第22話幻影都市

 ぽたりと浴室の天井から水滴が落ちた。

 暖かいお湯に浸かりながら、零子はぼんやりとその光景を眺めていた。

 こうして手足をのばして、風呂に入るのはいつぶりだろうか。

 一人暮らしのマンションはユニットバスでこうして、両の手足をのばせる広さではなかった。

 両親とは疎遠で早くから一人暮らしをしていた。

 勉強も得意でなく、人付き合いも苦手だった。

 職を転々とし、貯金もそれほどなかった。

 ただ、外見にだけは自信があった。

 鏡で見る自分の顔は惚れ惚れするほど美しいと思った。

 ある時、数少ない知人の紹介でモデルのような仕事を始めることになった。

 カメラの前に立ち、明るいライトの下で皆の注目を浴びて、写真を撮られるのは実に気持ちのいいものだった。

 そして、仕事帰りの電車にのっているとこんな訳のわからない戦いに巻き込まれた。


 巻き込まれた?


 そう思い、零子は自嘲した。

 いつも思っていたではないか。

 こんなくだらない世界からどこか別の世界に行きたいと思っていたではないかと。

 ぱしゃんとお湯で顔を洗い、零子は風呂を出た。



 ステージクリアのボーナスとして、コテージが拡張した。風呂にかなり広い浴槽が追加され、簡易的なキッチンがレストラン並みになっていた。冷蔵庫とオーブンがついたことにより、竜馬が料理の腕をふるい、その日の食事はかなり豪華なものになった。

 こんがり焼いた鳥肉をパンの上にのせ、獅子雄はかぶりついた。

 鳥はあの森でしとめたもので、種類はよくわからない。パンはエルフの兄妹の屋敷から失敬したものである。

「おまえもやってみろ、うまいぞこれ」

 獅子雄はその食べ方を春香に進める。

 春香は同じように豪快にたべる。

 鳥肉が思ったよりジューシーでうまかった。


 一人ベッドに入り、休んでいると、妹の空美が部屋に入ってきた。

 彼女はそっとドアを閉める。

「どうした?」

 と海斗はきいた。

「兄さん、一緒に寝てもらえますか?」

 空美はベッドの傍らに座る。

「いいよ」

 海斗は言う。

 にこりと空美は微笑むと海斗のベッドに滑り込むように入った。ベッドは一人では十分であったが、二人ではかなり手狭であった。空美は海斗の体に抱きついた。

「兄さん、あったかい」

 そう言い、安心したのだろうか、空美はゆっくりと寝息をたてだした。


 そこは白い空間であった。

 広い、ただただ広い空間であった。

 春香はリヴァイアサンゲームの機能の一つ幻影都市を起動させていた。

 起動させた瞬間、この空間に彼はいた。

 ふわりと空間が歪むと、そこにペトロ会長があらわれた。

 鷲鼻に片眼鏡の老人はうやうやしくお辞儀をする。

「よくぞおいでくださいました、陛下」

 と言った。

「ここは?」

 春香は尋ねる。

「ここは陛下だけの領地である幻影都市でございます。世界再構築の始まりの都市でございます。今はこのペトロめともう一人が住まうだけでございますが……」

 ペトロ会長がそういうとまたもや空間が歪み、今度はある女性があらわれた。

 紫のドレスをきた色っぽい女性だった。手にながいキセルを持ち、紫の唇で咥えると紫煙をふうと吐いた。

 彼女の顔はどこかで見た記憶である。

 ドレスの女性と視線が重なる。

 その女は妖艶に微笑した。

「あ、あんたはあの蜘蛛女」

 そう、目の前の女性は第一ステージのボスである魔女アラクネーであった。ただあの時と違い、彼女は完全に人間の姿をしていた。

「そうよ。私は魔女アラクネー。あなた方のおかげで呪詛メモリー解除リセットされてこの姿にもどれたのよ」

 とアラクネーは言うと、またキセルを咥える。

「陛下、どうぞこの都市の住まう民をお増やしください。さすればこのゲームをクリアする助けとなりましょう」

「そうね、わが君。二人だけってのも寂しいから、賑やかにして頂戴ね。それとね、ドロップアイテムがかなりたまったから、いくつか防具を造ったので、使ってね」

 魔女アラクネーはそう言い、ウインクする。


 ペトロ商会は幻影都市に移行しました。

 アラクネー魔道具店が開設されました。

 魔女アラクネーが防具を造りました。「ミスリルの盾」「魔女の闘衣」「勇士の籠手」「アルテミスのティアラ」「闇の長依ローブ

「周瑜の厨服」がアイテムボックスの送られました。

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