第38話「昇降機」

 この階層も、用事があるので最短距離でボスのところには行かない。

 逃がしてしまった黒の騎士ブラック・デスナイト四体に追いつくという当初の目的はもう時間的に無理であるので、もう焦ってはいない。


 どこかで待ち伏せているのか、そうでなければもう元いた地下十四階層あたりまで逃げてしまったのだろう。

 黒の騎士ブラック・デスナイトとの戦いは長くなるなと覚悟するしかない。


 実を言うと、この地下十階層のボスも黒の騎士ブラック・デスナイトであるのだ。

 だから、もしかしたらそこで待ち伏せていて、一気に黒の騎士ブラック・デスナイト五体とのボス戦が始まるなんてことも、考慮にはいれている。


 それよりもう少し行けば、地下一階から地下十階までを繋ぐ昇降機エレベーターのある場所に着くはず。

 壁に隠れている隠しスイッチを押すと、昇降機エレベーターが稼働し始めて、各階層に行けるようになるので移動が楽になるという便利な施設である。


 ここのボス戦のことを久美子達には話さない。

 こいつらは、その昇降機エレベーターを使って地下一階へと送り返す予定なのだから。


「そう言えば、あいつらはどうなったかな」


 すっかり忘れていたが、金髪ロン毛の加藤とかいう男子生徒達だったか。

 この奈落タルタロスまで続く、大きな落とし穴に落したことを思い出した。


「ワタルくん、あいつらって誰?」

「ああ、なんか地下一階からここに続く落とし穴があるだろう。八人ばかりだったかな、俺を襲ってきた奴らがいたからここに落したんだ」


「そんなことがあったの。まあ、だいぶ時間が経ってるから死んでるわよね」

「そうだなストーンゴーレムに遭遇しただけでも、死ぬと思う」


 ストーンゴーレムだけが相手なら、動きが鈍いから逃げ切れる可能性はあるが、ずっと逃げ続けているというわけにもいくまい。

 いずれどこかの隅に追いやられて殴り殺されて死ぬってところだろう。


「ねえ、あれじゃないの」

「ああそうだな、あれだな」


 行き止まりになっている角に、鉄製の武器や防具が転がっている。

 一定時間が経つと死体はスカベンジャースライムに喰われてしまうので、装備だけが残るのだ。きちんと、八人分の装備と防具とリュックサックが転がっていた。


 空フラスコとか、ここで拾っとくかと一瞬思ったけどやっぱ止めておく。

 なんか呪われそうだしな。


「誰か一人ぐらい生き残ってたら良かったのだけど、これじゃあ無理みたいね」

「どうやら、ここの行き止まりに追い込まれて全滅ってところか」


 実は、誰か一人ぐらい生きていて俺に復讐戦を挑んでくる展開だったら面白かったのに。

 そのような期待もほんの少しだけしていたのだが。


 俺は、ゴツゴツとした壁の隙間を探ると奥にあるボタンを押す。

 カチッと乾いた音がして、ガガガガッと重たい岩の壁が左右に割れると、メタリックな金属扉が出現する。


 ガランガランと、昇降機エレベーターのボックスが上から到着して、チーンと軽い鈴の音がなってくすんだ銀色の扉が開いた。

 ちょっとレトロな感じだが、ちゃんと各階層を繋ぐ昇降機エレベーターとして機能する。


「これが、地下一階までを繋ぐ昇降機エレベーターだ」

「こんな便利なものがあったのね」


 そうなのだ。皮肉なことに、加藤達が追い詰められた行き止まりが、まさに昇降機エレベーターの隠しスイッチがある場所だったのだ。

 奈落タルタロスの穴に落ちたすぐ近くのポイントに脱出口はきちんと存在するのだ。


 だから、俺は加藤を落とすときに初心者ニュービーだって助かったケースがあること。

 周囲をよく探索すれば助かる可能性もあると教えてやったのに、与えたヒントを生かせなかったということなのだろう。


 困難を前にしても、最後まで生き汚く足掻いてみせれば生き残れたかもしれないのに。

 不良を気取ってみせても、所詮はこのジェノサイド・リアリティーで生き残る力のない坊ちゃんどもだったってことなんだろう。


「まあ悪く思うな、成仏しろよ加藤」


 道具の散乱の仕方からみて、パニック状態だったのだろうと見受けられる。

 地下一階をうろつくランクの奴らが、地下十階に落とされてまともな精神を保てというのが無理なことなのかもしれない。


「真城これ……」

「ああ、なんかキモいな」


 黒い壁に、濁った染みのあと。人の上半身の形を残している。

 強く壁に叩きつけられて、ズルッと死体を引きずったあとだ、腐りかけた肉片が壁と床にこびりついている。


 どんな酷い殺され方をしたのか。そんなことは、想像しないほうがいい。

 加藤達の死体は、スカベンジャースライムに食われて全部綺麗になったのではないのかと少し疑問に思った。


 あるいは、この階層に限ってはスライムも生息していないのかもしれない。すると、死体は他のモンスターに喰われたか。

 木崎は斧を下ろして、壁に向かって手をあわせていた。


「ワタルくんを襲った相手なんでしょう。当然の報いじゃないかしら」

「旦那様が殺ってなかったら、ワタシがやってたデスよ」


 久美子達は、そんなことを言っていた。

 元々、弱肉強食社会に生きてきたウッサーはともかく、久美子もそうとうスレてきてるな。


「さてと、じゃあお前らは昇降機エレベーターに乗って地上に帰れ」

「嫌よ!」「嫌デスよ」


 こういうときだけ仲良く、久美子とウッサーが声を合わせる。

 俺は深く溜息を吐く。まあ、予想していた流れだ。木崎はどうだろうと見ると、なぜか悲しそうに俯いている。


「帰ろうと思えば、『アリアドネの毛糸』を使っていつでも帰れるとは言えるが。せっかく切りのいいところまで来たんだから、ここらが良い区切りだと思わんか」

「ワタルくんが帰るなら、一緒に帰ってもいいわ」


 まあ、そう来るだろうなあ。

 一緒に帰る素振りをして、また『アリアドネの毛糸』を使って地下十階に来れば良いのだが、それだとまた久美子達も一緒の行動を取ってイタチごっこになる。


「もうフラスコも食料も心もとない。だが、俺はここが良い区切りだとは思ってない。実を言えば、地下十階のボスは他ならぬ黒の騎士ブラック・デスナイトだ」


 俺がそう知らせると、みんなに緊張が走る。

 仲間を失ったあの死闘は、記憶に新しいところだからな。


「どうなのかは行ってみないと分からないが、ここで決着が付く可能性もある」

「だからワタルくんは、私達を安全な場所に逃したいってことを言いたいのね」


 そう言ってるつもりはないぞ。お前らの危険など知ったことか。

 ただボスの部屋で待ち伏せされていて、黒の騎士ブラック・デスナイトが一気に五体ともなれば、一人のほうが身軽だと思っただけだ。


 俺がそう言わなくても、言いたいことを顔色で察したのか久美子も溜息を吐いた。

 ウッサーはやれやれって顔で笑っている。なんだよ。


「そこが区切りと言うなら、アタシは最後まで行きたい」

「木崎」


 お前までか。

 木崎は、悲壮な覚悟を滲ませた目で、俺を睨みつけるようにして語る。


「真城に恩義を返したいという気持ちはある。足手まといになるかもしれないってことも分かっている。だがそれよりアタシは、やっぱり仲間を殺った敵を倒さないと気が済まない。せめて、そのために何か出来ることをやりたい」

「はぁ、しょうがねえな。じゃあ、地下十階までな」


 俺がそう言うと、木崎は健康そうな白い歯を見せた。

 こんな地の底で、爽やかに笑うものだ。茶褐色の瞳をキラキラと輝かせている。大事な決戦を前に、子守まで引き受けるとは俺も焼きが回ったな。


 などとフザケてる場合でもあるまい。だが、ここから先は冗談では済まない。

 木崎は多少はやれるようになったが、それでも黒の騎士ブラック・デスナイトが相手ではまだ力不足だ。


 俺の判断が、この女達を殺すかもしれない。自分の命が危なくなれば、利己主義者の俺は迷うこと無く自分の生存を優先する。

 俺は最後まで生き残る。だったら、連れて行く選択肢は木崎や、久美子や、ウッサーが死ぬところを見るかもしれないということだ。


「ここから先は、危険水域に足を踏み入れることになる。付いてくるなら、死ぬ覚悟をして来るがいい。いざというときは、分かってるな」

「ええ、『アリアドネの毛糸』を緊急脱出装置として使えってことでしょう。ワタルくんの足手まといにならないように、撤退判断は私がするわ」


 俺は死ぬ覚悟をしろって言ったんだけど、まあ良い。

 久美子の言うことも正しいからな。ビビって逃げてくれれば、それが一番やりやすいというものだ。


「じゃあ、『アリアドネの毛糸』の使い方を教えておくからいつでも使えるように訓練しておけ。特に久美子、お前の冷静さには期待してる」

「私がワタルくんの期待に応えられなかったことがあったかしら」


 さあな……。

 期待してないことを散々やられた覚えはあるが。


「あっ、あと使うときになるべく街にダイレクトで飛ぶようにせず、ワンクッション置けよ。そうだな、地下一階の安全な地帯に飛ぶようにしたほうがいい」

「それはどうして?」


「考えれば分かるだろう、他人に持ってない力を見せびらかすと面倒事が起こりやすくなる。お前らはお前らの考えで勝手にすればいいが、俺までトラブルに巻き込まれるのは厄介だ」

「ワタルくんらしいわね」


 久美子は、そう苦笑して頷いた。

 何が俺らしいのか分からん。つまらん奴がつまらんことを知ると、トラブルにしかならないと言いたいだけだ。なるべく情報を秘匿するのは、当たり前ではないか。


「ねえワタルくん、この毛糸の使い方なんだけど」

「なんだ、んんっ……」


 俺が、久美子の差し出した毛糸に眼を取られた隙に、口付けされた。

 艶やかな久美子の唇が、やけにシットリと吸いつくのを感じた。


「うふっ」

「……久美子、何のつもりだよ」


 俺がそう聞くと、久美子は「死ぬ覚悟をしろって言ったでしょう。これが私の覚悟よ」と言った。

 相変わらずこの女の言うことは、訳がわからない。


 俺が憮然とした顔で突立って居るとウッサーもやってきた。


「貧乳の言うことを認めるのは、あまり釈然としないんデスが。ワタシも一緒の気持ちデスよ」

「お前ら、どう言うことだよ」


 言いたいことはちゃんと口で伝えろよ。いや、キスしろって意味じゃなくて……。

 女同士だけで通じあって、俺だけが何も分かってないみたいな空気出すのを止めろ。


「じゃあ、ワタシもキスして良いなら教えマスよ」

「分かったから教えろ」


 ウッサーも、俺に接吻する。いつもの激しい迫り方ではなかったが、優しくてそれでいて吸い付くような触れ方だった。

 一体、これで何を分かれっていうんだ。何の儀式だよ。


「旦那様、あなたのためなら死んでも良いって言うことデス」

「あ……」


 俺は絶句した。

 こいつら、信じられない。よくそんな恥ずかしいことが真顔で言えるな!


「旦那様も、そんな顔をすることがあるんデスね」

「はぁ……クソッ。もういい! じゃあボスの部屋に向かって進む。警戒を怠るな」


「行きましょう」「はいデス!」


 二人の威勢のいい返事を聞いて、駆け出した俺は覚悟なんて言うべきではなかったかと後悔した。

 縁起が悪い。死亡フラグを立てるってやつか。


 ストーンゴーレムのあとはスケルトン。

 地下十階だ。それなりに、良い鎧を装備して鋼の盾や剣まで持っているが、雑魚敵には違いない。


「真城、アタシがやる!」


 木崎が勇躍して斧を振るうたびに、ガシャンと音を立ててスケルトンの身体が粉々に砕けた。

 やはり、この程度の敵ならもう敵ではないな。


 久美子が宝箱を開けるが、どうせ大したものは入っていないだろう。金貨と宝石が少しか。

 さっさと進もうとすると、木崎が叩き崩した骨の塊と落ちてる武具を見ている。


「何やってるんだ」

「なあ真城、呪いがかかってる防具があるって言ったよな」


 なるほど、たいした武具ではないと思ったが。

 そう意味で見てたのか。


「いや、こういう雑魚が持ってる普通の武具にはかかってない。地下十階以降がヤバイってのは確かだけど、まあ呪いがかかってるやつは見れば分かるように曰くありげなおどろおどろしいデザインになっている。あとは色で判断かな。黒っぽいのとか、黄色っぽいのとか、赤いのとかは危険色だ」


「なんだか、キノコみたいね」


 宝箱を漁り終えた久美子が混ぜっかえしてくる。


「まあ、その毒キノコの見分けかたは間違ってるんだけどなっ!」


 新たに出現した、スケルトン達を俺は一刀のもとに叩き崩した。

 硬いストーンゴーレムに比べれば楽勝だが、とにかく数が多い。


 それなりに苦労させながら、地下十階のボスの部屋の前まで来た。

 ここで敵が待ち伏せしているかもしれないと考えれば、俺達はその辺りを念入りに調べる。


「どうだ、何かあったか」

「無いわね。ここらへんの敵も一掃したわよ」


 だろうな。十一階へと続く階段の前の『黒の扉』は閉ざされている。

 隠し部屋などはない。後はボスの部屋に入るだけ、実にシンプルだ。


「うーん」

「どうする真城くん、様子を見る?」


「いや、ここに留まっていても意味はない。回復と休憩も済ませたし、行こう」


 迷ったら進めだ。消えた残り四体は、もしかしたらボスの部屋の中に居るのかもしれない。だとすれば、結局直接ぶち当たるしかない。

 俺は、大きな黒い石でできた門を開いた。


 ちょっと大きめの広場に、壁にいくつか立て掛けられた大きな篝火が赤々と照らしている。

 端っこのほうで、焚き火の灯りが見えた。その明かりを背景に、黒い影が立っているのが見えた。


 地下十階のボスである黒の騎士ブラック・デスナイトの鎧は、十四階層にいる普通の黒の騎士ブラック・デスナイトに比べると凝った意匠をしている。

 黒い髑髏ドクロにも見えるそのフルヘルムは、悪趣味だ。


 不気味に佇む黒の騎士ブラック・デスナイトは、赤々と燃え盛る焚き火を見て、俺達に背中向けている。

 正々堂々と勝負なんて遊んでられるランクの敵ではない。不意打ちを仕掛けても良いのだが、安易に手を出しにくい何かを感じて、俺は思わず声をかけた。


「おい……」


 黒の騎士ブラック・デスナイトが、こちらを振り向く。ガチャと、全身を覆う黒い甲冑が重たい金属音を立てた。

 赤々と燃え盛る焚き火を背景に立つ、黒の騎士ブラック・デスナイトから感じる気配は狂気。


 ギッと音を立てて、黒の騎士ブラック・デスナイトの腕が黒い兜のバイザーを開く。

 こいつ、どこかで……。


「クケケケェ。真城くん、待ってたぜぇ……」

「お前はっ!」


 大きく開いた黒い兜のバイザーから、こぼれ落ちた薄汚れた金髪。

 間違いない。頬骨の張った顔、その聞き覚えのある不愉快な声。変わり果てた面相をしているものの、奈落の底に落ちて死んだはずの加藤だった。

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