第19話魔人レラジェ
手のひらから流れた赤い鮮血が床に飛び散り、一瞬にして五芒星を基本とした魔法陣へと形どられる。
うっすらと光り、その光がカインの体を包んでいく。
光はすぐに消え、そこから現れたのは緑のまがまがしい西洋甲冑を装備した騎士であった。
吐く息が白い。
部屋の空気が二十度は下がったのではないかと思われた。
それほどの妖しい気をその騎士は放っていた。
手にはどす黒い弓がにぎられ、弦からはポタポタと得体の知れない液体をたらしていた。
「気をつけてね。あれはこのステージのボス、魔人レラジェだよ」
ディスマが早口で春香にいう。
「あーまだ舌がびりびりしやがる」
べーと舌をだしながら、意識を取り戻した零子が言った。
「私も舌がいたいです。しゃべりにくいです」
美穂が手で舌をあおぎながら、言った。
妖気を放つ騎士を見て、零子は魔銃フェンリルを身構える。
菊一文字の柄をぐっとにぎり、美穂は抜刀の構えをとる。
二人とも瞬時に事態を理解していた。
短い期間であるが戦闘を繰り返すことによって戦士の勘のようなものを身につけていた。
「兄さん、やめて下さい。悪魔に魂をうってまで私は血族を存続させたくありません」
そう言い、アベルは魔人とかしたカインの腕にしがみつく。
「何をいうか、妹よ。我々はこの日のために何百年待ってきたと思うのだ。私は必ずや彼らを手中におさめてみせる」
腕にしがみつくアベルをカインは降り飛ばす。
アベルの軽い体は簡単に転がっていった。
なんとか立ち上がろうとするアベルであったが、すぐにばたりと倒れてしまう。あろうことか彼女の白い腕が真っ黒に変色していた。どろどろと皮膚がただれ、じっとりと血が流れ出す。どうやら腐りかけているようだ。
彼女はそのまま、意識を失った。
魔人となったカインは振り向きもしない。
兜の隙間から見える青い瞳はどす黒く濁っていた。
「おいおい、実の妹をあんな風にして。それじゃあ意味ないんじゃないか」
フライパンを肩に乗せ、軽快に竜馬は言った。
「まったくですね」
春香は冷たい空気に震えながら、言った。
彼らの目的は一族存続のはず。
そのための大事な生き残りを傷つけては本末転倒である。
カインの狂気は目的を見失いつつあった。
「どうやらあの鎧には毒が塗られているようですね。おそらく、あの弓も」
海斗は言った。
「そこのご仁、あなたも剣士のようですな」
柳生十兵衛は美穂に話しかける。
「は、はい」
見知らぬ侍に緊張ぎみに答える。
「これもなにかの縁でござる。我が奥義の一つ、お教えいたそう」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
しどろもどろに美穂は答える。
「剣士たるもの、相手をまず観ることでござる。心の水に葉を浮かべ、その葉をゆらさないように落ち着いて観るのでござるよ」
深く腰を落とし、柳生十兵衛は一直線に飛び出した。
それは一見、無謀な突撃に見えた。
カインは矢をつがえ、十兵衛めがけて打ち放つ。
毒をたっぷりと塗り込まれたそれはかすり傷でさえ、致命傷になりかねない。
柳生十兵衛の胸に矢が突き刺さると思われた瞬間、かれは左半身だけをひねり、その矢をよけた。
矢は地面に突き刺さり、床をどろりと汚く溶かした。
そのままスピードを落とすことなく抜刀し、強烈な斬激をカインの胸に叩きつける。
カインは後方に吹き飛び、壁にめりこんだ。
「敵を観ること。敵の呼吸を感じ、視線を追い、心の臓の音を聞き、身体の動きを観察するのだ。さすれば百戦危うからずでござるよ。ご武運を、美穂殿。しばしの別れでござる」
そう言うと鉄剣士柳生十兵衛はどこへともなく消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます