5. 季節は巡る、子は飛び回る(オナモミに淫靡な響き感じたら君は大人だおめでとう)


 そうして二人は、いくつもの季節を共に過ごした。


 学校があるときには、そのまま校庭や学校の周りで他の友達と一緒に遊んだし、千結の習い事がある日にはそのまま別れたが、長い休みが始まると、学校から離れた二人の家の周りで、まるで本来そうあるべきかのように二人きりで遊んだ。

 千結はおしゃべりではないし、運動神経もどこかの魔女に呪いで封印されたとしか思えないほどの運動音痴だったし、一方で梨生は体を動かすのが大好きな運動少女だったが、それでも二人は不思議とウマが合った。


 どこでも遊び場になった。登下校の道のりはもちろん、近所の大きな公園、道路、お互いの家、庭、秘密基地、橋の下、押入れの中。


 学校からの長い帰り道は、ひとつの石を交互に蹴るか、靴を飛ばしながら進んだ。綺麗な石を見つけてはポケットに入れて持ち帰り、透明な瓶へ集めた。

 しりとりは場所を問わずやった。「しりとりしよう」も何もなく、どちらかが不意に単語をつぶやけばそれは始まり、興味が他へ移ればそれは何の相談もなく唐突に終わった。真夏の、暑くて走り回るほどの気力もないときには、フローリングの床に寝転がって延々としりとりをしながら、冷たい床を求めて室内を移動し続けた。寒くてしょうがない冬には、こたつに入って、どちらかが眠るまで。


 春は道中に咲き乱れるツツジの花の蜜を吸いながら歩き、家の前の道路にチョークで絵を書いた。夏、炎天下の外からどたばたと帰って、汗だくの体を扇風機の前にさらして歌い、声が揺れるのを共に楽しんだ。そして梨生の家にあるマシンでかき氷を作り、どぎつい色のシロップをたっぷりかけて頭が痛くなるまで食べた。季節を問わず週末には、ホットプレートの上でパンケーキを焼き、カロリーなんて考えもせず思う存分デタラメなトッピングをした。秋になってオナモミを見つければ互いの体目がけて飛ばし合い、落ちている金木犀の花を集めて頭の上から降らせた。冬になって折りよく積もるほど雪が降れば、嬉々として雪だるまをそこらじゅうに作り、丘のある公園でソリを滑らせた。

 安藤と粟田の両家でキャンプへ出かけてからは、しばらく二人にキャンプブームが訪れ、庭にテントを張ってそこで寝泊まりした。テントの天井からぶら下げたランプの光のもと、手で影絵を作り、夜遅くまで本や漫画を読み合いっこした。


 千結は梨生より体力がなかったから、彼女が遊び疲れたときには、お互いの髪を三つ編みにしながら休憩した。夜の闇よりも深く艶やかな千結の髪は、しっかり編み込んでも指を通せばするりとほどけて三つ編みの跡も残さないのが面白く、梨生は千結の髪を結ってはほどいた。千結から髪を触られていると梨生はなんだか無性に眠たくなって、陽だまりのなかでうつらうつらするのも気持ちよかった。


 外を駆け回って喉が乾けば、ジュースを分けあって飲んだ。近所の公園の片隅にひっそりと置かれた古ぼけた自動販売機には、夏にはみかんゼリーのジュースが、冬になると粒入りのコーンポタージュが入荷された。

 昔は姉の果歩と一緒に飲んでいた夏みかんのジュースは梨生のお気に入りだったが、大きくなった果歩は幼い梨生とつるむことを避けたため、その自動販売機以外で見かけることのない少し古めかしいパッケージのそれを飲む機会はしばらくなかった。千結と遊び回るようになってから得意になって梨生はそのジュースの素晴らしさを千結に教え、二人で十円玉を何枚も出し合って買い、夢中で缶を振り、崩れたゼリーを交互に味わった。冬が近づけばそれはコーンポタージュの缶に取って代わり、やがて春になるとそれは当たり障りのない炭酸飲料になり、そのラインナップの変化で二人は季節を感じた。

 ジュースを買うための軍資金は、家の手伝い――お風呂洗い、食器洗い、洗濯物を畳むこと、両親の肩たたきなどをして貯めた。

 その自動販売機には、くじ機能があり、当たれば無料でもう一本貰える、と謳っていたが、ヘビーコンシューマーの二人でさえついぞ当たりを引くことはなかった。絶対に当たるわけがないとわかっていても、毎回息を呑んでくじの行方を見守り、はずれと判明したらきちんと憎まれ口を叩いた。


 雨が降って家に閉じ込められたときには、大きな模造紙に巨大な迷路を書き、また糸電話を作って部屋の端と端で会話をした。聞き慣れたはずの千結の声が、紙コップを通して聴くと小さな音の粒となって鼓膜を震わせるのがなんともくすぐったくて、また秘密の雰囲気も相まって、梨生は雨がしとしと降る音を背景に、糸電話でたわいないことを千結としゃべるのが好きだった。あるいは、毛糸が毛羽立つまであやとりを繰り返し、またはアルプス一万尺の手遊び歌をどこまで最速でやれるか限界に挑戦した。千結から何度あやとりの技を教えてもらっても、梨生は何度も間違えて糸を絡ませた。根気強く教える千結の表情は、他の遊びをするときとは違って少しお姉さんの雰囲気を帯びており、それが微笑ましくて梨生が上の空になってしまうことも、彼女が技をなかなか覚えられない一因だった。


 そんな風に一日中一緒にいてもなんとなく別れがたい日はあって、そういうときには夜が更けるまで家の中でジェンガや人生ゲームをして、ごくたまに姉の果歩も混ざって、ジェンガが崩れたり、誰かが破産したりすると、一斉に叫んだ。



 もちろん喧嘩もたくさんした。

 不機嫌になった千結は、まず真顔になり、眉間にほんの少し力が入った。それから貝のごとく押し黙って、いつまでも口を利かないので、たいていは梨生が先に折れて謝った。

 何度も千結を苛立たせたのは、二人の間で交わされた交換日記だった。口数の少ない千結は文字の上では饒舌で、梨生は千結の書いたものを非常に楽しんだけれど、一方で自身が書くのは苦手で、頑張って書いても二、三行が限界だった。千結はすぐに返事を書いて寄越すのに、梨生はいつまでたっても交換日記を返さず、やっと書いたと思ったら内容はすっからかんだ。一度千結が本気で怒って以来、梨生が交換日記に触れないでいたら、珍しく千結から謝ってきた。


「怒ってごめん」

「――うん」

「りおの書きたいときでいいから、日記、続けたい」

「……あたし、ちーちゃんの文章読むの好きだよ。でも、ちーちゃんみたいにうまく文章書けない。――だから、絵とか、そういうのでもいい?」

「うん」


 それから再び日記の循環は始まった。梨生はページのほとんどを上手くもないが妙に味わいのある絵で埋め、相変わらず言葉はわずかだったが、次第に梨生自身も絵を描くのを楽しんだ。千結は、梨生のプレッシャーとならないよう、我慢して日記のリターンをなるべく延ばしたが、その分文字数は増え、ノートが米粒のような文字でびっしり黒々となっている様子に、毎回梨生は「ヒッ」となったし、やはりプレッシャーを感じないではいられなかった。



 季節はびゅんびゅんと巡って、梨生の背は順調に伸び、千結も少しだけ大きくなった。

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