第21話「再び、地の底へ」

 竜胆和葉りんどうかずはを連れて、一階、二階と順調に渡ってきたが、三階は多彩なモンスターが登場する。

 俺が連れているお荷物、和葉は片っ端からモンスターに、ある種お約束と言える攻撃を受けていた。


 巨大な毒蜘蛛に糸を吐きかけられて、脚を縛られて天井から宙吊りになっている。

 ペティーナイフがあるんだから、糸を断ち切って逃げればいいだろうに、空中からブランブランと宙吊りになってるだけだ。


 俺は、一刀のもとに巨大毒蜘蛛を斬り伏せると、和葉のところにやってきた。

 逆さ吊りだからスカートがそれはもう盛大に、全開にめくれている。


 和葉の丸みを帯びたお尻の形は思わず感嘆してしまうほど、見事なものだった。

 意外に着痩せするタイプか、こうして見ると想像していたよりもムッチリしててずっと肉感的なプロポーションだった。こういうのを桃尻というのだろう。


「意外に黒とかなんだな」

「やだっ! 見てないで助けて!」


 お前が足手まといになるぐらいなら、助けなくていいっていったんじゃないか。

 意外と大人っぽいパンツをマジマジと鑑賞してから、俺は蜘蛛の糸を断ち切って下ろしてやった。


 わざと意地悪したのは、俺が純粋に和葉のパンツを見たいということもあったが、七海のお気に入りらしい幼馴染にあまり好かれても困ると思ったからだ。

 行きがかり上助けることにはなったが、変に好意を持たれても困る。


 コイツ俺のこと好きかも? ……とか、高校生特有の自意識過剰かもしれないが、ウッサーの件があったので俺も用心深くなっている。

 七海が好いてる女の子と変に絡んでしまうとか、話がややっこしくなるだけだ。


 どうせ俺は、学校でも評判の悪い不良生徒で通っている。

 今更、同級生の好感度なんてどうでもいいし、スケベでデリカシーが無い男ぐらいに思われていてちょうど良い。


 地面に降りた和葉は、「いやーん!」とはさすがに言わなかったが、破れた布を無理やり巻き直して丈が短くなったスカートの裾を押さえて、顔を耳元まで真っ赤にしている。

 はいはい、お約束お約束。まあ、怪我がないようで良かったけど。


「真城くん酷いよ……」

「俺に助けてもらおうなんて甘い考えは捨てろって言っただろ。だいたい、お前のパンツなんて見ても何とも思わん」


 そりゃ見てて面白いと思ったからじっくり観察させてもらったわけだが、こういう状況で黒いレースの入ったインナーや、女子高生の健康的で艶めかしい太腿を見ても、美しいと思うだけでエロい気持ちは湧いてこない。

 七海あたりのイケメンなら、ちょっと赤面しつつ目を背けながら、紳士的に助けて幼馴染の好感度でも上げるんだろうけど。


 おそらくそういうのって、カッコつけるための演技なんだと思う。

 やりたいざかりの男子高校生だって、常時エロいわけではない。命のやり取りをする戦場では、頭が冷える。女のパンツを見て興奮するとか、そういう回路は一時的に遮断されている。


「私に魅力がないってこと?」

「そういうことじゃなくて、今は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ。パンツが見えるとか見えないとか、気にしてる場合じゃねえんだよ。お前も少しはシャキッとしろ!」


 地下三階程度の敵なんか、俺には楽勝だけど。

 ジェノリアでは何が起こるか分からないから、俺は気を抜かない。次の瞬間、死ぬかもしれないと思えば、性欲なんざどっかに吹き飛んでしまうのが人間だ。


 思えば、和葉を襲った金髪ロン毛たちは、致命的に危機意識が足りなかった。

 自分が死ぬことを想像していないから、敵の眼の前で女を捕らえるのを優先するなどという愚かな真似をするのだ。


 俺ぐらいになれば次の瞬間、和葉がいきなり敵になってしまい、ペディナイフで襲ってきても平然と対処できるぐらい警戒してる。

 そういう想像力がない奴から、ダンジョンでは死ぬ。


「ごめんなさい、私が間違ってた。真城くんの言うとおりだね、ダンジョンでは、パンツなんか見えても気にしちゃダメなんだね」


 そう言うと、和葉はペロンと自分でスカートの前を捲った。

 同級生が眼の前で自らスカートをたくしあげてパンツを見せてくるという、あまりにあり得ない光景に、俺は思わず硬直した。


「お、お前……いきなり何やってんだよっ!」

「えっ、だって気にしちゃダメだって、もしかしてちょっとは気にしてくれた?」


 俺は慌てて、和葉が自分でスカートを捲る手を跳ね除けてしまってから、すごくバツが悪くなった。

 否定したところで今の俺の行動は、気にしてるって言ってるようなものだ。クソッ!


「あーもういい、皮の鎧の前にまともな下穿きを買っておくべきだったな、さっさと三階を押し通るぞ!」

「待ってよ真城くーん!」


 今の不意打ちセクシーコマンドーは、なかなか効いた。

 俺の回路遮断シャットアウトを予想外のアクションで突破してくる発想力、たまたま思いついたのか、意図的にやったのかは知らないが、和葉は思ったよりずっと出来るのかもしれない。


 この程度で動揺してしまうのは、俺もまだ危機感が足りないってことだ。

 何事にも動じないクールな男に成りたいものだが、まだまだ未熟か。


     ※※※


 和葉がいちいち触手に絡まれてネトネトの体液を吹きかけられたり、また蜘蛛の巣に吊り下げられたりして時間がかかったが、ようやく三階を突破して四階へと足を踏み入れた。

 ここは、死霊のゾーンだ。三階はまだ襲われても笑い事で済んだが、ここからは空気が変わる。和葉なんて、舐めたことをやってたら一瞬で死ぬ。


「うわー、死体が歩いてるよぉ!」

「ここは死霊のゾーンだって教えただろ。ゾンビも幽霊もたくさん出るぞ」


 入り口付近で迎えてくれるのは、ゾンビの群れだ。俺は、霊刀『怨刹丸おんさつまる』に武器を持ち変えると、ゆらゆらと歩いてくるゾンビの首をたたっ斬る。

 アンデッドは生理的に気持ち悪いから、俺もこの階は直進距離でさっさと通過してしまいたいのだが。


 ここに和葉を送り届ける予定の隠し部屋『庭園ガーデン』があるのだからそこまでは行かないと、仕方がない。

 霊刀だけでは切りがないな、特大の炎球ファイアーボールをぶつけて一気にかたを付けるか。


上級ハイ イア 飛翔フォイ!」


 ととと、失敗。

 手のひらから放った炎は、すぐ掻き消えてしまった。やはり上級はまだ、俺のランクでは完璧には撃てんか。


中級ミドル イア 飛翔フォイ!」


 気を取り直して中級の炎球ファイアーボールをぶつける。これで、先頭の四体は吹き飛んだ、続けて霊刀を握って突っ込んで行き。

 大部屋に満載になっているゾンビどもの四肢を、バッタバッタと斬り刻んで行動不能にした。


「真城くん……」


 さすがに散々と戦場での心構えを言い聞かせたので、ビビってどこかに逃げ去ったり俺に抱きついてくるような真似はしない。

 アンデッドを怖がってる和葉は足を震わせながら、部屋の隅でキョロキョロ辺りを見廻している。


 邪魔にならないのは良いんだが、やっぱりそれでも足手まといだな。

 俺はゆっくりと和葉に歩いて行き、その身体を強く抱きしめた。


「えっ!」

「油断してるな、バカ!」


 和葉の後ろから、ゴーストが来ていたのだ。人間の視覚の範囲は、本人が思うより狭いのだ。見廻しても、後ろをしっかり見なきゃ意味ないだろう。

 俺の一突きで、ゴーストは甲高い叫びを上げて消え失せた。


 地形を無視して壁抜けしてくる厄介な敵だが、それほど強くない点だけは助かる。


「実体を持たない敵を除霊する呪文は覚えているか」

「うん……」


「じゃあ、次来たゴーストにそのままやってみろ。どうせ俺達に引き寄せられて、また来る」


 弱い敵は基本的に群れる、出てくるのが一体ってことはまずない。

 そう思ったら、また壁からゴーストがヌッと顔を表した。そら行け、和葉!


初級ロー アン 精神スピリト!」

「もう一度!」


 向こうが透けて見えるガラスのような反精神の刃がゴーストに向けて飛ぶが、弱い攻撃では一度で倒せない。


初級ロー アン 精神スピリト

「良し! 一人でできたじゃないか」


 初級とはいえ、失敗せずに二発当てたのは見事だった。

 料理人はフィジカルに全くプラス補正がないけど、魔術師マジックランクには多少プラス補正があるのかもしれない。


「あのっ、真城くん……」

「な、お前でも訓練すればやれるってことだよ」


「そうじゃなくて、そろそろ離れてくれない。ごめん、気にしちゃダメだって言われたんだけど、やっぱり……」

「ああっ、そうか。すまん嫌だったか」


 いつの間にか、強く抱きしめてしまっていた。

 俯いた和葉は唇を震わせて、くぐもった声で何かボソボソ言ってる。耳元まで真っ赤にして、そんなに、俺に触れられるのが嫌だったのか。


 命がけの戦闘中に抱かれた程度で赤面してるようでは、まだ本気で戦っていないって証拠だから、嫌がらせにこのままずっと抱き竦めたままで進んでやろうかと一瞬思ったが、まあ止めておく。

 硬い皮鎧の上から女の子を抱いたところで、面白くもなんともないし……待てよ、剥き出しの太腿や尻ならば揉んでも面白いか。


 なんてのも、さすがに冗談だけど。

 嫌われるのは問題ないが、ケツなんか触ろうものなら悲鳴を上げて逃げられてしまうかもしれない。


 和葉は、さっき男どもに襲われかけたばかりで、あんまり刺激するのは可哀想だ。

 久美子じゃあるまいし、危険な場所で悪ふざけなんか愚の骨頂。和葉を乱暴に扱う俺は嫌がられてるだろうから、そこまでゲスを演じなくてもいいだろう。


 相手が、瀬木ならセクハラめいた冗談も通じるだろうけど。

 女の子はよく分からんから、何をするか分かったものではない。さっさと安全圏に放り込んでしまおう。


「あのっ、あのね……嫌だったってわけじゃなくて」

「さっさと進むぞ、目的地はもうすぐだ」


 四階は危ない敵が多いから、さっさと通り過ぎてしまいたい。一人でないほうが、俺にとっては神経が疲れる。

 何かまだ言っている和葉を尻目に、俺はさっさと次の大部屋へと探索を進めた。


 幸いなことに、俺が二回通り過ぎてアンデッドを殺しまくった効果が残っているのか、モンスターの量はさほどではなく、大過なく『庭園ガーデン』へと続く奥の小部屋に到達した。

 床を剣先でつつくと、落とし穴を発生させる。


 杭を打ち込んでロープを下げると、俺は壁を足で蹴りながら、底にするすると降りていく。

 ストンと降りて見上げると、和葉は上から覗き込んでいる。


「ちょっと、真城くん待って、私ちょっとこれ……」

「なんだ怖くて降りられないのか、頑張って根性で降りろ。落ちても、俺が受け止めてやるから早くしろ」


 俺が急かすと、意を決したのか和葉がロープを伝って下へと降りてきた。

 俺なら余裕なんだが、よく考えると女の子に三メートルの懸垂下降けんすいかこうは難しいのか。


「和葉、勇気を出してロープを掴んでる手を緩めろ。グローブしてるんだし、最悪落ちて怪我してもヘルスポーションで治せるんだから、あとは気合だけだ!」

「ダメ、やっぱりダメ! その気合が出ないの……」


 軟弱だな。

 そんな意気地のないことで、よくここまで付いてこれたものだ。良し……。


「お前パンツ丸見えだぞ!」

「きゃあああぁ!」


 煽ってやったら、慌てて降りてきた。

 ほとんど落ちるという感じだったが、下でしっかりと受け止めてやる。


「思ったより軽いな」

「ごめんなさい」


「どうだ、手は大丈夫か。どこか痛む場所はあるか」

「ううんっ、大丈夫だったありがとう」


 抱き下ろしてから、手のひらを見てやるが革のグローブを付けていたお陰で無傷。

 身体も前後と確認して見てやるが、どこかぶつけたりロープに擦れて焼けたってことはないようだ。


「おいっ、ボサッとしてるな」

「あっ、はい!」


 いつまでも自分のグローブを見つめて、ぽかんとしている和葉に活を入れる。

 さすがに疲れたんだろうが、目的地はすぐそこだ。


「良しじゃあ、この奥がお前の住む安全地帯になる」


 さらに奥にある鉄格子、俺はその横を斜め移動でスッと通りすぎて奥に入る。


「えっ、どうやって入ったの?」

「そこの横の壁から、前と左横に同時に進む感じだ」


「えっ、えっ、ぜんぜん壁で進めないよぉ」

「うーんまあ、コツがいるからな」


 俺は、一旦戻って、壁に身体を打ち付けてあたふたしている和葉を抱いてやる。

 俺は嫌われてしまったらしい、皮鎧越しに触れ合う程度のことで、いちいち反発されるので困ってしまう。


「えっ、わあっ!」

「竜胆、良いからジッとしろ! 落ち着いて俺の身体の動きに合わせて、ゆっくりと壁に身体を沈める感覚で動け」


 そう言っても分らずにモジモジしているから、俺はもう抱きしめたままで、強引に和葉の身体を壁に押し込んだ。


「あっ、入った……」

「やってみれば簡単だろ。出るときも一緒の感覚なんだが、お前はどうせゲームが終わるまでここに閉じこもって出てこなければ良いから出れなくても良い」


「うん、すごいね……」

「何がだよ。ほら、さっさと来い」


 いちいち動作が鈍い、女の子なら仕方がないのかもしれないけど。

 久美子ならこういう時、ふざけたりはするがもっと機敏に動くんだけど、それを和葉にやれと言っても無理か。


 俺はボサッとしている和葉の手を引いて、さらに通路を進む。

 突き当りのボタン式の扉を開けると、そこは光り輝くばかりの大部屋だ。


「綺麗……」


 空から燦々と降る陽光を見上げて、和葉は感嘆のつぶやきを上げた。

 俺も初めて見たときは神秘的で美しい光景だと感動した。これが、このダンジョンの唯一の癒し『庭園ガーデン』エリアである。

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