第二十四話:ここだけの幼馴染

美味おいしいね、須賀すがくんっ!」


 流れで一緒に食堂に行き、小佐田おさだはおれと同じカレーを注文し、向かいの席でニコニコと頬張ほおばっていた。今日は弁当を持って来ていないらしい。


「口に物を入れて喋るな」


「わぁ……! その指摘してき、お兄ちゃんポジションの幼馴染っぽくてすごくいいよ……! せっかくだし、『菜摘なつみはそのクセ何百回言ったら治るんだ』って言ってもらってもいい?」


「やだよ、どこがせっかくなんだよ。……その期待する目をやめろ」


 ……その目で見られると言ってしまいそうになる。


「ぶー、れんにいのけちんぼ」


「誰がれんにいだ、おれに新しい設定を足すな。ほら、食い終わったらいくぞ」


 通常通りの異常な会話を切り上げ、写真部の部室に一度行く。


 小佐田はなんだか大層なカメラと、レフばんとかいう白い板を取り出し、レフ板の方をおれに持たせて、一緒に器楽きがく部の部室に向かった。



「あっ、凛子りんこちゃん!」


「小佐田さん、こんにちは」


 入り口付近にちょうど立っていた黒髪清楚せいそ女子に小佐田が元気いっぱい声をかけた。


 すると、凛子が少し離れたところにいる先輩を呼ぶ。


吾妻あずま部長、小佐田さんが来てくれました!」


 その呼びかけに、茶髪でパーマがかったショートボブの先輩(多分器楽部の部長)がこちらにやってきた。


「小佐田ちゃん、来てくれてありがとう! 貴重きちょうな昼休みにごめんね」


 と、申し訳なさそうに手を合わせる。


「こんにちは、吾妻先輩! 貴重な昼休みだなんて、とんでもないことです! わたしも写真部らしいことが出来て嬉しいです!」


「そう言ってもらえると助かるわ、本当に。あたし、演奏のことばっか考えててパンフレットが後回しになっちゃってたから……パンフレットこそずっと残るものなのにね。あたしとしたことが情けない……」


「それだけ演奏に力を入れていらっしゃるということですよね。わたしも当日の演奏楽しみにしてますので!」


 ニコッと後輩スマイルで返す。


「いや、小佐田ちゃんは本当に出来た子だね、よしよし」


「もー、誰とですか! まだデキてないですよ!」


 吾妻さんに頭をわしゃわしゃと撫でられながら、小佐田がピントのずれた回答をしている。その『出来た』は立川たちかわが言ってた『デキてる』とは違うし、『まだ』ってなんだよ。


 ただ、ツッコミどころはあるものの、幼馴染狂いの一面さえなければ小佐田は本当に完璧なのだと言うことを再確認させられる。おれにはその狂った一面だけが見せつけられているのが問題なんだが。


 はあ、と軽くため息をつくと、その音で気づいたのか、小佐田とじゃれていた吾妻さんがふとおれの方を見て、手を止め軽く首をかしげた。


「ん。こんにちは。あれ、写真部って小佐田ちゃんだけなんじゃなかったっけ?」


「あ、はい、彼はわたしの幼馴染の」「普通の友人の1年1組の須賀すがと申します。よろしくお願いします」「もー、なんでさえぎるの?」


 頬を膨らませて、髪を整えながら小佐田がこちらを見上げる。


「そっか、よろしく! ……『普通の友人』ねえ?」


 吾妻さんは興味深そうにおれの顔を覗き込んでくる。


 その意思の強そうな大きな瞳に吸い込まれそうになり、つい目をそらしてしまう。


「な、なんすか」


「あはは、ごめんごめん、怖かったよね」


「いえ、別に大丈夫、ですけど」


 怖くはなかったし、居心地いごこちも悪くなかった。


 ただただ、この人に見られると、心の中まで見透みすかされそうな気がしただけだ。


「蓮君、気を付けてね。吾妻部長は人の顔を見るだけでその人の心が読めるんだよ」


「「ええっ!?」」


 凛子がしれっととんでもないことを言うのに小佐田と2人でたじろぐ。


「読めるわけないでしょ……何考えてんのか顔に書いてあるやつが近くにいるってだけ」


 呆れたような顔をして吾妻さんが否定する。


「でも、その人の顔に書いてあることは、他の人には読めないんですよね?」


「いや、そうかも知れないけど……って、小佐田ちゃん、その目は何?」


 つられて見やると、小佐田がものすごく目を輝かせて吾妻さんを見上げていた。


「それ、わたしの幼馴染センサーにビンビンくる関係性なんですけどっ……!」


「幼馴染センサー……?」


「おい……」「あら」


 吾妻さんがわずかに首をかしげるのを見て、おれはこりゃだめだ……と頭を片手で抱え、凛子は含み笑いを浮かべる。おれたち以外にそんなこといきなり言っても伝わるわけないだろ……。


「ああ、幼馴染的な関係性や物事ものごとを察知するセンサーのことか」


 通じた!?


「そうです! その方って、吾妻先輩の幼馴染なんですか?」


「違うよ? ていうか、そいつには別に幼馴染いるし」


「でも、じゃあ!」


 小佐田はさらに目を輝かせて、前のめりになる。


「幼馴染的なつながりっていうのは高校入ってからでも作れるんですねっ? 他に幼馴染がいても!」


「いや、だから、別にあたしとあいつはそういうんじゃなくて……」


 そんな弁解じみたことを言いながら、吾妻さんは優しく笑う。どーどー、と軽く小佐田の肩を撫でて落ち着かせてから、おれの方に視線を向けてきた。


「な、なんすか……?」


「……なるほど、あたしの方のセンサーもまだまだ現役げんえきだな」


「センサー……!?」


 ニヤリと笑う吾妻さんにじっと見られ、今度こそおれは恐怖を感じるのだった。

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