第13話「紅竜の宴」

 五階に入ると、空気が一変する。おそらく四階が寒かったせいだろうが、やけに生暖かく感じる。もともと全く日の当たらないダンジョンの中は寒々としてるので、寒いよりは暖かいほうがいい。


「さてと、この階は何がでてくるんだったかな」


 最初の大部屋に入ると、待っていたのはくすんだ紅赤色(べにあかいろ)の巨大なトカゲだった。

 ギロッと赤い眼がこちらを睨みつける。


「うあっ!」


 トカゲというか、羽はないものの一応竜のたぐいだ。レッサードラゴンというやつである。

 思わず引いてしまったが、大部屋で戦ったほうが良い。俺は武器をサムライソードに持ち替えると、大部屋に飛び込んだ。


「ギャーシャッ!」


 待ち構えたように、レッサードラゴンが鋭い叫びを上げると、牙が生えた大口を開いて俺に噛み付いてきた。

 噛み付き攻撃をそのまま食らうバカは居ない、荒れ狂う鋭い爪の攻撃もさっとかわして横に回りこむ。


 こいつら下級のドラゴンの動きはさほど速くない。

 身体は硬い鱗に覆われているが、回りこむようにして斬り続ければそこまで怖い敵ではないのだ。


 俺は、一心不乱にグルグルと横っ腹に回りこみながら斬り続ける。

 レッサードラゴンは肌を斬り裂かれる痛みにのたうち回りながら、俺を鋭い牙で噛み付くか、鋭い爪を繰り出してくるか、大きな尻尾で攻撃してこようとするがそれをまともに受けるほどバカではない。


 結局のところ、こいつらの最大の弱点は、鈍く単調な動きとデカすぎる図体なのである。そりゃ恐竜が滅びるはずだ。

 痛みにのたうち回ったことで、巨体がたまにこっちにのしかかってきて潰されそうになるので跳んで逃げる。


 今の俺なら押し潰されたところで死ぬまではいかない、死ななければポーションでヘルスを回復できるから大したことじゃない。

 すぐ起き上がって、またヒットアンドアウェイに戻る。


 レッサードラゴンの肌を斬り裂くたびに、赤い鱗が飛び散り、それに次第に赤黒い血しぶきが交じる。

 凶暴な巨体とは裏腹に、鋭い牙と硬い尻尾で攻撃することしか能がない雑魚だ。その大きさに恐れることなく、落ち着いて攻めの姿勢で戦えば倒せない敵ではない。


 前にマスタードドラゴンを相手にしたときと比べて、自分のフットワークが格段に良くなっているのを自覚できて嬉しかった。

 あの時の俺とは、速度もパワーも段違い。もはや、あの時の俺ではない。


「ほら、そろそろ死ね!」

「ギャアアア!」


 狙ってやったわけではないが深々と刀を突き刺した先に、致命傷となる内臓があったのかもしれない。

 断末魔の絶叫が上がり、ボウッと蝋燭の炎が消えるときみたいにドラゴンの口から炎が飛び出して消えた。


 すぐに動きが緩慢となり、レッサードラゴンは巨体を丸めるようにしてドサリと倒れこんだ。

 息絶えている。


「とてもじゃないが、一体ずつじゃないと相手にできないな」


 こんなのが四方八方からやってきて囲まれたら勝てない。

 昔よりは成長したとは言え、ドラゴンを一撃で倒せるほどには、まだ俺の戦士(ファイター)ランクも武器も強くない。


「まあ、まだまだ強くなれるってことだな」


 今の俺は、それが嬉しい。

 さて食事にしよう、こいつらドラゴンの肉は淡白で美味いって話だったから楽しみだ。


 図体がでかいので難しいのだが、心臓を突き刺したり、首を切り落としたりして、おおざっぱに血抜きをしてみる。

 モンスターの血の味など気にならないのだが、せっかくのドラゴンステーキ、できるだけ状態の良い肉を味わってみたい。


「たまには焼いて食ってみるか」


 硬い鱗をしっかり小削ぎ落として、美味そうな脇腹辺りを適度な大きさに切り分けて剣に突き刺す。

 拾った石で積んで作ったかまどの上で、炙り焼きにする。


「これは、立派なご馳走だな」


 ドラゴンステーキの味はなんと言えばいいのだろう。鶏肉のあっさりした味なのに、牛肉のような歯ごたえがある。

 やはり爬虫類系(はちゅうるいけい)、学校の遠足で行った野外民族博物館で食ったワニの肉にとてもよく似た味わいだった。


 動きが鈍重で高いヘルスと硬い鱗を誇るレッサードラゴンは、戦士の技を鍛えるのには持って来いの相手でもある。

 しかも、食べきれないほどの大きさの歩く食料庫と来ているからこれほど好都合な生物は存在しない。


 ゆっくりと地道に退治しつつ、ここでしっかりと戦闘訓練をさせてもらうことにしよう。


     ※※※


 飽きるほどドラゴンの肉を喰らい、十分に鍛錬を終えた俺は先に進むことにした。待ち構えるのは悪魔の石像。

 ガーゴイルだ、こいつは近づくと動き出して攻撃を仕掛けてくる。


 遠方から、炎球(ファイヤーボール)を何発か撃つ。

 すると慌ててこっちに攻撃を仕掛けてくるので、そこを侍刀(サムライソード)でたたっ斬る。


 落ち着いて対処すれば、そう大した敵ではない。

 首を切り落とされたガーゴイルは、身体をまた石に変えてバラバラと床に崩れた。


 自分が強くなっている実感がある。

 この道は何回も何十回も繰り返しジェノリアでプレイしたルートだ。


 確かに身を斬られれば悲鳴を上げてのた打ち回りたくなるほどに痛い、肌を炎に焼かれれば気が狂いそうなほどに苦しい。

 そういうリアルな感覚が邪魔してくるが、地獄の責め苦ですら耐え、前に進み刀を振るえる強い精神が鍛えられれば、ゲームと何も変わらない。


 やることは単純(シンプル)なのだ。

 殺ったら殺っただけ、結果は出る。俺はまだもっと強くなれる。


 ボスを守るように配置されているガーゴイルの通路を抜ければ、この先に五階のボス、マスタードドラゴンが待つ。

 前に一階の『侵攻』で相手したのと同種だが、六階でウロウロしている通常種とは違い五階のボスであるマスタードドラゴンは高い知性を持っている。


 下級の若いドラゴンではなく、長い間生き延びて知性を得た成熟した竜。

 成竜のマスタードドラゴン。


 竜は成熟に時間のかかる種族だ。

 長い年月を経て知能を得ると、その分だけ強くなる。ゲーム風に言うなら思考ルーチンが違う。単純なハメ技が通用せず、こちらの動きに合わせて対応してくる。


「だが、今のランクならいける!」


 準備と呼吸を整えた俺は、ボスの部屋を遮る石の壁をゆっくりと開いた。

 ジェノリアは確かに酷い殺人ゲームだ。


 それでも、ゲームである。

 リアルはときに人の努力をあざ笑うかのように門を閉ざすが、ゲームは人の努力を裏切らない。


 きちんと入力すれば、きちんと出力を返してくれる。純粋(シンプル)にして美しい世界。

 だから好きなのだ、やれることをやれば、絶対に負けはしない。


「ここまで来る冒険者か、珍しいな」


 俺がボスの部屋に入ると、老人のようなシワがれた声が聞こえた。

 一階で戦ったのと同じ、毒々しい紫色のマスタードドラゴン。


 その凶暴な瞳は、知性の色を湛えている。

 鱗の生えた肌は少しくすんで見えて、身体も二回りほど大きい。長い年月をかけて成熟(ピーク)に達している竜だ。


「そうだ、俺は危険を冒す者だ。お前を倒しに来た!」

「フンッ、小童が。いいだろう、やってみるがいい」


 いきなり不意打ちを仕掛けてくるような小細工はしないらしい。

 巨大なる成龍は、ゆったりと重い身体を揺すりながら起こしこちらに向けて鎌首を持ち上げた。


 これから殺しあう相手と、長々と話すつもりはない。

 それは向こうも同じらしく、睨みあうだけで意が通じた。真正面からの勝負。頭のなかで、闘いの鐘が鳴り響いた。


「うらぁぁぁっ!」

「グファーッ!」


 成竜は、こっちに顎(あぎと)を向けて、猛毒のブレスを吐き出す。

 俺は減術師の外套ディミニッシュマントで、それをひらりとかわしながら刀を振るった。


 基本は回り込み、しかし敵の首元に叩きこむ侍刀(サムライソード)は、カチッと硬い鱗に阻まれて食い止められる。

 なるほど、相当な硬さのようだ。


 横に回りこんで、比較的軟らかそうな脇腹を狙った俺に、そのまま転がるように全体重でのしかかって来た。

 巨大なる竜がこっちに向かって倒れこんでくる。


 誰もが恐れ、慄き、慌てふためいて逃げようとする刹那。

 しかし、この瞬間こそが死中に活を求める唯一のチャンス。


 その死の淵を、一歩前に進む。

 俺は竜の巨体をさけずに、刀を真っ向から構えて突いた。


 ダンプカーが横倒しに転げ落ちてくるようなものだ、そのまま押し潰された俺は、四肢がバラバラになりそうな激痛に悲鳴を上げる。

 いやこれは、もう痛みなんてものではない。悲鳴も上げたつもりで、声にもならない。


 だが、その重さと勢いを利用して突き刺した侍刀(サムライソード)は深々とマスタードドラゴンの身体に突き刺さった。

 俺がドラゴンと戦闘訓練を繰り広げる中で調べあげた竜の急所を、一突きに貫けたはずだ。


「グオオオオオオオオォォ」


 口から叫びとともに猛毒のブレスを吐き出すマスタードドラゴン。おそらく、これは意識的にではない。

 俺が刺した部分は、ドラゴンのブレス袋なのだ。溜まりに溜まった化学物質の毒が、いま袋を破り、竜の身体の中で暴れまわっている。


 猛毒や爆炎といった強烈なブレス攻撃が出来る代わりに、ブレス袋が破られると自分の毒で自分が苦しむ。

 この世界のドラゴンは、そういう弱点を持った歪(いびつ)な生物になってしまったのだ。


 その毒が強ければ強いほど、自家中毒で苦しむことになる。

 ザマァないと思ったが、それを口にする余裕はなかった。俺は、まだドラゴンの巨体の下にいる。


「くそ、俺の身体の上でのた打ち回りやがって」


 全身の激痛はまだいい、さっきから左腕の感触がない。完全に肩から下の骨がバラバラになってしまっているのだろう。靭帯が完全に断ち切れたのかもしれない。

 なんとか隙を見つけて、右腕一本で這いずるように竜の重圧の下から逃れた。


 床に転がったリュックサックから、ヘルスポーションを引き出して飲み干す。

 全快には程遠いが、動くたびに肉が千切れ骨が軋むような激痛が治まった。中級のヘルスポーションでも、骨を繋ぐぐらいの効果はあるようだ。


 俺は、竜の下敷きになったままのサムライソードを諦めて、リュックから霊刀を取り出して立ち上がった。


「少しは効いたか、マスタードドラゴン!」

「ゴホッ、見事だ……我が胎中の毒を狙ったか!」


 相手は知能のある敵だ、長くは苦しめまい。

 すぐに止めを刺してやると、俺は霊刀を手にのたうち回る竜の巨体の上に飛び乗り、渾身の力を込めて一突きに刺した。

 おそらく、ここが竜の心臓ドラゴンハート


「ゲフッ……」


 口から血を吐いて、マスタードドラゴンは巨体を丸めるようにして動かなくなった。

 俺もしばらく、身動きが取れなかった。


 死んでは居ないものの、俺の身体はいまだ激痛に震えて、頭はフラフラとする。

 決死の瞬間が過ぎ去れば、今度はぶり返したように猛烈な痛みが襲ってくるものだ。


 歯をギリッと噛み締めて苦痛に耐える。

 さあ来い、痛いのは生きてる証拠だ。


「いてぇな、畜生。……ハハハッ」


 身体がバラバラに砕け散ってしまいそうな激痛すら、今の俺には堪えられない愉悦だった。

 これほど強大で圧倒的な強敵を、たった一人で倒すことができた満足。地獄の死の淵でかいま見える、生きている実感。何物にも代えがたい生の歓喜。


 五階ボスの宝箱には、俺を祝福するかのように一振りの大振りな侍刀(サムライソード)が入っている。

 最強クラスの斬撃力を持った侍クラス専用武器、野太刀『孤絶(ソリチュード)』。


 孤絶(ソリチュード)の銘は、その刀身が隕鉄(いんてつ)から出来ていることに由来する。

 二億年かけて地上へと飛来した隕鉄の板から生み出されたその太刀は、決して曲がらず、決して刃毀(はこぼ)れしない。


 所有者の力の分だけ斬撃力を増していき、やがてはあらゆる物を断ち切れる最強武器となる。

 そのため、五階で手に入る武器にもかかわらず、最後まで使える名刀となる。


 侍で一人プレイを進めたときは、大体ここで『孤絶(ソリチュード)』が出る。

 一人で成竜を倒すことが条件で出現する、この世界にたった一つのレア武器。


 飾り紐がついた黒い鞘からゆっくりと刀を引き抜くと、その刃渡りは長い。一メートル近くある。

 野太刀、大太刀、今なら斬馬刀と言うのが一番分かりやすいだろうか。


 鎌倉時代の侍が、自らの強大な腕力を誇示するために打たせた、太く強く長大な刀である。

 武者を馬ごと断ち切るための刀だが、巨竜などの強大な生物を相手にするためには、これぐらいの長さがあったほうが都合がいい。


 ちなみにあまりに長いため、腰に差すと鞘から抜くことが出来ない。

 忍者のように、背中に担いで鯉口を掴みつつ引きぬくしかない。迷宮では気が抜けないので、刀は長い鞘から抜きっぱなしになってしまうだろう。


「どっちにしろ、新しい武器が手に入ったのはありがたかったな」


 マスタードドラゴンの下敷きになっていた古い侍刀(サムライソード)を引っ張りだしてみたが、これまでの激戦で限界だったのか、力尽きたように刃がポッキリと折れてしまっていた。

 ここで新しい武器が手に入らなかったら、一度戻らなければならなかったところだ。


 ツイているというよりも、俺は殺戮の神に愛されていると感じた。

 もっと斬れ、もっと殺せと何か大きな力に背中を押されている気がした。


 これまで俺とともに戦ってくれた戦友(サムライソード)を壁の棚に安置する。

 そして、新しい仲間(ソリチュード)を背負い俺は進む。


「やってやるさ」


 宝箱にあるのは、宝石と金貨。そして『竜の鍵』が手に入る。

 ついにここまできた、六階への道が開く。

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