第十一話:Let 幼馴染 Be

れん君、ちょっといい?」


 昼休みが始まるやいなや、清楚系せいそけいの美少女が教室に入ってきて、その白魚しらうおのような手でおれの腕をとる。


 そのまま教室を出て、廊下ろうかを通り、そと階段かいだんへと連れ出された。


 よほど急いで来たのだろう、肌が少し汗ばんでいる。


 暑い……と、おれの腕を握っていない方の手で自分をあおいでいた。ひじにはビニール袋がぶらさがっている。


凛子りんこ、どうした?」


「ああ、うん。あずさから聞いたよ? 小佐田おさださんと何か面白いことしているらしいじゃない?」


 凛子は息を軽く整えてから、おれを見上げながら質問してくる。


「あー……面白いことっていうか、おかしいことっていうか……」


「おかしいこと、か。たしかにそうみたいだね」


 凛子は苦笑いする。


「それで? なんでそんなに急いでおれのとこに来たんだ?」


「うん、小佐田さんが来る前に蓮君を教室から連れ出さなきゃって思って」


「ん? おれと小佐田を近づけないようにってこと? そこまでしなくても……」


 だとしたら、自分の身は自分で守れるというか、過保護かほごな気もするというか、さすがに小佐田の扱いが気の毒な感じもするのだが。


「ううん、そうじゃないの」


「じゃあ、どうして?」


 いつも理路りろ整然せいぜん筋道すじみち立てて話をする凛子にしてはちょっと話が見えてこない。


「今日は、小佐田さんの行動をストーキングします」


「ストーキング!?」


 いきなり出て来た物騒な言葉に驚くと、


「しぃー、蓮君」


 と人差し指を形の良い唇の前で立てる。


「……なんで、そんなことするんだよ?」


 声を落としてかがんで聞いてみる。


「蓮君も小佐田さんのこと、もっとちゃんと分かった方がいいかなって思って」


「小佐田のこと? この数日間で嫌というほど教えられてる気がするんだけど、あいつ、まだなんか裏があるのか?」


 質問すると、凛子は首を横に振る。


「逆ね。蓮君が知ってるのが裏の顔だけなんじゃないかなって思うの。蓮君、もともと小佐田さんとはほとんどお話したことないでしょう?」


「そうだな。入学以来、全然」


 だから、なんでいきなりこんなに話しかけられてるのかもよく分からないのだ。


「だよね。そこで、あずさの言ってたことを聞いていると、それだけしか小佐田さんのことを知らないんだとしたら、多分小佐田さんのこと、ただの変人、しかも相当な変人だと思ってるんじゃないかなって」


「思ってますけども」


 予想通り、という感じで生真面目きまじめに凛子はうなずいた。


「でもね、私の知る限り、彼女は常識的な女の子だよ。周りの人からの評価だって決して悪くないもの」


「はあ……、それで?」


「つまり、何が言いたいかというと……」


 凛子は顔を近づけてきて、人差し指を立てて、ここがポイントだよ、と示してくる。


「蓮君の前でだけ、変な子になるんじゃないかってこと」


「はあ……?」


 それはそれで意味不明である。


「だからね、変人扱いする前に、小佐田さんの表の顔も知って欲しいの」


 それが今回凛子が昼休みにおれを訪ねて来た理由らしい。


「なんで、凛子はそんなことを……?」


 そんな質問をすると、凛子は女神めがみのように優しく微笑ほほえむ。




「だって、蓮君には幸せになって欲しいもの」





「へ……?」


 突然の言葉に変な声だけ出すと、凛子は続ける。


「小佐田さんがちょっと不器用なだけなのに、変人だって思い込んで、ぞんざいに扱って、本当は理想の女の子だったのに逃してた、なんてことになって欲しくないの」


「はあ……すげえな……」


 凛子に後光ごこうがさしているように見える。やろうとしていることは突飛とっぴだが、そのふところの深い情だけをひしひしと感じていた。


「なので今日は蓮君といない時の小佐田さんを観察しましょう」


「そんなことで小佐田の表の顔がわかるのか?」


「うん、少なくとも、蓮君といる時の小佐田さんは、全部おかしいもの」


「そうなのか……。表だろうと裏だろうと、おれの前でおかしいならあんまり変わらない気もするんだが……」


「文句ばかり言わないの」


 めっ、とばかりこづかれて、おれは「はい……」と従う。なんなんだろうこの逆らえない感じは。


「まあ、分かったけど、昼飯は抜きか? 腹減ったんだけど……」


「もちろん用意してあるよ。張り込みの基本は、これでしょう?」


 その手元には、あんぱんと牛乳。


 普段かしこまった話し方ばかりする凛子が、ふと、無邪気むじゃきな笑顔を見せた。


「これでいいよね?」


「分かった分かった」


 おれはどうも昔から、凛子のこの顔に弱い。


「ちょろいなあ、蓮君は」


「はいはい」


 いなされているのかいなしてるのかは分からないが、とりあえずあんぱんと牛乳を受け取ると、凛子が右手のひらを出して来る。


「……なに?」


「何って、おだいだよお代。私が蓮君におごってあげる理由がないでしょう?」


 それって、押し売りっていうんじゃ……。いや、まあおれが食べるから仕方ないか。


「おいくら?」


「えーっと、仕入れ値が220だから……250円で良いよ!」


「利益取んのかよ……」


「公正な取引にご協力お願いしまーす」


「頼んでないんだけどな……まあいいや。財布教室にあるから、あとで渡すわ」


「毎度ありがとうございまーす! あっ、来たよ」


 ニコニコと嬉しそうに笑っていた凛子が廊下を指差した。


 外階段についている窓越しに、小佐田がぴょこぴょこと小走りでおれの教室の前までやってくるのが見えた。


「ミッション・スタート、だね!」


 そう言いながら放たれた、凛子の小佐田とは比べ物にならないほどの完璧かんぺきなウインクは、おれじゃなかったら一瞬で惚れてしまうだろうな、と妙な納得感があった。

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