第40話ノアの方舟
キーボードを激しく叩きながら、ルカ教授はモニターに映る文字の羅列を眼でおっていた。
本当にこんな時代遅れのプログラムが作動するのだろうか。
彼女の心中は不安で一杯であった。
プログラム自体は二十一世紀の始めに完成したものだという。
いまから二百年も前にくまれたものである。
「まったく、こんなものにもすがらなくてはいけないなんて……」
舌打ちしながら、薄く、不味いコーヒーをすすっった。
それは天啓ともいえた。
骨董品ともいえるコンピューターに残るプログラムを完成させ、異世界から救世主をよびだすのだ。
突如、夢のなかにとてつもなく可愛らしい天使があらわれ、そう告げた。
純白の羽をはばたかせ、その少女のような天使はいうのだった。
彼らはきっと君の味方になるだろうと。
ルカ教授の住む世界は危機的な状況にあった。
度重なる自然災害に蔓延する疫病。
空は黒く汚れ、大地は枯れ、海は死んでいた。
わずかに残された資源をめぐっての絶え間ない戦争によって人類は絶滅の危機に瀕していた。
ルカ教授が所属する組織「バルトロマイの賢者」は恒星間を移動できる宇宙船を完成させ、そこに地球に残された人間を含む動植物をのせ、宇宙に脱出する計画をたてた。
「バルトロマイの賢者」にはもう一つの派閥があった。人類を宇宙に逃がそうとする一派とたもとをわかち、人間を今の厳しい自然環境に対応すべく遺伝子を改良しようする組織であった。
彼らはゼロテスのシモンと名乗り、現在生き残っている二歳以下の乳幼児を遺伝子改良してしまった。僅かにその難をのがれた子供たちを回収したルカたちはゼロテスのシモンから逃れるために宇宙船「ノア」の完成を急いでいた。
ゼロテスのシモンは生物兵器を大量に製造し、その軍事力は圧倒的であった。
おおきく息をすい、ずれる丸眼がねをもとにもどす。
あとはエンターキーを押すだけである。
彼女はまだ、半信半疑であった。
本当にあの夢に現れた天使のいうように、この化石のようなプログラムにそんな力があるのだろうか。
息を吐き、同時にキーを押す。
その瞬間、モニターが光り輝いた。
眩しくて、眼が開けていられない。
数分がたち、どうにか視力が回復するとルカの細い足の上に角の生えたウサギのような生物が乗っていた。
きょとんとした表情で彼女はそのどこか愛らしい生物を見た。
まさか、これが救世主なの。
苦労して指定されたコンピューターを見つけ出し、完成させて現れたのが、この可愛らしい生き物だというのか。
力がぬけ、彼女はあははっと乾いた笑いをした。
夢なんていうものを信じた自分が間違いだったのだ。
「違うよ、プロフェッサー・ルカ。救世主と戦士たちは彼らだよ」
赤い瞳のウサギもどきは少女のような声でいった。
「うわー狭いな。それになんか生ゴミくさいよ」
形のよい鼻を押さえ、文句を言うのは零子だった。
「なんだい、この汚れきった部屋は」
竜馬が室内を見渡し、あきれ返る。
春香たちが次元の扉を開けて、たどり着いたのはルカの研究室であった。
「プロフェッサー・ルカ。君は成功したんだよ。プログラムを完成させ、次元の扉にこの世界を接続させたんだ。春香、ここが第四のステージ“暴食”の始まりの場所だよ」
ディスマは言った。
「始めまして、僕は天王寺春香。よろしくね」
春香はそう言い、ルカに手を差し出す。
ルカは童顔にひきつった笑顔をうかべ、春香の白い手を握った。
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