第72話「一堂に会する」

「それは聞き捨てならない話だな、神宮寺司くん」


 生徒会の一軍と三軍、大集団を連れて地下一階へと登ってきた生徒会のリーダー七海修一は、神宮寺司の不穏当な言葉を問いただす。


「これはこれは、七海副会長……。少し酷な言い方であったかもしれませんが、生徒会の会計を管理するものとしてはそう考えざるを得ないということですよ。現に街の生徒の生活費は枯渇気味です。金貨を生まない生徒が多すぎるのは、攻略の妨げにもなりかねないこともまた現実」


 七海に聞かれて慌てるかと思えば、神宮寺は安っぽい弁明などしなかった。

 すぐに、窮状への訴えに話を切り替える。


 神宮寺が平然とこんなことを言えるのは、無能が多いことを負担に感じている生徒もいるということなのだ。

 全員を救おうとする七海の方針は現実的ではないと、離反する連中すらいた。


「だとしてもだ! 戦えない生徒もサポートはしてくれているだろう。個人の能力の差はあるが、それでも弱い生徒を見捨てないのが僕の生徒会の方針だ」


 その七海のハッキリとした言葉に、神宮寺は肩をすくめて頭を軽く下げた。

 七海を生徒会の指導者フューラーと祭り上げたのは他ならぬ神宮寺達なのだから、逆らうわけにはいかない。


 七海は前よりも、しっかりと自分の意見を口にするようになってきた。

 もう神宮寺の操り人形にはなっていない。その物腰に、指導者フューラーとしての風格がでてきた。


 七海の語る理念は、理想論に寄り過ぎてはいるが、常に人道的で正しいものだ。

 ひねくれた俺が聞いても、神宮寺の仄暗ほのぐらい影のある現実論よりも、七海の美しい言葉のほうが心地良く響く。


 生徒会の部外者である俺は、どちらの意見にも是とは言わないが。

 人に希望を与えられるのは、七海が力強く語る理想であろうとは言えるだろう。

 

「ここにみんなが一堂に会したのはちょうどいい機会と言える。これからの方針について、みんなで話し合うことにしよう!」


 生徒会のリーダー七海修一の呼びかけによって、全体ミーティングが開かれることとなった。

 生徒会役員である久美子は、中央にいる七海の近くに行くが、俺とウッサーは部外者なのでなるべく端っこにいるようにする。


「ウッサー、おいやめろ」

「夫婦なんだから、ちょっとぐらい甘えさせてくれてもいいじゃないデスか……」


 ミーティングが始まろうとしているのに、それを無視して。

 ウッサーが俺にしなだれかかって手足を絡めてくるので、周りの視線が痛い。


「やるなとはいわないが、時と場所を考えろ」

「はい、デス。……あとならやっていいんデスね。あとで溜まった分を百倍返しにしマスよ?」


 言ってろ。

 ウッサーは、しぶしぶと離れたが周りはまだざわついてる。


 そりゃそうだ。

 可愛らしいエプロンドレスの上からでも豊かな身体のライン分かるほど、胸とおしりが物凄く突き出てるウッサーは、ぶっちゃけてしまえばエロい。


 隙あらば繁殖行為をしてこうようとするし、戦闘のあとでこんなエロい空気を出されたら、普通の高校生ならたまらないだろう。

 この手の誘惑には慣れている俺ですら、自制心が試されるところだ。


 だから俺に妬みの篭った視線を向けたり、後ろのほうから「彼女持ち、死ねよ」「爆発しろ!」とか命知らずな罵声が聞こえてきても、気が付かなかったことにしてやる。

 だけどな。


 ウッサーは『彼女』じゃなくて『嫁』なんだよ。

 これは大きな違いである。十六歳で妻帯者ってキツすぎるだろ。しかも、相手はピンク色の髪にウサ耳まで生えてる。


 繁殖に応じたら最後、子持ちにまでなるかもしれない。遊びで済まないんだぞ!

 その覚悟が、まだガキに過ぎない高校生のお前らにあるのかと、小一時間問いつめたい。


 そんなに羨ましいなら、すぐに代わってやるぜ。

 どうせ元から俺は嫌われているだろうから、男どもの好感度が落ちたところでどうだっていいんだが。


 なんで女って……どいつもこいつも色ボケすると、周りの視線を気にしなくなるんだろう?

 本性が獣であるウッサーだけでなく、周りがよく見えてる久美子ですらそういう傾向がある。これは心理学上の立派な研究命題になると思う。


 俺がまだ手を伸ばしてくるウッサーの手をかわしながらそんなことを考えていると、生徒会の全体ミーティングが始まった。

 自然と、司会は七海修一の役目となる。


「コホンッ、まず僕達は地下から上がってきたばかりだ。街で何があったか状況の説明から聞かせてもらおうか」


 報告を求める七海修一に対して、生徒会執行部(SS)を代表して神宮寺が、街での戦闘に関しては二軍のリーダーである仁村流砂にむらりゅうさと久美子が報告した。


 集団パーティーの半数を失ってしまった、仁村の口調は迫真を極めて、みんなは押し黙った。

 地下十六階に潜む黒の騎士団、デスナイト系の脅威を、手痛い犠牲を払ってようやく認識できたのだ。


「実際に目撃した私から言わせてもらいますが、あの赤い騎士には真城くんしか勝てないと思います!」


 意を決したように手を上げて言ったのは、黛京華まゆずみきょうかだった。


「またあんな化物がここに転移して来るかもしれないんでしょう? だったら真城くんには、ここでみんなを守ってほしいんです!」


 京華の言葉は切実に響いた。

 一瞬にして、仲間の半数を失った人間の言葉だ。


 それに釣られて、普段は部外者の俺を白眼視している連中まで、ここにいてみんなを守ってくれればいいとか言い始める。

 それだけ不安で、何かに縋りたいのは分かるが、好き勝手言うものだ。


 もちろん、俺はそんな勝手なお願いを聞くつもりはない。

 俺だって街に守りたい奴がいないわけじゃないんだが、守りだけではジリ貧になる。


 この戦いはもはや、俺が地下十六階を落とすか、敵が街を落とすか。

 どちらが本拠地を先に落とすかの競争となっている。


 すっかり俺を頼るようなムードになっているが、俺は生徒会の外の人間だから頼られても困るのだ。

 そこは一言、言ってやろうと口を開いた。


「あのなあ、俺は……」


 俺がそう言いかけると、七海が先に言った。


「いや、真城くんは地下十六階を攻めてもらう!」


 七海が全体の流れに逆らってそう宣言した。強い俺を頼ろうと決めていた大勢はざわつく。

 ざわめきを手で制して、七海は続ける。


「みんな今一度状況をよく考えてみるんだ。転移できる紅の騎士カーマイン・デスナイトは、地下十六階のボスなんだ。真城ワタルくんがそこを攻め落としてくれれば勝てる。いや、攻めてくれているだけでも、敵は防戦一方となる公算が大きい」

「しかし、七海副会長。あの赤い騎士が、それにも構わず街に攻めてきたら、私達はどうしようもできません!」


「真城ワタルくんにそれをする義理はないんだよ。街を守るのは、街に住む僕達の仕事だと思うが」

「私は嫌です! そのとき真城くんがいなきゃ、私達はきっと死んじゃいます。敵が上がってくるなら、わざわざ行かなくてもこっちで迎え撃てばいいじゃないですか」


 俺に「街を守れ」といった京華が、再び強く反論する。

 街の守りが、よっぽど不安なのだろう。誰だって自分の命が一番大事だからな。


「真城ワタルくんがいないと不安なのは分かる。だがみんな、もう一度よく考えて欲しい。守るだけでは何も解決しない、永久に街に引きこもっているつもりか? 誰かがこのゲームをクリアしなきゃ、僕達は永久に救われないんだぞ」


 七海は、感情的に「助けて!」と叫ぶ京華だけではなく、全員に向けて考え直すように呼びかけた。

 それに呼応して、二軍のリーダーの仁村が立ち上がって咆えた。


「そうだ! 真城がいなきゃ何も出来ねェとか、情けないことを言うんじゃねェ! 来るかもしれねェ敵はたった一人。俺がいる、七海さん達だっている。俺達全員でかかりゃァ、絶対に殺れる。ここは、攻めるしかねェんだよ!」


 三軍を取りまとめている瀬木も、手を上げて七海に同意を示した。


「僕も、七海くんに同意するよ。敵が来るのは怖いけど……みんなのために戦ってる真城くんの足を、僕達が引っ張るわけにはいかない」


 これで、議論の流れは攻勢へと覆る。

 俺が地下十六階を攻めて、生徒会の戦える者全員でエレベーターを守るという方針に決定した。


 これで、俺は自由にさせてもらえるというわけだ。

 どっちにしろそうするつもりではあったが、生徒会が自らそう決定してくれたほうがこっちもやりやすい。


「……ただ真城ワタルくん。街が攻められて、どうしても勝てないときだけ街に戻って救援してもらいたい、それは良いだろうか?」

「俺も狙いは紅の騎士カーマイン・デスナイトだ。お前らでなんとかできなきゃ、すぐに応援に行くさ」


 七海は、俺の言葉に満足気にうなずいた。

 ちゃんと物が考えられるリーダーがいてくれて良かった。ここで恐怖にかられて方針を誤ったら、ジリ貧になるところだからな。


 京華が主張していた俺がエレベーターと街を守りながら敵を迎え撃つという策は、一見すると安全で良さそうに思える。

 だが、敵はどこにでも転移できるのだ。守りに入ったら弱い部分から各個撃破されて、戦力を削られることになる。


 転移できる戦いにおいては、守る側が不利になる。

 それを七海がちゃんと分かっているのが嬉しい。ここは、攻めるしかないのだから。


「発言、よろしいですか?」


 神宮寺が手を上げて、聞いてくる。

 なんだ、もう話はまとまりかけてるのに。


「真城くんにお聞きしたいのですが、このゲームのクリアまで、あとどのくらいかかると思いますか」

「そうだな十六階を下せば、あとは十七、十八、十九、二十……残り四階になる。地図に書いてやったから分かると思うが、最後の二十階まで行ければクリアは確実だから。実質の障害は三つだ。厄介な十六階さえクリアすれば、さほど時間はかからないと踏んでいる……神宮寺、なんで今そんなことを聞く?」


 神宮寺がそんなことを聞いてくるのは、裏がありそうに思える。

 こいつだけは、眼鏡の奥で何を考えているのか分からない。みんな不安に怯えているのに、こいつだけは違うことを考えているように見えるのだ。


「現時点では、このゲームのクリアこそが、我々の解放ですよ。そこに関心を持たないほうがおかしいのではないですか?」

「……それもそうだが」


 辻褄は合っているが、何か裏がありそうな感じがするんだよな。

 何を言っても、本心でないような。こいつの言うことは、全部上滑りに感じる。


「我々は一蓮托生です。現時点ではね」


 何度も「現時点では」と繰り返すのが妙に引っかかる。

 だが、俺も考えすぎかもしれない。先入観で、こいつのことが嫌いだってのがあるから怪しくみえるだけか。


 神宮寺や生徒会執行部(SS)が何を画策していようと、それこそ現段階では脅威になりようもない。

 だからこそこいつらは何もできずに、ゲームの攻略を俺に丸投げしてきているのだ。


「聞きたいことは、それだけか神宮寺」

「以上です。紅の騎士カーマイン・デスナイト退治、頑張ってください。みんなのためにね」


 神宮寺はうつむき加減にメガネを直して、そう言った。こいつが言うと、どんなセリフでも揶揄されているように聞こえる。

 まあ、そんなこんなで、おそらく最初で最後になるであろう俺を加えた全体ミーティングは、こうして終了した。


 その場でエレベーターの防衛に付く者。一旦街に戻って休憩を取るもの、みんなバラバラに分かれた。

 そのザワつきのなか、俺は真っ先に瀬木に声をかけた。


「おい、瀬木。さっきはありがとうな」

「えっ、ああ……僕達だって戦える方法はあるから、真城くんの足手まといになるつもりはないよ。デスナイト系に対しても爆弾戦は有効なようだし、頑張ってみせるさ」


 さすがに瀬木は、よく話を聞いてるな。

 さっきの会話の要点はそこだ。


 俺が紅の騎士カーマイン・デスナイトに投げた爆弾が一番の有効打になったことが重要なポイント。

 力の劣る者が、デスナイト系の足を止めようとすれば、唯一有効な飛び道具である爆弾ポーションを溜め撃ちするしか方法がないということだ。


「爆弾は、最上級ハイエストが適してるんだけど。まあ瀬木達のランクだとそれは無理でも、上級ハイをなるべく溜めて一気に投げるのでもまったく効かないわけじゃないだろう」

「うん僧侶ランクを極めて、助祭まで登ったんだけど、僕では最上級ハイエストは厳しいね。マナ自体が足りないから」


 そう言って、瀬木は肩をすくめる。初期職では、最高ランクまで上げても厳しい。

 瀬木の場合、上位職の司教に転職すればまだ伸びるだろうが。


 最上級ハイエストを使えるようになるまで成長するには、まだまだ時間が掛かるだろう。

 しかし、及ばずながらも頑張って背伸びしている瀬木はうん、可愛い。


 俺は励ますために……抱きしめたい気持ちを抑えて。

 瀬木の背中に手を回したい気持ちも抑えて、肩を軽く叩いた。


「瀬木だって、やれることを精一杯やっているんだろ?」

「うん、僕達だって必死にやってる。みんなで生き残るために、なんだってやる覚悟だよ」


「なら力不足を恥じることはない。やれることをやってればいいんだ、後は俺が何とかしてやる」

「うん、ありがと……僕が作った爆弾ポーションを射出できるクロスボウがあるんだけど、持っていく?」


 大した荷物にはならないし、何かの役には立つかもしれない。せっかく瀬木が俺のために作ってくれたアイテムだしな。

 俺は、瀬木からクロスボウを受け取った。瀬木が作った爆弾ポーション射出装置は、クロスボウというよりはいしゆみである。


 弦の力を利用して、より早くより遠くへ投擲物を射出できる。幾つかまとめて射出することもできるようだ。

 これを使うなら最上級ハイエストの爆弾ポーションも、マナを溜めてまた作り溜めしておかないといけないか。


 少し休憩するしかないか。

 敵もその分だけ、戦力を回復させてくるだろうが条件は一緒だ。


「瀬木の作ってくれたアイテムならもちろん持って行くさ。これは代わりと言ってはなんだが、瀬木にプレゼントだ」

「えっ、真城くんから僕に? なんだろう」


 俺は、満面の笑みで、リュックサックから白地に青の縁取りがついているローブを取り出す。

 十五階のボスの宝箱で手に入れた、僧侶専用の防具である。瀬木に着せようと持ってきたのだ。


「聖女の修道服だ。これは軽い上にすごく防御力があるから、強敵相手でも一撃ぐらいなら凌げる。とは言っても、無理はするな。お前達の防衛は、木崎や七海にも頼んでおくが絶対に前に出るなよ」

「えっ、でもこれ女物だよね……」


男女兼用ユニセックスだ!」

「いや、でもいま聖女の……って言ったよね! これはさすがに……というかなんで修道服なのにミニスカートなの?」


「大丈夫だ、セットで白タイツがついてるから太腿は隠せる」

「余計悪いよ!」


 俺が渡した修道服を広げてみて、悲鳴を上げている瀬木。

 俺は、そのほっそりとした柔らかい肩を強く掴んで説得する。


「この局面で、防具がミニスカートだから着たくないとか言ってる場合じゃないだろう。命がかかってるんだぞ!」

「言ってることは分かるけど、なんで半笑いなんだよ!」


 クソッ、顔に出てしまったか。俺は顔をそむけて、眉根をギュッとしかめた。

 苦いものを想像して真面目な顔に戻して説得を再開する。大丈夫だ、この反応なら押しきれる。


「いいか瀬木、僧侶系専用の強い装備はみんなこんな感じなんだよ。こういうのは、ファンタジーのお約束だ!」

「なんでなんだよぉ、僕もう僧侶やめる……」


「バカッ、こんなときに転職クラスチェンジしたら補正が落ちちゃうだろ。命取りだぞ!」

「真城くんが、バカだよぉ……」


 よし語尾の力が弱まった、これはイケる感じだぞ、このまま押し切れ。

 押し切るんだ。


「俺だって生き残るためにスタイルを崩してるんだぞ、瀬木も本気なら着れるはずだ。生き残るために、なんでもやるって言ったよね?」

「もう、分かったよ。着ればいいんでしょう、もうどうにでもしてよ!」


 ついに覚悟を決めてくれた瀬木、どうしてもいいらしい。やったぜ!

 なんだジェノサイド・リアリティー、最高じゃねえか。


「ご主人様こんなアホなことに、威圧のスキル使ってるデス……」

「これがなければいい男なのに」


 後ろから、ウッサーと久美子がなんか言ってる気がしたが、当然のごとく無視した。

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