第9話「地の底へと向かって」

 七海のグループを街まで送り届けてやると、俺はようやく自由となった。さっさと迷宮探索に行くか。


「おっと、その前に瀬木に独り立ちできるように教育してやらないとな」

「呼んだかしら」


 街に戻ってきた俺を見つけて、久美子がやってきてしまった。後ろから、おっとりとした雰囲気の巨乳で割れたメガネをかけた佐敷絵菜さしきえなと、前髪がパッツンとしてるのが特徴的な立花澪たちばなみおもやってくる。

 同じA組ってことでつるむことにしたのだろうか。感心なことに俺が買ってやった硬皮のフル装備をちゃんと付けている。


 そうだ、お嬢さんたちこっちにいらっしゃい。いま金貨を分け前に貰ったから、武器を買うお金をあげよう。

 おい、久美子。お前はもう長槍を買ってやったんだから並ぶな。


「だいたい、久美子じゃなくて瀬木を呼んだんだが」

「瀬木くんなら、ホテルで寝てるわよ」


 なんだ、また具合でも悪くなったのか。瀬木のやつは、前から身体が弱くて体調を崩すことが多かった。

 俺は気になったので、ホテルまで行くことにした。いつまで使えるんだろう、チェックアウトは何時だ。


 スイートルームの中に入ると、瀬木が疲れた顔でベッドで寝そべっている。

 顔の血色は悪くないし、安らかな寝顔だ。


 瀬木が具合を悪くするときは熱を出すので、白い額に手を当ててみるが熱もなさそう。

 よくよく見ると、魔法の使い方が書かれた巻物や、黄色や青色の液体が入ったポーションがベッドに散乱している。


「なるほど、そういうことか。おい起きろ瀬木」


 睡眠を取るとマナの回復率は高まる。それに気がついた瀬木は、枯渇するまでマナを使いきってから眠り、マナを回復させてポーションを作るって作業を繰り返していたのだろう。

 ポーション作りを訓練しろと瀬木に言ったのは俺だが、まだ教えてもいないのに自分なりに効率を工夫しているようで感心だった。


「あっ……、真城くん。無事だったんだね」

「うん、まあ起きろよ。お前のやってる手法は正解に近いが、ちょっと極端過ぎる」


 集団パーティーによる最速クリアを目指すなら、バランスはいらない。各個人が得意なランクでマスタークラスを目指すのが最適解ではある。

 僧侶である瀬木なら、適性の高い僧侶ランクだけ鍛えれば良いというのは理屈だ。


 だが、俺たちがやっているのは復活コンティニュー出来ないデスゲーム。

 生存率を高めるためには、苦手分野も鍛えておく必要がある。


「初級のポーションなら失敗なしに作れるようになったよ」

「よくやったけど、身体も鍛えろよ」


 俺がベッドに寝ている瀬木の肩や、シャツの中に手を突っ込んで胸板に触れる。

 瀬木はヒクッと奇妙な悲鳴を上げて後退りした。


 瀬木の肌は、生白くてすごく柔らかい。肌がすべすべしていて、女の子よりも女の子らしい。

 それは悪くないけど、これじゃあ戦闘は出来ない。


「筋肉がまったくできてないのは、触れればすぐ分かるぞ」

「ごっ、ごめん。でもポーションができたほうが、真城くんの役に立つかと思って」


「そこは焦らなくていいんだ。得意分野を伸ばすのはいいが、戦士ランクも鍛えないと生き残れない。身体も強くしないと足手まといになるだけだ」


「ごめんなさい」

「いや、瀬木なりに考えてくれたんだろう、それは嬉しいよ。そうだ、俺を助けてくれるつもりなら、アジリティーを上げるポーションをいくつか作って欲しい」


 俺は、何度か明かりトーチの魔法を成功させただけで、ぜんぜん魔法系はランクアップできていない。

 初級とはいえ、効果を重ねることもできる身体能力向上のポーションがたくさんあれば助かる。


敏捷性アジリティーのポーションだね、早速作るよ」


 俺は持っていた空のフラスコに、敏捷性を上げる紫色のポーションを入れてもらう。

 瀬木が訓練していたというのは嘘ではないようで、四本作り上げるのに一度も失敗はなかった。


「これから、街での身体の鍛え方を教えてやるから、訓練しながらマナが貯まる時間を稼ぐといいぞ」


 マナを使いきってから自然回復するまで身体を鍛える、それが一番効率のいいやり方だ。

 睡眠は効率を考えれば、体力が限界を迎えるまでしないほうがいい。


 俺は、瀬木と勝手に付いてきた久美子たちを連れて鍛冶屋の店の裏の作業場にまでやってくる。

 火炉かろ金床かなとこが並び、どこからかハンマーを振るう音までが聞こえてくるというのに無人という不思議な空間。


 別に鍛冶屋自体には用はない。

 ここだけなぜか建物の壁の一部が、硬い鋼鉄でできているのが大事なのだ。


「戦士ランクの上げ方、つまり経験値なんだが基本的には武器を振るう回数だ。しかし、同時に強い敵にダメージを与えれば与えるほどに上がりやすくもなる。そして、これが街で最強の敵だ」


 俺は鋼でできた壁をポンポンと叩く。

 試しにと、俺は練習用の大鉈剣スクラマサクスを振り上げて、上段から叩き切る。ガチッと金属が削れ合う音とともに、手がビリビリと痺れた。重たい手応えは腕にくるものがある。


「真城くんが、使えない武器って言ってた重たい剣を買ったのはそういうわけだったんだね……」

「そうだ、戦士ランクの経験は『叩き切る』『突く』『斬り払う』『回避・防御』の四種類に分類されている。『神託所』でも測れないマスクデータだが、攻撃法に応じて経験値が蓄積されてるんだ。そして、このうちで重い武器で力任せに『叩き切る』行為が一番ヘルスが上がる。僧侶の武器はメイスだから『叩き切る』との相性も良い」


「分かった、やってみるよ」


 瀬木は、俺に重たい大鉈剣スクラマサクスを渡されて、細い腕で振りかぶり体重で叩きつけるように鋼の壁にぶち当てていく。

 へっぴり腰もいいところだが、最初はそんなものだ。とにかく訓練あるのみ。


「スタミナの続く限り。いや、スタミナポーションで回復させて繰り返せ。『神託所』で戦士レベルが見習者アプレンティスになるまで鍛えれば、一階ではそうそう死なないヘルスになるだろう」


 生き残るには、何よりもヘルス値を上げなければならない。今の俺みたいに、強敵相手だと一撃死させられる状態では、危なっかしくてどこにも行かせられない。

 そう思って見ていると、瀬木の隣で久美子がリュックサックから取り出したナイフを鋼の壁に向かって投げ始めた。


「ねえ、ワタルくん。軽業師ランクの上げ方ってこれでいいんでしょう」

「正解だ。そうやって続ければ、投擲スキルが上がる」


 さすが優等生、俺の会話からジェノリアの計算式を理解したのだろう。強い敵にダメージを与えるのが経験値になるのは、軽業師ランクも同じである。

 もともと力不足の久美子は、敏捷性を鍛えたいのだろう。


「マナに余裕が出来たら、強さストロングスを上げるポーションや、敏捷性デクスタリティーポーションでドーピングしながら、訓練するとより強くなるぞ」

「ドーピングってなんか、差し障りがある響きだよね」


 瀬木は、苦い顔をしている。

 まあ、あんまりいい表現じゃないよな。


「副作用があるわけじゃない、魔法もより高いランクの魔法を成功させたほうが経験値が高いから、賢さウィズダムポーションでそっちも定期的に上げておくといい」


 僧侶プリースト系の魔法が、ほとんどポーションを作るものだからな。

 強くなればなるほど薬漬けになるのが、ジェノリアの面白いところだ。


「ところで、久美子。お前も神託所で自分の職業見てきたのか」


 ナイフを買っているところを見ると、その手の職業だったのじゃないかなと思われる。例えば盗賊とかか。

 なんだか、久美子が嫌な顔をしてるので不思議に思うと、ボソッと教えてくれた。


「なんか私……『下忍』だったみたいなのよ」

「お前それは……」


 俺が言いかけるのを慌てて手で押し留めた。

 なんか、久美子は恥ずかしがってるみたいだ。


「やだ、みんなに言わないでね。みんなは戦士とか魔術師とかだったのに、何で私だけこんな変な職業なの」

「久美子、大丈夫だ。経験を積んで『神託所』でランクアップしていけば、中忍とか上忍にも成れるから」


 それも微妙と言いたげに口を尖らせていた久美子だが、俺は内心で舌を巻いていた。

 久美子の職業『下忍』ってのは、盗賊クラスから何度もランクを上げて成り上がる上位職だ。


 手先が器用で盗賊の解錠スキルもある上に素早く、戦士よりずっと強い。

 東洋的オリエンタルな職業の忍者や侍は、アメリカ人の製作者になぜか優遇されているらしく、強力な専門武器まである。


 いきなり上位職というのは、千回キャラメイキングを繰り返して(チートだが、連続でキャラメイキングを繰り返すマクロツールがある)ようやく出るようなレアケース。

 久美子はどんだけ幸運なんだよと思うと、薄ら怖い気がした。どんなゲームでも、プレイヤーのリアルラックほど強いものはない。


「じゃあそうやって、安全に戦えるまで鍛えてろよ。俺はちょっと迷宮探索に行ってくるからな」


 もう教えるべきことは全部教えた。これで心残りはない。訓練しているみんなを残して、俺は街を後にして地の底へと向かう。

 ちょっととか言いつつ、もう戻ってこないかもしれないけどね。


 その前に腹ごしらえだと思い、バーガーショップによってたらふく食べておいた。ジャンクフードも食い納めだ。何か食糧を買っておくかとも思ったが、荷物が重くなるので止めた。

 今の俺は弱いから、敏捷性だけが勝負だ。


「さてと、サクサク行くか」


 未だ俺の魔力は明かりトーチを使える程度である。戦士ランクもさっきの激戦で上がってたとしても見習者アプレンティス程度。

 しかし、いきなりボス戦に行く。


 マスタードドラゴンが暴れまわった余波のせいか、ダンジョン内のオークやゴブリンの数は少なかった。

 敵は一階の床に敷き詰められている罠を避けて動くので、それで分断して一匹ずつ倒す。たまに、罠を避けきれず引っかかって穴に落ちたりするオークがいて笑う。


 発生した宝箱は開けるが、金貨は捨て置き宝石だけをその場で使用する。

 ダイヤ、ルビー、サファイアはマナポーションの代わりになるから、それで魔法の練習がてらスタミナポーションを作って飲み続ける。


 エメラルド、ペリドット、ラピスラズリで毒の耐性をつけつつ、空腹や眠気を凌ぐ。

 これを繰り返しているうちに、ボスの部屋までたどり着いた。


「さてと、せっかくだから敏捷ポーションを使うか」


 俺は、作ってくれた瀬木に感謝して全部飲み干すと、粗末な木の扉を蹴り破ってオークロードの住む小部屋へと侵入した。

 不意打ちに、中も確認せず拾った小石をありったけ投げつけて、すぐ部屋から出る。


「グゴォォォ!」


 おっかない獣の咆哮ほうこうを上げて、筋骨隆々たる身の丈ほどもある巨大な鉄のハンマーを担いだオークロードがでてくる。他のオークとは違い、粗末だがラメラーアーマーまで着込んでいる。

 さすがボス、そこそこの迫力と風格である。


 ダッシュで逃げて、敵を手前の大部屋へと誘いこむ。


「グガァァァ!」


 小石を当てられて怒っては居るが、罠にハマるほど愚かではないらしい。

 俺たちは牽制し合いながら、見えない罠の回りをグルグルと追いかけっこしはじめる。


「ほらほら、もっと早く追いかけてみろよ」

「グゴォォォ!」


 敏捷ポーションのおかげで余裕だ。

 こっちのスタミナが減るように、敵も疲弊してスタミナが減っていく。こっちはポーションで回復できるが、向こうはできない。


 その小さな差が段々と広がって、段々と敵の動きが鈍ってくる。

 俺はついにぐるっと一周して、背後から斬りつけてやった。


「ギャアァァァ!」


 デカイ図体して、足首を斬られると痛いらしい。防具に守られてない部分で、動きを止めようと、足を狙ったのだがなかなか骨までは至らない。

 後ろから斬られて、痛みと怒りに震えて雄叫びを上げるオークロードは、俺を追い詰めようとクルッと回転する。今度は逆向きに追いかけっこだ。


「ほらほら、どうした遅いぞ」

「ギャアァァァ!」


 また一周して、もう一度後ろから太い太ももに斬りつける。

 これを相手の足が萎えるまで延々とやるだけだ。


「ハァ、ハァ……ふんっ、うすのろが」

「グギャー!」


 オークロードが仰向けにひっくり返るのに、三十分ぐらいはかかった。後は床をのた打ち回るだけになった巨体の頭を、スイカ割りのようにサムライソードで叩き切る。

 断末魔の悲鳴とともに、グシャーッと派手な音を立て、オークロードの頭は血しぶきをまき散らして破裂した。


 オークロード殺害と同時に発生した宝箱をあさると、やはりろくな物が入ってない。

 重くなるので金貨はいらない、宝石だけ頂いておく。


「ああ、『オークロードの牙』も取っておかないとな」


 一階のボスであるオークロードを倒した証のようなものだ。

 牙ぐらいどのオークにも生えているのだが、死体から切り取るわけではない。宝箱から出るので特別なアイテム扱いなのだろう。


 これを取れば、一階は用なしだ。

 ボス部屋の奥の二階の階段に向かって降りる。

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