第17話「ジェノリア異世界説」

「ワタシが絵本の中の住人だっていうんデスか!」


 ウッサーの叫びが響き渡った。

 ジェノリアの知識があるモジャ頭、御鏡竜士みかがみりゅうじは、俺が連れてきたウッサーを六階のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だとすぐに気がついて七海修一に話したらしい。


 それで、俺達を追いかけてきて事情聴取が始まったのだが、まずウッサーが彼らの言うゲームとは何かを全く理解できず、七海たちとまったく話が噛みあっていなかった。

 しょうがないので、見るに見かねて俺が横から解説してやった。


 ジェノリアには、『遠見えんみの水晶球』という遠距離に映像と声を送れるテレビ電話のような通信アイテムがある。

 そのような映像で見る、物語の世界だと説明してやった。ようは現実ではない架空フィクションの人間ということだから、間違った説明ではないはずだ。


 理解したは良いが、ウッサーは自分がそのゲーム世界の住人だとは、絶対認めようとしない。

 考えてみれば、当たり前のことだ。


「ワタシは、生きてマスよ。貴方達と同じようにデス」

「そうだよなあ……」


 ウッサーに手をギュッと握られて、潤んだ瞳で言われたら、そりゃそう返すしか無い。

 自分がゲームの中のNPCですよなんて言われても困るよな。


「僕らが、えっと……アリスディア・アデライード・アルフォンシーナ・アンジェリーク・アルレット・アラベル・アリーヌ・ディアナさんと話したいのは、そういうことじゃなくて、情報交換をして欲しいだけなんだよ」


 七海スゲエな、一回チラッと聞いただけでウッサーの長い本名を完全に覚えたよ。


「情報交換デスか、ワタシも貴方達に聞きたいことがあります。貴方達は、この世界に転移してきた地球人なのではないデスか」

「なんだって! アリスディア・アデライード・アルフォン……」


「七海副会長、それやめなよ」


 長ったらしいから、せめて一回にして欲しい。


「……コホン、ディアナさんは地球を知っているのか!」

「もちろん、地球という世界を直接知ってるわけではありませんデスが、ラビッタラビット族を治められる祭祀王プリーストキング様が、そう予言されていたのデス。地球という世界より来たれる人達が、必ずや創聖破綻ジェノサイド・リアリティーを食い止める助けとなるであろうと!」


 今度は、ゲームのNPC呼ばわりされたウッサーからの反撃というわけだ。

 お前たちは、地球という星からやってきた異世界人で世界ムンドゥスを救う勇者だったんだよ!


 衝撃の事実、である。

 どっちも有りそうな話で、どっちが真でどっちが偽とは言い難い。


「旦那様も人が悪いデス。なんで地球から来たなら、地球から来たと最初に会った時に言ってくれなかったんデスか」

「んっ、うーんとなんでだったっけかな」


 ウッサーにそう責められると困ってしまう、説明するのが面倒だったからだったかな。

 俺が自分の頭をポリポリと掻いて誤魔化していると、瀬木と久美子がヒソヒソなんか言っているのが聞こえた。


「しょうがないよね、真城くんってそういう人だもの」

「そうだよねえ、ワタルくんだもんね」


 聞こえてるぞ!

 瀬木と久美子は学校にいたときはそんなに接点なかったとおもうんだが、ここに来てすっかり仲良くなったみたいだな。


 それは良いけど、お前らが俺の何を知ってるのかと言ってやりたい。


「旦那様って、そういう人だったんデスね。ちょっとショックデス」

「お前もか、ウッサー」


「でもワタシの愛は消えないデス、安心してください」

「ああそうかよ、ありがとよ」


 まったく、何の話だ。

 俺が呆れていると藪から棒に、俺達に突っかかってくる男子生徒がいた。


「そんな話は嘘だ。嘘つきのウサ子め、ジェノリアはゲームで、お前はただのNPCだ!」


 モジャ頭……御鏡竜士みかがみりゅうじか。


「なんデスか、この失礼なモジャイモは」

「モジャ芋ってなんだよっ! だいたいウサ子が一階まで来てるなんて、おかしいだろ! 僕に助けられるまで牢獄で待ってろよ!」


 何故か知らないが、ウッサーのジェノリア異世界説が、御鏡竜士の癪に障ってしまったらしい。

 殴りかからんばかりウッサーに飛びかかったので、ウッサーも殴り返そうとしているが、どっちもここが攻撃禁止ゾーンだってことを忘れてるだろ。


「お前もだよ、真城!」

「えっ、俺?」


 モジャ芋の怒りの矛先が、今度はこっちにきた。


「そうだ、お前が羽織ってるのは『減術師の外套ディミニッシュマント』、背中に背負ってる野太刀『孤絶ソリチュード』だろ、そうすると腰に挿してる布で巻いた剣は霊刀『怨刹丸おんさつまる』か?」

「詳しいな、御鏡」


「知ってるんだぞ僕は! 侍単独プレイのルートで出るレアアイテムだろ。お前にもジェノリアの知識があったから、六階まで一人で進めたんだな!」

「ふうん、だとしたらどうだって言うんだ」


 御鏡も単独プレイ経験者か。レアは目立たないように偽装してたつもりなんだが、これはもう誤魔化しきれない。

 スタートダッシュの段階でだいぶ差がついたから、俺の優位性アドバンテージは揺るがないだろうとは思うが、出来ればもう少し伏せておきたかった。


「ズルイじゃないか、その装備と刀は僕によこせ!」

「なんでそうなる、おいっ……」


 竜士は、俺の野太刀を盗もうとして見えない壁に掴みかかっている。

 だから、街中ではネガティブ行為は無理なんだって。ウッサーも、モジャ頭に向かって俊足の蹴りを繰出しまくるのは無駄だから止めなさい。


「真城、お前は自分勝手だ! 僕はみんなに罠の位置とかモンスターの情報とかを教えてやってたのに、その間にそんないいアイテムを独り占めするなんてズルイだろ」

「じゃあ、お前も俺みたいにさっさと攻略に行けばよかったじゃないか」


 俺がそう言ってやると、竜士はジャガイモみたいな顔を真赤にして頭から湯気が立つぐらい怒り狂った。


「だ、か、ら、僕はみんなを助けるために動いたからそんな暇なかったんだよ! お前はズルして、こっそりレアアイテムをかき集めたんだろ。そんな自分勝手は許されない、そのレア装備はみんなを救った英雄ヒーローの僕にこそ相応しいんだ!」

「はぁ……バッカじゃねえの」


 そもそも、お前の職業は何だよってこともあるけどな。

 外套のほうはともかく、『孤絶ソリチュード』はランクの高い侍が使わないと単なる極端に硬い刀でしかない。


「ぼ、僕をバカだとッ、ふざけるなよこのチーター!」

「あのさ、お前がジェノリアの知識でみんなを助けたのは偉いと思うよ」


 俺も面倒事が減って助かったからな。

 そこは感謝しても良い。


「だったら、僕にレアをよこせよっ!」

「それとこれとは別だ、善良なお前はみんなを助けて感謝される道を選んだんだろ。自分勝手な俺は、その間に自分を高める道を選んだ。これは個人の『責任と選択』だ」


「うわあぁぁぁああ」


 腕を振り回して、子供みたいに俺を殴りつけようとしてくる。

 さっきまで、竜士に敵意を向けていたウッサーも唖然として見ている。


 そうだこれは、敵意なんてものじゃない。

 思い通りにならない相手を前に、子供ガキが駄々をこねているだけだ。


「七海副会長」

「なにかな、真城ワタルくん」


「俺は、一人で攻略を進めているが、それはこのゲームをクリアするために最適な行動だと考えているからだ。最終的な目的は同じはずだろう、お前たちとは敵対したくない」

「もちろん僕達だって……」


 七海の発言を、さっとさえぎる白手袋。

 後からやってきて、俺達の話し合いを静かに後ろから見ていた、陰険メガネの神宮寺良じんぐうじつかさが、七海を押し留めて前に出た。


「真城くん、指導者原理という言葉は知っているかな」

「なんだよお前は、独裁者にでもなろうって言うのか!」


 軍服のようにも見える金糸の入った黒い布鎧クロースアーマーを着込んだ神宮寺は、腰から細身の宝剣をぶら下げて、羽織る灰色の外套マントを風に靡かせて颯爽と立ちはだかる。

 その後ろに、黒い制服に白手袋を嵌めた一団が一列に並び胸を反らし、靴の踵を鳴らして整列した。


 先導する大きな赤い旗を持った生徒、全員が学校指定の黒い制服に『生徒会執行部(SS)』と書かれた赤い腕章を付けている。

 背筋を伸ばした神宮寺は、配下の執行部員達に向かって軽く敬礼する。


 そして、俺に向き直ってメガネをギラッと輝かせ、ペロッと赤くてらてらした唇を舐めてから、薄ら寒い笑いを浮かべた。

 その笑いは、威圧的だ。


 相変わらず、悪趣味なやつだな陰険メガネ。

 親衛隊(SS)もどきを連れて、みんなの前で狂信的な演説でもおっぱじめるつもりか。


「クックッ、独裁とは手厳しいね。いま我々優凜高校ゆうりんこうこうの生き残り百二十三名は危機的状況にある。すでに三分の一の生徒が尊い命を失ったというのに、生徒会から離反しようとする愚かな者すら出だしている。仲間割れを避けるためにも、優れた指導者の下、厳格な組織による統率が必要とされている」

「その優れた指導者が、お前だとでも言うのか」


 白手袋を嵌めた手をさっと振り払って否定する神宮寺。

 いちいち芝居がかっていて、それが俺の癇に障る。


「いや、七海修一副会長だ。聡明な君なら分かっているのではないか。今の我々『生徒会』の指導者フューラーである彼でなければ、みんなをまとめて導くことはできない。生徒会執行部(SS)は七海副会長の指導を実行する組織で、私は補佐役に過ぎない」

「そりゃ、おめでたいことだな」


 俺はコイツが、心底嫌いだ。

 子供みたいに駄々をこねて暴れたモジャ頭に罵倒されても何とも思わないが、俺はこういう見え透いた政治屋のやり口を見ると反吐が出る。


「御鏡くんの言うことも、間違ってはいないだろう。真城ワタル、君の勝手な行動は目に余る、他の生徒に悪影響を与えかねない」


 駄々をこねて泣き叫んでいたモジャ頭は、神宮寺に力強く弁護されて喜悦の表情を浮かべる。

 なるほど、こうやってコントロールされてるわけか。


「だったら……どうするというんだ」

「そうだな、生徒会に対して無条件の服従と鉄の忠誠を誓ってもらおう。君はジェノリアをよく知っているようだから、御鏡くんが提出した情報の補完もしてもらいたい。当面はそこまででいい」


 さてどうする……。

 ここで神宮寺の要求を跳ね除けるのは簡単だ、俺一人ならこいつら『生徒会執行部(SS)』とやらを敵に回しても問題ない。


 問題は、生徒会のリーダーである七海修一自身がどう考えているかだ。

 なんで正義感の強い七海が、神宮寺のやりようを認めているんだ。


「七海副会長、こんな高圧的なやり方が正しいと本当に思っているのか?」

「僕だって、力で押さえつけるようなやり方は正しいとは思わない。だけど、好き勝手に振る舞って弱い生徒を食い物にしたり、街の外で女子生徒を狙おうって連中すら出てきている。みんなを守るためには、不本意ながら警察力も要る」


 なるほど、そういうことかよ。

 悪党の神宮寺が、七海のカリスマ性を利用して専横しているような単純な図式ではないのだ。


 組織の秩序を維持するために発生する汚れ仕事を、神宮寺が全部引き受けている。

 神宮寺たち『生徒会執行部(SS)』が悪役を買って出るから、七海は正しいだけの綺麗なリーダーのままでいられる。


 むしろ、七海修一のほうが神宮寺良を利用しているとすら言えるのだ。

 よくできてやがる。光と影、全く対極的でありながらお互いに補い合っている。理想家に見えて七海修一という男も立派な現実主義者リアリストだ。


 はぁ、まったくどいつもこいつも……。

 神宮寺があえて高圧的に責めてきているのは、過大要求法ドアインザフェイスという心理学の交渉テクニックであることは分かっている。


 最初に派手な威圧をかましておいて、俺が飲めば良し。

 反発して断れば、次に控えめな条件での妥協を得る。


 政治屋の見え透いたやり口。

 実利が取れなかったとしても、形だけでも俺に頭を下げさせておけば生徒会のメンツは保たれる。


「心底くだらねえ……」


 俺は、こいつらが街で何をやろうとどうでもいいんだ。

 ただ、それに俺を巻き込むな。


 ここまで来ても俺は、人間どものくだらない寸劇に付き合わされるのか。

 冗談じゃない、もう何か全部どうでも良くなった。


「いいのか真城ワタル、君が生徒会に逆らえば、君のお仲間の立場も悪くなると思うが……」


 神宮寺が後ろに生徒指導部(SS)を連れて威圧しているのは、俺が突っぱねたら、瀬木たちの無事を保証しないということだろう。


「やってみろよ」

「なんだと」


「やってみろと言ったんだ神宮寺。ランクの違いを理解してるか、俺はレア装備で身を固めた『剣客』だぞ。ダンジョンでこっちに手を出してみろよ、お前のご自慢の生徒指導部(SS)なんざ、一瞬で挽肉に変えてやるぞ」


「……物分かりの悪い奴だな真城くん、形だけ従えばお互いに損はしないと言っているのが分からないのか」

「俺は残念ながら、損得で判断しないんだ。お前らのやってる政治ごっこゲームに付き合うつもりはない」


 神宮寺は一瞬、薄い唇をへの字に曲げて俺に憎悪の表情を向けると、すぐに気を取り直して薄ら笑いを浮かべた。

 肩をすくめて「ハッ、これだよ」と、周りの側近に余裕の苦笑いして見せる。


 メンツを守るのに必死だな神宮寺。

 そりゃそうだ、こいつは戦士じゃなく小利口な政治屋だ。勝てるという確信がない限り、俺達に手を出せるわけがない。


 ハッタリや威圧で、人をコントロールしようとはするが、それらはブラフに過ぎない。

 銃を突きつけて見せても、弾がこもっていない。


「話がそれだけなら、俺は行かせてもらう」

「ま、待ってくれ真城ワタルくん!」


 決裂に終わろうとする交渉を見て、七海修一が慌てて仲介しようとしたが、俺は背を向けて歩き出した。

 こいつらの政治ごっこゲームに、これ以上付き合うつもりはない。

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