第四十七話:幼馴染を越えて

「ほらほら、始まっちゃうよ、須賀すがくんっ!」


「分かった分かった、転ぶから気をつけろ」


 土曜日の朝。


 おれは小佐田おさだ袖口そでぐちを引っ張られて中庭に向かう。


「はあ、はあ、間に合った……!」


 小佐田は3階から降りてきただけなのに肩で息をしている。


 中庭の真ん中を見るとそこにはちょっとした舞台ぶたいが組まれていて、その上には、学園祭実行委員長が立っていた。


 委員長が、マイクに向かって宣言する。


「それでは、これから、学園祭を開催いたします!」


「「「「わあああああああ!!!!!」」」」


 学園祭の開会のセレモニーだ。


 舞台前はもちろん、各教室のベランダや、渡り廊下なんかからも拍手はくしゅやクラッカーの音が聞こえた。


 横では「わーい!!」と楽しそうに手を叩いていた小佐田が表情を一転させて、どこから取り出したのか、パンフレットとにらめっこをはじめる。


「ねね、何見て回ろっか?」


「そうだなあ……。ていうか、写真部の展示は見張ってなくていいのか? 小佐田しか部員いないんだろ?」


「うん、模造紙もぞうしに写真と画像貼ってそれを壁に掲示してるだけだから、わたしが見てなくても大丈夫! 顧問こもんの先生もちょこちょこ見に行ってくれるって言ってたし」


「へえ、そうなのか。ん? 写真と、画像?」


 おれは似た2つの言葉とその微妙な違いに首をかしげる。画像って何だ?


「うん、写真と画像! それは、あとのお楽しみだよ! ちゃんと許可は取ってるからだいじょうぶいっ!」


 ぶいっ! とピースサインをおれに向けてにひひっと笑う。立川たちかわに昭和言葉うつされたか?


「ん、許可……?」


 そしてさっきからいきなり小佐田の言ってることが全然わからない。


 眉間みけんにしわをよせたおれをほうって、小佐田は再度パンフレットに視線を落とす。


「えっと……ミス研は1日中やってるから最初に回答用紙をもらえば多分大丈夫だね。出し物系は……11時からダンス部、13時から器楽部、15時からロック部かあ。どれも観に行きますって言ったし観たいし観に行くけど観に行く? 観に行こっ!」


「何、早口言葉?」


 何言ってるのかはよく分からないが、とにかく小佐田がはしゃいでいるということはよく分かった。


「須賀くんは、どれか観たいものとか行きたいとこあるっ?」


「おお、何があんの?」


 どれどれ、とおれがパンフレットを覗き込もうとすると、小佐田はそれをひゅっと閉じながら自分の身体からだに隠す。


「パンフレット見ちゃダメ」


 そして、じぃっとこちらを見て来た。


「なんでだよ……?」


「なんでもっ!」


「じゃあ分かんねえじゃん…… 。んー、まあ、今小佐田が言ってたやつ観たら時間ほとんど使うだろうから、それでいいよ。あと、あずさんとこのタピオカが飲めれば」


「おっけー!」


 いい笑顔過ぎて責める気もなくなる。


「ていうか、おれ、写真部の展示を絶対見なきゃいけないんじゃなかったっけ? その時間は?」


「写真部の展示なら、わたしが片付けるまではやってるから、最後でも大丈夫だよっ!」


「たしかに、それもそうか」


 ということで、おれたちはミス研に行って回答用紙をもらってから、そのあとダンス部に向かうことにした。





「みなさんこんにちはぁー! 本日は来てくださってありがとうございまぁーす! ダンス部の公演をお楽しみくださぁーい!」


 体育館では、11時から、ダンス部の公演が始まった。


 男子ダンス部のあと、英里奈さんやら梓やらがダンスを披露ひろうする。


 梓はやっぱりめちゃくちゃかっこよくて、踊っているあいだじゅう、主に女子の黄色い声が鳴り止まなかった。


 拍手はくしゅ喝采かっさいの中、演目は終わり、おれたちは体育館の外に出る。


 出入り口付近に挨拶あいさつのために立っていた梓に声をかけた。


「おー、れん! 菜摘なつみ! 見に来てくれたのか、ありがとー!」


「お疲れっ! すっごくカッコ良かったよっ!」


「ありがとなー菜摘! 蓮は、どーだった?」


 光る汗とTシャツでニカッと笑う梓に、おれも最低限の笑みを浮かべてジョークを返す。


「ああ、かっこよかった。おれが女だったられてたかもな」


「そーだろそーだろ、女だったらなー! ……ん? いや、逆だろー! ……あれ、でも蓮は男だな……? あれ、どっちだ?」


「まま、そういうのって自由だから!」


 首をひねり始める梓に、小佐田がややピントのずれたフォローをする。


「つーか、菜摘! あたしもさっき写真部の展示見に行ったけど、あれってさ、」


「ちょちょちょっと待ってあずさちゃんっ!」


「んー?」


 慌てた小佐田が梓の耳元に口を寄せてこしょこしょと何かを言っている。おれに隠したいことがあるのだろう。だが……。


「へー、あの展示は、蓮へのサプライズなのか! え、なんで? どこが?」


「ちょっと梓ちゃん声がおっきいよ!」


「うおっ!? 耳元ででかい声出すなよ菜摘!」


 梓の無配慮むはいりょ極まりない反応に驚いて、小佐田が梓の耳元に口をあてたままツッコミを入れる。


 へー、おれへのサプライズなんだー、楽しみだなー、幼馴染ごっこの課題が壁中に貼ってあるとかそういう狂気きょうきじみたやつじゃないといいなー……。


「ううん、これは梓ちゃんが悪いよ!? ねね、須賀くん、梓ちゃんってこんな感じ!? 思ってたよりも変な人だね!?」


「はー!? おい、菜摘にだけは言われたくねーんだけど!?」


 おれが遠い目をしている間もじゃれあっている小佐田と梓。


 小佐田のかあさんにこの小佐田(娘)の姿を見せてあげたいくらいの微笑ほほえましい光景だ。


「あ、そいえば凛子りんこちゃんは?」


「あー、りんは器楽部の準備があるからって一声ひとこえだけかけて校舎の方に行ったよ。ってやべー、あたしもミルクティーにタピオカぶちこまねーと! じゃな、蓮、菜摘!」


「ぶちこむなよ……」


 おれのツッコミを背に梓は、着替えを取りにだろうか、体育館へと戻っていこうとする。


「あ、そーだ、蓮!」


 かと思ったらすぐに立ち止まり、振り向きざまに、めちゃくちゃカッコいい笑顔で言い放つのだった。



「すぐに、蓮が男のままでもれさせるから、覚悟しとけよ!」

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