14. 純粋同性交遊におけるぽんぽん
夏休みの間に、梨生の姉・果歩には彼氏が出来ていた。同じキャリア間で通話し放題の低額プランを提供する、カップル御用達の携帯キャリアの端末を、彼氏との通話専用デバイスとして果歩は当然のごとく購入し、飽きることなく四六時中、彼氏と毎日電話していた。
しかし妹の梨生は飽きていた、ほとほとうんざりしていた。隣の部屋からぼそぼそと間断なく漏れ聞こえる姉の声、ときどき甲高く響く姉の笑い声、他とは一切違うトーンの、恋人と愛を囁き合っているのだろう姉の気配に。
夏休みが終わって二学期になってもそれは収まらず、姉に抗議し、母親に訴え、それでも改善の見られぬ姉と彼氏の長電話からの逃避先となったのは、千結の部屋だった。
中学入学以来、疎遠になりつつあった二人だったが、夏祭りと果歩の恋を経て、再度二人の距離は縮まって、果歩が家にいて電話越しに彼氏といちゃつく間は、梨生は千結の部屋へ転がり込むようになった。
今夜も漫画を持ち込み、スナック菓子をつまみながら梨生は千結の部屋でくつろいでいた。
文化祭の演奏会に向け、吹奏楽部は相変わらず忙しそうだが、練習が終わって帰宅した千結に合わせて梨生も彼女の部屋に入り浸る、そんな日々が続いた。就寝時間の直前まで二人で過ごすそれは、毎日お泊まり会をするみたいで楽しかった。
コツコツと勉強をする千結に倣い、梨生もときどき教科書や参考書を広げた。しかしたいていは漫画を開いてばかりいて、その日も、佳境にさしかかった少女漫画を中断することなく読み進めたかったため、風呂へ入りに行くという千結へ生返事をして漫画に没頭し続けた。
時間も忘れてページを
「おもしろい?」
「うん。この年上の先輩がさ、バカでガサツなんだけどたまに優しくて、それがめっちゃキュン」
「ふーん」
梨生の後ろから漫画を覗き込むようにして、千結はベッドの上でうつ伏せになった。シャンプーと石鹸の匂いがふわりと香る。かすかな呼吸音が耳をくすぐる。入浴したばかりの温かい熱が届く。
風呂上がりの千結がやけに近距離に来て梨生は落ち着かなくなったが、大げさに反応するのも変だし、と思い直して漫画へ意識を集中させた。
ぺらりと何ページかめくるうち、バカでガサツな先輩は、ヒロインの女の子の頭の上へ何気なくぽんと手を置いた。王道。だが王道は強い。そのコマを目にした梨生は、思わず胸を甘く締め付けられて、「たはっ。んーふふ」とだらしなく笑みを漏らした。
背後から一緒に漫画を読んでいた千結がそのコマを指差して尋ねた。
「こういうのされたらドキドキする?」
耳元で静かに発声されるほうがよっぽどドキドキしてるんですけど、と梨生は思ったが、
「まー、相手によるよね。好きでもない男子からこーゆーのされてもウザい以外の感情湧かないでしょ」
その答えに千結はつかの間無言を返し、それから、ぽんぽん、と梨生の頭に触れた。
「……ん?」
「どう?」
「何が?」
急に千結から頭をぽんぽんされて意味のわからない梨生は、首をひねってベッドの上の千結を見上げた。
「どう、私からされてみて」
実験結果を冷静に測ろうとするごく真剣な顔の千結を見返しながら、梨生は言葉を探した。
「いや……うーん? なんか……違和感?」
「――いわかん?」
「なんか……ちーちゃんのほうが高い位置にいてぽんぽんされることの違和感というか……」
出会ってから今に至るまで、常に梨生のほうが千結より身長が高かった。
「……」
眉根を寄せて千結は不満げだ。
梨生は体ごと振り返り、しゃんと背を伸ばしてから、目線の下に位置する千結に向かって悪戯っぽく笑いかけ、ぽんぽん、とその頭に手を触れた。
「こっちのほうがしっくりくる気がする。ね?」
「……うん」
悔しいのか、千結は顔をシーツに押し付けてくぐもった声で返事をした。慰める気持ちでついでにヨシヨシもしておく。と、ベッド脇の置き時計の時間を見てはっとする。
「あ、ごめんもう遅いね、あたしそろそろ帰る」
「――あ、うん。……あのさ、りお。私、来週から帰るの遅くなると思う」
数冊の漫画を手に立ち上がった梨生に向かって、ベッド上で膝立ちになった千結が申し訳なさそうに言った。
「そっかー。ま、文化祭は吹奏楽部のだいじな舞台だもんね。しばらくお姉ちゃんの長電話も我慢するよ。去年は吹部のステージ観られなかったから、今年は観に行くね」
中一のときはクラスの催しがお化け屋敷だったため、文化祭当日も忙しかった。今年のクラスは適当なチュロス屋さんでお茶を濁しているので、時間に自由が効くはずだ。
「それとね……」
千結は口ごもった。その悲しそうに曇った眉を見て、梨生の心にも暗雲が忍び寄る。
「……ううん。なんでもない」
小さく微笑んで誤魔化した彼女に、何なのかと食い下がろうとした梨生より早く、千結が目尻を緩めて言葉を重ねた。
「りお、文化祭の花火、一緒に見ようよ」
梨生たちの学校では、地元のOBが文化祭最終日に校庭で数発の花火を打ち上げてくれる。
ほんの一瞬、梨生は言葉に詰まってしまった。なぜなら、"文化祭最終日、花火の下で告白したら成功する"という噂を思い出したからだ。
……まさかね。馬鹿げた考えを打ち消すようにして、
「うん!」
梨生はにっこり笑って頷いた。
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