第29話「迎撃のとき」
「作戦を説明するぞ、迫ってくるのは
「じゃあ、どうする」
気を緩めないためにも多少はビビってもらわないといけないから、俺が脅すようなことを言ったのでみんな黙りこむなか、三上が合いの手を入れた。
「だから作戦が要るってことだ」
「なるほど」
合いの手を入れてくれた三上や七海辺りは、俺が言うことを理解したようだが、他の連中はどうだろうかな。
俺が言いたいのは、作戦があれば勝てるが迂闊な動きをすれば、それが命取りになるということなのだが。
「まず迎撃する場所だが、地下六階の大部屋の前のこの扉を防衛ラインとして、ここを守る」
俺は、七海が取り出した地図の地下六階の中腹の通路を指さす。
俺が書いた地図を書き写したものが、七海達のグループの標準装備となっている。
「質問良いかな、なぜここなんだ真城ワタルくん」
「一本道で迂回ルートがない、ここは必ず通る場所だ。そして、ボタンで開閉できる門がある。しかも、二つあるのがいいな。前の扉で抑えきれなくなったら、後退して後ろの扉まで下がることもできる」
「待ちぶせとしては分かるけど、ボタンで開閉できる門を使うのは、いざという時に封鎖して逃げられるということかな」
「いや、残念だが
「なるほど、ボタンで門を閉じながら敵を食い止めればいいわけだね」
「そうだ、手動で閉じられる扉は味方だ。もう一つここを選ぶ理由は、前の大部屋にスイッチ式で開く落とし穴がある」
「そうか、落とし穴に落として分断する」
「七海はよく分かっているな。敵は警戒しながら十体でまとまって来るが、一度に相手できないなら分断するしか無い。俺と、久美子」
俺が名前を読んだので地図を見ていた久美子は顔を上げた。
「逃げることを考えれば、まず落とし穴に落とす役は俺と久美子しかない。偵察に続いて大仕事だが頼めるか」
「命を賭けてくれと言われて断ったら女がすたるわね。しかも、ワタルくんと一緒ならなおのことね」
「良し、ここで二体。いや、確実に四体落とす。そうすれば残り六体。続いて、門が閉じる場所まで引いて足止めする。この二体も横に並べば一杯の通路のなかで、下がることもできない敵を削って潰していく」
作戦は以上だと七海に目を向けると、頷いた。
作戦を考えるのは俺だが、決めるのはリーダーの七海修一だ。
「よし決まった、それでいこう。時間の猶予もない、早速移動する。直接
「七海、ウッサーって呼んどけ」
歩きながら指示を出すのはいいのだが。
七海のフルネーム呼びの癖は、毎回苦笑してしまう。
「失礼、ウッサーくんの四人と、あと三上直継くんたちのグループは?」
「アスリート軍団の細かい戦闘力は、俺には判断つかない。リーダーの七海が使えると判断するなら出てもらっても良いが、通路が狭いから一度に戦えるのは敵も味方も二人までだ」
正直なところ、マスタードドラゴンにも苦戦していたアスリート軍団は、無理なんじゃないかと思う。
あれからまだ時がさほども経ってないから、いきなり強くなるなんてこともないだろう。
「敵が十体、分断できたとしても六体なんだから、こちらが四人では不安じゃないかな」
「でもこう言っちゃ悪いが、三上以下のランクだと前には出せないぞ」
俺がそう言うと、先頭を行く俺達の後ろから三上達のグループがざわめきだした。「オレは、納得いかない」「コイツに何が分かるんだよ」「アタシ達だってやれる!」と声を出すやつもいる。
アスリート軍団はそこそこ強いから、反発は予想通り……んっ、いま女の子の声じゃなかったか。
「何よ!」
「いや、なんでもない」
思わず後ろを向くと、オトコオンナと眼があってしまった。よくよく見ると、やっぱり女だ。
三上達のグループは、全員男だと思ってたが女も居たのか。全体的にガッチリしている周りよりは、少し小柄であるがしっかり鋼の鎧を着込んでるし、凶悪そうな両刃の大斧なんて担いでるから女と分からなかった。
茶色の短髪で目鼻立ちはくっきりしてるんだが、美形だから余計に男子に見える女ってのはいる。シャープだから、女には見えないんだな。
世の中には逆に女っぽい男もいるし、そういうのに限って美少女だったりするから、まったく紛らわしい。女なら、余計に前線に出せないだろ。
「木崎、真城に突っかかるな」
「でもっ!」
三上が間に入ってくれて助かった。
オトコオンナは、木崎って苗字か。見た目通り気が強い、気迫だけではない実力もあるんだろ。女は後ろに下がってろなんて言ったら、多分怒るタイプだなこれは。
「実際に
「それは、でもアタシ達だって……」
「
「そりゃ、三上さん達の指示なら従いますよ」
そう言いつつ、木崎晶は反抗的な目で俺を睨んで、不服そうに鼻を鳴らしている。
晶って男みたいな名前で、なんだか懐かしくなる。
男みたいな名前だなとか言ってみたら怒るだろうか。ちょっと気になったが、今はそれどころではないので我慢した。
跳ねっ返りをからかって、仲違いしてる場合じゃない。
それに名前ばかりは自分で選べない。俺も自分の名前が嫌いだ、名前とは親が押した烙印のようなものだから。
木崎晶も男みたいな名前を付けられてしまったせいで、生き方が狭められているのかもしれない。あまり刺激しないでおこう。
「七海、三上達のグループにもやってもらえることはある。後ろから遠距離攻撃を上手く当てるとか、高ランクの俺達だけで始末付けられない場合に、撤退の時間を稼いでもらうことも必要になるかもしれない。助けてはもらうよ」
三上達の顔を立てるために言っただけで、そうならないように俺は戦うつもりだが。三上ならギリギリ一太刀持ち堪えられると言った程度なのだから、もっとランクが下の他の奴ではやれない。
生兵法は怪我の元って言葉がある。七海ガールズなら大人しく逃げるだろうが、なまじ自負があるアスリート軍団が戦うと、死人が出るかもしれない。こいつらは成長さえすれば有望株ではあるのだから、いま失うのは避けたい。
「真城って男!」
「なんだ、まだ何かあるのか」
「あんたがヘマしたら助けてやるよ」
「そりゃ……、いや、そのときはぜひ頼む」
晶ってオトコオンナは、細い顎をグイッと突き上げて偉そうに俺に言ってきたので、笑いを堪えるのに苦労した。
アスリート軍団からしたら、俺のほうが偉そうに見えているだろう。いきなり俺がしゃしゃり出てきて、お前たちは二軍だと言ったようなものだから、皮肉の一つも言いたくなるだろう。
結局のところ、力の差は実力で分からせていくしかない。
ようやく、敵を待ち受けるポイントにたどり着いた。
「あと、黒川穂垂くんたちは……戦闘の邪魔だから後方に下がらせておくか」
「そんな、七海くん……」「私達もやれます!」
ガールズの五人を見るときの七海は、すっかり冷淡になっている。黒川たちは、七海にすがるように口々に声をかけた。
こいつらも補助魔法要員としては使えるはずだけどな。
「そうだ、黒川達には爆弾ポーションを作らせてやれ」
「真城ワタルくん、
「爆弾ポーションはちょっと別でな、あれは魔法じゃなくて爆発でダメージを与える形になるから、量を投げれば投げる分だけ削れるんだよ。溜めておいて最初に投げれば、先頭を削る役には立つ」
俺がそう言うと、黒川たちはその場に座り込んで爆発ポーションを作り始める。
こいつらはこいつらで、七海に自分達の有用性を示して生き残ろうと必死なのだ。
「爆弾ポーションの作り方は知ってるんだな」
「
「ポーション瓶を使いきってしまうんだ、どうせなら
「でも……」
「失敗してもいい、マナが足りないなら宝石を使え」
「……分かった」
「ふんっ、やけに素直だな」
「七海くんを守るためよ、あんたのためにやってるんじゃないからね!」
勘違いしないでよね、はいツンデレ乙……などとつぶやいていたら、聞こえてしまったのか、ものすごい形相で睨まれた、怖っ。
黒川たちは、怒りながらも素直に俺がリュックサックからばらまいた宝石を握りしめて、指示通り爆弾ポーションを作成し続ける。
爆弾ポーションは一撃で、ダンジョンの中では貴重となるポーション瓶を使い切ってしまうのだが、今は惜しんでいる場合ではない。
後はなるべく高位の回復ポーションを作っておくことだな。回復のスピードは、ポーションの質にかかっている。
「ワタルくん、もうダメになってるわね。これに替えて」
「ああっ、すまない」
前に久美子に貰った鎖帷子は、傷付いてかなりダメになってしまっている。
久美子がリュックサックから、真新しい鋼の鎖帷子を受け取って着る。仄かに表面が青白く発光している。
かなりいい魔法防具だ。
回数制限はあるが、強い防御の補助魔法がかかるようになっている。
「
「盾はいらない、久美子は物持ちが良いんだな」
重たい装備品を持ち歩けているのだから、無限収納のリュックサックまで手に入れているようだ。
久美子の職業の忍者は、上級職でありながら盗賊の役割までこなせる。アイテムを取り逃がすことがないので最強のサポーターといえる。
俺が気兼ねするだろうと見越して、
女版、七海修一の名は伊達ではない。そのアダ名は俺が勝手に言ってるだけだが、俺は他人と付き合うのが得意じゃないから、久美子のように細やかに気配りしてくれるのは助かる。
「何よそんな顔して……私、何か可笑しいことを言ったかしら」
「いや、お前が居てくれて良かったなと思ってな」
ここで装備品を補充出来たのは大きい、これでこの先もまだやれる。
準備は全て終えて、扉の前で息を潜める七海達を残して久美子と二人で前に出る。
大部屋で、敵に気が付かれないように明かりは点けない。
闇に身体を沈ませて、敵の『侵攻』を待ち受ける。
「ワタルくん、来たわ……」
職業補正で夜目が利く久美子がそう言うが、俺には見えない。
ガシャ、ガシャと遠くから重たい甲冑が鳴る音が聞こえる。
闇から現れる、黒い輪郭がかろうじて見えた。
「やはり、明かりがいるか。久美子、爆弾ポーションを投げてくれ」
「分かったわ!」
どうせ狙った位置に敵を引きつける必要があるのだ。
敵の一団に向かって久美子が、爆弾ポーションを投擲した。
闇の中に起こる爆発。
その赤い閃光で、敵の姿が浮かび上がった。
次々と爆弾ポーションを投擲する久美子の横で、俺は『
ガシャン、ガシャンと敵は歩いて居るはずなのに、パッパッと瞬間移動しているように見えるほどスピードが速い。
クイックの魔法、こちらも対抗してかけておく。
敵の動きが鈍くなった。あの一団が固まってくる真ん中辺りの落とし穴を開く。
「いまだっ!」
スイッチを入れると、
あっけなく四体が落ちた。
「ワタルくん!」
久美子の悲鳴。
俺がスイッチを入れると同時に、敵は斬りかかって来た。四体は落とせた。
一気に六体ではない。
敵は突然の奇襲に動揺しているのか、こっちに対応出来たのは先頭の二体だけ。
それでも脅威、俺は黒死剣を受け止めたがもう一体の攻撃は受ける覚悟をした。
そこに久美子は忍刀を持って飛び込んできたのだ。
久美子は、もう一体の
「きゃああぁぁ!」
悲鳴を上げながら、壁に叩きつけられてぐったりとした。
俺は、一歩下がって久美子の身体を抱きかかえると、そのまま七海達が待っている扉のある通路に向かって走った。
俺の身体のスレスレを斬撃が通って行ったが当たらない。
クイックの魔法で速度を上げているから、当然だけど当たればただでは済まない重たい攻撃なので、ヒヤッとはさせられる。
「ふうっ」
「ごめんなさい」
扉の部屋まで逃げ込んだあと、久美子が俺にお詫びを言う。
「いや、むしろ助かった。よくやってくれた」
「九条久美子くん、後は僕が代わろう」
ぐったりしている久美子に変わって、俺と七海が待ち受ける。
爆弾ポーションの奇襲と落とし穴で混乱していた
「これでも喰らえ!」
俺はスイッチを押して、黒い兜の頭めがけて扉を下ろす。
ガランガランと音を立てて、鉄の門が黒死剣を引き抜いて駆け込んでくる
同時に斬り込んでくる敵の激しい斬撃を、俺は『
「うおおおおっ!」
俺は、敵の斬撃を力で押し返す。
進撃してきた敵は長い通路に詰まっているので、前に出ることも後ろに下がることもできない。ドカッドカッと、その黒い頭を重たい鉄の扉が殴り続ける。
「うああああっ!」
俺の隣で叫びながら、敵の斬撃に耐え凌いでいるのは『聖鉄の大盾』を構えた七海だった。
頭をガツンガツンと扉で削られ続けている
俺でも抑えるだけで苦労するのだから、ランクの低い七海はどれほど辛いだろうか。
七海は身が軋むような叫びを上げながら、それでも大盾を祈るように構えて黒い悪魔の斬撃を耐え続ける。地獄とも思える一秒一秒が引き伸ばされ、あまりにもゆっくりと過ぎていく。
「
後ろからは、七海ガールズたちの補助魔法が重ねて詠唱される。防護強化で、少しだけ楽になる。
さすがに黒川たちも、俺だけ避けて魔法をかけるなんて真似はしなかった。ここを持ちこたえられなければ、全滅するのだ。
「うああっ!」
ガキッと音を立てて、あれほどの強度を誇った『聖鉄の大盾』があっけなく砕け散った。
七海は辛くも黒鋼の剣で防ごうとしたが、敵を食い止めるには腕力が足りない。そのまま黒死剣で、すくい上げるように後方へと弾き飛ばされる。
「七海!」
「
久美子がすかさず、ウォールの呪文で入り口を塞いでくれる。
前にしか進めない
今度は、久美子と一緒に壁役を務める。
やはり久美子は強い、まともに喰らえば確実に吹き飛ばされる一撃を小刻みに位置を変えることでかわしきっている。
敵が扉を越えて飛び込んできたときだけ、交代したウッサーが
しばらくは、こいつらに任せておいて良さそうだな。
「うおおおおっ!」
俺は、目の前の一体に集中して『
ガシャンと音を立てて黒い甲冑が崩れ落ちる。
「はぁ……」
これでようやく一体殺れたのか。時間にして数分の攻防だと思ったが、長い長い時間に感じた。これは、どこまで持ちこたえられる。
自分戦いに集中しようとしても、隣で仲間が戦っているのがどうしても気になる。
一人なら、守るのも攻めるのも自分の身だけ心配していればいいのに。やはり俺は、一人で戦うほうが性に合っている。
そんなことを思って、溜息を吐く間も今は惜しい。ヘルスより減りが速いスタミナを回復するためポーションを飲み干す。
危なくなれば久美子のように魔法の壁を出せばいいが、マナだって無限じゃない。なるべくは温存したい。
そう思考したところで、敵が急に立ち止まり背を向けて引き返し始めた。
「エイッ!」
後ろを向いて逃げていく敵の背中に、久美子が両手を左右に振るってクナイを二本投げつけてガシャンと一体崩した。
さすが中忍の仕込み武器、斬撃レベルのダメージを叩き込んで倒したか。いくら最強職業の一つ忍者とはいえ、ランク上位の敵を屠るとは見事。
「久美子よくやった。しかし、なぜ敵は引いたんだ」
「分からないけれど、なんだか嫌な予感がするわね」
俺も久美子と同意見だ。ここは強引にでも押し切ろうとするターンだろう。
すでに犠牲を払った敵が、このタイミングで撤退する意味がわからない。
念の為に、俺はボタンで扉を閉じた。グワングワンと音を立てて閉じていく扉を見ながら、自問自答する。
考えろ、敵は何を考えている。勝てないと思い、一度撤退したのか。回り道はない、この道を突破するしか敵の『侵攻』のルートはない。
それを分からずに引いたか。しかし、敵は良いように各個撃破された矢先だぞ。
俺なら、意地でも撤退しないタイミングだが……。
「やった勝ったぞ!」
後ろから、そんな歓声があがった。誰だよ今言ったやつ!
あれほど気を張り詰めた後だ、そんなことを言えば誰だって弛緩してしまう。それが、命取りになりかねないのがなぜ分からない。
「バカッ、まだ気を抜くな!」
俺は振り返って怒声を上げた、これで終わりとは限らないのに!
そんな悪い予感を裏付けるように、何もしていないのにまたグワングワンと音を立てて目の前の扉が開いた。
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