第30話「開いた扉」

初級ロー 反作用ゾー


 それは月文字を二つ組み合わせただけの、もっとも単純で基礎的な魔法の一つ、オープンドア。

 遠距離から反作用のつぶてを飛ばして、扉を開ける。たったそれだけの魔法。


 ジェノサイド・リアリティーで死活を分けるのは最強魔法などではなく、誰もが油断する隙を突いて使われる最も初歩の魔法なのかもしれない。


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 俺は扉を閉めるのは間に合わないと思い、先に透明壁を出した。

 中級では、成功確率が百パーセントとはいえない。だから初級。


 大丈夫だ、初級でも二回の攻撃なら耐える。

 予想通り隙を突いて、二本の黒死剣が俺の作った透明壁に突き刺さった。


 一気に攻撃されるのは二体まで。

 だったら二撃目で、初級のウォールの魔法が打ち破られた瞬間に、もう一度重ねがけすればいい。


 その俺の予想は裏切られた。

 透明壁突き刺さったのは、二本ではなく四本!


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 消失した壁の代わりを作ったときは、もう遅かった。壁のこっちがわに、身をねじ込むようにして、二体がぐるりと前宙返りで飛び込んできた。

 誰も何も、反応できない。


 もはやゲームではなくなったジェノリアの常識破り。

 前の二体が突き上げながら屈んだことによって、後ろの二体が飛び込む隙間を作ったのだ。


 結果として、四体の同時攻撃。

 決して崩れることの許されない、防衛ラインの決壊。


「逃げっ――」


 俺が叫ぶまでもない、誰もが分かっていた。

 そして、誰かが叫んだその掛け声はあまりに遅すぎた。


 幸運と不運。

 幸運だったのは、たまたま前にいて黒の騎士ブラック・デスナイトの一体に対応したのがウッサーであったこと。


 ウッサーは、黒の騎士ブラック・デスナイトの鋭い横薙ぎを跳んでかわした。

 それだけでなく、前蹴りで弾き飛ばした。


 その動きはもちろん余裕ではない、黒の騎士ブラック・デスナイトは曲芸めいた着地から、ノーモーションで最も当たりやすい横薙ぎを放ったのだ。

 ウッサーが辛くもその一閃をかわして放った蹴りは、兎月流兎塵脚うげつりゅう・うーじんきゃく。ウッサーの部族に伝わる武闘の奥義であった。


 不幸は、黒の騎士ブラック・デスナイトのもう一体に対応したのが、アスリート軍団の一人であったこと。

 得意気に鋼鉄のロングソードとバックラーを構えていた彼は、バックラーごと真っ二つになった。


 見間違いではない、真っ二つだ。

 前宙返りの勢いのまま、まっすぐに振り下ろされた黒死剣は、やすやすと鉄で出来たバックラーごと、ロングソードの彼の得意げな笑顔もそのままに股の下まで両断した。


 不幸中の幸いは、死んだ彼がおそらく苦痛を感じる間もなく逝ったことか。

 あまりにも速いその斬撃は、相手に自分が死んだことすらも感じさせない。


「ワタルくん!」


 久美子の叫び、次の透明壁の呪文は自分が出す。

 そういう声だと、俺は判断して一刀のもとに剣士を真っ二つにした黒の騎士ブラック・デスナイトに斬りかかった。


 みんなは逃げるだろう、逃げるよな。

 逃げるしか無い。


 そして、その時間を戦える者が出来る限り稼ぐしかない。

 俺が一刀引き受ければ、一人の命が助かる。


「うおおおお――ッ!」


 黒死剣を振り下ろした黒の騎士ブラック・デスナイトめがけて、俺は裂帛の気合で『孤絶ソリチュード』を叩き込んだ。

 俺の体重を乗せた全力の斬り込みに、ガッシャンと音を立てて黒の騎士ブラック・デスナイトは倒れこんだ。


 俺はそのまま倒れた黒の騎士ブラック・デスナイトの身体を蹴って、前へと跳ぶ。

 そのまま留まれば死しかない、そんな冷たい予感が全身を駆け抜けた。


 飛び込んで、再び敵に向かって『孤絶ソリチュード』の柄を握って構えたとき、攻撃を受けたと思った予感が正しかったと知ったが、喜んでいる暇はない。

 辺りはもう血の海だった。


 先ほど黒の騎士ブラック・デスナイトに真っ二つにされた剣士の身体から、一瞬遅れて血柱が吹き上がっている。

 俺の後ろから斬り込みにかかっていた黒の騎士ブラック・デスナイトは、ウッサーに再び蹴り飛ばされていた。


 だが、敵の攻撃は二体では済まない。

 久美子が放った中級のウォールの呪文でも、一気に四本の突き込みによって壁が蒸発させられて、一体が前宙返りで大部屋に飛び込んできた。


 久美子は再び詠唱を繰りだそうとしているが、中級のウォールの成功確率は久美子でも百パーセントではあるまい。

 失敗した瞬間に、黒の騎士ブラック・デスナイト六体全てが入ってくる。


 そうなれば、全滅。それまでには、撤退する。

 俺は自分が助かるために、全てを切り捨てる覚悟をした。逃げ足の一歩遅かった者、トチ狂って実力差のありすぎる敵に立ち向かおうとした者。


 それが男か、女か。

 その理由が、悪か、善かなど、関係あるものか。


 その全てに、生きる権利はない。

 ジェノサイド・リアリティーでは、生きる資格がない。


「うおおおおっ!」


 逃げ切れなかったのが、九条久美子でも、ウッサーでも、七海修一だろうと俺は切り捨てる。

 だが頼む、せめてあと一刀だけでも持ちこたえさせてくれ。


 たった一度の死力でもいい『孤絶ソリチュード』よ、どうか俺に全力以上の速度と力を!

 俺は祈るような気持ちで、黒の騎士ブラック・デスナイトに振りかぶって斬り下ろした。


 もっと早く、もっと早く、あと一刀。

 今度はすくい上げるように、宇宙の全てを斬り裂く孤高の刃を叩きつける!


 俺の一刀で、目の前の黒の騎士ブラック・デスナイトの首が断ち切れて、ガシャンと音を立てて崩れ落ちた。

 祈りで奇跡が起きた、なんてことはない。たまたま、弱った敵にクリティカルな一撃が当たっただけだ。


 ああそうだ、現実はいつだって残酷だ。

 久美子も、ウッサーも、七海修一も、三上直継も、アスリート軍団の名前も聞いてなかった男たちも、全員が立ち向かっている。


 もう二人、いや今三人が死んだ!


 こいつら、どうして、みんな逃げないんだよ。

 全員死ぬのに、全員死ぬんだぞ。分からないはずないだろ、どうして逃げない!


「クソッ!」


 あと一刀だけだ、あと一刀だけ、このデスゲームに付き合う。

 俺の『孤絶ソリチュード』は、お前らとは出来が違うんだ。クリティカルヒットが出せれば、黒の騎士ブラック・デスナイトごときにっ!


「きゃああああぁぁ」


 その瞬間、耐え切れなかったのか、もともと逃げようとして出来なかっただけなのか。

 黒川穂垂くろかわほたるが綺麗な巻き髪を揺らしながら、狂ったような叫びを上げて、奥の部屋へと逃げた。


 七海ガールズ達も、黒川が逃げたのでそれに釣られて走る。

 奥へ、安全な部屋へ、口々に甲高い悲鳴を上げながら逃げ去る。


 まっ、あいつらといえど女子だ。

 誰かは助かるなら、死んだ奴の価値もあるかと思った瞬間、奇跡が起こった。


 奇跡、奇跡、僥倖、僥倖!

 まさにミラクル!


 黒の騎士ブラック・デスナイト三体が、恐慌を起こして逃げ出した黒川達に誘われるように、後方の部屋へと追いかけていったのだ。

 しかも、黒川たちは扉を閉めなかった。


 アホだ、冷静に扉のボタンを押しさえすれば食い止められたのに。

 まるでわざと囮になったように、五人が五人とも扉を閉めなかった。スルッと、吸い込まれるように奥の部屋へと消えるガールズの五人と、黒の騎士ブラック・デスナイト三体。


「うははははっ!」


 笑ってはいけない。笑ってはいけないシリーズなら、ケツバットを食らうところだ。

 酷いぞ俺、あいつらは自らの命を犠牲にして、囮になったのかもしれないじゃないか。


 でもそんなのどうでもいい。残り二体だ。囲めば、楽勝!

 そう残った戦士たちと言葉をかわす必要すらなかった、


 俺は続けざまに二刀を、黒の騎士ブラック・デスナイトに叩き込んで破壊!

 その間に、ウッサーと久美子と七海と三上が連続で攻撃を繰り出して、残りの一体を叩き潰していた。


 ふんっ、全部俺が殺りたかったんだが、お前らもやるじゃないか。

 そう言おうとしたら、七海が奥の部屋に飛び込もうとしたので慌てて止める。


「おい待てっ、扉の前に引き寄せて確実に倒すんだよ!」

「でも黒川穂垂くんたちを助けないと!」


 そいつらは見捨てるんだよ、当然だろ。

 そう言いたいところだったが、まだ七海に好印象を与えようキャンペーン期間中だったな。


「黒川達が、なんで自ら犠牲になったのか考えろ!」

「そんな、なんでそんな……」


 我ながら苦しい理由付け、これでも嘘はついてないつもりだ。叫びながら、後ろの部屋へと消えたあいつらは本当に囮になるつもりだった可能性もある。

 その確率はゼロパーセントと表示されるが、このゲームでは小数点以下を切り捨てているため、実際は小数点以下の確率で存在する。


 えっとつまりは、まずそんなことはないけれども、言い訳は必要だろうってことだ。

 みんなが戦おうとして立ち向かったのに、いくら戦闘力のない女子だったからといって逃げ去った黒川達を助けようという奴は、七海修一以外にいないだろう。


「七海、真城の指示に従うんだったよな」

「そうだったね……」


 三上のさりげない提案に、七海修一もついに黒川達を見捨てた。

 わざと囮になったなんて、俺自身が信じてない俺の言葉なんて、信じてる奴は居ないだろうな。


 いいぜ、俺が悪役ってことで構わない。

 あいつらを見捨てたのは俺のせいだ。


「しかし、黒川達はどのくらいまで引っ張っていったかな」


 奥の部屋の扉の奥を覗きこむが、暗くなっているので窺い知れない。

 本当に囮になって全力ダッシュして、落とし穴にでも転げ込んで逃げ切ったら助けてやってもいいんだけどな。


 気に食わない連中ではあったけど、積極的に死を願うほど恨みはない。

 だが助かったとはとても思えないな。


「真城くん、来るわ!」


 久美子は、拾った物の再利用なのか、誰のものか知らない血に染まっているクナイをやってくる三体の黒の騎士ブラック・デスナイトに投げつけた。

 俺もタイミングよくボタンを押して、下りてくる扉で二体の頭を叩く。さっきとは違い先方がしゃがんで、後ろが跳び込んで来るなんてことはなかった。


 そんなことをしたら、それこそ後ろにいるウッサー達がタコ殴りにしていたからな。

 結局、扉ハメを利用して一体倒したところで、二体は引き始めて傷付いていた残り一体を俺が一刀のもとに斬り伏せて、残り一体を他の連中がタコ殴りにして潰した。


 俺だけではなくウッサーや久美子、七海のグループ達も先ほどより、ずっと強くなっているのを感じる。

 死闘はランクを成長させるということか。それだけではなく修羅場をくぐり抜けて生き抜いたというのが大きいのかもしれない。


 死闘の一秒は、一日の訓練に優る。

 黒の騎士ブラック・デスナイトを殺れたのだから、それ以下の敵には負けないという自信がつく。


 念の為に、黒川達が生きていないか後ろの部屋を探してみたが、予想通り全滅だった。

 綺麗に逃げた順番に身体を真っ二つにされて死んでいる。縦に真っ二つになっている女の子と、横に真っ二つになってる女の子が居たが、死に際はまだ顔が綺麗なだけ横のほうがましだな。


 脳や心臓がやられなくても、胴体から真っ二つになると人間はすぐ絶命してしまう。

 なんでだろうな。死因はショック死だろうか、出血多量だろうか。


 綺麗な切断面から、脊椎が見えて肝臓やよく分からない臓器がはみ出している。これで生きてても怖いんだけど。

 黒川穂垂だけはかなりねばって逃げたらしく、奥のもう一つ奥の部屋まで逃げ込んでいた。


 来るのが遅かったのは、これが理由か。

 明かりの魔法を点ける暇もなく、まともに抵抗出来たとも思わないが、それでも鋼鉄のショートソードも握っていて血溜まり沈んではいる。


 割合と綺麗な死体だ。顔は綺麗だったが、瞳孔を見開いて酷い形相をしていた。今にも蘇って叫びだしそうな感じ。もちろん息はないのだけれど。

 死因は、黒死剣で胸を一突き。


 七海達は、彼女らを弔って出来れば上の街まで死体を運びたいようだが、それはさすがに無理じゃないかと思う。

 どうするかは俺の知ったことではない。


 もしあのとき、七海を俺が止めずに助けに行ったら黒川だけは助かったかもしれない。

 もちろん助かる可能性のほとんどない黒川を助けに行って、七海修一が死んでは困るので俺の判断に間違いは無いと思う。


 そう思うが、助けられた可能性があったと思えばあまり黒川の顔を見ていたくはなかった。


 元の部屋に戻って、アスリート軍団のほうの死体を見る。

 寝かされている死体は三人、一人は真っ二つにされていた剣士で、もう一人は攻撃した黒の騎士ブラック・デスナイトが余裕がなかったのか、身体中をメッタ斬りにされて、手足が半ばから断ち切られている。


 可哀想に、こういう死に方が一番痛かっただろうに。

 それに比べれば、もう一人の死体は幸運だった。


木崎晶きざきあきら……」


 鋼鉄の胸当てをざっくりと割られるようにして死んでいる。心臓を機械じみた正確さで、一突きされているのは、黒川と一緒だな。

 あの乱戦のなかで、黒の騎士ブラック・デスナイトも器用な真似をやる。


 そんな死に方だから、木崎の死体は綺麗だった。


 こんなときなのに、赤く染まった膨らみを見て、晶は意外に胸があったんだなとか思ってしまう男ってどうしようもないよな。

 自分のゲスさに、泣きたくなるほどの嫌悪感がある。


 木崎晶は、俺がヘマをしたら助けてくれると言っていた。

 嫌味だったとは分かっている。しかし、言葉通りになるとたまらない。


「クソ……」


 人の名前なんて覚えるものじゃない。しかも、多少でも会話をした相手が自分の責任の下で死ぬのは、後味が悪すぎる。

 生徒全ての名前を記憶している生徒会のリーダー七海修一は、ずっとこんな思いをして戦い続けているのだ。


 どんなに綺麗事ばっかり言う奴でも、俺はやっぱり七海はすごい奴だと思う。

 俺ではきっと、耐えられない。


 やれないことはないかもしれないが、だとしてもゴメンだ。

 だから俺は一人のほうがいい。


 俺がそう思って、晶の瞼を閉じてやろうと思った瞬間、ガッと眼が見開いたので俺は総毛立った。


「ゲホッ……」


 木崎晶は、口から血を吐いた。

 まさか息を吹き返したのか。


「おい、木崎、木崎晶! しっかりしろ」


 心臓が潰れるほどの勢いで大剣に胸を刺し貫かれているのに、生き返るなんてあり得るのだろうか、さっきまで息が止まっていたよな。

 俺が慌てて口の中の血を吐かせてみると、弱々しいがかすかに息をしているように感じる。


「ガハッ……」


 また咳き込んだ、ポーション、回復ポーション。

 もどかしく、リュックサックを漁る。


「飲め。木崎、おいしっかりしろ、これを飲め」


 口に青色の回復ポーションの瓶を押し込んでやるが、口に溜まるだけで飲まない。

 クソッ、これじゃどうやっても死んじまうんじゃないか。


 無駄になるかもしれないと思っても、やらないわけにはいかない。

 俺は自分の口に回復ポーションを入れて、口移しで飲ませてみた。


 こんな経験初めてで上手く出来るわけもないが、なんとか口の中に押しこむ。

 少しだけ喉がゴクリと動いた。


 なんどでもやる。失敗して肺に入ってしまった場合も、ポーションは効くのか。

 分からない、何が知識チートだ。分からないことだらけだ。


 これ蘇生措置とかも一緒にやったほうが良かったんだろうか。

 やり方がわからないからどうしようもない。覚えておけばよかった。


「はあ、頼むから、飲んでくれよ……」


 見回しても誰も居ない、こんなときにみんな何処にいったんだよ。

 俺がやるしか無い、回復ポーションを口移しで飲ませるごとに、胸の傷口が少しずつ塞がるような気がする。


上級ハイ ヘルスリス


 俺は何度でもハイポーションを作って、口移しで飲ませ続ける。

 俺に出来ることは、それしかなかった。

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