第四十五話:幼馴染にまつわるミステリー

「ね、須賀すがくんも分かったでしょ?」


 見上げてくる小佐田おさだに、おれは首を縦にも横にも振らない。正直、おれにも、この問題の難易度なんいどはかることは出来なかった。


 少しだけおれの様子を見た後、「そっかそっか」と微笑ほほえみ、にこやかにミス研の2人に向き直る。


「正解は、『後藤ごとうさん』でしょうか?」


 その回答に天野あまのさんはふふっと笑う。


「小佐田さん、念のため理由をお聞きしても良いですか? 違う理由で同じ答えが出たらそれこそ悪問あくもんになってしまいますので」


「はい、分かりましたっ! えーっと……」


 そう言ってから、小佐田はもう一度問題を読みあげた。


* * *


 ここ、武蔵野むさしの国際こくさい高校には少し変わったクラスがあります。

 なんと、あだ名を本名と別の名字でつけると言うのです!


甲佐こうさ」というあだ名の人の本名は「黒須くろす」さん。

小尾おび」というあだ名の人の本名は「坂東ばんどう」さん。


 それでは、「八木やぎ」というあだ名の人の本名はなんでしょう?


* * *


「……つまり、『名字』を『同音異義語』に置き換え、それを『英訳』して『同音の名字』にする、ということですね!」


「そうですね!」


 手を合わせて喜ぶ天野さんとみを返す小佐田。


「口にするとなんかややこしいな……」


「やっぱりそう思うよね?」


 脇ではおれと佐野さんが顔をしかめた。


「分かってるならいいじゃん、いじわるだなあ……! じゃあわかりやすく説明しますね!」


 こほん、とわざとらしく咳払いをして、小佐田が説明を始める。


「つまり、『甲佐こうさ』さんは交差点の『交差こうさ』に言い換え、さらに英訳して『Cross』、そして名字に直すと『黒須くろす』。『小尾おび』さんは白帯、黒帯の『おび』に言い換えて、さらに英訳して『band』、名字に直すと『坂東』、というわけです!」


「はい!」


「ですので、『八木やぎ』さんは動物の『山羊やぎ』、さらに英訳して『Goat』、名字に直すと『後藤』かなと! 合ってますか?」


 どやさ! とばかりに小佐田が胸を張ると、天野さんが拍手をする。


「大正解です! ほら、見ましたか、佐野さのくん!」


 そして今度は天野さんが胸を張り、それに対して佐野さんが苦笑した。


「うん、小佐田さんはご名答めいとうなんだけど……天野さん、僕が『郷戸ごうとさん』って言った時も正解って言ってたじゃん」


「うっ、それはたしかに……」


 佐野さんの指摘に対して、天野さんは案外素直にうなずいた。


「複数の正解が出てしまうのはやはり悪問と言わざるを得ないよ。高校生なら解けるレベルということは分かったけど」


「でもでも……! あ、須賀さんは、どう思われましたか? お分かりになりましたか?」


 突然水を向けられて、おれは少しドキッとする。


「おれは……えっと、少なくとも、選択肢を提示した方が良いと思います。『①後藤』『②伊藤いとう』『③加藤かとう』、あと……そうですね、『④衛藤えとう』、みたいな感じで」


「なるほど? 『藤』つながりで攻めていくってことですか?」


「いや、まあ、そこは揃える意味ないですけどね。今パッと例で思いついたので……」


 自分でも何か変なことを言ってしまった気がして頭をかいた。


「選択肢も規則性あった方がわかりやすいですよっ!」


 小佐田がフォローしてくれた。


「2人ともありがとう。まあ、ただ、いずれにせよ、英語の知識が必要だから小学生は分からないっていうのが問題なんだよなあ。山羊やぎがGoatっていうのは中学生でも微妙なところだし……。なあ天野さん、やっぱりお子様向けのコースを……」


「嫌です! お子様コースは作りません!」


 佐野さんの提案をさえぎり、天野さんが続ける。


「佐野くんには分からないのです! 見た目で判断されてお子様コースを案内される高校生の気持ちが……! あんな悲しい思いを、私は誰にもさせたくありません!」


「さいですか……」


 天野さんはその小柄さゆえにそんな扱いをされたことがあるのか……。


 その視線をそのままおれの隣に立っている方の小柄な女子に向けると、「んー? どしたのー?」と間抜けな顔で訊いて来た。そのあどけない感じだと小佐田も間違えられそうだな……。


「とにかく、です!」


 天野さんは少し大きな声で言ってパン、と手を叩いた。


「お2人ふたりとも、ご協力ありがとうございます! この先は私たちで考えますね。粗品そしなですが、こちらをお持ちになってください」


 笑顔の天野さんはおれたちそれぞれに『りいうえお』と書かれたシールをくれる。


「いえ、わたしたちもとっても楽しかったです! 学園祭本番、楽しみにしてますねっ!」


「はい! クリアしたあかつきには、もう一枚プレゼントしますので、いらっしゃってください!」




 ミス研の2人にお礼を言われながらラウンジをあとにし、おれと小佐田は1年生の教室の方に帰っていく。

 

「えへへー、このシールおそろいだねー須賀くん」


「土曜日には数十人単位でおそろいになるな」


「そだねー」


 おれの塩対応も気にせず、食べ途中だった揚げパンをもぐもぐタイムしはじめる。


「おいしいなあ、ひねった頭に、糖分が染み渡るようだよっ」


「そんなに頭使ってなさそうだったけどな」


「あっ! ねね、『天井あまいさん』の本名が『水頭すいとさん』っていうのはどうかな?」


「すいと……? どういう字?」


「『みず』に『あたま』って書いて『すいと』って読むんだよ?」


 パンを持ってない方の手で、空気中に字を書きながら小佐田が教えてくれる。


「そんな珍しい名字、よく知ってんな」


「えへへ、すごい?」


「今回は本当にちょっと感心した……。おい、小佐田、口の周り真っ白だぞ」


 小さい口で一生懸命頬張ほおばるものだから、口の周りが汚れている。


「あ、ほんと?」


 おれの指摘を受けた小佐田は口の周りについた砂糖さとうをぺろっとめて、


「うへへ、やっぱりすっごくおいしい!」


 と、にやけ笑った。

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