僕らは夕暮れに世界を再構築する
白鷺雨月
第1話夕暮れに世界は終わる
ガタゴトと電車の揺れる感覚が心地よい。
窓から黄金色のひかりが車内を優しくてらす。
太陽が西に沈もうとしていた。
時刻は午後5時を少しまわったところ。
天王寺春香は友人の貝塚獅子雄との買い物帰りであった。
春香という女性のような名前だったがれっきとした男性である。
ただ、その容貌は女性と見間違えるほど優しげであった。
幼いころはこの名前のせいでよくいじめられものだが、その度に獅子雄が助けてくれたものだ。
体格に恵まれた獅子雄は学生時代はバスケットボールのエースであり、人当たりのよい彼は学園の人気者だった。
なぜだかわからないが、獅子雄は春香のことを常に気にしていて、なにかと世話をやいてくれた。
内向的な春香にとって獅子雄は太陽のようにまぶしい存在だった。
人が太陽なしに生きていけないように春香は獅子雄なしに生きてはいかなかった。
社会人になった今でもよくこうして時間をみつけては、遊んだり買い物をしてりしている。
車内は比較的空いていた。
自分たちを含めても十人もいないだろう。
向かいに座る背の高い女性はヘッドホンを頭につけ、音楽を聞きながらぼんやりと外の景色を見ていた。癖の強い黒髪が特徴的な端正な顔立ちの女性だった。
端に座る女性たちは昨日見たドラマの話をしていた。制服を着ているのでどこかの学生だろう。
スーツを着た男性はスマホのゲームに夢中になっている。なんども画面を押しては時々ため息をついていた。どうやらゲームがうまくいっていないようだった。
ドア付近には一組のカップルがいて、自分たちの世界に浸っていた。
作業服の男はよほどつかれているのだろう、腕をくみ熟睡していた。
それはどこにでもある日常のひとこまだった。
ここにいる誰しもがこの日常がこの瞬間に終わるとは思っていない。
当然といえば当然だ。
誰しもがいつも人生の終わりを意識して生きているわけではない。
そんな人間はいるにはいるだろうが、ごくごくわずかであろう。
少なくともこの電車の車内にいる人間たちはそうではなかった。
突如電車がギギギとうるさい音をたてながら停車した。
あまりに急に止まったため、春香は座席から転げ落ちそうになった。
あわてて獅子雄が腕をつかんだので、転ばずにすんだ。
女子高生たちがキャアキャアと悲鳴をあげ、抱き合っていた。
「大丈夫か、春香?」
と獅子雄はきいた。
「うん、ありがとう。どうやら舌を切らずにすんだよ」
獅子雄の手をつかみ、春香は立ち上がる。
彼は異変を感じていた。
「なんか、暗くないか」
春香は窓を指差し、言った。
くるりと首を左右にまわし、獅子雄は周囲を確認する。
先ほどまで日の光がはいり、明るかった車内が今は電光だけが照らされていた。
不審に思い、窓に近づく。
うっと言い、獅子雄は口をおさえた。
窓には気持ちの悪い虫たちでびっしりとおおわれており、外の様子はまったく見ることができなかった。
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