざりもするだろう。


「今度は俺に任せろ。弱点さえ見えれば、こんな連中はなっ!」


 俺は、駆け込むと孤絶ソリチュードの刃の先で、ストーンゴーレムの額をチュンッと削った。

 ドスンと音を立てて、倒れた先頭のストーンゴーレムは一体ではなく、二体。


「久美子、殺ったな」

「弱点さえ分かれば、でしょ!」


 久美子の投げたクナイは、ストーンゴーレムの額の刻印を的確に削っていた。

 あれほどの硬さを誇った敵も、弱点が露わになればあっけない。


「良し、どんどん行くぞ!」

「行くデス!」


 通路の奥にひしめいていたストーンゴーレムの群れは十体を軽く超えていたが、額の刻印という弱点がすでに割れているので、物の数ではない。

 瞬く間に、次々と倒されていきストーンゴーレムの溜まっていた広場は、巨大な石の塊が転がるだけの空間と化した。


 ストーンゴーレムの群れをを倒したことで出現した宝箱を開けて、久美子が苦笑する。


「でっかい石の棍棒とか、石の斧とか。どうしようもないわよね」

「そこまで威力が弱いわけじゃないんだけど。ストーンゴーレムから出る武器は、とにかく重すぎて使い物にならない。俺達には無用の長物だ」


「じゃあ、金貨と宝石だけもらっていきましょう」

「でも重いだけの武器に、まったく使い道もないわけじゃないぞ」


 俺はずっしりと重い石の棍棒を拾い上げて、思いっきり前に向かって投げつけた。


「何のつもり」

「こうやって、投げて握力を鍛えるんだよ。軽業師の投擲とうてきスキルは、重ければ重いほど経験値が上がるからな」


 スタミナがその分減るんだが、そこはスタミナポーションで回復しながら進めばいい。

 軽業師ランクを上げるのに、俺達は競うように重たい石の棍棒や斧を投げ続けながら暗い岩石の通路を進んだ。

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