第二十五話:透明幼馴染

「それじゃ、小佐田おさだちゃん、早速さっそくだけどお願いしてもいい?」


「了解です!」


 小佐田が敬礼けいれいもどきで返す。


 すると、吾妻あずまさんがパン! と大きく一度手を打った。


「器楽部、注目!」


「「「「はい!!!!」」」」


 その号令に器楽部全員が応じる。凛子りんこもおれの隣でちゃんと声を張ってる、すげえな。


「この人が写真部の小佐田ちゃんです! みんな、挨拶あいさつ!」


「「「「よろしくお願いします!!!!」」」」


「い、1年6組、お、小佐田おさだ菜摘なつみです! こ、ここ、こちらこそよろしくお願いします!」


 あまりの体育会系ムードに小佐田が萎縮いしゅくしている。たしかに圧が強い。


「写真撮ってくれるから、並んで! みんな、これ、一生残る青春のあかしだから、大事に撮ってもらってね!」


「「「「はい!!!!」」」」


 すごい統率力とうそつりょくの部活だな、器楽部……。


 というか、青春の証って、小佐田部長、結構責任重大なんじゃ?


「それじゃ、れん君、私サックス取ってくるから、また後で」


「おう」


 そうささやいて、凛子が離れていく。


「それでは撮りますね! 先輩はドラム担当なんですか? では、そのバチをもっと上にあげていただいて……はい、そうです!」


 小佐田はいつの間にか腕まくりをし、仕事モードになって、各部員を撮影し始めた。おれはその脇でただただ立っている。んー、このおれの手元にあるレフ板っていつ使うものなんだろうか?


 1人首をかしげていると、その脇で吾妻さんに話しかけられた。


須賀すが君、部活は何かやってるの?」


「おれ……僕は帰宅部です」


 なんとなく、帰宅部ということを少しばかり引け目に感じてしまい、つい声が小さくなる。


「帰宅部なんだ。なんでそんな申し訳なさそうな顔してるの?」


「いえ、その、さっき青春がどうとかって、吾妻さんがおっしゃってたんで」


 この人に隠し事は通用しないらしい。諦めて素直にそんなことを口にした。


 すると、吾妻さんが突然目を光らせる。


「青春? もしかして須賀君って、青春に人生をささげし者?」


「いえ、違います」


「なんだ、そっか」


 おれの急速な否定に苦笑いをする吾妻さん。


 なんだ『青春に人生を捧げし者』って……? なんだか開いてはいけない扉を少し開けてしまった気がした。急いで閉じたけど。


「別に、帰宅部でもなんでもいいと思うよ。大切なのは、どこに所属するかじゃなくて、何をするかでしょ。あたしにとっては、たまたま器楽部と……バンドが青春のすべてだけど、それが部活じゃない人だっていくらでもいると思うし。あたしの友達にもいるよ、ついこの間まで帰宅部だったやつ。あの、さっき、顔に何書いてあるかわかるって言ってたやつね。どうしようもないやつだけど」


 吾妻さんは言葉とは裏腹うらはらに優しく微笑ほほえむ。友達の話をしているはずなのに、弟の話をしているみたいな表情と声音こわねだ。


「どうしようもないんですか? どうしようもないんじゃダメなんじゃ?」


「うん、どうしようもないけど、多分、いいやつ」


 そう静かにつぶやいた笑顔はどこか切なそうで、吾妻さんはそんな感情を吐き出すみたいに、ふう、と息をついた。


「須賀君、あのさ。めちゃくちゃ差し出がましいことだし、さっき会ったばっかの二年生がなんか言ってるなってくらいに聞いてくれたらいいんだけど」


「はい?」


 少しだけもじもじとしたあと、真剣な顔でこちらを向く。


「気づかないフリしてるうちにくしちゃうものって、あるかもしれないよ?」


「はあ……」


「いや、自分でもいきなり何言ってんだって感じなんだけど……」


 吾妻さんは照れたように髪を触り、下唇を噛んだ。


「もしかしたら須賀君にそれ・・を早く気づいて欲しいって人もいるし、もしかしたら気づかないで欲しいって人もいるかも知れないんだけど」


 そこまで言って、吾妻さんは、ふう、と息を吐く。


「……気づかないふりは、どうしようもなく気づかされちゃった時に、須賀君自身が多分、すごく苦しいから」


 そう言って、困ったみたいに笑うその表情は、とても強くて、優しくて、そして、はかない感じがした。


「……その、元帰宅部の人の話ですか?」


「うにゃ!? い、いや、別にそういうんじゃないから! なに、きみ鈍感どんかん系かと思ったらまさかの敏感びんかん系!?」


「敏感系ってなんですか……?」


 吾妻さんは突然、顔を真っ赤にして焦り出し、意味不明なことを言い始める。


「と、とにかく、いいじゃん帰宅部! 器楽きがく部と帰宅きたく部だったら一文字違いでいんも踏めるし!」


「そうすか……踏むタイミングないですけど」


 この人、テンパった時の感じがなんか小佐田に似ている気がする。


 などと思っていると、凛子がやってきた。


「吾妻部長、部長の番ですよ」


「あ、もうあたし? あたし、写真苦手なんだよねー……」


「もう、何言ってるんですか、吾妻部長ってば! 人に青春がどうとか散々さんざん言っておいて」


「わかってるよ、行くってば……」


 苦笑いを浮かべながら、カメラを調整している小佐田のもとへ行く。



「吾妻部長、いい先輩でしょ?」


「そうだなあ……」


 吾妻さんを送り出した凛子に聞かれて、そっとうなずく。少なくとも、初対面のおれのことをかなり真剣に考えてくれたのはたしかだ。


「私、あの人のためだったらこの部活がどんなに辛くても乗り越えられるってくらい尊敬してるんだ」


「ふーん、そんなにか」


「うん、あの人が部長の部活に入れたことが、もしかしたらこの高校に入って良かったことトップ3の1つかも知れない」


「そっか、そりゃすげえな」


「あと2つは、聞いてくれないの?」


 凛子は少し意地悪いじわるな微笑みを向けてくる。


「あと2つはなんですか?」


 さして興味があるわけじゃないが、凛子が聞いて欲しいと言うのだから聞くしかない。


「『あずさと同じ学校に入れたこと』と……」


 いひひ、といたずらっ子のように笑い、


「『蓮君と同じ学校に入れたこと』かな!」


 少し大きな声でそう言った。




 その時、少し離れたところで、吾妻さんの声が聞こえる。


「ねえ小佐田ちゃん、なんでいきなり頬を膨らませてんの……? いや分かるよ、分かるけど」


「別に、なんでもない、です!」


 何かの怒りがぶつけられるように、カシャッ! とシャッターを切る音が普通よりも大きく響いた気がした。


 その写真、使うなよ……?

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