第33話「誰がために力を尽くす」
四人一組だと、戦闘の効率は四倍とは単純には言えないがやはり上がる。
木崎晶は、久美子が宝箱から手に入れた鋼の胸当てを装備して、すぐに前衛で戦えるようになった。
「いりゃああっ、どりゃああぁ!」
木崎は、いちいち大斧を振り回す度にうるさいが、地下八階の相手に必死なのだろう。
叫び声をハウリングさせながら、飛びかかってくる自爆炎上特攻男ファイヤーファイターなど、地下八階は精神的にも圧迫感を与えてくる敵が多く気が抜けない。
「ウオオオォォォ!」
「相変わらずウザい敵だな」
こんな敵だから、斬り殺すにも叫ばなきゃやってられないというのは分かる。
だが、恐れで攻撃が大振りになりすぎているのは良くない。
「ワタルくん、はいこれ」
「ああ、悪い」
前髪から滴り落ちる汗を俺は、久美子が差し出した手ぬぐいで拭いた。
そこら中にマグマ溜まりが湧いている地下八階の灼熱の中でみんな汗だくになっているのに、久美子だけは涼しい顔をして戦っている。
どうしているのかは知らないが、久美子は戦闘面でも使える。解錠や罠外しのスキルまで実戦レベルなのだから申し分ない。
純粋に戦士ランクなら俺やウッサーに劣るものの、慢心せずに僧侶や魔術師ランクまで育てているから万能型に近い。
「どりゃぁぁぁ!」
木崎が身の丈ほどもある巨大な大斧を回転させるように振るって敵を叩き伏せた。
自然と、前衛で暴れまわるウッサーと木崎を、俺と久美子が後衛でサポートする形となる。
一見、木崎の攻撃のほうが派手だが、ウッサーのほうが隙がない。
木崎とウッサーは同じように小柄な身体だが、
「
木崎は一気に二体の相手は無理なようだから、俺が後ろから電撃の魔法を飛ばして、サポートする形になる。
どうせあの
ファイヤーファイターに囲まれて苦戦している木崎を、サクッと後ろから電撃の魔法で倒して片付けてやったら、こっちを睨んできた。
悔しそうな顔ならまだいいが、悲壮感が見えるのが気になる。
「なんだ」
「いや、ありがと……」
嫌味の一つでも返ってくるかと身構えていたのに、礼を言われるとは。お前そんなに素直な奴だっけ。アタシの戦いの邪魔をするなぐらい言われるかと思ったが、地下八階の敵を相手にしては、悪態つく余裕もないか。
反発されるのも困るが、礼を言われるのもなんか違う気がする。俺はお前を助けたくてやってんじゃなくて、一刻も早く進みたいだけなんだ。
あーもう、なんか考えることが多くなってくると苛立つ。
人生は最小の荷物で行くべきだと言うのが俺の信条なのに、足手まといを抱えて何をやってるんだろうな、まったく。
「やっぱりお前らが居ると足手まといだ。俺一人なら『水精霊のブーツ』でマグマの上も渡れるのに、かなり遠回りになってしまう」
「ねえちょっとの間なら、ワタルくんが抱っこしてマグマの上を渡してくれたらいいじゃない」
久美子がそう混ぜっ返すと、ウッサーがすぐ乗ってくる。
「それ良いデスね! 哀れ乳にしては良い提案デス」
「激戦の後なのに、元気だなこいつら」
久美子とウッサーは、仲が悪いのか良いのかハッキリしろよ。
地下八階の戦闘でギリギリらしく、肩で息をしている木崎は呆れている。俺もそう思うよ。ツッコんでも無駄だから諦めてるけどな。
「抱っこして進めとか、ふざけんなよ。遠回りでも、その分だけお前らが足を速めればいいだけだろうが」
「ワタルくんは一刻も早く行きたいのよね。それがこの場合、一番効率的じゃない。なりふりかまってる場合なの?」
そう聞かれると、まあそうかとも思う。
俺は、刀を鞘に収めてしゃがんだ。
「しょうがねえ、久美子は俺の肩にでも乗ってろ」
「ふふっ、肩車もいい気分ね。私達だって手助けしてあげてるんだから、これぐらいの恩恵がないとね」
提案してきた久美子を抱くのは癪に障ったので、肩に乗せてやったんだがそれでも喜んでいるので世話はない。三回も往復するのは面倒なので、ウッサーは抱っこだ。
小柄な女なんぞ何人担いでも大した重荷じゃないが、こいつら調子に乗りやがって。
「ワーイ、お姫様抱っこデスー」
ウッサーはごきげんだった。
基本的にひんやりしている階層ならともかく、ムチムチな上にエプロンドレスで着膨れしてるお前は、この灼熱階だと暑苦しいんだよ。
その点、肩に乗せてる久美子はひんやりとして涼しげだ。
太腿で俺の頭を挟んでいても、薄衣を肩に乗せているぐらいにしか重さを感じない。
「なあ、久美子。お前どうやってんだ」
「何が?」
「重さはないし、涼しい顔して汗一つかいてない。それも忍者のスキルなのか」
「重さは、乗り方の問題よね。汗は、気合で顔にかかないようにしてるだけ。汗自体を止めることは無理だから、止められない部分に汗をかいてこっそり拭いてるわよ。軽いというのは褒め言葉だけれど、あんまり女の子にそんなこと聞いて欲しくないわね」
だから、それをどうやってるんだって聞いてるんだよ。
さらに問いただすと、心頭滅却と言われた。嘘くさいが、どうやってるのか見ても分からないようじゃ、久美子の真似は無理か。
汗一つかかず涼しげにしているのが忍者スキルなのか、もともとそういう凄い技を女が持ってるのか。
久美子とウッサーを、赤く輝くマグマ溜りの向こう側に送り届けると今度は木崎晶の番だ。
「ほら、お前はあいつらみたいに手間をかけさせるなよ」
「あっ!」
俺は大斧をさっと奪い取ると左肩に乗せて、右手で木崎の身体をすくい上げた。
こういう時にウダウダしてるから変な雰囲気になるのだ。やらなきゃいけないと決めたら、迷わずに実行すればいい。
ダンジョンで迷いは禁物だ。拙速は巧遅に勝る。
木崎もさすがに分かっているらしく、俺に抱えられても腕の中で暴れることはなかった。
「チッ、また出てきやがったか」
「どうするんだよ、真城!」
マグマ溜まりを女を抱えて渡ってるなんて隙だらけだから、そのまま放っておいてはくれないらしく、向こう側に敵が出現する。
フレイム・フェイス。一見オーガに似ているが、でかい口から
向こうの通路から三体か、強烈な爆炎を吐く敵なので、遠距離だと久美子とウッサーでも少しきついか。
俺は、手に持った大斧を投げつけた。
「ふげぎゃ!」
空中を音をたてて回転する斧がフレイムフェイスのデカい顔をバッサリと両断し、なめらかな切断面から赤黒い血が盛大に噴き出した。
同時に向こうから飛んでくる爆炎を何とかかわす。こいつは、弱点剥き出しであることが幸いだな。
「大丈夫か、木崎」
「アタシの斧っ!」
ああ、咄嗟に投げてしまったのは悪かった。得物というものは、戦士にとっては大事なのだろう。
そう分かっていても、謝れるほど俺も素直ではない。
「ダンジョンではなんでも武器にしないと生き残れないんでな。次はお前を投げるかもしれんぞ」
久美子とウッサーが、残り二体のフレイムフェイスを即座に全滅させてくれたからこそ言える軽口だった。
「いいよ、投げても……」
「はぁ、なんだよ」
元気なさそうだったから因縁つけて怒らせてやろうと思ったのに、素で受けてきやがった。
「アタシなんて、何の役にも立ってないし……。アタシの身体なんて、道具に使ってくれてもいいよ」
「お前そんなこと、あーなんだよもう!」
マグマ溜りを越えたので、俺は木崎晶を下ろす。
腹回りに付いている筋肉を見ればよく鍛えられているとも思えるが、戦士としてはやはり小柄な身体だ。
「アタシは、真城に借りを返したかったんだよ。
足手まといになってるのが事実なだけに、質が悪い。
女が強がって反発する程度はむしろ可愛げだとに思えるが、イジケられるとそっちのほうが厄介だと俺は頭を掻いた。
俺もあまり悪く言い過ぎた。これが学校だったら、女子がイジケていても無視すればいいのだが、ここではそういうわけにもいかない。
自分はダメだという弱い意識を持って戦いの場に立てば、ダンジョンではすぐに死んでしまう。
「ほら、ちゃんと武器を持てよ」
俺は、投げた大斧を拾ってきて渡した。
やはり木崎は、気が弱くなっている。なにせ超人ランクの久美子やウッサーと一緒に戦っているのだ。弱音を吐くぐらいは仕方がないが、これはまずい。
「アタシが邪魔なら、もう置いていってもいいよ。一人で帰るから」
「確かに今はあまり役には立ってないが、俺は木崎を置いていくつもりはない。お前はまだランクが足りないだけで、もっと鍛えれば使えるようにもなるだろ」
まったく女というものは、どこで切れるか分かったものではない。
俺が気配りして、優しく言ってやったつもりの言葉に切れやがった。
「アタシは、これでも頑張って全力を尽くしてやってきたんだ! それなのに、これ以上どう鍛えろっていうんだよぉ!」
一人で悲劇ぶっている言い様には、俺も切れた。
出来ない奴の精一杯やりましたほど頭にくるものはない。ジェノサイド・リアリティーは、出来なきゃ死ぬ場所なんだぞ。
「それがお前の全力だと、ふざけてるんじゃねえよ! 軽業師ランクは上げたか、飛び道具を投げたり素手でも戦闘できるように訓練してるのかよ。あと、僧侶ランクと魔術師ランクはどうだ。そっちだって上げることで、身体能力だって高まるんだぞ」
「飛び道具や、素手の戦闘はあんまりやってない。そこは鍛え方が足りなかったかもしれないけど、魔法は……アタシ、マナがなかったんだよ!」
「なんだ、マナがないとか。おい久美子。お前なんかアクセサリー持ってないか」
「あるわよ、たくさん」
久美子が、無限収納リュックサックからジャラとアクセサリーをこぼれ落した。さすが女だな、よく集めている。
何でもいいんだが、戦うのに邪魔にならないようにシンプルなものが良いだろう。俺はハート型の銀飾りがついたチョーカーを取り出して、木崎の首にギュッと巻いた。
ちょっと強く絞めすぎたかと思ったが。
首を革でキツく絞められても、木崎は無抵抗でされるがままになっている。
「なんだよ、これ」
「
無理だと言う木崎に、俺は無理やり空フラスコを握らせて、出来るからやれと強制した。
「
何度か失敗を繰り返した後に、木崎が両手で握りしめたフラスコの底に黄色の液体が溜まる。
「ほら出来ただろ。ランクが上がれば、自然にマナも上がるから
「ごめん……」
「分かればいい。やることを全部やってるなら俺も何も言わん。ウッサーも、魔法の訓練はやってるんだろうな」
「やってるデスよ」
手に青色の液体が入ったポーションを揺らす。
ウッサーが合間合間に灯りの魔法をかけるのも見てるから、やってるのは気がついてたけどな。
一緒に前衛で戦ってるウッサーが、木崎が思うよりもずっと努力していると見せるのが大事だ。
まだ自分にも出来ることがある。伸びしろがあると感じられれば、先への希望も出てくるだろう。人間は、やることをやってればいいんだ。
「フフッ、何だかんだ言って面倒見が良いのよね。ワタルくんは」
「はぁ、ふざけんな。誰がこいつの面倒なんか、ただ足手まといにならないように俺は……」
呆れるように笑う久美子は、嫌味のつもりで言ったわけじゃないと分かったので、俺は逆にショックを受けた。
俺としたことが、余計なことに手間をかけすぎたか。
「うん、そうね。ワタルくんの役に立つように、木崎さんにも育ってもらわないと困るものね」
なんか、久美子が俺に言い聞かせるような口調がイラッと来る。
でも反発したら図星だったと認めたことになるから、俺はあえて薄笑いを浮かべて久美子の発言に乗った。
「そうだ。木崎は俺の道具になってくれるそうだからな。だったら俺の手駒として使うために、戦い方をレクチャーしてやるぐらいは先行投資ってものだ。それで強くなれるかどうかは、こいつ次第だが……」
売り言葉に買い言葉で、あまりにも酷い
チラッとみたら、木崎は何も言わずに首元のチョーカーを触って俺を見つめていた。
「木崎、なんか言えよ!」
「がんばる……」
なんか、木崎は最初の頃と比べると反発しなくなってるから調子が狂う。
見回すと、久美子もウッサーも呆れ笑いをしていた。ああ、俺の言い方が悪かったんだろうよ。やっぱ女子と上手くやるとか無理だな。
「じゃあ、せいぜいがんばれ。さっさと進むぞ。ボスの部屋はもう眼の前だ」
地下八階、炎の階層の終着点。
豪奢な縄目模様の意匠の施された赤い扉の奥から、呪文が聞こえてくる。またボスが呪文を覚えた系統か。
「
「
いや、これは月文字を使っているが、呪文の詠唱ではない。
魔法として意味をなさない、単語の連なりが延々と続く。坊主の読経みたいだな、なんだこれ……。
地下八階のボスはそんなに大した敵ではなかったはずだが、そんな事前知識は通用しなくなっているのも事実。
向こう側から聞こえてくる不気味な詠唱に気落とされないように気合を入れながら、俺は赤い扉を開いた。
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