第32話「消えた黒の騎士」
落とし穴で分断した
これまでのパターンでは、敵が引くということはなかった。
そもそも、ゲーム上では『侵攻』で敵が逆戻りするなどということはなかったのだが、ゲーム知識はもはや参考に成らないというのは分かっているつもりだ。
しかし、扉の前で待てど暮らせど来ないというのはどういうことか。
「真城ワタルくん、向こうが待ち受けているということじゃないかな」
「まあ、その可能性もあるか」
敵は、こちらの動きに合わせて攻撃方法を変えて来ている。
学習する存在ではないかという仮説を俺は自分のなかで組み立てていた。
ならば、七海の言うように敵がこちらの戦法を真似して待ち受けているということもあるか。
「じゃ、こっちから攻めるか」
「危ないわよ!」「危ないデスよ!」
久美子とウッサーに同時に言われてしまった。
「だからって、どうするっていうんだ」
このまま、ここでずっと敵を待ち受けていても
たとえ罠を張って待ち伏せされていても。
十分に
「……俺が偵察に行こう」
「いやっ、三上さん。アタシが行きますよ!」
今度は三上と木崎が声をかけてきた。
こいつらは、あれほど厳しい戦闘があったあとでも攻めの姿勢を崩さない。
困ったものだなと、俺は七海と一瞬眼を合わせた。
七海も肩をすくめて笑っている。今回の件が終わるまで俺の作戦で行くことになっている。俺が、提案しないことには、話が収まらないというアイコンタクトかな。
「よし、じゃあ四人一組で隊を組んで、とりあえず落とし穴があるところまで確認していこう」
俺の提案にすぐに集まってきたのは、久美子とウッサーと木崎晶と……。
木崎は、アスリート軍団の組のほうに加わるんじゃないのか。
「なによ?」
「いや、別に構わんけどな」
俺と一緒に先頭に立つなら、最後は七海を入れようかと思ったのだが、木崎とは口論になりがちだから逆らわないほうがいい。
考えようによっては、そこそこ戦える三上と七海で組ませたほうが、後ろを任せられるチームができる。
待ち伏せならともかく、打って出るならどこから攻められるか分かったものではない。
結局、七海と三上が組んで、アスリート軍団の残りが割れて三組出来上がった。七海の二軍ならとりあえず壁としては機能する。
「よし、じゃあ俺達の組が先頭に立っていくから、七海たちは後ろの警戒を頼む」
「ああっ、分かった」
こうして、落とし穴へと通じる階段を降りて地下七階をゆっくりと探索していったが、そのどこにも
「俺達が怖くて逃げたんじゃないのか」「ハハッ、そうかもな」
アスリート軍団は、おそらく強がり半分でもあるのだろうけど、戦闘がなかったことにホッとしたのかそんなのんきなことを言っている。
ランクの上がったこいつらにとって、地下七階の普通のモンスターは十分対処ができる相手だ。
だが俺にとって、これは死闘よりまずい事態だ。
考え込んだ俺に、七海が声をかけてくる。
「真城ワタルくん、敵が逃げたんなら良いんじゃないのか」
「これが良いものか、むしろ最悪の事態だ」
ここで
俺達と行き違いになって街まで上がられる恐れもないことはない。
だがそれよりも、下階へと逃げ帰られたりしたら。
下にいる得体のしれない強敵に、俺達の存在が知れ渡ることになるかもしれない。
今回の敵の『侵攻』は単体ではなく、明らかに組織立ったものだ。俺がその全てを知っているはずのジェノサイド・リアリティーだが、その闇の奥に俺のまだ知らない邪悪なる知性が蠢いているように感じられてならないのだ。
忽然と消え去ってしまった
「真城ワタルくん、もう限界だと思う。少なくとも一度は休まないと、できればここじゃなくて上階に戻りたい」
「ああ、お前らは限界だろうな。一旦もとの地点まで戻るか」
一撃でアスリート軍団を屠るような敵の影を闇の向こうに感じながら、通常戦闘を行うというのはかなり厳しい。
俺にとっては余裕でも、アスリート軍団は疲弊して軽口を叩く余裕すらなくなっている。
「七海、死んだ仲間の埋葬を済ませたら、お前らは街まで帰還しろ」
「でも……」
食い下がってくるのは分かっていたが、もう限界だろう。
七海修一も、補助魔法をかけてくれる七海ガールズが居なくなれば、いつも通りの壁役もできない。
あんな連中でも、生徒会のランクだと選り優れられた人材であり、サポーターとしては優秀な人材だったのだ。
アスリート軍団は戦士系がほとんどなので、サポーターとしては役に立たない。
独りでやれる万能型の俺と違って、
「七海、約束があるだろう。お前は街に『侵攻』の脅威を知らせて防御を固める役割がある」
「君はどうするんだ」
生半可な答えでは許さないという強い瞳で、七海は俺を見た。
「九階、いや十階まで降りてみようと思う。地下十階は、いわゆる
「敵の『侵攻』は、そこから来ているのだろうか」
「分からないが、攻めてきたのと同じ強敵がボスなんだ。何かのヒントは見つかるかもしれない」
「そう言われると余計に戻るのが悪い気がするけど」
「そんな顔をするなよ七海。俺は死ぬつもりはないし、
「そうか、何から何まで真城ワタルくんに頼りっきりですまない。危なくなったら、すぐに戻ってくれ。僕達も出来る限りのことはさせてもらう」
「ああっ、あの
なにせ街には人の数が多い、雑魚でも数があれば全滅することはあるまい。
その上で、戦闘経験を積んだ
「じゃあ、僕達は黒川くんたちの……埋葬を済ませて上に戻る」
「待て七海、あと一つ共有しておくべき情報がある」
「なんだい」
「
「うんまあ。気持ち悪いから触りたいとは思わないが、武器として使えるならとはチラッと思ったけど」
「そうだな、そう思う人間もいるかと思ったから忠告しておく。下層階には呪いのアイテムという罠があるんだ。
呪いのアイテムには、何らかのネガティブな効果が付属する。外れないだけで、莫大に攻撃力が上がる武器もあるので、あえて装備するというプレイスタイルもある。
だが、ジェノサイド・リアリティーがもはやゲーム知識だけで測れない事態に陥っている以上、危険は避けるべきだ。
「どんな呪いがあるのかな」
「黒死剣や黒金の鎧は、ゲーム上では重量が通常のアイテムより若干重く、装備が外れなくなるだけだったが、ゲームの設定上では確か装備者が呪われて意識を乗っ取られるというのがあったはずだ」
七海が青い顔をする。
「それって」
「そうだよ、呪われた黒金の鎧を身に着けた段階で、そいつが新しい
これはただの推測に過ぎない。
あるいはゲーム上の設定のまま、装備が外れない程度で終わるかもしれないが、危険は避けるべきだろう。
「この鎧の残骸、どうしておこうか」
「まあここまで到達出来る人間が俺達以外は居ないが、念のため黒川達の死体と同じように分かる場所に安置しておくのがベストかな」
通常のアイテムと、呪いのアイテムが混ざってしまうと困った事にもなる。
俺達は協力して呪いのアイテムや死者の埋葬を終えた。
そして、つかの間の休憩を終えると七海達のグループと分かれて、俺は独りで下階への階段を降りる。
だいぶ時間を食ってしまったので最短コースで行くが、それも『侵攻』に警戒しながらということになる。それと……。
「久美子。別に隠れて付いてくることはないんだぞ」
「なんだ、分かってたの」
久美子達が、
本気でまこうと思えば方法はいくらでもあるんだが、今回に限ってはその時間のロスが惜しい。
付いて来たいなら、こいつらも連れて行ってもいい。せいぜい地下十階までだけど。
地下九階では一瞬でこいつらを引き離して、一人になれるアイテムだって取れる。効率を考えると、むしろ解錠スキルを持つ久美子の手を借りたほうが良い。もちろん、一時的に利用するだけの話だ。
「俺の邪魔をしなければ……はぁ、なんでお前までいるんだよ!」
「なんだよっ、いちゃ悪いのかよ!」
久美子とウッサーは組んでるからしょうがないけど、なんで木崎晶まで付いてくるんだよ。
三上達に付いていかなかったのか。それにしてもこいつら、女のくせになんで戦士タイプばっかりなんだよ。
「ワタルくん、四人一組って言ったのは貴方じゃないの」
「そうだったかな、まあいい勝手にしろ」
七海のグループで、木崎晶が女一人になってしまったのでむしろ久美子に付いてきたのかな。まあ、足手まといが一人増えたところで変わらんか。
むしろ、怒ることではなかった。俺はこいつらを利用するつもりなのだ。一人増えようが二人増えようが関係ない。
足手まといだとすら思っていないので、何人増えようが文句を言うことではなかった。
そんなに早死したければ勝手にしろ。
「自分のなかでの整理整頓は終わった?」
「久美子、お前の相手の心を見透かしたような言様は好きになれんな」
「あら、私は大好きよ」
「ワタシも、旦那様のことが大好きデス!」
ウッサーが手を挙げて言うので苦笑してしまう。
「アタシも……」
「いや、お前ら違うぞ。久美子は、俺のことじゃなくて『自分で自分のことが大好き』だって言ってるんだよ」
この手のからかいは、久美子のパターンだからな。
真に受けると、こっちが損をする。
「フフフッ、ワタルくんだってこっちの心を推し量ろうとはしてるのよね。その割に、女心をいまいち理解はしてくれないけど、わざとやってるのかしら」
「言ってろ、俺に女とペチャクチャくっちゃべってる余裕は……」
「なにかしら?」
久美子の後ろから、
油断はしていないということだ。殺ること殺るなら、無駄口を叩いてても構わん。俺は、それ以上の無駄口は叩かずに、続けて来た
久美子が三匹、ウッサーが二匹、木崎晶も身体と同じぐらいの大きさのある大斧を振り回して、一匹叩き伏せた。
まあまあ使えるってところか。後衛タイプがいないから、本来前衛の俺が魔術師役をやらなきゃいけないかもしれない。
途中の階層で逃がしてしまった
さて、アイツらも俺達のように休憩を入れたりするのだろうか。そうだとしたら、追いつける機会は有りそうな気もする。
「まっ、出たとこ勝負だな」
さっさと因縁にケリを付けて、早く一人に戻りたいものだ。
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