第5話「神託所とランク」

「そうだ、神託所に寄って行こう」

「神託所?」


「おう、そこにある神殿みたいなところで、職業が分かるはずだ」


 装備を買うにしても、職業が何かによって適性のある武器が変わる。まあ、防具は硬革鎧一択だろうけどな。


「ここに触れたらいいの?」


 石造りの小さな神殿、大きな御影石が置かれている。

 瀬木に手を触れさせると、そこから磨きぬかれた石の上に波が広がって、やがて表示が現れた。


瀬木緑せきみどり 年齢:十六歳 職業:僧侶プリースト 戦士ランク:初心者ニュービー 軽業師ランク:初心者ニュービー 僧侶ランク:未熟者ノービス 魔術師ランク:初心者ニュービー


 瀬木は僧侶か。下位職業だが、そこそこ当たり職だな。

 戦士ランクは鍛えるのは簡単だし、最初からマナがあるのは良いことだ。装備品は適性のある打撃武器ハンマーが良いだろう。


 続けて俺も手をかざして、確かめてみる。


『真城ワタル(しんじょうわたる) 年齢:十六歳 職業:中戦士ミドルファイター 戦士ランク:見習者アプレンティス 軽業師ランク:初心者ニュービー 僧侶ランク:初心者ニュービー 魔術師ランク:初心者ニュービー


 中戦士か。下位職業だが、バランス型で悪くはない。ただ、魔法系の階級ランクが共にランクゼロなのが気になる。

 俺はフラスコを持ち、祈るような気持ちで『初級ロー スタミナ(デン)』と詠唱した。最も簡単な回復薬作りだ。


「よし、助かった」


 フラスコの底にチロッと黄色の水が貯まる。

 ほんの少しだけ、マナがあってくれたようだ。少しだけでもマナがあれば、あとは宝石で補充し続ければ、素早く育てていける。


 中戦士や重戦士は、マナがゼロのこともあるのだ。それを考えれば幸運だった。

 もしもマナの上限がゼロなら、マナの上限を上げる装備を付けてランクを上げないといけない。


 その手のアミュレットはお店には売ってないので、手に適性のない魔術師のワンドを持って、マナを回復させながら戦わないといけないところだった。

 いちいち持ち替えてマナを回復させるのも面倒だし、序盤から時間のロスになってしまっただろう。


「えっ、真城しんじょうくん。なんなのそれ?」

「ああ、これか。回復魔法なんだよ。この巻物スクロールの通りに詠唱するとフラスコに回復ポーションが出来るんだ。さっきのは、スタミナポーション。文字通り、疲労回復薬だ」


 俺は、さっき雑貨屋で買ってきたスクロールを瀬木に与える。ちなみに、これは言い訳作りに買っただけで、俺は全ての呪文を暗記している。

 まあ、呪文を知っていたところでマナがないと使えないし、ランクが足りないと失敗するわけだが、それはおいおいと育てていけばいい。


「へえっ、『初級ロー ヘルス(リス)』。本当だ、フラスコに青いお薬ができたよ」

「そうだ。それがヘルスポーション。そうやって魔法を成功させて徐々にランクを上げていくと、さっきのランクも上がっていくわけだ」


 ちなみに階級ランクは、初心者ニュービー未熟者ノービス見習者アプレンティス練達者ジャーニーマン技巧者クラフトマンアーチザン名人アデプトって感じで上がっていく。

 名人アデプトから上は、マスターランクだ。


 専門家エキスパート下級師範ローマスターと続いていくわけだが、そこまで行くのは相当な時間を費やさないといけないので、今は説明はいらないだろう。

 ゲームをクリアするだけなら、例えば各個人が自分の得意なランクを専門家エキスパートまで上げれば何とかなる。


 つまり、それより上は趣味の世界ということだ。

 『ジェノサイド・リアリティー』が面白いのはそこである。高難易度ゲームではあり、様々な制約はあるものの、戦士系が修練を積んで魔術師として活躍することも、万能型に進化することもできる。


 そのようにして、全部のランクを上げ続けてキャラを最強に育てることで、一人で冒険することもできる。

 いや、むしろ『一人で冒険すること』を推奨しているゲームだとも言える。


 傑作RPG『ジェノサイド・リアリティー』を作った、天才的ゲームクリエイター高貴なる夜ロードナイト

 そんなふざけた偽名を名乗り、ついに一切のインタビューに応じなかった覆面作家は孤独を愛していた。


 だから一人で冷たい石の迷宮に篭って、永久にだって遊び回れるゲームを作ったのだと俺は思う。

 ジェノリアというゲームにハマって、攻略サイトまで作ってしまった俺は、高貴なる夜ロードナイトに心酔している。彼の気持ちが分かるような気がしていた。


 親に衣食住を保証される代わりに、行きたくもない学校に行き、やりたくもないことをやらされて生きてきた。

 高校を卒業するまで、懲役十八年。まともに自分だけの力で生活ができるまでの辛抱だとずっと耐えてきたのだ。そんな俺の逃げ場は、ゲームの中だけ。


 それが、こうして陰鬱な現実から解放されて、ゲームの世界のなかで生きていける可能性を見せられたのだ。嬉しくならないはずがない。

 どうして転移してきたかなんてどうでもいい。俺は鎖から解き放たれた。狂おしいほどに愛おしい殺伐としたデス・ゲームの世界で、たった一人で自由に生きていけるのだ。


「あの、真城くん。買い物に行くんだよね」

「ああ、そうだったな。服と装備を買わないといけない」


 俺はもうすぐ一人で旅立つ。何にも囚われることなく、たった一人で暗黒の地底へと降りていく。

 だが、陰鬱な学生生活の救いになってくれた、たった一人の友達のことは考えてやる。この厳しい世界で、瀬木に生きられる術を教えてやるぐらいのことはして置かなければならない。


「防具は、人数分の硬革鎧ハードレザーアーマー。人数分のズボンとシャツだな。あと皮の膝あてクロークにブーツも買っておこう」


 防具屋に入って見ると、細かいサイズとかは全くなかった。

 たぶん品物に身体を合わせろって感じなんだと思う。こっちは五人分買わないといけないから重くてしょうがない。


 そうも言ってられない、自分のは装備して、女の子の分はロープを荷縄として身体にくくりりつけてなんとか背負う。

 次は武器だ。


「武器は俺が侍刀サムライブレード、瀬木が聖なるメイス、久美子は槍が良いって言ってたから長槍でいいだろ」


 あの佐敷って巨乳メガネと、立花ってボブ・ショートにも何か武器を……と思ったが止めた。重量オーバーになる。

 俺もまだランクが低いから、あまり重たいと身動き取れなくなる。往復して運ぶのも面倒だし、金を渡しておけばあとで好きなのを買うだろ。


「だがあと、大鉈剣スクラマサクスだけは買っておかないとな」


 重たくて、斬ると言うよりは重さで叩き切るタイプの安物の剣だ。

 ハッキリ言って、最悪の武器なのだが、これを買うのは意味がある。


「なんか大きいけど、変な形をした剣だね」

「それはとりあえず瀬木が持ってくれ」


「この武器は強いの?」

「原始的な剣で、店で買う中では一番重くて切れ味が悪い。ハハッ、そんな顔するなよ。ハッキリ言ってゴミ武器だが、これはこれで良い使い道があるんだ」


 それは後で説明する。瀬木と一緒に大荷物を抱えて宿屋に戻ると、ちょうど久美子たちが風呂から上がったところだった。

 一糸まとわぬ……ってことはない。ちゃんと白いガウンを着ている、おそらく下着もつけているだろう。


 しかし、何というか風呂上りの若い女の子の匂いは、なんとも言えない甘ったるい香りがする。

 それで襲ってしまうほど俺も考え無しではないが、瀬木が同室を躊躇ちゅうちょした理由も分らなくもない。


 薄いガウンを着ていても、湯上りの女の子の濡れた髪から立ち上る匂い、生々しい胸元やスラリと伸びている女子高生の生脚なまあしは、若い男にはたまらない。

 あまり深く考えないほうが良い。知らん女と深く関わりあっても、余計な面倒事を増やすだけだ。


 そりゃ、こんな状況なら女の子に優しくして守ってやればコロッと落ちるかもしれないけど、それはそういうのが得意な男がすればいい。

 俺は女は苦手なほうだし、どんなに可愛らしい女の子より、血沸き肉踊る冒険ゲームのほうが魅力的だからな。


「次、お風呂どうぞ」

「ああ、お前らの装備はここに置いておくからな。人数分あるから、好きなだけ休んだら好きに持っていけ。金も俺はいらないから好きに分けろ」


「ワタルくんは、気前が良いのね」

「もう買うべきものを全部買っただけだ。金が余ってても荷物になるだけだし、お前らは安全な街に篭って居るんだろうから、金はいくらあっても足りないはずだ」


 そうなのだ、街で生活するには金がいる。

 ここは安全だが、いつまでも篭ってはいられない。少なくとも、第一階層で稼ぐことはしないといけなくなるだろう。


 そこはそれ、あのゲーオタのモジャ頭(名前なんだっけ?)が、さっそく攻略情報を触れ回っていたようだからなんとかなるだろう。

 他の奴がどうなるかなんて、俺の知ったことじゃないがな。


「ねえ、真城くん。聞いていいのかどうかなと迷ってたんだけど」

「なんだ瀬木」


「真城くん、すごくこの世界のことに詳しいよね」

「ああ、この世界はなんだっけ『ジェノサイド・リアリティー』だっけ。そういうゲームの世界と一緒なんだろ。あの頭がモジャっとした……」


御鏡竜士みかがみりゅうじくん?」

「そうそう、ちょっと前にその竜士がクラスで話してるのを、聞いたことがあるんだよ」


 御鏡竜士、あのモジャ頭はそんなにカッコイイ名前だったのか。

 せっかく世界のことを知っていると触れ回っているのだから、全部モジャ頭のせいにしておけば問題ないだろう。


「そか、同じクラスだもんね」

「そうだよ、俺だって瀬木以外とも話すことはあるんだぜ」


 嘘をつきました……F組でも孤立してる俺が、話す相手なんて瀬木しかいない。

 モジャ頭、御鏡竜士が同じクラスでも話したことなんてない。もしかしたら、一方的に話されたことはあるかもしれないが、同じクラスの人間の顔なんてほとんど思い出せない。


 モジャ頭が、同じクラスだったと言うのも、いま瀬木に聞いて思い出したぐらいだ。

 瀬木以外は、つまんない奴ばっかりだと思っていた。


 いや、もしかしたらそう思い込んでいただけなのかもしれない。

 モジャ頭が、俺と同じレトロゲーマーでジェノリアをやっていたなら、少しぐらい話をしておけば良かったなと思う。


 もしかしたら、話が合ったかもしれない。楽しくレゲーを語り合えたかもしれない。

 本当に、いまさらだな。他人と付きあおうとしなかったのは俺だ。


「じゃあ瀬木、俺たちも風呂に入ろうぜ」

「えっ……ええっと、分かったよ」


 瀬木と脱衣所に入ったのだが、なかなか服を脱がないし、お風呂に入ってこない。

 恥ずかしがっているのだ、男同士だから良いのに。


「おい瀬木、早く脱げよ……」

「こっち見ないで、先に行ってよ!」


 待っててもしょうがないので、俺はさっさと風呂場に入った。

 大きな風呂は、六人部屋に付いているものと考えると信じられないほど豪勢だった。大浴場である。


 奥の浴槽は岩風呂になっていて、やはりガラス越しに広大な海を見下ろすことができる。

 ちょうど時刻は夕焼けのころで、実にいい景色だった。


「はぁー、たまらないな」


 こんなにでかいスペースを取るなら、部屋の方を広げたらいいとか思ってたんだけど、やっぱり風呂がでかいほうがいい。

 岩風呂に浸かって、海に沈みゆく夕日を見ていると、精神的な疲れが取れるような気がした。


 さっさとシャワーでも浴びたら、すぐにでも冒険に行こうなんて思っていたんだが、むしろゆっくりしておいてよかった。

 冒険に飽きたら、またこの風呂を楽しみにくるのもいいかもしれないなと思うほどの雄大な景色である。


「本当にすごいお風呂だね」


 瀬木が、大きなバスタオルを身体に巻いたままで、湯船に入ってきた。

 タオルを湯に浸けるのはどうかなと思ったんだが、細かいことは言うまい。どうせ俺たちが入ったら終いの風呂だ。


「瀬木たちは、そのうち金が足りなくなるだろうから、もっと安い部屋で我慢しないといけないかもな」

「ワタルくんは、街に居ないの?」


 ふっと真面目な顔になって、瀬木は少し悲しそうに俺を見つめた。

 俺が一人で行こうとしたのが、言わなくてもなんとなく分かってしまったか。


「俺は、一人でもっと下まで降りてみようと思ってるんだ」

「危なくないかな、僕もついていこうか」


 本当に友達甲斐のあるやつだよなお前は、あれほど怖がっていたのに。


「いや、大丈夫だ。瀬木にも、金をたっぷり持って帰ってきてやるよ。お前がもっと強くなったら、手伝ってもらうかもしれないけどな」

「ここがゲームの世界なら、レベル上げってのをすればいいんだよね」


 普通のゲームならそうなんだけど。

 ここは、ジェノリアだからちょっと勝手が違うんだよな。


「鍛錬法については、明日教えてやるよ」

「う、うん……」


 俺が身体を洗おう思って浴槽から立ち上がると、瀬木はプイッと顔を背けた。

 頬を真赤に染めている。まさか、男の身体を見て恥ずかしがってる……って、さすがにそれはないよな。


 小柄で可愛らしい瀬木は、中性的な顔立ちとほっそりした肩のラインが、本当に美少女にしか見えないので、変な気分になりそうになる。

 ぶっちゃけ、顔だけで言うなら俺は久美子よりも瀬木のほうが好みだ。ホモじゃないから、男を襲ったりはしないけど……。


 いや、本当に男の子に興味はないからね!


「のぼせすぎなんじゃないのか、瀬木もさっさと上がって身体を洗えばいいぞ」

「いやいや、僕はもうちょっと浸かってるから先に行ってよっ!」


 まだ恥ずかしがってるのか、せっかくの男同士の裸の付き合いだというのに。

 俺は、さっさと身体を洗ってしまうとスッと湯船に戻った。


 すると、瀬木も身体を洗おうと風呂から上がったので、その後ろからそおっと前を覗きこんだ。

 うーん……。


「信じられないけど、付いてるんだよなあ」


 俺が残念そうにつぶやくと、瀬木が身体をタオルで隠して、真っ赤な顔で叫んだ。

 その叫びも恥ずかしがる様も、この上なく可愛らしいのに、残念だった。


「ひやぁー、僕になにが付いてるっていうのさ!」


 何がって、そりゃナニがねえ。

 瀬木が実は女の子だったってオチだったらハッピーエンドなんだけど、ラノベじゃあるまいし、世の中そうは上手くできていない。


 いきなりファンタジーRPGになったから、そういう奇跡があるんじゃないかと言う期待が、俺に全くなかったかといえば嘘になる。

 しかし、現実は厳しかった。


「そうか、男の子かあ……」

真城しんじょうくん、次やったら絶交だからね!」


 俺は本気で怒っている瀬木に謝って、もう一度岩風呂を楽しんで、身体を暖めつつ眼下に広がる大きな海を眺める。

 そうして、心ゆくまで最後の休息を楽しむとスッキリした気分で、風呂から上がった。

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