第十七話:花屋の幼馴染
「さあ、
「やっちゃおうか! かくれんぼ!」
「あの、やるのは分かったから声のトーンを落としてくれ……」
「あっ、うん、分かった!」
ニヤリとしながら自分の唇の前に人差し指を立てている。なんだその『2人の秘密ってことだね?』みたいな顔。ちげえよ恥ずかしいんだよ。
「それじゃ、わたしが隠れるから……んーと、わたしが電話したら探し始めてね」
「はいはい……」
やれやれ的な表情で応じながらも、内心では「じゅーう、きゅーう、はーち、」とか数えるシステムが採用されなかったことに安心していた。あんなのをやらされてたら恥ずかしさで死んでしまう。
とはいえ、これだけ広い公園だ。さっき電車で調べたら43万㎡もあるらしい。10秒数えたくらいじゃまだ見つかるところにしかいられないだろう。
「あ、そうだ小佐田」
「『そうだ
「そうだな小佐田。話を聞いてくれ」
「はいっ」
小佐田はピンっと気をつけの姿勢をとった。別にそこまでしなくていいんだけど。
「えーと、これだけ広い公園だから、おれの背後を取って
「それはもちろん! コンセプトは、『わたしが落ち込んでどこかに隠れたのを幼馴染の
「そうか、了解。だったら良かった」
……いやいや、何が『だったら良かった』だ。慣れるな、飲み込まれるな、
自分で自分を
「んあ?」
どうやら小佐田が自分の手でおれの目を隠したらしい。
「それじゃ、30秒だけ、目つぶってて? 最初にどこに移動するかバレたらやりづらいから!」
おれはその
「カウントはしないからな?」
「あはは、もちろんっ! そんな恥ずかしいことさせられないよっ!」
「いや、そもそも恥ずかしいことしかさせられてないんだけど……」
ふと、閉じたまぶたの外が明るくなる。小佐田が手を外したらしい。
「じゃ、今から30秒ね!」
「はい……」
目を閉じたおれにそんなことを伝えてくる。
小佐田は立ち去ったのだろう、と思ったら。
「……待ってるね、蓮くん」
耳元をくすぐるみたいにささやく声が聞こえて、今度こそ足音が遠のいていく。
心の中で30秒数えて、ゆっくり目を開けると。
「……何やってんだ、蓮」
「ひゃっ!?」
目の前にジト目でこちらを眺める赤茶髪のポニーテール。
「あ、
「なんでお前、公園の真ん中で1人で目をつぶってんだよ……?」
「梓こそどうして
答えたくなかったので、聞き返した。
「あたしはこの公園越えた先のケーキ屋に用があんだよ」
「ああ、おばさん、ケーキマニアだもんな……」
梓のお母さんは洋菓子に目がなく、吉祥寺には美味しいケーキ屋がたくさんあるので、学校の近い梓によく買いに行かせているらしい。
「んで、蓮は?」
おれの聞き返し作戦もむなしく、すぐにおれに水を向け返される。
「……小佐田と、ちょっと」
「あいつか……まあ昨日、電話で今日予定空いてるとか言ってたもんな」
「梓、盗み聞きしてないって設定忘れてない?」
一応そのフリくらいは続けてくれよ。
「で、
「それなんだが……」
答えづらそうにしているおれを見かねて、梓は心配そうにおれに問いかける。
「……今日の課題はなんだ?」
その言い方はさながら、すり傷だらけで泣きながら帰って来た子供に『……誰にやられたんだ?』と聞いてくる父親のよう。
そうか、梓は『幼馴染ノート〜課題編〜』の存在を知ってるんだった。
「……かくれんぼ」
「あぁ?」
おれから発せられた五文字に、どこぞのヤンキーのようにすごみをきかせてくる。
「だから、かくれんぼなんだって。その……ほら、幼馴染って小さい時にかくれんぼ、やってそうだろ? だからって」
かくれんぼが課題に採用された本当の理由はもっと
「ほー……んで、菜摘が隠れて、蓮がこれから探すってことか」
「そういうこと」
おれがうなずくと、梓は小さい声で「やっべーな……」とつぶやいた。
「なあ、蓮」
「はい……」
親に叱られる時のように体を小さくして梓の言葉を待つ。
「こないだも言ったけど、あたしはお前の味方だ。味方だからこそ、絶対に見放さない。たとえば変な宗教にハマった時にも、だ」
宗教!?
「おい、梓。小佐田の幼馴染研究は宗教ではないからな? どちらかというと部活というかサークル活動に近いというか。理想に向かって自分を高めていくもので……そうだな、言うなれば参加型セミナーみたいなものだ」
「お前、それまんま
……ふむ。
「梓も入らないか? 今なら普通18万円のところ6万円で加入できるんだけど。実は、他の人にも紹介すると紹介料がバックされるんだ。2人誘い入れたらそれだけで加入費は元が取れるんだよ」
「ばーか」
おれの悪ふざけでさすがに
「……それにしても、かくれんぼ、懐かしいな」
「ん?」
「覚えてねーか? あたしと蓮が初めて話したのって、かくれんぼの時だったろ?」
「そうだっけ?」
……小佐田さん、どうやら本物からエピソードが出て来ちゃうみたいですよ。
「あれは、小3の時だったな……」
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