第42話エージェント・サロメ
眼前に広がるのは漆黒の海であった。
黒い海にはまるで生き物の気配はしない。
このように黒く濁っていたならば、何者も住むことはかなわないだろう。
吹き付ける風は冷たく、身が切れるのではないかと思われた。雲は分厚く、鉛色をしている。
春香たちは宇宙船ノアの甲板にいた。
航行不能の宇宙船ノアは現在、死の海にその身体をあずけていた。
全長三千メートルの宇宙船ノアはクジラのような船体をむなしく漆黒の海に浮かべているだけだった。
「あの水平線の向こうにゼロテスのシモンが造り上げた要塞都市ナザレがあります。そこにバルトロマイの賢者のエージェントが潜入しています。彼女と協力して、三つの鍵を取り戻していただきたいのです」
漆黒の海の水平線を見ながら、ルカは言った。
「で、どうやってこの海を渡るんだ。まさか、泳いでっていうわけにもいくまい」
何者も住まない海を見ながら、竜馬は言った。
「その点は心配ないよ」
厚い雲を見上げながら、春香は言った。
鉛色の雲を両断し、一隻の帆船が飛来した。
その帆船は大航海時代によく使用されたカラベル船と呼ばれるものであった。
空中に浮遊するカラベル船は春香たちの目の前で停止した。
「あれが小型移動挺マタイだよ」
ディスマが言った。
「じゃあ、ルカ教授その三つの鍵をとりもどしてくるよ」
春香は言う。
「ご無事を祈っています」
ルカは答えた。
「じゃあな、先生。ちょっくら行ってくるよ」
竜馬が笑う。
「今度は飛空挺か。いいねえ」
零子は楽しそうだ。
春香たちは小型移動挺マタイに乗り込む。
船室内は狭かったが、なかなか快適だった。
操舵舵をにぎるのは竜馬だった。
「乗り物の運転は得意なんだ」
楽しげに竜馬がいった。
いったいどういった動力でその船は空を飛行しているのか、春香たちにはわからなかったが、マタイは高速で空を駆ける。
零子は笑顔で窓から外の景色を見ている。
一時間ほど灰色の空を飛行すると遠方に鉄の城塞が視界にはいった。
城塞都市ナザレの西方数キロの地点に待機しているとルカが言った。
ルカ教授の指定した地点に移動挺マタイを停泊させる。
移動挺マタイを降りた春香たちを一人の女性が出迎えた。
黒い戦闘服をきた女性が砂と岩だらけの荒野に立っていた。その戦闘服は身体にぴったりと張りついたようなデザインで零子の魔女の闘衣に似ていた。彼女もまたすばらしいほどのスタイルであった。
戦闘服の女性は春香たちに駆け寄る。
その戦闘服の女性の顔を見た瞬間、美穂は鬼切安綱の柄を握った。
「貴様‼️」
短く叫ぶと彼女は
我が君、いけない。あの娘を止めてあげて。
春香の脳内にアラクネーの声が響く。
アラクネーの声を聞いた後、春香はその女性の顔をよく見た。
その容貌は魔女アラクネーと瓜二つであった。
「獅子雄、止めて」
その声を聞き、すぐさま獅子雄は動いた。二人の間に入り、固有特技鉄壁を発動させ美穂の強烈な斬撃を受け止める。ガツンという金属の音が鳴り響く。
「美穂さん、この人は別人だよ」
春香が言う。
彼は知っている、アラクネー本人が幻影都市にいるため、彼女はまったくの別人であるということを。美穂の取り乱し様をみて、やはり彼女には話すべきではないと思った。
「こいつは亜矢を殺したやつだ」
なお、美穂は言い、刀に力をこめる。
「落ち着け、美穂。あれは別人だよ。あの魔女はおまえが息のねをとめたじゃないか」
零子が言い、美穂の腕をつかむ。
「けど……」
美穂が間違えるのもしかたがない。誰が見ても目の前の戦闘服の女性はアラクネーそっくりだったのである。
「どうやら、誰かと間違えてるみたいだけど私はバルトロマイの賢者のエージェント、名前はサロメだよ」
戦闘服のグラマーな女はそう名乗った。
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