第10話「侍になる」

 地下二階。顔が犬の毛むくじゃら戦士であるコボルトが支配している階層だ。

 こいつらはチョロい、『オークロードの牙』を見せると攻撃してこなくなる。


 オーク族とコボルト族は、争っている設定になっているのだ。敵対しているボスを倒した証を見せれば味方と判断される。

 逆に、コボルトロードを倒して手に入れた『コボルトロードの鼻』を見せると、オークは攻撃してこなくなる。


 そして地下三階の扉を開けるには、一階か二階どっちかのボスを倒したアイテムが必要。

 つまり順当に行くならば、このまま二階は素通りして三階への階段の扉を開ければいいのだが、俺はコボルトロードも倒す。


 まずボス部屋に行く前に、ロック・バインと呼ばれる石の甲羅を背負った赤い毒虫がいる大部屋に行く。

 こいつは迷宮を歩きまわって背中に石を大量に貼り付けて身を守る、ヤドカリのような生態を持っている。


「うわー、ウジャウジャいるな」


 一匹ずつ誘い出して、タコ殴りにする。

 武器で叩いてもいいのだが、石の塊に刀を叩きつけるとすぐ刃がダメになってしまう。サムライソードといっても、街で買える刀は所詮ナマクラである。


 拳を鍛えるためと思って、思いっきり素手で殴り倒す。その内に手の皮がひん剥けてヒリヒリして痛むが、皮が剥けたような浅い傷は初級のヘルスポーションを飲めばすぐ回復するので、恐れずに続ける。

 拳に血が滲むほどに殴り続け、限界になれば回復する。それを飽きるほど繰り返せば、段々と拳が厚くなってくる。


 空手の訓練をやったときを思い出す。飽きっぽい性格の俺は、どんな武道をやっても黒帯までは辛抱できなかった。

 剣道も、柔道も、護身術の類も齧ったのだが、みんなそのうちに飽きて止めてしまった。


 何とか続いているのは、朝のジョギングぐらいのものだった。走るって行為は不思議と飽きがこない。おそらく人間が自然にやる動作の一つだからなのだろう。

 そんなわけで俺の習得してる格闘技は全て生半可だが、最初の基礎だけみっちりやっているので打撃を緩和する受け身と、体捌たいさばきの基本だけはしっかりできている。


 面倒な鍛錬でも、ジェノリアの世界でやれるなら我慢できそうだ。この世界なら俺も一廉ひとかどの達人になれるかもしれない。

 ゲーマーだからな、ゲームならお手のものだ。


 石の塊そのものである動きの緩慢な毒虫に向かって、ただひたすら拳を振るい。腕が痺れて動かなくなれば、今度は蹴りを入れまくる。

 素手での戦闘訓練は、基本的には軽業師ベンチャーランクを上げることになる。


 もっと強くもっと激しく殴るのだ、拳の皮は破れ肉は軋み骨は砕ける。その激痛に耐えて、俺は手足を振るう、振るう、振るう。

 自傷行為にも等しい、血の滲むような鍛錬を続ける。


「グッ……」


 石の痛みロック・パイルとはよく言ったものだ。

 噛まれれば毒があるし、倒すためには拳を潰す覚悟で殴り続けなければならない。


 だが、どれほど肉体を破壊しても、ヘルスポーションで治療できる。

 俺はこの短期間に、武闘家が何年もかかるであろう鍛錬を経験する。拳を破壊しては治療して強くなる超回復だ。


 肉体を鍛えるのみではない、ヘルスやスタミナを回復するポーションを作ることで僧侶プリーストランクも鍛えられる。毒虫の弱い毒を食らって解毒を繰り返すことで、耐毒性も鍛えられる。まさに理想的な修練場だ。

 黙々と痛覚が完全に麻痺してしまうまで、眠気で立っていられなくなるまで、俺はロック・パイルを殴り倒し続ける。


 部屋いっぱいにいたロック・パイルが全て砕け散り、全滅させるころには意識が朦朧としてくる。

 骨が砕ける激痛も、もはや眠気を覚ますことはできないようだ。視界が歪んで、足元がふらつく。


「ハァ……限界か」


 もっとマナが貯まれば、眠気によるダメージをクスリで誤魔化して進むなんて無茶もやれるのだが、少し休んだほうがいいだろう。

 俺は、スイッチ式で扉が閉じる部屋に篭る。


 ここは絶好の休憩ポイントだ、水飲み場まで用意されている。水は生きるためにはどうしても必要なものだ。

 いたるところで殺しにかかってくるジェノリアも、脱水症状でプレイヤーを殺すつもりはないらしく、水飲み場だけは定期的においてある。


 おそらくダンジョン内を地下水が巡回しているのだろう。もちろん、地下に生きる生物たちの生活用水なのだから、毒が混ざっていることもない。

 耐え難い喉の渇きに、俺はフラスコで泉から水をすくって飲む。


「ふうっ、生き返る」


 温度がヌルくて滑り気のある水だが、いまは甘露だ。ひとしきり喉の渇きを癒して、満足すると。

 俺はその場にへたり込んで、泥のように眠った。


「よし……」


 寝たと思ったら次の瞬間にバチッと目が覚める。

 夢も見ないほどに深く眠っていたようだ。


 俺の頭は、まるでクリーンアップしてまっさらになったパソコンのように、驚くほどに意識が明晰めいせきとしている。

 石畳の上にリュックを枕にして寝ただけなのに筋肉痛はまるでない。足や腕の筋肉は張って引き締まっている。まるで、別人になったように身体が軽い。


「ランクアップしたってことなんだろうな」


 俺は、先程ロック・パイルを殺しまくった部屋に行き、リュックサック一杯に石を詰める。

 持ち上げようとすると、ずっしりとかなりの重量がある。


「ふぅ、よいしょっと!」


 おっさん臭いけど、リュックサックいっぱいの石はかなりの重量だ。冒険者用の丈夫なリュックの紐は肩に食い込み、歩く度にギシッギシッと軋む。

 軽々というわけにはいかないが、肩にかかる重みを心地よく感じる。正味一日か、二日程度の訓練だったのだろうがかなり鍛えられた。


「はぁ、はぁ、この量の石を一回で運べるんだからな」


 二階のボスの前の大部屋まで行き、俺は落とし穴の向こう岸に向かってリュックサックを投げつけた。ドサッと重たい音がして土煙が上がる。

 そして俺も、落とし穴を飛び越えた。部屋の隅にリュックサックを逆さにして石をばら撒く。また石を詰めに戻って、石をばら撒く作業を繰り返した。


 俺は、こういう単純作業と下準備は大好きだ。黙々とやる。

 運ぶたびに酷使する肩と腰に疲労が蓄積するが、スタミナポーションで回復するたびに自分の体力の限界が上がっていく。


 コボルトロードのいる部屋の前で、石の小山をいくつか築くとようやく準備終了。いよいよ、ボスに向かって宣戦布告である。

 ボス部屋の中まで行って、握りしめた石を思いっきり無防備な犬頭コボルトロードにぶつけてやった。


「フッー!」


 俺の攻撃を受けて、こっちを即座に敵と断定したコボルトロードは、無防備な頭に一撃を食らっても悲鳴を上げなかった。オークロードみたいに、安っぽい咆哮もない。

 低い声で威嚇しながら、こちらに素早く大鉈剣スクラマサクスを振りかぶってくる。鋭い斬撃、俺は間一髪でかわして後ろに逃げる。


 オークロードとほぼ同じ体格で、持っている武器は大鉈剣スクラマサクスと鉄の小楯スモールシールド

 二階のボスなので、見掛け倒しで鈍重なオークロードよりも素早く手強い敵だ。


 俺は迅速かつ慌てずに、ダッシュで手前の大部屋に退避すると大ジャンプで、落とし穴を飛び越えた。

 この落とし穴を飛び越えるという行為、本来ならジェノリアでは出来なかったことだ。


 これもちょっとしたチートみたいなもんだな。

 この大部屋の一角には、うっかりミスなのかそれともそのようにもともと設計してあったのか、一種のハメ技に使えるポイントがある。


 落とし穴とトラバサミの罠がぐるりと取り巻いていて、向こう岸にはゲームなら落とし穴を越えるハシゴかロープがないと渡れないのだが、いまはジャンプで飛び越えるだけで安全圏にたどり着ける。


 ゲーム的な都合に左右されない俺は、決められた動きしかできない敵モンスターよりも有利なのだろう。

 コボルトロードは、罠に取り囲まれた一角に入った俺を狙うが、罠を飛び越えられない。「シッー! シッー!」と悔しそうな唸り声を上げながら、周りを右往左往しているだけだ。


 落とし穴を飛び越えて渡るという地味な反則チート行為が、低層階では絶対的な優位アドバンテージとなる。

 一階、二階にやたらある凶悪な罠の数々だが、その位置さえ全部覚えてしまえばこちらの武器に早変わり。


 こうなってしまえば、コボルトロードにできるのは俺を睨みつけるか、足の骨を砕きかねない威力のトラバサミを喰らいながらこっち側に来るかである。

 俺は悠然と石の小山から一つ拾い上げると、コボルトロードに向かって思いっきり投擲した。


「これでも、くらいやがれ!」


 ガコンッと音を立てて当たる石。もちろん一発程度では、頑強なモンスターには蚊がさした程度であろう。

 俺は大量に用意した石を一球、一球、会心の一撃になるように念を込めながら渾身の力でコボルトロードにぶつけ続けた。


 ロック・パイル先生との訓練で軽業師ベンチャースキルが大分上がっていたのだろう。我ながらすごい膂力りょりょくだ。投げた石はヒュルヒュルと空を切って飛び、スパコーンとコボルトロードの頭に直撃する。

 腕の筋肉を引き絞って渾身の力で投げることも経験になるのか、石を投げるスピードとコントロールが徐々に増して行くのを感じる。


 まるで甲子園の投手のよう。いや、エースピッチャーでも重たい石をここまで連続しては投げられまい。大リーガーでも肩が壊れてしまう。

 まさに超人的な力、ジェノリアで投擲スキルが上昇するとは、これほどのものなのだろう。


「まあ、当たり前といえば当たり前か」


 身の丈が小山ほどもある巨大な竜や、凶暴な悪鬼デーモンを相手にして戦わなければならないゲームなのだ。

 そのハードさに合わせて、ジェノリアで訓練すれば普通の人間レベルの力を遥かに超える力を得ることができるのも道理。そうでなくては、ダンジョン攻略などできない。


「しかし、本当に逃げないし、罠も飛び越えてこないんだな」


 いっそのこと、逃げればいいのに。無数の石つぶてを食らって満身創痍にもかかわらずコボルトロードはこっちに吠え掛かるだけ。

 石の直撃を受けて、顔は腫れ上がって酷いことになっている。素早さ重視なのか、犬の毛皮の上は布の服しか着ていないからダメージの通りがいいようで、全身血だらけだ。


 こっちの肩がパンパンに腫れ上がるまで投げ続けたからな。

 コボルトロードは、鋭い石の投擲を避けることもできずに受け続けたのである。


 鉄の小盾を構えて防御しようとするのだが、もちろんそんなところに当てるようには投げない。頭をガードすれば足に、足をガードすれば頭に、面白いように攻撃が決まりまくる。

 一発の石つぶての威力が大したことなくても、地味に敵のヘルスを削り続ける。累積すれば、それは致命傷だ。


「まだ、石は残っているが、もういいだろう」


 頑強なコボルトロードに付き合ってもらったおかげで、さらにランクアップしたのを感じる。

 軽業師ベンチャーランクばかり上げていてもしかたがない、スタミナポーションで体力を回復させた後、俺は侍刀サムライソードを握り締めて落とし穴を飛び越えた。


「おら、来てやったぞ」

「グルルルッ!」


 犬の唸り声を上げながら、こっちに大鉈剣を振るってくる。

 しかし、腕にも散々と石つぶてを受けて傷ついているためか、動きはすでに緩慢で精彩を欠く。


 緩慢な攻撃を軽くなして、裂帛れっぱくの気合で斬り伏せた。ボキッと、首の骨がへし折れる音がなった。

 肉を斬り裂き骨を砕いた手応えに、腕がしびれる。コボルトロードの首筋から、血しぶきが盛大に飛び散った。


「どうだ!」

「ギャアァァァ」


 俺の斬撃が強かったというより、すでにボロボロだったのだろう。コボルトロードは、断末魔の悲鳴をあげて床に昏倒した。

 もう死んでると思うが、念の為にもう一度刀を振り下ろして頭を叩き割る。パックリと頭蓋が割れて、鮮血と薄茶色の脳みそが飛び散った。


「ふうっ……」


 さらに念のために、心臓も刺し貫いておく。ちょっと臆病すぎるか。

 覚悟を決めて殺し合いに望んでも、まだ俺には強力な敵と相対する恐怖が残っている。俺は修羅しゅらとは成りきれていない。


「ま、それも訓練か」


 戦うのにも殺すのにも、慣れていくものだろう。心だって鍛えられる。

 俺はボスの宝箱を漁って必要なものを手に入れると、ホッとした途端に腹を刺すような空腹感を感じた。そうか、水ばかり飲んで飯はまったく食っていなかった。


 何か食えるものはないかとボスの部屋を漁る。まだ火がくすぶっている焚き火のところに美味そうに焼けたモモ肉があった。

 コボルトが食べているようなものだ。地下二階で取れる肉といえば、大鼠ジャイアントラットのものしかない。


「迷宮で生きていくんだから慣れないと」


 俺は、覚悟を決めてネズミの肉を口にする。

 鼻につく獣の臭いがキツく癖がある味だが、決して不味くはない。コボルトはちゃんと血抜きまでやってから調理しているのかもしれない。


 むしろ、この味はご馳走に当たるものだ。空腹なら何でも美味い。

 脂も十分に乗ったモモ肉を、骨までしゃぶるように夢中になって食べた。


「しかし、塩が足らんな」


 脂は十分だが塩気がないのがちょっと味気なかった。まあ、そこも慣れるか。

 骨を放り投げると、俺は地下三階に繋がる門へと向かった。


 壁を繰り抜いた棚が二つある。ここに『オークロードの牙』か『コボルトロードの鼻』を置くとゲートが開くのだが、俺は手に入れた両方を安置する。

 するとゲートが重たい音を立てて開くと同時に、門の横の壁にもう一つ小さな棚が開いた。


 隠し棚の上には小さな巻物スクロールが置かれている。

 拾い上げると、俺は中を読んだ。


「ふうんっ、こうなっているのか」


 このスクロールは、レアアイテム『ランクアップの巻物』である。職業を下位職なら一気に三つ、上位職なら一つ、ランクに昇格させるためのものだ。

 早々に使ったほうが有利なようにも思えるが、実は下位職を三つ上げるより、上位職を一つ上げるほうが難しい。


 だから本来ならばもっと成長して上位職についてから使ったほうが、経験値的に考えて有利なのだが、なにせ今回の冒険は命がかかっている。

 使えるアイテムは、すぐに使用したほうが良い。


 俺は、スクロールに書かれている職業のなかで『侍剣士』を選択した。

 文字を指で押すと、パッとスクロールが輝いて中空へと消える。


「うおおおおっ!」


 一気に三つ、『中戦士』から『剣士』、『魔法剣士』、『侍剣士』と三階級特進。

 急激な職業のランクアップに胸が焼けるように熱くなり、思わず俺は雄叫びを上げた。


 これで俺は、上位職であるサムライに成れた。

 わざわざ侍刀サムライソードを買って使っているのは、これを見越してのことである。


 『侍剣士』は、上位職である侍系の初歩ランクだ。

 ちなみに、その上は『剣客』、『剣豪』、『剣聖』、『剣神』へとランクアップしていく。


 侍系は、ソードスキルに強力なプラス補正がかかる。得物が刀ならば、その威力は倍増。

 侍の力が最大限発揮できる専門武器、侍刀サムライソードが個別のレア武器としていくつも用意されているので、かなり優遇されている職業といえる。


 しかも、ジェノリアの侍剣士は、魔法剣士の扱いとなり魔術師マジシャンランクにもプラス補正が入るので、前衛職にも関わらずマナ不足にも困らされない。

 万能型をじっくりと育てるには、盗賊のスキルまで付いている忍者に次いで良い職業といえる。


 俺は試しに手に持った侍刀サムライソードを振ってみる。

 ブンッと空気が震える音ともに、白刃の斬道に白い軌跡エフェクトがかかった。威力が増大している証だ。


 これには、サムライブラストという固有技名がついている。

 常時展開する、いわゆるパッシブスキル。もっとも、ジェノリアが出来た当時はまだそんなゲーム用語はなかったが。


 適度な長さである侍刀サムライソードは、迷宮の狭い通路の奥でも支障なく振り回すことができる。

 鞘を腰にぶっ挿して持ち運べるし。鞘から刀を抜き、敵を斬り伏せる瞬間に至るまで、敵に気配を察知されずそっと近づいて、静かに攻撃することが可能な武器だ。


 攻守のバランスがよく、極めて合理的な機能美を持つ武器といえる。

 そして、何よりも「華」がある。


「悪くない。やはり男なら刀だよな」


 早く敵を試し斬りしたい、俺はウズウズしながら三階の階段を降りていった。

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