第7話「マスタードドラゴンの『侵攻』」

「真城くん……真城くんってば」


 俺は、瀬木碧せきみどりに身体を揺さぶられて眼を覚ました。

 前後不覚に陥るまで、深く眠っていたのかすこぶる気分が良かった。


 やはり、久美子が隣に寝ていたせいで安心しきっていたのかもしれない。

 こんな世界で安眠するのは考え物だが、宿屋を含めて街は安全地帯のはずだ。


「起こしてゴメン。先に起きて、街中を見に行ったら大変なことになってて!」

「街が大変ってどういうことだ……」


 瀬木が言う街が大変は、街に何か異変が起きていたということではなかった。

 七海修一の戦闘集団が、安全な街を発見したので装備を整えてから、教室に残った六十人と先生たちを助けに行ったそうだ。


 そうして、ボロボロになって帰ってきた。すでに罠の位置はあらかた分かっているはずだし、モンスターだって大した敵ではないはずなのに、それは確かに大変と言える。

 逃げ帰ってきた連中が口々に言うには、信じられないほど強大な化物が現れたというのだ。


「それが、いきなりドラゴンが出たって言うんだよ」

「ドラゴンか……」


 ゲーム知識のある俺は、すぐに『侵攻』が起こったのだと分かった。

 しかし、ゲーム開始時点でいきなり『侵攻』が起こるとは、教室に居残ったグループも、ツイてない。


 ジェノリア名物『侵攻』は、下階から強大なモンスターが登ってくるイベントである。

 タイミングはランダムだが、定期的に起こる現象だ。


 ジェノリアは、各階にだいたい生息しているモンスターが決まっている。

 例えば一階なら豚顔の戦士オークと子鬼のゴブリンの群れ、二階には犬の顔をした戦士であるコボルトの群れが生息している。


 ちなみに、オークとコボルトはお互いに独自の社会を形成しており、モンスターにも縄張り意識があるのか、仲が悪くて出会うと喧嘩している。

 そのために、豚人間と犬人間が、一階と二階に住み分けている状態だ。


 上階は、そんな感じでモンスター同士が勢力均衡してバランスが保たれているのだが、たまに下から強いモンスターが『侵攻』してきて、弱いモンスターは喰い殺されてしまう。

 それに巻き込まれる初心者プレイヤーも堪ったものではなく、逃げるのに失敗すれば一緒に殺される。


 侵攻でドラゴンともなると、五階にいるレッサードラゴンか六階にいるマスタードドラゴンであろうと思われる。


「どんな色だったか聞いたか」

「汚れた赤っぽい色だって言ってたけど」


 慌てた素振りでも、きちんと情報を聞き分けてくれている瀬木は偉いが、それだけの情報ではまだ判別できない。

 レッサードラゴンはくすんだ紅赤色べにあかいろをしているし、マスタードドラゴンは毒々しい紫色をしている。


 ダンジョンに設置してある松明は、ダンジョン全体を照らす光源としては明るさが足りない。暗闇の中で、モンスターの細かい見分けがつきにくいのも罠なのだろう。

 単純に下級のドラゴンにしか過ぎず力負けの攻撃しかできないレッサードラゴンならば良いが、毒の息を吐くマスタードドラゴンが相手だと襲われた集団パーティーは全滅している恐れもある。


 どっちも危険なのは言うまでもないが、レッサードラゴンであることを祈るしか無いな。


「瀬木、お前まさか、助けに行くって言うわけじゃないだろうな」

「でもみんな助けてって……」


 お人好しのこいつなら行きかねない。

 俺は、瀬木の細い肩を揺さぶって言い聞かせた。


「いいか瀬木、お前が行ったら一瞬で死ぬ。一撃で殺される、これは確実に言える。死ににいくようなもんだ」

「じゃあどうしたらいいの……」


 見捨てればいい。いきなり『侵攻』が起こるなんて、あいつらは運がなかった。

 ……そう言えればどれほどいいかな。瀬木は、それでは納得しない。


「俺が助けに行く、だからお前はそうだな。代わりにポーションを作ってくれ。ヘルスポーションはいらない、初級でいいからスタミナポーションだけをありったけ作ってくれ。作り方は分かるな?」

「分かってる。僕に出来ることなら何でもするよ、でも真城くんも危険なことはしないでね」


 どうせ、ドラゴンの攻撃をまともに受けたら、俺も一撃で死ぬ。

 この場合、ヘルスは全く意味が無い。逃げるにしても戦うにしても、必要なのは動き続けるスタミナだ。


「もちろん俺は、常に我が身大事で動く。偵察して助けられるなら助けるだけだ。久美子たちもついてくるなよ、足手まといになるだけだからな」


 俺の言ってることは矛盾している。危険なのに、助けに行くとかな。

 でも、瀬木も久美子も納得してくれているようだった。


 俺が自分の命を危険に晒してまで、人を助けるような人間じゃないと二人ともよく知っている。

 まったく、信用されているんだか信用されてないんだか。苦笑を禁じ得ないね。


「瀬木、お前は僧侶なんだからポーションを繰り返し作って、ランクの高いのが作れるようになるまで練習しておくんだぞ」

「分かった」


 瀬木だけではなく、久美子たち女子も初級のスタミナポーションを作ってくれる。十本ほどの初級スタミナポーションを受け取り、硬皮鎧を着て皮の膝あてやブーツを付ける。ドラゴン相手では、裸よりはマシといったペラペラの装甲だが、軽さ重視。

 そうして俺は、リュックサックを背負ってサムライソードを握りしめてダンジョンへと降りていく。


 地下一階への階段のところで、たむろしていた七海グループのやつが何人か一緒に来ると申し出てくれたが即座に断った。

 逃げてきたくせにまた行こうという意志は立派だが、人数が居ても邪魔になるだけだ。


「七海はいないのか?」

「七海くんは、まだ下に……」


 そうか七海なら、まさか死んでないだろうけどな。

 足手まといならいらないが、モンスターのターゲットを分散させる囮はいたほうが良いのかもしれない。


 だが、俺の予測だと囮になるやつは、まだ下に山ほどいる。

 全滅していなければの話だが。


初級ロー 明かりライト……」


 これは、一番簡単なマジックトーチの呪文。

 このゲームでは、魔法力を引き出して使用するために、月文字ムーン・ルーンの組み合わせを読み上げる。


 ジェノリアの設定だと、マナは月から風に乗って降り注いでいる。

 その力を身に受けて、引き出せる上限がマナ量となるのだ。


 まあそんな細かい理屈はどうでもいいか、呪文を唱えればマナと魔術師ランクの熟練度が足りていれば魔法が使える。

 俺の弱いマナでも、最弱の明かりが一回分ぐらいは何とかなった。


 まだ薄暗いが、これで松明を持たなくていいから助かる。だいたい地形と罠の位置は完璧に記憶している。

 一階は、俺の庭のようなものだ。鼻歌まじりに散歩できるし、罠を壁にすればモンスターに囲まれることもない。


 そもそも、ダンジョンを進んでも襲ってくるモンスターがいない。ところどころで、大きな牙で食い殺されたような死体が転がっているだけ。

 逃げた連中が入口付近まで引っ張ったのだろう、ドラゴンが暴れまわった後だ。


 ドラゴン相手には、喰われるだけの存在である子鬼や豚人間どもは、逃げ惑ってマップの端っこのほうで震えているに違いない。

 ほとんど手足しか残っていない死体を調べると、人間のものもあれば、オークやゴブリンのものもある。


 盛大な勢いで、食い散らかしているようだ。

 こりゃ、全滅するのも時間の問題かもしれない。


「とりあえず、教室のところまで行ってみるかな」


 おそらく、あそこに向かう途中か。教室のところで、襲われたはずだ。

 まだ生き残っているか微妙なところだな。


 本来的なことをいえば、居残り組は六十人もいるのだし、バラバラに動いていた奴も同じぐらいいたはずだろう。

 それに七海の戦闘集団が加わって、一致団結してタコ殴りにすればドラゴンだって倒せる。


 下級のドラゴンに致命的な弱点があることは、よく観察していれば分かるはず。

 落ち着いて対処すれば。十分に行けるはずなのだ。あるいは、他の奴がタゲられてる間に街まで逃げれば良い。


 しかし、戦闘訓練をしていない人間が効率的に動けるわけがない。ただでさえ教室の居残り組は、動く気力すらない怠惰な生徒たちだった。

 周りの人間がドラゴンに喰われて死んでいく中で、石を投げたり剣を振るって立ち向かえる人間がそう多く居るとは思えない。


 そう考えると、もしかしたらもうどうにかなってるなんて楽観視は禁物だろう。


 バラバラに逃げ惑っているならまだしも。

 最悪のケースとしては、連中にとっては安全に思えるが、袋小路になっている教室の奥に追い込まれて全滅しているかもしれない。


 教室に近づくにつれて、段々と増えている死体の状況から、そのような絵が思い浮かぶ。

 教室の奥に逃げ込んで、少しずつ削られてるんじゃないかと。だとしたら最悪だな。


「うあああぁぁあああぁぁ、やめろやめ、げぇ!」「熱い熱い、ぎゃだぁぁああ」「眼が、眼がああ」


 この角を曲がれば、教室に向かう通路だって地点で、奥のほうから阿鼻叫喚が聞こえてきた。

 その声で、ああこれはレッサードラゴンではなく、マスタードドラゴンのほうだなと分かってしまう。


 熱い、眼をやられる……毒攻撃だな。

 とんだ大当たりを引いてしまったようだ。


 まさか冒険開始日の『侵攻』で、五階を通り越して六階の敵が出てきてしまうなんて。

 あり得ないことではないが、不幸アンラッキー過ぎる。


 教室の廊下部分に飛び込むと、やっぱり毒々しい紫色の肌をしたマスタードドラゴンの巨体が通路のど真ん中に陣取って、ぼうぼうと毒の息を吐いていた。


 マスタードドラゴンが吐くブレスは、マスタードガスがモデルである。

 皮膚が焼けただれたり、視力が失われたりする化学兵器だ。


 ゲーム的な都合として、まっすぐ前にガスが飛ぶ。直線上の相手にしか効果がないのが、現実の毒ガスよりはマシといえるかもしれない。

 弓矢やファイアーボールの魔法と同じと考えればいい。タイミングよく横に避けてしまえばかわすこともできる。


 ダンジョンの中で、本当に化学的な毒ガスが溜まったら生き物は全滅するから。

 正面にしか効果のない直進性の猛毒ブレスは、一種の毒ガス魔法なんだと思われる。まあ、ドラゴン自体が幻想生物だからな。


 それはさておいて、これはどうすべきか。

 毒ガスを喰らっても、うめき声を上げながら生き残っている人は多少いるようだが、六十人は居たはずの教室組のほとんどは全滅か……これは?


 すでに事切れている死体よりも、毒ガスを半端に喰らって死にかけている人のほうが悲惨にみえる。

 ゲーム的な攻撃とはいえ、苦しいのは現実リアルだ。直視するのが辛いな。


 小山のような大きさのマスタードドラゴンは、俺から見ると後ろを向いているが不用意に斬りかかるのも危険だ。

 こいつは背中を攻撃すると、長い尾っぽで攻撃してくる。


 もちろん、尻尾に吹き飛ばされれば戦士ランクですら見習者アプレンティス程度の俺は即死である。

 ドラゴンは適当に右や左を向いて、毒ガスブレスで逃げようとするやつを牽制すると、教室の廊下を奥に向かって進んでいる様子。


 どんな思考ルーチンか知らないが、巧みに人間の集団を奥に追い詰めようとする邪悪な意志を感じる。

 この分だと、教室の一番奥、一年A組のクラスに生き残ってる連中が立てこもっているのだろう。


 ドラゴンの大きさでは、首はともかく身体が教室の中に入らないから、うまく誘導すれば逃げられるはずなんだけどな。

 だがそれも簡単ではないか、廊下で死んでたり瀕死になってる人たちは、隙をついて教室から逃げようとして振り向きざまにブレスにやられたのだろう。


 マスタードドラゴンが、ここまで知性的な思考ルーチンだとは思わなかった。多人数の集団を相手にして、かなり効率的な殺し方をしている。

 いや、こんなことを感心するのは悪趣味だな。


 俺が取れる一番いい方法は、このままUターンして逃げてしまうことだ。逃げることすら出来ない間抜けどもを、命を賭けて助ける理由なんてない。

 マスタードドラゴンは強大過ぎた。瀬木たちには、駆けつけたのだが助けられなかったとでも言い訳しておけば……。


「みんな、怪物は教室には入ってこれない。左右に逃げるんだ!」


 一番奥の教室から、七海修一の張りのある叱咤が聞こえる。

 あいつはやっぱり、逃げられたのに仲間を見捨てずあえて逃げなかったのだろうな。


 俺は考える、ここで七海を見殺しにしてしまえば、余計に面倒なことになるのではないかと。

 生き残った生徒たちが、ある程度統率のとれた状態でいてくれたほうが、俺にとっても面倒が少ない。


「しゃーない、殺ってみるか」


 あとはまあ、やっぱりドラゴンの巨体を見てしまうと血がたぎるってこともある。

 俺は余計な荷物を捨て、サムライソードを抱えるようにして、そっとマスタードドラゴンに近づいた。


 小石を拾って全力で投げつける。


「ほら、こっちに来いよデカブツ!」


 口では余裕だが、直進でブレスがくるので、慌てて大広間まで逃げる。

 空間が広い大広間なら、巨体のドラゴン相手でも、直進ブレスは避けることが出来る。


 そして、狙うべきは、背中ではない。

 横っ腹だ!


「ギャシャーッ!」


 俺が腹を斬り裂いても、ドラゴンの硬い鱗はほとんど傷つかない。

 だが、横からチクチクと斬りつける俺をウザいとは思ったらしく、ドサッと重たい身体をこっちに向けてくる。


「はい、よこー!」


 俺はドラゴンの動きに合わせて、横に回り込む。

 そうなのだ、こいつら下級のドラゴンは動きが遅いのである。そして、マスタードドラゴンは身体が硬いせいか、図体がデカすぎるためなのか、横への攻撃ができないという悲しい生き物なのだ。


 こっちが重装備なら回避は間に合わないが、今は軽い硬皮鎧。

 極力荷物を軽くしてあるので、十分にヒット・アンド・アウェイで戦える。


 横から斬られると、やっぱりドラゴンはこっちに顔を向ける。

 ぐるっと、回りこんでやる。


「はい、よこー!」


 このようにして、少しずつ削ってやるのだ。いわゆる「回り込み」という戦闘技術である。

 あとは延々と繰り返すだけ、俺の攻撃力はまだ弱く、気の遠くなるような時間がかかるが、スタミナポーションで疲労は回復できる。


 俺がグルグルと回りながら攻撃していると、孤軍奮闘している俺に気がついたのか七海修一も大広間にやってきた。

 協力してくれるつもりらしい。


「おい、真似できるなら俺と一緒のようにして攻撃しろ。こいつは、頭と尻尾以外の攻撃はできないんだ」

「真城ワタルくんか、今助ける!」


 七海修一と、取り巻きの数人の男どもが手助けしてくれる。

 こっちも助かるよ、削る時間がだいぶ短縮できるからな。


「俺がドラゴンのタゲを誘導する。疲れたら、通路に隠れて休んでろよ。スタミナポーションが作れたら、それが一番いいんだが」

「スタミナポーションというのがよく分からない」


「呪文だよ、フラスコ持って『初級ロー スタミナ(デン)』と唱えろ」

「なるほど、そう言えば御鏡竜士みかがみりゅうじくんがそんなことを言っていたな」


 俺は、飲み干した空のフラスコを投げてやる。

 店で買ったりもするが、基本フラスコは再利用なのだ。投げてもちょっとやそっとで割れたりしない(フラスコ爆弾を作る魔法があって、それだとさすがに粉々だが)。


 俺と間接キスでもしやがれ七海修一イケメン

 できれば攻撃に参加してない女子が作って欲しいんだが、説明してる余裕が無い。そこらへんは七海修一が気付けば、指示してくれるだろう。


 岩のように硬いゴツゴツのマスタードドラゴンをタコ殴りにして、敵のヘルスを削り続けると、ようやく敵が引き始めた。

 逃げていく敵を斬り殺すのは快楽だが、こいつは後ろが危険だ。


「むしろここからが本番だぞ、気をつけろ。相手は弱ってきてるから逃げるけど、後ろの尻尾に当たったら死ぬからな!」

「おおぅ!」


 後少しってときに、人間は油断してしまう。

 俺は一旦深呼吸して落ち着いてから、ドスン、ドスンと緩慢に逃げようとするマスタードドラゴンの動きに合わせて、常に横の位置をキープして削り続ける。


 ここまで来たら倒したい。

 七海修一の指揮が巧みなのか、犠牲者を出さずにマスタードドラゴンに断末魔の雄叫びを上げさせることに成功した。


「ふうっ、スタミナポーションもギリギリだったな」

「た、倒せたのか?」


 瀬木たちが作ってくれた分は、一個も残っていない。

 回し飲みしていたが、残っていた七海修一の仲間もマナがからっけつだろう。


「ああ、倒せたよ……お疲れさん」

「真城ワタルくん、助けてくれてありがとう! なんて勇敢な男なんだ君は」


 感涙にむせる七海が、俺の手を握ってくる。

 はいはい、こいつの言葉に乗せられると良いようにコントロールされかねないから適当にあしらっておく。


 それにしても、まともに生き残ったのは七海の男子が十人に女子が四、いや五人か。

 瀕死の重傷になってる人たちは、猛毒を喰らっているからおそらく助けられない。他にもどこかで逃げ延びた生徒がいると信じたいところだが……。


 六十人も居たはずの教室組が、たったマスタードドラゴン一匹の『侵攻』でほぼ全滅か。逃げてるやつが、多いならいいけどな。

 悲惨だなと、あらためて感じる。テレビゲームをやっていたときは思いもしなかったが、『ジェノサイド・リアリティー』まさに大量虐殺の名に相応しい陰惨なゲームだ。


 もともと、このゲームは四人から六人程度のパーティーを組んで攻略するために作られたものだ。

 それに、なぜ集団虐殺ジェノサイドなんて大袈裟なタイトルを付けたのか。


 疑問に感じたこともあったが、この地獄のような光景を見て分かった。

 これこそが、本当の意味でのジェノサイドだったのだ。ゲームでは伝えきれなかったリアリティーがまさに目の前にある。


 ジェノリアを開発した天才的ゲームデザイナー高貴なる夜ロードナイトの頭にあった景色は、これだったのかもしれない。

 西暦1989年のゲームが、俺達の運命を暗示していたのか。


 そんなことを取留めもなく思索するのも、現実逃避かもしれない。

 生き死にを賭けた戦いが終われば、目の前には耐え難い現実リアルがある。


 七海修一たちは、口々に助けに来た俺を英雄だと褒め称えてくれたがとんでもない話だ。

 ヘルスポーションや解毒ポーションの作り方を教えてみたが、マスタードドラゴンの強力な猛毒に対して、作れるランクが低すぎて回復できない。


 俺なんか、もうマナ切れでどうしようもない。

 猛毒でのたうちまわりながら、相次いで息絶えていく生徒たちを為す術もなく眺めているだけだ。強敵を倒せたと、喜ぶような気持ちにはなれない。


 助けられなかった重傷者も含めて、教室に居残った連中は半数以上が死亡する。

 軍隊で言えば全滅だ。総死亡者は六十名を超える、謎の転移現象からたった一日で全体の三分の一が死んだ。


 そして、頼りにならないながらも子供たちがどこかで心の支えにしていた教師おとなが、ここで全員死んでしまっていたという事実が、俺の心をより寒いものにした。

 俺達は、本当にここで生き残って行くことができるのだろうか。

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