第40話「戦術的撤退」
ボスの部屋の入り口から湧いて出た
八……いや、十以上は一緒だ。数をかぞえている場合ではない!
「
すかさず俺がウォールの呪文で、入り口を壁で塞ぐ。
すぐさま半透明の壁に無数の黒死剣が突き立てられて消散させられた、時間稼ぎにもならない。
「撤退するわよ、
久美子はさすが判断が早い。『アリアドネの毛糸』を掴んで、転移の魔法を叫んだ。
ウッサーも、続けて転移する。おそらく、地下一階の安全地帯へ。
「木崎、何やってる早く行け!」
木崎が荷物から毛糸を取り出すが、遅い。
どうせ瞬間的に戦おうとか思ったんだろう。一瞬の判断ミスが生死を分ける。
「
もう一度、石壁を出す。
またも殺到する
「ルッ、
木崎の掴んだ毛糸が七色に輝いて、その姿が立ち消えるのが見えた。ようやくか。
俺も脱出といきたいところだが、もうアイテムを取り出す
「
俺が転移魔法の代わりに使ったのは、魔闘術。両足にマナを力を溜めてオーバーロードさせる。
まず、右足の踵から放出して後ろの壁へと飛ぶ。
俺に殺到してきた
そして、壁にぶつかると同時に左足の踵からもマナの力を放出。反動で、跳ぶ先はボスの部屋の出入口。
そう、俺に向かって殺到してきた
これしか、俺の生きのこる道はない。
さっき加藤との戦闘でかけたスローの呪文の効果が残留しているのは、ありがたかった。まるで、スローモーションのように敵の動きがよく見える。
上を跳ぶ俺に向かって騎士どもが機械的な動きで突き出してくる黒死剣は、まるで針のむしろのようだ。
黒い剣の海に向かって、俺は
何度か剣を打ち交わして、俺は
大きく開いた扉から外に転げ落ちる。
ぐるっと、世界が一回転する。
ゴロゴロと横転して、ジャンプの衝撃を殺して魔法で加速させた俺の身体はようやく向かい側の壁で止まった。
立ち上がったときに、辺りに
俺自身が囮となることで、敵を部屋の中に引き付けることに成功した。
何とかクリアした。
よし、撤退だ。
俺は荷物から『アリアドネの毛糸』を引き出すと、転移の呪文を唱えようとした。
「あっ!」
俺が使おうとリュックサックから取り出した、毛糸が吹き飛ばされる。
誰だと叫んでいる暇もない。俺は、反射的に迫りくる殺気に刀を振るった。
襲いかかってくる斬撃を、からくも受け止める。
重い――
なんて斬撃の重さ。からくも受け止めた俺は、全身の骨が砕けるかと思うほどの強い衝撃を何とか受け流した。
俺の目の前には赤黒い長剣を振るった、真紅の甲冑を来た騎士が居た。
「
もう二度と言うまいと思っていた、あり得ないと言う叫びが口をついて出そうなった。
なぜなら、こいつは十六階層のボスだからだ。これももう何度目かしらないが、ボスが持ち場を離れて動きまわるとか、反則だろう!
クリアするのに倒す必要のない
地下十階に、絶対に居てはいけない存在。
俺のランクでは、絶対に会ってはならない敵がそこにいた。
極限に引き伸ばされた時間のなかで、逃げなければならないのに身体が思うように動かない。
このままでは殺られると思ったが、
このランクの強敵にはあり得ない隙。
どうやら俺が取り落としてしまった毛糸を、
アリアドネの毛糸の何が注意を引いたのかは知らないが、千載一遇のチャンス。
「
俺がもう一度、スローの呪文をかけ直す。『アリアドネの毛糸』は、
注意を引いたのは良いが、脱出方法を奪われてはたまらない。
これで、俺が撤退出来る手段は
一度は、ボスの部屋に雪崩れ込んだ
まったく息をつく隙がない。俺は、脱兎のごとく駆け出そうとした。
その背中を、不吉な呪文が襲う。
「
敵もまた、俺と同ランクのスローの呪文を!
俺は咄嗟に、
俺の身体は、揺さぶられそのまま一気に床になぎ倒されそうになる。
そのなぎ払いは重く、そして速い。
俺の武器、野太刀である
敵の長剣のほうが、まだ小回りが利く。
スピード勝負だと負ける。
このまま、二撃目をまともに食らってしまうのか。
そのとき、左手を伸ばした先に何かが触れた。何でもいい!
藁をも掴む思いで、『それ』を掴んで前に出すとガキッと破裂音がなって、眼の前で石の棍棒が半ばから砕け散った。
俺が、軽業師のランクを上げるために通路に投げていた硬い石の棍棒が、偶然にも俺の命を救ってくれた。
大きさと重量だけはやたらとあるストーンゴーレムの棍棒は、盾に使うにはちょうどいい。
もう一撃を、それで受ける。
手元のストーンゴーレムの棍棒の残りを砕かれながら、俺は呪文を唱える。
「
魔闘術、両足にマナを力が溜まっていく。
それを使って、一気に床を蹴りあげて前に飛んだ。
角を蹴って、さらに左に跳ぶ。
無茶苦茶な連続ジャンプ。身体は激しく壁に擦れて火花が上がったが、格好などにかまってはいられない!
「
もっと速く翔べ。今度は前、そして今度は右だ!
俺はダンジョンの通路を、弾かれるピンボールの玉のように跳び続けた。
壁にこすりつけてしまった鎖帷子は激しく擦れてズタボロになっているが、ここで動きを止めたら死ぬ。
魔闘術はマナの消費が激しすぎる。もうマナが尽きると思った頃に、
俺があらかじめ稼働させておいて、ゴンドラを地下十階に着けていたことが幸いした。なんでもやっておくものだ。
立ち上がってボタンを押すと、すぐに
「早く、行け!」
体感速度を引き伸ばすスローの呪文のせいか、やけにゆっくりと銀色の扉はしまっていく。
その隙間から、物凄いスピードでこちらに駆けてくる赤い鎧が見えた。
そのまま体当たりを仕掛けてくる
エレベーターの扉の隙間から、ズッと赤の長剣を突きこんでくる。
「クソッ、壊れるだろうが!」
俺は、
俺の刀と銀色の扉の力に阻まれて、
ガシャンと、扉は音を立てて完全に閉まるとゴンドラがゆっくりと昇っていく。
あらかじめ定められたダンジョンのシステム的な動きは、
上下に刃先を彷徨わせていた赤の長剣が、
「ああっ……」
俺はようやく安堵して、ゴンドラの壁に身体を預けてしゃがみこんだ。
せっかくの
あいつは人間的な知恵があった。万が一にも上がってこないように、
エリア自体を封鎖する必要もあるか。
地下一階に上がるまでに、俺はその方策を考えついた。
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