第二十九話:気の置けない幼馴染

「おはよう、れん君」


「おう、凛子りんこ?」


 登校するために家を出ると、そこには完全無欠の清楚せいそ系女子が立っていた。手には革のカバンと、別に何か小さい紙袋を持っている。


「てへ、来ちゃった」


 凛子は、語尾にハートでもついてそうに、はにかんでみせる。本当に幼馴染を迎えに来るやつがいるとは……。


「なんか用か?」


「ん。とりあえず行こうか」


 おれの質問をさて置いて、駅までの道を歩き始めた。おれは横に並ぶ。


「あずさから聞いたよ? 昨日きのう小佐田おさださんの家に行ったらしいじゃない」


「うん、まあ、行ったけど。……いや、なんにもないからな?」


 昨日と同じてつを踏んでなるものか、とさきんじて弁解すると、


「『なんにも』って何? 例えばどんなこと?」


 意地悪な笑顔でこちらの顔をのぞきこんでくる。


「なんでもねえよ……」


 くそ、どうしても凛子の方が一枚いちまい上手うわてだ。


「あはは、ごめんごめん。あずさと違って私はそんなことは心配してないよ。それよりも、お茶とか、お茶菓子なんかもご馳走ちそうになったんじゃない?」

 

「ああ……コーヒーと、なんだっけ……ビスコ? をいただいたな」


 想定外の質問にまゆをひそめつつも、答える。


「ビスコ? たしかに小佐田さんって、ビスコ食べてそうだけど、お客さんに出すのは珍しいね」


「いや、あのビスコじゃないんだけど……まあいいや、それで?」


 本題を聞かせてくれ、とうながすと、ここがポイント、とばかりに人差し指をそらに向ける。


「あのね、蓮君。誰かのおたくにお邪魔じゃまする時は手土産てみやげを持っていくものだよ」


「え、そうなの? おれ、小佐田に無駄むだに送らされただけなんだけど。当日言われただけだからなんも持ってなかったし」


「そういう時は、次に会ったときに『先日はどうもありがとうございました』って言ってお渡しするの」


 突然始まったマナー講習にめんらいながらも、


「いや、次に会うって、多分だけど今朝けさだぜ?」


 と答えると、凛子先生はあげていた人差し指をチッチッチ、と小さく振り、そしてそのまま自分の顔を指差した。


「だから私が蓮君を迎えに来たんじゃない」


「どういうこと?」


 まんして、凛子は持っていた小さな紙袋をこちらに差し出す。


「はい、これ。今日小佐田さんに渡しなさいな。あずさから連絡来た時、ちょうどスーパーで買い物しててね。あそこのスーパー大きいでしょ? 隣にあるお土産みやげ屋さんのコーナーでカステラ買っておいたよ」


「はあ、まじで?」


 あまりの周到しゅうとうさに驚く。


「600円くらいのお菓子だったから、うーん、650円でいいよ」


「おお、やっぱり金は取るのか」


「あのね、だから、蓮君の交際費を私が持つ理由がないでしょう?」


「いや、だから頼んでないんだが……」


 それにしても押し売りにしては利益が少なくて、責める気にもなれないんだよなあ……。


「じゃあ、いらない? 非常識な男の子と思われてもいいの?」


「非常識とか思わないだろ……」


「思うかもしれないよ? 小佐田さん、あれでかなりちゃんとしてるんだから。成績もいいし、マナーもきっとわきまえてるって。そして、常識的なあの子がまさか『須賀くん、手土産はないの?』とは自分からは言わないでしょうから、ただただ心の中で思われるんだよ、『ああ、なんだ、そういう育ちの人かあ……』って。私とほとんど同じ育ちの蓮君がそんな風に思われるなんて、そんなの耐えられないなあ」


「わかったわかった、ありがとう……」


 滔々とうとうと語られ始めた言葉たちがなんだか怖いので、おれは差し出された紙袋を受け取り、代わりに財布から650円を出して凛子に渡す。


「毎度ありがとうございまーす!」


「本当に毎度のことになってきたな……」


 小さい包みだったのと、おれのカバンには教科書もノートも入っていなくて空きスペースが多かったので、そのままカバンにしまった。






 電車で移動し、新小金井しんこがねい駅に到着する。


 改札を出ると、朝日に負けず劣らず輝いた笑顔が今日も待ち構えていた。


「おはよっ、須賀くん! はっ、凛子ちゃんも! あれれ、一緒に来たの?」


「ええ、まあ、全然これっぽっちも本意ほんいではないけれど」


「否定がつええよ」


 あきれていると、凛子がおれをひじ小突こづく。


「ほら、蓮君、あれ、渡すんでしょ?」


「え? あ、ああ……」


 小声で伝えられて思い出す。ここまでの道中ですっかり忘れていた。


 おれはカバンから凛子にもらったカステラを出して、小佐田にそっと渡す。


「小佐田、これ」


「ほぇ? これなぁに?」


 小柄な同級生は首をかしげた。


「その……昨日、小佐田の家に行った……なんていうの、お土産? 手土産?」


「『小佐田さんのお宅にお邪魔したお礼』でしょ、蓮君」


「そう、それだ。お礼だ。コーヒーとか、ビスコとかもらったから」


「ああ、そゆことか! あはは、あれビスコじゃなくてビスコッティだけどねっ。とゆか、全然気にしなくてよかったのに! 須賀くん、ちゃんとしてるんだねっ!」


「いや、おれっていうか凛子が持ってけって痛いっ!」


 賞賛しょうさんされるべきはおれじゃなくて凛子だと説明しようとした瞬間に足を踏まれた。


「蓮君はバカなの? それをわざわざ言う必要ないでしょう?」


「いや、おれの手柄じゃなくて正当な評価をだな……」


「へっ? 凛子ちゃんが選んでくれたの? え、それで、凛子ちゃんが須賀くんに持たせたのっ?」


 はあ、とわざとらしくため息をつく凛子はその質問に答える気がなさそうなので、おれが代わりにうなずいた。


「そう、それで今朝けさ持って来てくれたんだよ。あ、金はおれが払ったからな?」


「ほぇー……」


 感心したように呆然ぼうぜんと口を開けている。


「なんか、凛子ちゃん、須賀くんの奥さんみたいだねぇ……良妻りょうさい賢母けんぼっていうか……」


 その尊敬と畏怖いふの入り混じったような複雑な表情に対して、




「やめてよ、こんなだらしない人の奥さんなんて」




 凛子は言葉とは裏腹に、なぜかすごく嬉しそうに笑った。


「んっ!? なんか、なんかぁー……んんんんんー……!」


 小佐田、おれをにらむな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る