第9話魔女アラクネー

 下腹部に異様な熱さを感じた亜矢は手でその部分を押さえる。べっとりとした感触がする。

 濡れた手を見るとそれは真っ赤な血であった。

 呼吸が苦しい。

 息を吐くのも、吸うのも苦しい。

 下腹部は異常に熱いのに、体全体は真冬のように寒く、震えがとまらない。

 食道へなにかがかけ登ってくる。

 たまらずそれを吐き出すとそれは大量の血液だった。


 足に地面の感触がない。


 どうやら宙にういているようだ。

 いや、よく見ると何かに持ち上げられている。

 もう一度、下腹部をみるとそこからは黒い剛毛の生えた何者かの足によって突き抜けられていた。


「亜矢ー‼️」

 悲痛な叫びがする。


 巨大な蜘蛛がそこにいた。

 ただの蜘蛛ではない。

 体長は四メートルほどはあるだろうか。

 奇怪なのは蜘蛛の体に人間の上半身がついているということだ。

 その上半身はとても美しい女性だった。

 上半身は一糸まとわぬ姿であった。

 艶のある黒髪に豊かな胸元はあらわになっていた。

 蜘蛛の胴体の前足で亜矢の胴体を貫き、持ち上げていた。

 だらだらと流れる血液を口で受け止めるとごくりと飲んだ。

 唇が真っ赤にそまった。


 蜘蛛女はつまらなそうに前足をふると亜矢の風穴のあいた体をゴミのようにすてた。

 亜矢の体は何度かバウンドし、春香の目の前に転がってきた。

 その間にも下腹部と口から血液を流し続けている。

 亜矢の体は何度かけいれんし、すぐに動かなくなった。

 空美が駆け寄り、手のひらを傷口にあてる。

 手のひらがぼんやり光る。

 固有特技ユニークスキル「祈り」を使っている。

 祈りの効果により空美の治癒能力は格段に上昇する。

 だが、彼女は小さな顔を左右にふった。

 大きな瞳を真っ赤にはらし、涙を流している。

「ごめんなさい……」

 傷があまりに深く、いまの彼女の治癒能力では回復不可能であった。


「畜生め‼️」

 魔銃フェンリルを構え、零子は引き金を引く。

 ダンダンダンと発射音が鳴り響く。

 狙撃能力を使用し、蜘蛛女の上半身の心臓と額部分を的確に狙い撃つ。

 たが、その銃弾は蜘蛛の部分で塞がれた。蜘蛛の足は鉄のように硬い。防がれた弾丸はむなしく地面にころがる。

「くそ、硬いな」

 と毒づいた。


「あれは魔女アラクネー。このステージ〝強欲〟のボスだよ。彼女を倒すのが、ステージクリアの条件だよ」

 ディスマが春香に言う。


 ボブカットの髪を揺らし、美穂が動かなくなった亜矢の体に駆け寄り、抱きついた。手が亜矢の体から流れる血液によって、赤黒く汚れる。

「亜矢、亜矢、亜矢。どうして、どうして亜矢が……」

 止めどなく涙を流している。


 蜘蛛女アラクネーは大きく前足を振りかぶり、春香たちに襲いかかる。直撃すれば亜矢の二の舞は間違いない。


 両手で豹の剣を握り、獅子雄は渾身の力で前足めがけて撃ち込む。

 固有特技「突撃」を使用し、剣のスピードを加速させる。

 ガツンと鈍い音がし、前足の攻撃を止めた。

 攻撃を止めることに成功したが、ダメージを与えるには至ってはいない。


 その時、春香の脳内に知らない声が聞こえた。

「春香くん、春香くん。聞こえるか」

 顔をキョロキョロし、周囲を見るが、その声の主は見当たらない。


 獅子雄が必死に魔女アラクネーの攻撃を防いでいる。


「やっと君の精神にアクセスできたよ。私の名はサンジェルマン伯爵。君たち残された人類の味方だよ」

 心のなかに語りかける見知らぬ声はそう名乗った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る