第三十話:幼馴染と握手

「ねね、須賀すがくん」


 ニコニコ笑顔の小佐田おさだが昼休みに教室にやってきた。


「カステラ、一緒食べよ?」


 廊下ろうかに出ると小佐田は、おれが今朝けさ渡した紙袋を胸元にかかげる。


「いや、持って帰れよ。小佐田単体じゃなくて小佐田家への手土産てみやげなんだから」


「いいよいいよ、うちのおかあさんダイエット中だから! 持って帰ったら『目の毒だー』って言われちゃうもん」


「小佐田の母さんダイエットしなきゃいけないような体型じゃねえだろ」


「わ! それ、おかあさん喜ぶよ、伝えとくねっ!」


「やめろ、伝えるな」


 小佐田の母さんを喜ばせるとかなりめんどくさそうだ。


「えへへ、でもおかあさんに言ったらカステラもらったことがバレちゃうから、秘密だね?」


 目の前の小佐田をみると、やっぱりいつも通りへらへらと笑っている。昨日の家での様子が嘘みたいだ。


「まあ、小佐田がそういうなら任せるけど……食堂になるけどいいか?」


「うん、もちろんっ! 今日須賀くんとご飯食べようと思ってお弁当持って来てないからっ」


「そうなのか……」


 なんでおれに予定が入ってるとは少しも考えないのだろうか。実際入ってないからいけないのか。


「じゃ、いくか」


 そう言って歩き出すと、


「あ、ちょっと待って」


 と呼び止められた。


 振り返ると、小佐田はわずかに背伸びをして、おれの胸元を触る。


「ネクタイ曲がってるわよ、れん君」


 声のトーンをややお嬢様みたいにして、そんなことを言いはじめた。


「……凛子りんこ真似まねか?」


「ばれたっ!?」


「もう、この間あずさの真似で失敗してるんだからやめとけよ……」


「だって今朝の凛子ちゃん、なんか奥さんみたいでうらやましかったんだもん!」


「そうすか……ていうかネクタイ曲がってねえよ」


 小佐田もそれは分かっているのか、曲がってると言いながらネクタイを直すでもなくただポンポンとおれの胸元を両手で叩いているだけだ。何やってんの?


 はあ、と小さくため息をつきながら、小佐田越しに廊下の向こうの方に目を向けると、少し離れたところ、4組の教室の前で黒髪女子が含み笑いをして意地の悪い表情でこちらを見ていた。あの顔は後でもてあそぶものを見つけて喜んでる顔だ……。


「はあ……いいから、行くぞ」


「はぁーい」


 おれが歩き出すと、今度こそ小佐田もトコトコとついてきた。




 食堂で日替わり定食を食べながら向かい合う。


「んで、何か課題があるのか?」


「ううんっ。どして? もしかして須賀くん、やる気満々?」


 期待のこもった瞳でこちらを見てくる。


「ちげえよ……。おれとめし食べようと思って、ってさっき言ってただろ。なんか飯食いながらやる系の課題があんのかなって思っただけ」


「違くないじゃん、やる気満々じゃんっ! えへへー、それでいうとね、課題じゃなくて、昨日の感想戦したいんだ」


「感想戦?」


 ちなみに、感想戦というのは囲碁や将棋などの対局後にその対局を再現しながら、ああだこうだ言う行為のことである。多分、昨日の家に上がった時のことを振り返って何かコメントをしていきたいのだろう。


「なんでそんなことすんの?」


「だって! 昨日はおかあさん帰ってこなければもっと色々できたのにーって!」


「おい、小佐田っ……!!」


 おれの遮断しゃだんもむなしく、小佐田の半径1メートルくらいにその声が届く。


 小佐田と背中合わせに座っていた金髪女子生徒がゴホッゴホッとせき込み、その背中を隣に座ったピンクベージュの髪の人がさすった。


「なんなの1年生は公共の場で……」「すごいねぇー、進んでるねぇー……! てゆぅか、あの子、1年6組の元気っ子だぁー……」


 そりゃ先輩方も誤解するわ……。


「……またわざとか?」


 呆れた目を向けると、


「ほぇ? なにが?」


 と首をかしげる。


「……わかんないならいい」


 そんなことを説明して逆に引かれたりしたら最悪だ。


「ふーん……? ま、とにかく、今度来た時には、わたしの部屋に上がってってね。それで、『菜摘なつみのくせに女子みてえな部屋してんじゃん』とか言ってね。『わたしだって女の子なんですぅー!』って言うから」


 お。


 今日も小佐田劇場が始まった、と思って、ご飯を咀嚼そしゃくしながら黙って見ていると、十秒ほど、ただただ無言で目があったあと、


「……須賀くん?」


 と顔を覗き込まれる。


「あれ? 終わり? 小佐田劇場は?」


「おさだげきじょう……? なにそれ?」


「いつもやってるやつあるだろ。小佐田の妄想上のやり取りを延々と披露ひろうするやつ」


 なんでおれが小佐田に小佐田劇場の説明をしなきゃならんのだ。


「あー、そゆことか! あれ、小佐田劇場って呼ばれてるの? 須賀くん発案?」


「そうだけど……」


 なんか改めて聞かれるとすげえ恥ずかしいな……。


「えへへ、ごめんごめん。部屋シチュだとちょっと分岐ぶんきルートが多すぎてどれにすればいいかちょっとわからなくて。でも須賀くんがそういうなら、一個決めて、やってみようか?」


「おい、その、おれが熱望してるみたいな態度やめろ」


「え、違うの?」


「ちげえよ、単純にいつもと違うから聞いてみただけだよ」


「へー? ふーん?」


 向かいでは小佐田がニマニマしながらこちらを見ている。くそ、わざわざ聞くんじゃなかった……。


 文句の一つも言ってやりたくなって、


「ていうか、さっきのセリフって、幼馴染のセリフとしてはちょっとずれてるんじゃねえか?」


 と指摘してきしてみる。


「ほぇ? わたし、なんて言ってた?」


「『菜摘なつみのくせに女子みてえな部屋してんじゃん』って」


「よく覚えてるねっ!?」


 小佐田が身体をねさせる。


「おい、勘違いするなよ? 興味があるから覚えてるわけじゃなくて、記憶力があるだけだからな?」


「ううん、今度はほんとに感心してるだけ! すごいねぇー……。それで、どして幼馴染じゃないの?」


 小首をかしげる小佐田に、おれはこほんと咳払いをして説明してやる。


「今まで小佐田が言ってたような幼馴染って部屋とかしてるような仲だったろ? でもさっきの『女子みたいな部屋してんじゃん』ってのは、菜摘なつみの部屋に初めて入ったってことじゃん」


 おれのかなり的確な指摘に、小佐田はかぁ……とほほを赤らめた。


 間違えたのが恥ずかしいのか? と思って眉をひそめてみていると、


れんくんはいつもいきなりわたしを下の名前で呼ぶ……心の準備出来てないんだってば……」


 と小さい声で言う。


「い、いや、今の『菜摘』は登場人物の菜摘だっての……」


 言い訳がましいおれの言葉をよそに、小佐田はふぅ……と呼吸を整えている。


 そして。


「よし、準備できたっ。ねね、もっかい言って……?」


「断る」


 おれは何かをごまかすみたいに、白飯をかき込んだ。


「もー、蓮くんのけち……まあいいや、じゃ、感想戦始めよっか?」


「え、この話まだすんの?」

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