第二十三話:ずっと幼馴染に

「ねね、須賀すがくん。付き合って欲しいんだけど」


「……はあ」


 昼休みの教室が、小佐田おさだからの突然の告白でざわめく。


「え、小佐田さんが今さら須賀にこくってる……!?」「え、なんで? まだ付き合ってなかったの……?」「あんなにいつも一緒にいるのに……?」


 そっちかよ。それなら弁解する意味もないか。付き合ってると思ってたやつが今付き合ってないことを知ったのにそこに「付き合ってないんだ」って言ってもしょうがない。いや、ややこしいな。


 あきれて頭をかきながら廊下ろうかに出ると、小佐田がとことこと付いて来た。なんとなく小佐田の病気が発症している気がしたので、人の少ない食堂裏にやってくる。


「お前、教室でわざわざややこしい言い方をするなよ……」


「あれれ、わざとだってバレちゃった?」


「わざとなのか」


 小佐田はたははー、と笑いながら頬をかく。


「少女マンガでよくあるでしょ? 巻の最後のお話の一番最後のコマで、『なあ、付き合ってくれないか?』っていうようなやつ」


「あるけど。それで小佐田の本当の目的は」「シチュエーション的には、女の子の部屋かな。それで次の巻を読んだら『付き合ってくれないか? ……買い物に』みたいなオチがついてて、『もう、バカ……いきなり真面目な顔するから何かと思ったじゃん』って女の子が頬を赤らめたら、男の子が二ヤーってしながら『なんだお前、勘違いしたのかー?』って聞いてくるの! 『は? し、してないし! ていうか、別に仮に付き合ってって言われたって誰があんたなんかと!』とかって言っちゃって」


 あれ、いきなり始まってる。


「そこまでで終わるときはいいけど、それで男の子の方が逆にムッとしちゃって、売り言葉に買い言葉みたいな感じで、『おーおーそうかよ! おれだって願い下げだわお前なんか!』とか言っちゃうパターンもあるよね。『はあ!? っつーか買い物に付いて来てほしいって今わたしにお願いしてたんじゃないの!? 1人で行けば!? 大体だいたいなんの買い物に行くわけ!?』『元山もとやまへの誕生日プレゼントの買いにいくんだよ! 女が喜ぶものとかおれにはわかんねえから!』『えっ……? 麗華れいかに、プレゼント、買うの……?』『仕方ねえだろ、あいつから、おれの誕生日にプレゼントもらっちまったんだから』みたいな感じで恋敵こいがたきへのプレゼントを買いに行くことになっちゃったりすることもあるよね。あれはあれで切ないし、じれったいなあ……ううー……」


「うわあ……」


 のっけからの小佐田劇場はインパクトあるな……。ていうかその恋敵の元山もとやま麗華れいかってやつはまじで誰なんだ。


「でも結局いい感じに回収しちゃうのが理想! 買い物行ったらその途中で、『あ、これ可愛い』ってわたしが言ってたちっちゃいぬいぐるみのストラップをこっそりれんくんが買ってて、帰り道のわたしの家の前でぶっきらぼうに顔を赤くしながら『ん、これ』とか言って渡してくるの! 『へ? 何これ?』『ほら、その、なんつーか……今日のお礼っつーか……菜摘なつみ、欲しがってただろ……?』みたいな! みたいなみたいなー!」


 早く終わんねえかな、日替わり定食なくなっちゃうんだけど……。おれは食堂の中を横目で見る。


「『あ、あんたがこんな気遣いするなんて、明日は雪でも降るんじゃない!?』『はっ!? 憎まれ口叩くなら返せよ!』『やーだよ、もうもらったもーんっ! じゃーねっ!』わたしはそれで玄関に入って、ドアを後ろ手に閉めて、『えへへ……』って笑いながらもらったぬいぐるみをぎゅうって抱きしめるの!」


 自分の考えたシチュエーションに酔いしれたらしい小佐田は両手で自分の頬を挟んで身体をくねらせる。ああ、今日の日替わり定食めっちゃ人並んでるな……。


「ていうか、『珍しいことをすると雪が降るとか雨が降る』とか、あれって一番最初に誰が言い始めたんだろうね? そんなことありえなくない?」


 あ、日替わり定食の看板が下ろされた。小佐田の妄言もうげんで日替わり定食を逃すなんて……。


「ありえねえ……」


 ガクリとおれは肩を落とす。


「だよねだよねっ! あれれ、須賀くん、そんなに感情移入してくれてるの? 感情移入してほしいのはもうちょっと前の買い物のシーンだったんだけど……」


「ちげえよ……」


 はあ、と一つため息をついて、気持ちを切り替える。もう仕方ないから今日はカレーにしよう。


「……それで、小佐田の本当に付き合って欲しいことはなんだよ? 買い物か? 公園か?」


「あ、ごめんごめん。てへへ、話が脱線しちゃったね」


「いや、まじで」


 おれの言葉を軽く受け流して、小佐田はこちらを見上げてくる。


「あのね、器楽きがく部に付き合ってほしいの!」


「は、器楽部? 入部すんの?」


「ちがうちがう! あのね、わたしお昼食べたら器楽部のパンフレット用の写真を撮りに行くんだ」


「そういやそんなこと言ってたな。なんでおれがそれに付き合うんだよ」


「あー、それは……」


 小佐田の大きな目が泳ぎ始める。


「……それは?」


「あの、ほら、手伝いが必要かもしれないでしょっ?」


「手伝いって何?」


 目を細めてじっと小佐田を見る。冷や汗かいてんなあ、こいつ……。


「えとえと……、撮影待ちの人の話し相手とか……」


「おれにそんな話術はねえよ……」


「あのー……撮影待ちの列を作ってもらったりとか……」


「器楽部の人に頼めばいいじゃん」


「あっ! レフばん持ってもらったり!」


「れふばん……?」


「照明を、こう、照り返すための板なんだけど」


「それが必要な撮影なのか?」


「要るかもじゃんっ!」


「いや知らんけど……」


 うん、もう大体わかった。正当な理由はないらしい。


 昼飯を食べた後なら別に暇だし、行ってもいいか。次に小佐田が言った理由に乗っかってやろう。


 何が出てくるかな、と半分楽しみに思って見ていると、小佐田はむむむ……と考えているらしい。


 やがて、あっ、と思いついたような顔をする。


「ほら、器楽部の凛子りんこちゃんにも会いたいでしょ?」


「そうだな、じゃあ行くか」


「んんんんんんー!」


 あっさり同意すると、全身で抗議してくる。


「いや、自分で言ったんじゃん……理由なんかなんでもいいんだっての……」


 呆れ目でツッコミを入れると、おれの顔を見て何かを察したのか、表情をくるりと変えて、嬉しそうに「えへへー、なんでもいいんだ……」と笑った。


 その表情に胸の奥をぎゅうっと握られるような感覚が走るが、空腹のせいということで処理する。


「えへへ……だまされたふりしてくれてありがとね、蓮くん」


 おい、だませてるふりを最後まで続けろよ。

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