第15話「地下一階の衝突」
金貨やアイテムをリュックいっぱいに詰め込み、上階へと足早に登っていく。
俺の持っているリュックサックは、無限収納なので理論上はどれだけでも入れることができる。
その分だけ重量は重くなるが、そのために鍛えているのだ。肉体的な強さを増すストレングスポーションを飲みまくって、強引に進む。
実は、金は鉄よりも三倍近く重たい金属なのだ。そのためどれだけ、強さを
「まあ、上に上がるときだけできることだよな」
敵はたくさん出てくるが、最強の野太刀『
階層を上がっていくたびに重くなるリュックサックに動きを阻害されても、まったく問題ない。
「
マナにも余裕が出来たし、失敗せず撃てるようになってきた
いや、コボルトやオークなどもはや刀を使うまでもない。革のグローブを付けた拳で錆びついたを剣を弾いて、横っ面を殴り倒すことでも倒せてしまう。
俺がどれぐらいランクアップしているのか、神託所で確認するのが楽しみだ。
ちなみに、上から『
軽い装備はまた買えばいいし、防御力と重量のバランスが良い鋼の鎧を、瀬木へのお土産に持って行ってやろうという算段である。
順調に一階まで登って来て、もうすぐ街だという段になって、横を並走していたウッサーがピタっと足を止めて、警告を発した。
「旦那様待ってください。この先……二ブロック先の大広間で、人間がいっぱいいてなんかうるさく喚いていマス。戦闘ではないようデスが」
ウッサーが、長いウサ耳をピーンと伸ばしてそう言う。俺には何も聞こえないが、ウッサーは聴力が良いらしい。
なるほど、その耳はそういう利点があったのか。
無駄にデカイ胸と同じぐらい長いウサ耳もいちいち迷宮の扉に引っかかったりして邪魔なので。
これで聴力が悪かったら、何のための耳だってことになるもんな。
「うーんうるさくなあ……そう言われても、ここは迂回するとすごく遠回りになるんだよな」
「強行突破しますか、旦那様?」
そんな勢いで、行かないと通れない状況なのか。
比較的安全な一階あたりで、生徒がたむろしているのは想定の範囲内だが、何かの騒ぎなら巻き込まれるのは面倒だ。
しかし、ここで立ち止まっていてもしょうがないので、ウッサーに頷いて進む。
その大広間が近づくと、俺の耳にも多くの人間が喚いているらしい喧騒が聞こえてきた。
大広間に入って、俺から見て左手に十五人ぐらいの集団と、右手に八人の集団が言い争っている。みんな武器を突き付け合って威嚇しあい、一触即発のピリッとした空気。
もちろんみんなうちの生徒だ。それなりに武装しているので戦闘力を持つ迷宮探索組なのだろう。
「いまさら学校とか、生徒会とか、もうありえねぇつってんだよぉぉ! 俺たちは、もうお前らのやり方にうんざりしてんだ!」
「今はみんなが協力しあわなければ戦えないときだろう。一緒に元の世界に帰るんじゃないのか」
人数が多い方の集団は七海副会長がリーダーの戦闘集団、もう片方は頬骨の張ったチンピラ崩れみたいな鉄のヘルメットをかぶった金髪のロン毛が、ロングソードを振り回して叫んでいる。
方針の違いで相争ってるのかな。事情は知らないが、どうやら最悪のタイミングに来てしまったらしい。
「真城ワタルくんじゃないか!」
「おっ、真城くんじゃん、どこ行ってたんだよ」
七海修一と、金髪ロン毛の両方がこっちに気がついた。
また、クソ面倒なトラブルか。
よく思い出せないが、金髪ロン毛は俺と同じF組の奴だったかもしれない。
名前は思い出せないが、俺の顔を見知ってるようだ。
「下の階からの冒険の帰りだ、俺は街に行きたいだけで、関係ないから通らせてもらうぞ」
ウッサーを連れる俺が、争っている集団を避けて通り抜けようとすると、金髪ヘルメットが率いる八人組がニヤニヤと笑いながら囲んできた。
鉄の胴着で武装した太った巨漢の男が、大きな戦斧を構えて俺の目の前に威圧するように手を広げる。
「おいおい、ハイそうですかと通すわきゃねえだろぉ~!」
鉄のヘルメットをかぶった金髪ロン毛と、力士のような百貫デブが、嫌らしい嘲笑を浮かべて俺の前に進み出た。
こいつらは、七海のグループよりも硬い鉄製の装備をしている。
おそらく、そこそこは強くなっている。一階のオークは軽く倒せるようになり、稼いで装備に金をつぎ込んだのだろう。
それで自分の力を過信して、気が大きくなってるってとこか。
「なあ、真城く~ん、下の階から戻ってきたってことは金持ってるんだろ」「真城ぉぉ、前からお前のこと気に食わなかったんだ死ねェェ!」「俺達にも分け前をよこせよ、なんなら連れてる女が相手してくれてもいいんだぜぇー」
口々に言い募るカスどもの叫び。うるさくて何いってんだか分かんねえが、後ろからどさくさに紛れて、俺に名指しで死ねと言った奴誰だよ。
仲間とつるまないと、言いたいことも言えない半端な連中には反吐が出る。
「いいか雑魚どもよく聞け! このリュックサックには金が一杯に入ってるが、お前らクズにくれてやる金は一銭もない!」
俺がバシッと一喝してやった。
……というか、こいつら本当にバカなんだなと思った。どうせ俺と同じバカクラス出身がほとんどだろうけど、進学校が聞いて呆れる。
わざわざ俺の実力が予測できるように、「下の階から上がってきた」と教えてやったのに敵対的な行動を取るのか。
これが俺達と金髪ロン毛たちだけで二対八なら、人数だけ見て囲めば倒せると誤解するのはまだ分かる。
お前らより人数の多い七海のグループと敵対してるときに、側面の敵を増やしてどうするんだよ。
金髪ロン毛たちは、本当に何も考えてない。ここで、俺と敵対するのはあり得ない選択だ。
そのあり得ない選択肢を平然と選ぶ。信じられない低能さに、呆れて物が言えない。
まだ薄甘い一階レベルとはいえ、お前らだって生き死にを賭けた戦闘を経験してるはずだろうに、警戒心はどこへやった。
もしかして、まだ敵が自分達より無条件で弱いとか、そういう甘ったれた考えをしているのか。
これが普通の高校生ってやつなんだろうか。
バカは死ななきゃ治らない。
こんなバカども殺す価値もないが、俺の邪魔をするなら力の差を見せつけてやるしかない。
大太刀でも振り回して一気に吹き飛ばしてやるかと、刀の柄に手をかけた瞬間。
俺を睨みつけて威圧していた目の前のデブが、綺麗に吹き飛んで視界から消えた。続いて、金髪ロンゲヘルメットも視界から消えた。
「なんだ?」
俺ですら反応できない刹那に、俺の目の前に立ちはだかった男子生徒が、一瞬にして壁にまで吹っ飛ばされた。
その代わりに、ウッサーが得意げな顔で俺の前に立ち、スカートからほっそりとした足を突き出して油断なく構えている。
引き絞られた弓から放たれた矢のように、高く跳躍したウッサーが、空中で回転しながら二人の頭を蹴りつけた……のか?
俺ですら目で追うのがギリギリのスピードで、一気に二人を蹴り飛ばしてみせたと。
蹴ったのかどうかも分らなかったのは、ふわりと宙を舞った長いエプロンドレスのスカートのせいで、脚の動きが見えにくかったこともある。
フリルのついた可愛らしいスカートが、まるで合気道の袴のような役割をしたわけだ、しかし何のクンフーだこれは。
「
「ちゃんと流派と技名あるのか」
どこの謎の武術だよ。
ウッサーは素早く跳躍すると、グッタリと倒れている男子生徒の背中を、冷酷そのものといった表情で思いっきり踏みつける。
ゴギュッと、何かが潰れる音がした。
おそらく身体のどっかの骨が砕け散った。こいつ、止めなきゃ
「こいつらいま旦那様に追い剥ぎをやろうとしマシタ。悪党デスよね、殺っていいデスよね」
「踏んでから聞くなよウッサー。やめろ、殺すな!」
過剰防衛過ぎるだろうとは思うが、威圧はこれぐらいやったほうがいいのか。
相手の戦意を刈り取る先手必勝の技。
見事といえるが、俺の信条を先にやられると微妙な気持ちにさせられる。
「お前すごいな、鉄の鎧が完全に凹んでるじゃないか」
ウッサーに壁まで蹴り飛ばされた連中は、頭を壁に強く打ち付けた衝撃で気絶しているだけだと思う。しかし、口や鼻からダラッと血が出てるのは、ちょっとやばいかもしれない。
打ちどころが悪かったら、これ普通に死ぬんじゃないか。鉄製の装備が無ければ即死だった。
店で最初から売っているような安物、硬くて脆い鉄の鎧だが、かなり重たい代わりに剣で殴りつけても耐える強度があったはず。
その鎧が、ウッサーに足で蹴られただけで、まるで鈍器で何度も殴られたように大きくひしゃげている。打ちどころが悪ければ、一瞬で命を刈り取られる蹴り技。
小柄なウサ耳少女が飛翔して繰り出した攻撃が、あまりの迫力だったせいだろう。
大広間で争っていた双方黙りこんで、固唾を呑んでこっちを見守っている。
これで騒ぎが止まったから結果オーライだけど。
ダンジョンに居るあいだ、俺の後ろで大人しく控えていたウッサーの実力を初めて見せつけられて、俺ですらちょっと恐ろしくなった。
「ワタシ、他に何も出来ませんデスが、戦士ランクは
タンッタンッと、ボクサーのようにその場で小刻みに足踏みしながら、得意気にシュシュと風切り音が鳴る鋭い拳を繰り出す巨乳ウサギ。
長いウサ耳と一緒に、エプロンを下から突き上げる弾力のある大きな胸も、ゆっさゆっさ揺れている。
その小柄な体型とほっそりとした手足から、どうしてそんなパワーが出る。
ゲームだから何でもありなのか。
「マスタークラスか……」
考えてみれば、ウッサーだって地下六階まで到達していたパーティーのメンバーだったのだ。
精鋭メンバーの前衛職であるなら、それぐらいのランクに達していてもおかしくない。武闘家なら、徒手空拳だった理由も理解できる。
しかし、エプロンドレス着た少女が前衛職って意外すぎる。
戦闘には不向きな格好なので、魔術師か僧侶だと勝手に思っていた。ジェノリアでは、実力を外見で判断しないほうがいいわけだ。
忍者や武闘家は、装備は軽いほうがいいってのはあるけども、それにしたってエプロンドレスは限度があるんじゃないだろうかとも思うが。
ともかくも、武闘家ウッサーの大活躍のおかげで、俺はなんなく争っている間をくぐり抜けることができる。
俺の活躍シーンを奪ったなとは思わない。
ここで俺が暴れ回ると、今度は強者に縋ろうとする連中にウザく絡まれてしまうかもしれない。実力は、なるべく隠しておいたほうがトラブルは少ない。
ウッサーみたいに、この訳の分からない
今回の処置は結果オーライだった。ナイスデカ乳ウサギ、褒めてやる。
「ねっ、ねえ君たち! ちょっと待ってくれ」
空気を読まない性格の七海修一が、勇気を振り絞ってこっちに掛け声をかけてきた。しかしそれを俺は無視してリュックサックを背負って進むし、ウッサーがシュッシュと空を切るラビットパンチで威嚇するので、誰も引き止められない。
さっさと逃げてしまおう。どうせ、街にたむろしてる連中などに用はない。
※※※
久しぶりの街だ。一体どれぐらい振りになるだろう。天井のガラスから差し込む陽の光が眩しい。
「しかし生徒同士が反目し合うほど荒れてるとは、瀬木のやつが心配だな」
「私なら心配要らないわよ」
どこからともなく、
こいつが来るのも久しぶりだけど、近づいてくる気配がまったく感じ取れなかった。
「もしかして、
俺だって上位職の侍系ランクなんだぞ。
その視界を誤魔化す隠形って、いくら下忍とは言え、忍び力高すぎるだろ。
「うんそういうスキルみたいね。私、中忍になったから普通に隠密状態で歩けるようになったわよ」
「中忍……そうか」
俺は平然とした素振りで返すが、内心で驚いていた。盗賊職を最上位まで極めるか、忍者ともなると『隠れたまま歩ける』という反則レベルのスキルが使える。
至近距離に近づくまで気配察知は難しい。下手すると攻撃されるまで気が付かなかったりする。
生真面目な久美子のことだから、しっかり訓練はしてたんだろうけど、中忍とはそういう反則レベルのスキル持ちなのだ。上層階なら敵はない。
それだけに育てるのが難しいのが忍者なのだが、久美子はランクアップが早すぎる。
いや、待てよ久美子は最初から上級職だったんだから、いくら上がりにくいと言っても俺とは経験値の蓄積が違うか。
俺もだいぶ経験値が溜まったから、ランクアップできるかもしれない。
すぐ神託所に行ってこないと。
「それより、心配はこっちのセリフ。ワタルくんがこの八日と二十三時間、私の目の前から居なくなってからずぅぅぅうーっと探してたのよ!」
「それは済まなかったな」
全く済まないと思ってはいないが、一応そう言った。
もう俺が潜ってから、そんなに日数が経っていたのか。
「それなのに、ワタルくんと一緒にいるこの不愉快な肉を胸にぶら下げたバニーガールの出来損ないは何なの」
「こいつは……」
「ワタシは、ワタル様の妻デス。貴女こそ旦那様のなんデスか!」
俺が答えるよりも早く、ウッサーは言葉のパンチを浴びせた。
不機嫌そうな顔のまま、さらに瞳を眇めて表情を強張らせた久美子は叫ぶ。
「私は、ワタルくんの初めての相手よ!」
「ブッ、お前何いってんだよっ!」
「はあぁ? ワタルくんとファーストキスしたじゃない、したわよね! 私の初めてを奪っておいて、忘れたとは言わさないわよ」
「あっ、そうか。なんだ、そういう意味か」
誤解を招くような言い方するな、焦るだろう。
ファーストキスを奪ったというか、どちらかと言えば奪われた感じだが、確かにそれならいわれのないことでもない。
売り言葉に買い言葉で喧嘩になるかと思ったら、ウッサーはなぜか愕然とした表情を浮かべている。
「……ワタシ妻なのに、まだキスしてもらってないんデスけど」
くだらないことに気が付かれてしまった。
それを聞いて久美子は、苛立たしげに舌打ち。
ウッサーを睨みつけたまま、懐からクナイを取り出していきなり投げつけた。
ヒュッと空を切って飛翔するクナイ――。
ウッサーの大きな胸に目掛けて投げつけられた
いきなり何の真似だ、久美子!
俺はビックリするが、ウッサーは小馬鹿にした顔で顎をつきだして笑い出した。
「アハハハッ、痩せっぽちの脳無し人族! 街ではネガティブ行為はできないんデスよ。そんなことも知らないんデスか」
「そんなこと知ってるわよ駄肉ウサギ。今のは、お前などいつでも殺せるぞこの女子力五のゴミめ……という警告」
久美子、それは警告じゃなくて宣戦布告だろ。
あとお前のそれは、女子力じゃなくて戦闘力だろ。
「待て待て、お前ら小競り合いは止めろ!」
なんで俺がヘタレなラノベ主人公みたいな仲裁をしなきゃいけないんだよ。
街中では攻撃出来ないので放っといてもいいけど、ダンジョンの中で殺し合いをやられたら困る。
私のために争わないでーとか、ヘタレ主人公通り越して性悪ヒロインだ。
この足りない女子力を戦闘力で補ってるバカ女どもの極端な
「おい、ところで久美子! お前、なんでクナイなんか持ってるんだよ」
俺が険悪な空気を強引に誤魔化すために聞いたが、本当に気になってもいた。
忍者専用武器クナイは、投げナイフよりもずっと強力な投擲武器だ。
中層階で手に入るものではあるが、出現率の低い貴重品。
立派なレアアイテムの部類だ。
そう言えば、久美子は
これも街では売っていない軽くて丈夫な装備だ。俺が欲しいぐらいの良装備なんだが、こいつアイテムの引きが強すぎるだろ。
「居なくなったワタルくんを探しに、四階まで行ったときに宝箱で見つけたの」
そうか、こいつ罠外しスキルも持ってるから、俺が開けられない宝箱も漁れるのか。
ジェノリアの知識もないのに四階ってどんだけだよ。
いや、攻略情報はあのモジャ公に聞いたのか。
それにしたって、他の連中は一階で争ってるレベルなのに段違いすぎるだろ。
もしかして、久美子もソロプレイやってるのか。
オレサマ最強だと思い込んでたら、久美子に抜かれてたとか嫌過ぎる。
「とにかく俺は神託所に行くからな!」
俺は、ウッサーと久美子のつばぜり合いにうんざりして話を断ち切る。こいつらの小競り合いに付き合ってられない、それより神託所だ。
久美子以下は嫌だ、久美子以下は嫌だ……。
ランクアップしたい、ランクアップするべきだ。
俺だってランクアップできるはずなのである。
神託所の前まで赴くと、俺は祈るような気持ちで御影石に手を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます