2. 大人も日曜夕方は毎週絶望するんだ安心しなよ


 そうして毎日梨生と千結の二人で遊ぶ日々は過ぎ、あっという間に春休み最後の日が訪れた。明日から新学期が始まる。


 家からすぐの場所に橋があった。大きな幹線道路をまたぐその橋の中央には、上部に古い時計がはめこまれた、空に向かって生えるモニュメントがある。夕暮れの時間になると、そこから夕焼け小焼けのメロディが流れて子どもたちの帰宅を促した。

 モニュメントには、子どもがよじ登るのにおあつらえむきの傾斜と秘密基地気分を煽る屋根があったので、もちろん梨生と千結は何度もこれに登った。


 春休み最終日の今日も、ひょいひょいとあっさりモニュメントの頂上に辿り着く梨生が先に登り、千結の腕を掴んで引っ張り上げた。

 夕陽が街を赤く染め、聞き慣れたメロディがスピーカーからひび割れた音で流れる。モニュメントの上で立ち上がれば、まるで道路の上に浮かんでいるような光景が手に入るので梨生は気に入っていた。

 どこか沈んだ横顔で遠くを眺めている千結に声をかける。


「学校、こわい?」


 前を向いたまま、彼女はのろのろと頷く。


「……うん」


 転校生なのだ。新しい学校に不安を覚えるのも仕方ない。

 春休み中は、梨生と千結の二人きりで遊んだ。学区内で一人離れたところに住む梨生にとって、千結が来る前は、友達の集まる学校の近くまで行って遊ぶのが常だった。携帯電話はまだ持たされていなかったが、そこへ行けば誰かしらが絶対にいるので、遊ぶ約束なんて必要なかった。

 千結と会ってからは毎日家の近所で遊んだけれど、本当なら皆に千結を紹介して、学校が始まる前に仲良くなっておいたほうが彼女のためだとはわかっていた。それでも梨生がそうしなかったのは、この新しい友達を独り占めしたかったのと、周りよりも先に彼女と仲良くなっておいて、この可愛らしい子を皆に自慢したい、というよこしまな気持ちがあったからだった。

 千結の円滑な友達づくりより、利己的な行動を優先した自覚のある梨生は、心細げに夕焼けの光を浴びている千結に申し訳なさを感じた。


「大丈夫だよ、ちーちゃん、梨生と同じクラスだし、絶対皆と仲良くなれるよ」

「うん……」


 未だに顔の晴れない千結の隣で、梨生はますます罪悪感に駈られ、


「あ、あのね、ここから富士山が見えると、明日はいい日なんだよ」


と口走った。

 遠くに広がる森やビル群よりもさらに向こう、連なる山稜の奥に、大気にけぶった富士山の雪帽子のてっぺんがぼんやりと見える。

 梨生の指差した先へしばらく視線をこらした千結は、梨生に振り返って訊く。


「誰がそう言ってたの?」

「あ……えーっと、ね……梨生が……今決めた……」


 なんとかごまかそうかと思ったけれど、諦めて小さく答えた。

 適当についたデタラメをなじられるかと思ったら、千結はくすりとして、


「じゃあ、明日はいい日だね」


と、不安の去った顔つきになったので、


「うん! 楽しみだね」


と梨生も笑った。

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