第24話「地下水の溜まるところ」

「おっと」


 地下七階、ロープから降りたつなり、足が滑りそうになる。床にヌルっとした水草のようなものがまばらに生えてる。

 少し進むと、流れの早い川に突き当たる。水しぶきが顔に当たり、滝のような音も遠くに聞こえた。


 濃厚な水の匂い、ここ地下七階は地下水が大量に溜まる、水辺エリアになっている。

 溜まった地下水が流れ込み、水生モンスターの宝庫になっている。


 ちょっと毛色の変わったモンスターが見られる階層だ。

 突き当りの水路に面した通路を歩いていると、俺の足を聞きつけたのか、水の中からザバッと半魚人マーマンが姿を現した。


 上半身が青い鱗に覆われていて、下半身のみ革のズボンを付けている。ボタボタ水滴を垂らしながら通路に上がってきたのは三、四、五体か。

 皆、手に鋭い刃の付いた銛を持っていて、前に立ちはだかり威嚇してくる。


「ギィー!」


 奇妙な叫び声だった。


「どうした、掛かってこないのか」


 こちらも『孤絶ソリチュード』を抜いて待つ。

 足が滑りそうなので、あまり派手に動きたくはない。


初級ロー ポイズ 飛翔フォイ!」


 先頭の半魚人マーマンが、俺に向かって詠唱、毒の矢を飛ばした。

 緑色の小さなやじりを、俺は『減術師の外套ディミニッシュマント』で弾く。


 俺は毒耐性がかなり鍛えられているので、この程度の毒攻撃、どうってことはないんだが。

 まあいい、考えるのは後だ。


 俺は、連中が次々に飛ばしてくる毒の矢をかわしながら、先頭の半魚人マーマンの首を構えた銛ごと、刀の先で跳ね飛ばした。

 あと四人、半端に知性がある敵は逆に殺りやすい。俺の圧倒的な強さに恐怖するから、連中は逃げ腰になる。


「おらよっと!」


 ザクッザクッと、動揺した左右の敵の心臓を突き刺して、あと二体。

 二体は、ザバッと水の中に飛び込んで逃げようとする。


中級ミドル 放散フー 電光ディン 飛翔フォイ


 俺は底に向かって、電撃の魔法を飛ばした。

 手から眩いばかりの稲妻が放たれる。


 見た目だけは華々しいが、威力はさほどでもなく詠唱が長いためにマナの消費も大きく炎球ファイアーウォールより劣った呪文なのだが。

 炎よりも水に強いという特性がある。


 水の中に逃げ込んだ敵は感電したのか、プカッと浮かび上がった。口から泡を吹いて痙攣しているそいつらを、ザクッザクッっと一突きで殺した。

 他愛もないものだ。


「それにしてもおかしい」


 出てきた宝箱を無視して、俺は足を滑らせない様に半魚人マーマンのまき散らした青い血と水でヌメった通路を進む。

 半魚人マーマンは、知性があるという設定ではあったが魔法を使うような種族ではなかった。


 モンスターの強化されたバージョンが、モデルになっているということだろうか。

 しかし、強さの底上げといってもモンスターの堅さや数が変わるだけで、呪文を使えるようになる改造がされたものはなかったはず。


「進化したと考えたらどうだ」


 ジェノサイド・リアリティーが始まって十日……。いや、俺たちがやってきたのが十日というだけでこのダンジョンはもっと前から発生していた。

 三階の殺鬼マーダートロールは百人の冒険者を斬ったと語った。六階まで到達したラビッタラビット族の集団パーティーはもっと前から冒険していた。


 このダンジョンがそれだけの戦闘経験の蓄積を重ねて、俺が知っているジェノリアよりも進化しているのだと考えればどうだろう。

 知性のある敵が、新しい呪文を覚えるぐらいのことはあってもおかしくない。


 そう考えると……なんだか、眠気が。


「チイッ、今度は人魚マーメイドかよ」


 水路の向こう側に、竪琴を持った人魚マーメイドが居た。こいつらは半魚人マーマンとは違い、下半身が魚だ。上半身は、オッパイ剥き出しの目付きが鋭い女に見えるのだが、モンスターである。

 俺は懐から、ラピスラズリを出して使う。これは、眠気覚ましになる宝石だ。


 人魚マーメイドは、相手を眠らせて攻撃するという厄介な性質がある。

 たとえ眠ってしまっても、攻撃されれば衝撃で目が覚めるので問題無いとも言えるが、他のモンスターと一緒だと危うい。


 単独プレイの俺には、天敵になりかねない相手。

 女の形をしていても、見えた段階で殺さなければこっちが殺られる。


上級ハイ イア 飛翔フォイ!」


 大きな火球ファイヤーボールがまっすぐ飛翔して、小岩の上に屯っていた人魚マーメイド二体を一瞬で焼き尽くした。

 上級ハイクラスの魔法が成功すると、成長を感じる。


 次に現れたのは大海蛇シーサーペントだった。

 割と広くスペースが取られて川のように地下水が流れているわけだが、人を丸呑みにする竜のような首と、長い長い蛇の体はこんな場所で棲める生き物とも思えない。


「狭苦しいところで、こんなでかい奴が何食って生きてるんだろうな」


 大きな口を開けて襲い掛かってくるが、俺は思いっきり縦に『孤絶ソリチュード』を振るって両断した。

 腕にかかるずっしりと重たい衝撃に耐える、派手に飛び散る青白い体液を真っ向から浴びた。


「ふうっ」


 これだけの質量の攻撃を真正面から、ズバッと斬り伏せることのできるのだから、俺の実力は上がってきている。

 もっとも大海蛇シーサーペントは、ボスクラスなのは見た目の大きさだけで、知能が低いせいか単調な攻撃しかしてこない雑魚だからということもある。


 これで水の中に引きずり込まれたらこっちが危ういのだが、わざわざ陸の通路に首を突っ込んでくるのだから、これは斬り刻んでくれというようなものだろう。

 スパっと頭を縦に割られてものたうち回っていたが、さらに『孤絶ソリチュード』の長い刃を叩きつけてやると、呆気無く首が落ちた。


 首が落ちても、長い胴体はしばらくのたうち回っていたが。

 そのうちに動かなくなって、大海蛇シーサーペントのデカイ死体は水の上にぷっかりと浮かぶ。


「こいつも食べられるはずだけどな」


 ナイフを取り出して、頭から少し身を切って食ってみる。

 何といえばいいんだろうなこの味。


「魚肉というより、蛇肉になるんだろうな……」


 身は赤黒い。赤身の魚とも違う、灰色の身に血の赤が乗ったようなあまり美味そうにはみえない色だった。同じ地下水に住んでても、魚肉とは違うようだ。

 味は見た目ほど悪くない。脂は少なく肉質は硬め、豚肉と魚肉の中間のような味だけど、身はサクサクとして大味だ。


 栄養はありそうだから、ダンジョンではこれで十分ご馳走だ。

 クセがないのが特徴で、生で食べてもそんなに美味くも不味くもないが、調理すれば化けそうな気もする。


「ここで、飯にするか」


 戦闘していると気にならないのだが、ちょっとでも食い物を口に入れてしまうと腹の虫が鳴き始める。

 そういえば、和葉が作ったポトフの残りを容器に詰めて持ってきておいたのだ。


 さすがにスープまでは持ってこれなかったが、スープの味が染みた野菜と一緒に食えば大海蛇シーサーペントのぼやけた味も、多少は引き締まるというものだ。


 こんな贅沢ができるのは、今回限りだけどな。


「よし、元気が出た」


 俺はその場で食えるだけ食うと、大雑把に切り分けて大海蛇シーサーペントの肉を荷物に詰めておくことにした。

 大味な海蛇肉でも、ダンジョンで手に入る食材の中では一級品の食料である。大事に食いつないでいかないといけない。


 しばらく、ウネウネした通路を進む。

 その間に、眠りの魔法を仕掛けてくる人魚マーメイドに何体か出逢ったが、全部炎球ファイヤーボールで焼き尽くした。


 別に女の形をしているものを斬るのが嫌だというわけではなくて、連中は補助魔法型サポートタイプなので、近寄ってこないからだ。

 この階のモンスターは、連携というものを知らないらしく異なったタイプのモンスターがまとめて出てくるということはなかった。


 この階層で使うことを意識して、緊急用に眠気覚ましのラピスラズリを溜めておいたのだが、それほど必要なかったかもしれない。


「さてと、そろそろ目的地は近い」


 ボスの部屋にまっすぐ進むわけではなく、俺は大きく迂回した順路を辿っている。


「この辺りだったよな」


 水辺にそっと足を踏み入れると、やはり極端に水深が浅くなっているところがあった。ここだけは泳がなくても普通に水の上を歩けるのだ。

 革のブーツに、地下水を泳ぎまくっているピラニアが噛み付いてくるが、さくっと『孤絶ソリチュード』で刺して殺す。


 こいつらも、食えたはずだが。

 まあやめておこう。


 小さい魚は生で食うのが抵抗あるし、鱗がガリガリで歯が尖っているので食うのが面倒そうだ。

 どうせ骨ばってマズいに違いない。


 地下水の川を渡り終えると、向こう岸に進むと大部屋に突き当たる。広場の中心には大きな噴水があり、そこに大量の半魚人マーマンが生息していた。

 半魚人マーマンの大集落だ。


 一斉に「ギィーギィー」悲鳴のような声をあげて襲い掛かってくる。


「いいぞ、相手してやる!」


 十五匹か、いや二十匹近くいるか。

 数が多すぎてパッと見て分からないが、逆に大広間にこれだけ居れば殺すのが簡単だとも言える。当たるを幸いに、俺は一刀で二匹をペースになぎ倒しまくった。


 こいつらは銛こそ装備しているものの、さっきの半魚人マーマンのように、毒の矢の魔法を使ってきたりはしない。

 どうも、さっきの連中とは違うようだ。


 そう思ったら、今度は後ろからナイフを投げてくる奴が居た。

 避けきれずに腕で受けたが、硬い鎖帷子リングメイルのお陰でかすり傷で済む。


「やってくれたな!」

「ギャー!」


 ほとんどは、単調に向かってくる弱いモンスターなのだが、中に頭の良い奴が混じっているように思える。

 魔法が使えたり、間合いを測って飛び道具を駆使してくるようなのは手強い。


 俺は囲まれないために一旦退くと、敵を通路に引っ張るように心がけて殺していく。

 狭い通路なら、何匹いようが相手にするのは二匹で済む。


 同じ半魚人マーマンでも、考えもなく飛び込んでくる奴は弱く、後ろから援護攻撃を仕掛けてくる奴は手強い。

 前の敵を斬り倒しながら、遠距離攻撃に備えるのは多少手間だが、多対一の戦闘にもだいぶ慣れてきた。


「まっ、コイツラは大したことはないな」


 巨大なドラゴンに比べりゃ、こいつらは単体では人間と同じぐらいの強さしかない。

 しかも陸に上がっているのだから、どれだけ数がいようが負けっこない。


 俺がもし半魚人マーマンなら、何とかして冒険者を地下水の底に引きずり込もうとするけど、そこまでの知恵はないのだろう。

 だいたい半数以上を斬り殺した辺りから急に楽になった。こちらへの攻撃を止めて、逃げ出そうとし始めたからだ。


「逃げようにも、広場の出口がこっちしかないんだよな」

「ギィー!」


「ほら、もっと必死に逃げろよっ!」

「ギャー!」


 恐慌状態を起こして、壁際に固まって右往左往している連中を斬り刻んでいく。

 それでも、俺が殺しているうちに何匹かは逃がしてしまったようだ。


「ふんっ、逃げたか」


 考えると、一階で俺が相手にした生徒たちより、味方を犠牲にして逃げ切る奴がいるだけ半魚人マーマンの群れのほうがよっぽど賢いとも言えた。

 追いかけて殺そうかとも思ったが、時間の無駄なので止めておく。今逃げた奴は、戦闘経験値が上がって手強い敵となるってシステムなのかもしれない。


「進化するダンジョンか」


 面白いフレーズだ。殺しきれなかったために、部屋の四隅でのたうち回っている半魚人マーマンに止めをくれてやりながら、俺は考える。

 ゲーム知識だけで過信しないように用心はしなければならないが、敵が強くなるのは面白いと思えた。


 それが理不尽な進化ではなく、公平フェアな進化であれば、受けて立つのもまんざらでもない。

 このまま攻略通りにことが運んでは、面白く無いではないか。命の危険は覚悟の上で来ている。


 俺は回復ポーションを飲みながら、投げナイフで削られてしまった鎖帷子リングメイルを見る。

 ゲーム知識にあぐらをかいて強くなった敵に殺られたら、俺もゲーマーとしてそれまでだったということ。


 怪我は未熟の証で、逆に言えばその分だけ強く成れるということでもある。

 痛い思いをするから、人間は学習する。死なない程度の苦難なら、むしろ喜んで受け入れよう。


 俺は武器を『孤絶ソリチュード』から霊刀、怨刹丸おんさつまるに持ち替えてから、無人になった広場の噴水の中に足を踏み入れる。

 そうして、噴水の中心に手を突っ込む。


「あった……」


 手に触れた物を掴んで引っこ抜くと、『水精霊のブーツ』が出てくる。

 しかし、それと同時に広場の四隅に水精霊ウォーター・エレメントが発生する。


 水竜巻のような形をした霊体、こいつらもモンスターだ。レアアイテムである『水精霊のブーツ』を噴水から引き抜くと、封印が解かれて出現する。

 俺が噴水から飛び出ると、四隅から電撃の魔法を飛ばしてくる。


「無詠唱……」


 いいなコイツらは、詠唱なしで魔法を使えるようだ。

 小さい電撃だから下級ローだろうが、一気に四発である。おちおち噴水の中にいたら感電で強いダメージを食らっていただろう。


 感電で気絶してしまえば、その場で一巻の終わりゲームセットだ。


 初見殺し回避、ここではまだ俺のジェノリアの知識は生きている。


「それもどこまで続くかだがっ!」


 どれでも一緒だが、一番近い水精霊ウォーター・エレメント怨刹丸おんさつまるで斬りかかる。

 一刀では殺せないか、二回振って掻き消えた。


 その間に三体の水精霊ウォーター・エレメントが俺に向かってまた電撃の魔法。


 気配があったから、しゃがんで辛くも避ける。頭の上で三発の電撃魔法がぶつかって、バシュと激しい火花が散った。


「ハハッ、ギリギリセーフ」


 なんか楽しくなってくる。

 ヒヤヒヤすると面白いよな、わけわからんけど。


 俺は、ズンズンと進んで次の水精霊ウォーター・エレメントに無造作に怨刹丸おんさつまるを振るって倒す。


 また電撃魔法がきた、今度は二発。

 しゃがんで避ける。やっぱり単調だ、魔法はダメだな。射線が直線に限定されるというのは割と致命的な要素だ。


「これが、下級魔法でなければ違ったんだろうがな」


 俺は、もう一体を斬り刻む。

 竜巻を斬っているようなものなので、手応えがないのが寂しい。


 もはやルーチンワークになった動きで最後の一体を斬り刻むと、俺はさすがに呼吸が乱れるのを感じた。

 ヘルスとスタミナはポーションで回復するが、すり減らした神経までは休まらないものだ。


 しかし、これで『水精霊のブーツ』をゲット。

 これは普通にブーツとしても高性能だが、次の地下八階で大活躍してくれる。さっそく革のブーツを捨てて履き替えておく。


「あとは、ボスだけだな」


 俺は適当に、出てくる半魚人マーマンを斬り飛ばしながらボスの部屋へと直進していった。

 だんだんと石畳が綺麗になり、水音が遠ざかる。ボスの部屋は、水辺のゾーンではない。下への階段が近いから、そこまで濡れると困るという配慮だろうか。


「さてと、ポセイドン居るかな」


 青い豪華な意匠の付いた門を開けながら言った。


「ポセイドンではない、エノシガイオスであるよ。冒険者」


 玉座のように部屋の真ん中に置かれた大きな椅子に男は腰掛けていた。

 腰みのを纏った身の丈二メートル近い半裸の男。


 屈強な筋肉は、ヘラクレスを思わせるがコイツはそれよりもさらに偉いギリシャ神話における海の神様である。

 いや、その劣化コピーでせいぜい地下水の支配者といったところか。


 立ち上がると、三叉の矛を構えた。あれが『三叉の神矛トリアイナ』である。ただでさえ手強い敵に、強力な武器。

 地下七階までくると、ボスも力押しではなく技巧を凝らすようになってくる。


「お前は、冒険者なのに不意打ちしてこないのであるな」


 俺が、ジッと『孤絶ソリチュード』を構えて対峙していると、悠然と神矛トリアイナを構えたエノシガイオスは、不思議そうに言った。


「不意打ちしてくるものなのか、冒険者ってのは」

「余が相手をしたのはそうであったな、みんな部屋に入ってくるなり魔法なり飛び道具なりを投げてくるものであった」


 なるほど、やりそうなことだ。


「俺と戦い方の似ているお前とは、真正面から殺ってみたかったんだ。俺はちょっと、毛色が違うのかもしれん」

「ふうんっ、一人で正面からか。久しぶりに骨のありそうな武人と戦えるとは、面白そうであるよ」


「そうだ戦う前に一つ聞くが、半魚人マーマンに毒矢の魔法を教えたのってお前か」

「おう? ……そのようなこともあった。魔法が書いてある巻物を見つけて、退屈しのぎに教えてやったのだが、所詮は付け焼刃。お前がここに来たところを見ると、役には立たなかったようであるよ」


 なるほど、コイツが教えたのか。


「なあもし、全ての半魚人マーマンに呪文を教えて、総勢で待ちぶせさせていれば俺だって殺せたんじゃないか」

「無理であるな、いつ来るわからぬ冒険者をずっと待てと言っても、愚かな半魚人マーマンどもは言うことを聞くまい。それに……」


「それに?」

「そんなことで冒険者が来なくなっては余がつまらんではないかっ!」


 エノシガイオスは、『三叉の神矛トリアイナ』で突きかかってくる。大きく筋肉を盛り上がらせた上背から、突き下ろす重たい一撃。

 小細工はない、ただ全力で打ち込んでくる。


 俺はそれを、正面から『孤絶ソリチュード』で受け止める。

 押し切ることもできないし、こちらが押されることもない。


 力押しは俺と互角か。

 対等に打ち合える相手を得て、俺は全身が喜びに震える。


「強いじゃないか、海蛇よりは楽しめそうだ」

「泉の守護神である余を、大海蛇シーサーペントごときと一緒にされては困るのであるよ!」


 スプラッシュトライデントか。

 エノシガイオスが大きな三叉の矛を振るうたびに、激しい水しぶきが起こり嵐が吹き荒れる。


 この程度の虚仮威しなら、俺だって出来るぞ。

 左右に斬り結ぶと、空気が震える音とともに白い軌跡エフェクトが走る、サムライブラスト!


「少しは出来るようだ」

「こちらのセリフであるよ!」


 ブンブンとエノシガイオスが『三叉の神矛トリアイナ』を振り回すと、物凄い嵐が起きた。

 吹き飛ばされそうになり、足を踏みしめる。


 斬りかかってやろうとするが、まったく隙が見えない。

 バカ正直に、刀だけで戦わなくても良いか。


中級ミドル イア 飛翔フォイ!」


 中級の炎球ファイヤーボールを飛ばす。

 上級は確実性にかけるし、相手の隙を作りたいだけなのでこれでいい。


「ぬおっ!」


 バッと火の玉が炸裂すると、欲しかった隙が生まれた。

 魔法抵抗力の強いエノシガイオスには、炎球ファイアーボールなど何の痛痒もないだろうが。


 知性を持つ肉体であるからこそ、炎には身体がこわばってしまう。

 俺は、その一瞬の隙に素早く打ち掛かる。


 体勢を崩しながらも、エノシガイオスはしっかりと矛で刀を受け止めたが、ザックリと肩口まで刃が通った。

 そのまま一思いに殺してやりたいが、押し切れない。刀を引いて一歩下がる。


「次で終わりにする!」

「勝ったと思うなぁぁ!」


 もはやこれまでと思ったのか、渾身の突き技を見せるエノシガイオス。

 二の太刀いらずの気迫がこもった激しい突き上げだった。


 命を懸けた一撃は強烈で、刀で受けても受け切れない。

 だからこそ、動きは大きく隙も生まれる。


 三叉に刀を当てて、そのまま弾きつつ腰を沈める。

 ギギギッと硬い鋼同士がこすれ合って火花が散った。


 そのまま無防備になったエノシガイオスの懐に飛び込むと、横薙ぎに力強く刃を叩き込んだ。

 防具も身に着けていない半裸の腰に、鋭利な刃がズブリと入る。


 スルッと刃が胴体に通り、呆気無くエノシガイオスの上半身が回転しながらちぎれていった。

 『三叉の神矛トリアイナ』を構えたままで、エノシガイオスの身体は真っ二つとなった。


「ハァ、ハァ……」


 驚愕に顔を歪ませ、目を見開いたまま絶命しているエノシガイオスの間抜けな顔は、こんな状況でなければ笑ってしまえたのだろうけど。

 俺は、胸にもう一度刃を突き刺して殺しきった。


 すでに胴体が断ち切れた段階で絶命していたのかもしれないが、仮にも神の化身である。

 生命力がどれほどのものか分からない。しかし、人の形をしているものだから、頭か胸を潰せば死ぬはずだと思った。


 宝箱が出現して、ようやく安心できた。

 これは確実な、ボスが死んだという合図だ。


 なんというか、どっと疲れた。

 人型のボスと殺り合うといつもそうだな。


 相手が怪獣ならば、怪物退治をやりきったような爽快感があるのだが、知性のある人型を殺した後の感触というのはあまり良いものではない。

 不意に、頭に痛みを感じた。


 手で拭って見ると血だ、敵の返り血ではない。

 おそらく刀で矛を受け流した時に、紙一重で避けたつもりが当ってしまっていたのだろう。敵の矛先が、俺の額の肉を大きく抉っていた。


「ハハッ、やってくれたな」


 額の傷は俺の未熟さ、痛恨の極みである。だが俺は、それ以上に嬉しかった。

 一呼吸遅れていれば、一歩踏み誤っていれば、矛に頭を突き刺されて死んだのは俺の方だった。


 そう思えば、対等だ。

 お互いに戦士が死力を尽くして、俺が生き残った。それだけのことだと思えば爽やかだった。


 俺は、ポーションで傷を回復してから、血で汚れた『三叉の神矛トリアイナ』を、やはりボスの部屋に配置されていた水飲み場の水で綺麗に洗う。


 綺麗になった神矛を、リュックサックの中に収めた。

 無限収納なので、重さにさえ耐えられればこんな長物でも入ってしまう。


「エノシガイオス、お前の矛もありがたく頂いていくぞ」


 俺の戦闘スタイルには合わない武器だが、この戦利品はぜひ持って行きたかった。

 さて、宝箱のほうも開けよう。


「うーん、カスか」


 『海神の鍵』と共に、金貨と宝石が大量に詰まっている。

 こういうものがいくらあっても意味が無い俺としては、カスとしか言いようが無い。


 まあいいか、とりあえず持って行って荷物が重たすぎると思えば、階段辺りにばらまいて置いてやろう。

 後で回収してもいいし、七海たちのグループが見つければ拾うはずだ。まあ、その時はちょっとしたご褒美ってとこだな。


 俺は『海神の鍵』を使って門を開けて、地下八階へと歩を進めた。

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