第二十九話:気の置けない幼馴染
「おはよう、
「おう、
登校するために家を出ると、そこには完全無欠の
「てへ、来ちゃった」
凛子は、語尾にハートでもついてそうに、はにかんでみせる。本当に幼馴染を迎えに来るやつがいるとは……。
「なんか用か?」
「ん。とりあえず行こうか」
おれの質問をさて置いて、駅までの道を歩き始めた。おれは横に並ぶ。
「あずさから聞いたよ?
「うん、まあ、行ったけど。……いや、なんにもないからな?」
昨日と同じ
「『なんにも』って何? 例えばどんなこと?」
意地悪な笑顔でこちらの顔をのぞきこんでくる。
「なんでもねえよ……」
くそ、どうしても凛子の方が
「あはは、ごめんごめん。あずさと違って私はそんなことは心配してないよ。それよりも、お茶とか、お茶菓子なんかもご
「ああ……コーヒーと、なんだっけ……ビスコ? をいただいたな」
想定外の質問にまゆをひそめつつも、答える。
「ビスコ? たしかに小佐田さんって、ビスコ食べてそうだけど、お客さんに出すのは珍しいね」
「いや、あのビスコじゃないんだけど……まあいいや、それで?」
本題を聞かせてくれ、と
「あのね、蓮君。誰かのお
「え、そうなの? おれ、小佐田に
「そういう時は、次に会ったときに『先日はどうもありがとうございました』って言ってお渡しするの」
突然始まったマナー講習に
「いや、次に会うって、多分だけど
と答えると、凛子先生はあげていた人差し指をチッチッチ、と小さく振り、そしてそのまま自分の顔を指差した。
「だから私が蓮君を迎えに来たんじゃない」
「どういうこと?」
「はい、これ。今日小佐田さんに渡しなさいな。あずさから連絡来た時、ちょうどスーパーで買い物しててね。あそこのスーパー大きいでしょ? 隣にあるお
「はあ、まじで?」
あまりの
「600円くらいのお菓子だったから、うーん、650円でいいよ」
「おお、やっぱり金は取るのか」
「あのね、だから、蓮君の交際費を私が持つ理由がないでしょう?」
「いや、だから頼んでないんだが……」
それにしても押し売りにしては利益が少なくて、責める気にもなれないんだよなあ……。
「じゃあ、いらない? 非常識な男の子と思われてもいいの?」
「非常識とか思わないだろ……」
「思うかもしれないよ? 小佐田さん、あれでかなりちゃんとしてるんだから。成績もいいし、マナーもきっとわきまえてるって。そして、常識的なあの子がまさか『須賀くん、手土産はないの?』とは自分からは言わないでしょうから、ただただ心の中で思われるんだよ、『ああ、なんだ、そういう育ちの人かあ……』って。私とほとんど同じ育ちの蓮君がそんな風に思われるなんて、そんなの耐えられないなあ」
「わかったわかった、ありがとう……」
「毎度ありがとうございまーす!」
「本当に毎度のことになってきたな……」
小さい包みだったのと、おれのカバンには教科書もノートも入っていなくて空きスペースが多かったので、そのままカバンにしまった。
電車で移動し、
改札を出ると、朝日に負けず劣らず輝いた笑顔が今日も待ち構えていた。
「おはよっ、須賀くん! はっ、凛子ちゃんも! あれれ、一緒に来たの?」
「ええ、まあ、全然これっぽっちも
「否定が
「ほら、蓮君、あれ、渡すんでしょ?」
「え? あ、ああ……」
小声で伝えられて思い出す。ここまでの道中ですっかり忘れていた。
おれはカバンから凛子にもらったカステラを出して、小佐田にそっと渡す。
「小佐田、これ」
「ほぇ? これなぁに?」
小柄な同級生は首をかしげた。
「その……昨日、小佐田の家に行った……なんていうの、お土産? 手土産?」
「『小佐田さんのお宅にお邪魔したお礼』でしょ、蓮君」
「そう、それだ。お礼だ。コーヒーとか、ビスコとかもらったから」
「ああ、そゆことか! あはは、あれビスコじゃなくてビスコッティだけどねっ。とゆか、全然気にしなくてよかったのに! 須賀くん、ちゃんとしてるんだねっ!」
「いや、おれっていうか凛子が持ってけって痛いっ!」
「蓮君はバカなの? それをわざわざ言う必要ないでしょう?」
「いや、おれの手柄じゃなくて正当な評価をだな……」
「へっ? 凛子ちゃんが選んでくれたの? え、それで、凛子ちゃんが須賀くんに持たせたのっ?」
はあ、とわざとらしくため息をつく凛子はその質問に答える気がなさそうなので、おれが代わりにうなずいた。
「そう、それで
「ほぇー……」
感心したように
「なんか、凛子ちゃん、須賀くんの奥さんみたいだねぇ……
その尊敬と
「やめてよ、こんなだらしない人の奥さんなんて」
凛子は言葉とは裏腹に、なぜかすごく嬉しそうに笑った。
「んっ!? なんか、なんかぁー……んんんんんー……!」
小佐田、おれをにらむな……。
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