第四十六話:幼馴染 Shortcakes

「やっほ、須賀すがくんっ!」


「結局放課後もくるのかよ……」


 下校のホームルーム、というより点呼てんこが終わった頃、小佐田おさだがおれのクラスの教室のドアからひょこっと顔を出した。


「放課後は研究しないって言ってなかった?」


「うん、そう! 今日は研究しないから帰っても大丈夫だよーって言いにきたの。毎日来てるのに、用がないからって来ないとカンジ悪いでしょ?」


「いや、用がある時だけ来てくれたらいいよ」


 いつものあれを『用』と呼んでいいのかは疑問ではあるけど。


「『来てくれたら』だって! 来て欲しいんだ、須賀くん。えへへ」


「言葉のあやだ」


 へらへらと笑っている小佐田に、そういえば、とおれはたずねる。


「っていうか、写真部の展示の準備は1人で大丈夫なのか? 手伝うか?」


「わー、須賀くん優しい! でも大丈夫だよっ。わたし1人でやらないと意味ないもん」


「ほー……?」


 おれは首をかしげる。


「どしたの、そんな意外そうな顔して」


「いや、おれはてっきり『課題だよっ!』とか言って、一緒に学園祭の準備でもするのかと思って」


 おれが素直な疑問を口にすると、小佐田は突然顔をしかめる。


「え、何言ってるの、須賀くん……」


 そして、眉間みけんにしわを寄せて続けた言葉は。




「それ、幼馴染と関係なくない?」




『なんでそんな簡単なこともわからないの?』とでも言いたげだ。


「なんだその顔……」


「いや、だって、須賀くんが全然違うこと言うから……」


「全然違くはないだろ」


 おれが抗議こうぎすると、自称・幼馴染研究家は本気であきれたようにため息をついた。


「はあ……。あのね、須賀くんにこんな話をわたしがするのもおこがましいんだけど、ちゃんと説明するね?」


「まじか……」


 変なスイッチを踏んでしまった、とおれが後悔している前で、小佐田は『んんー……』と口をへの字にして腕組みする。


「まず、そうだなあ……、たとえば、『学園もの』と『青春もの』は別でしょ?」


「そうだなあ……。え、そうなのか?」


「ええ……」


 おい、『そこから……?』みたいな目で見るな。


「はあー……。『高校生のお話』だったら全部『青春』だと思ってる人っているんだよなあ……」


 やれやれ、と息を吐いた。


「あのね、須賀くん。『学園もの』の定義は簡単だよね。『学園でお話が進行している』ってことだけが条件だもん」


「そうだなあ」


 はあ、まじで講義が始まったらしい。


「じゃあ、学園でお話が進行してる作品全部が『青春』を表現していると思う?」


「そう聞かれると、なんか違う気はするけど……」


「でしょっ? そういうことだよ! つまり、『学園もの』と『青春もの』でも定義が変わるんだから、『学園もの』と『幼馴染もの』は絶対別定義だよねってこと! もちろん両方の要素を持っている作品がかなり多いっていうのは事実なんだけど、そこを混同するのはすっごく危険だよ」


「危険なのか……」


 いや、絶対危険じゃないだろ。何に危害きがいが及ぶんだよ。


「まあ、『青春もの』の定義をつっこまれると、それは難しいんだけど……」


「はあ、そうですか……」


 聞き流していると、小佐田が小さな口を開いた。


「仮説はあるんだよ? 青春ものは『エモい』ことが条件なんじゃないか、とか、『成長』がどこかにえがかれているかどうかなんじゃないかとか、『思春期ししゅんきらしい思考』が入ってるかどうかなんじゃないかとか。私的な見解けんかいとしては、正直、最初にげた『青春ものイコールエモい説』が一番しっくりくるんだけど、これ、実は曖昧あいまいな言葉を別の曖昧あいまいな言葉にすり替えてるだけで多分、定義としては機能してないんだよね。巻き起こる感情で定義をしようとしても、同じものを見てどう思うかは千差万別せんさばんべつだし。とはいえ、そもそも『青春』っていう言葉が本当に曖昧あいまい概念がいねんだから難しいんだよね……。それもそうだよね。だって『青春とは何ですか?』っていう論題ろんだいだけで多分、何かの雑誌のコラム記事の連載、何年も続けられると思うもん。作家さんとかミュージシャンさんとかの芸術家さんたちだけじゃなくて、教師とか現役の高校生とか、心理学や教育学の研究者さんとかも呼んでリレー形式でやってったら面白いよね、多分。って、ごめんごめん、ちょっと脱線しちゃった。えへへ。何にせよ、ここは、ちゃんとわたしもとらえ直さないといけないと思ってるんだ。『幼馴染』と『青春』は実際には全く関係のないものだけど、とはいえさっき須賀くんが混同しちゃったように、近いところにいたり、一緒に語られがちな概念ではあるからね。少なくとも、少女マンガを語る上では欠かせない要素だし。『青春』への造詣ぞうけいが足りてないっていうのは幼馴染を研究しているもののはしくれとしてはかなり痛いよね……」


「うわあ……」


 なんかめっちゃ喋ってる……。


「で、今回はそれは置いておいて」


「置けてねえよ」


 喋りすぎだ。


「言いたいことは、さっき須賀くんが言ってたのは『学園もの』の定番イベントで、『幼馴染もの』の要素が入ってないから研究の対象にはならないよってこと!」


「それはもうなんとなくわかったよ……ごめんって……」


 おびただしい量の理屈りくつ(っぽい何か)で殴られて、もうおれはノックアウト気味ぎみだ。


「ていうか、それも研究成果か? ノートかなんかに書いてるのか?」


「ううん、まさか。一般教養だよ?」


「うわあ……」


 胸を張ることもなく平然といいのける小佐田が怖い。


「あはは、とにかく写真部の展示のお手伝いは大丈夫だよっ! でも気持ちはすっごく嬉しい! ありがとねっ」


「はいはい……」


 小佐田がニコッと笑う。この無邪気むじゃきそうな笑顔の中にさっきの魔物が入ってるんだからなお恐ろしい。


「あ、そだ。ねね、須賀くん」


 そう言って、魔物ちゃんはおれのシャツのすそをきゅっとつまむ。


「学園祭当日、一緒に回れる?」


 見上げてくる小佐田に、


「別にいいけど……、それも幼馴染関係なくないか?」


 と返す。


 すると、そんなおれの嫌味いやみなどものともせず、


「ん、そりゃそうだよ? だって、」




 小佐田は、にへらっと笑う。




「研究とかじゃなくて、わたしはただ、れんくんと一緒に回りたいだけだもん」

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