第十二話:カントリー幼馴染

「ほら、れん君」


 凛子りんこが指差す方向には、小佐田おさだの姿。


 おれたちは外階段の影に隠れて、扉についている窓越しに小佐田を見ていた。


 教室のドア越しに誰かに何かを話しているが、何を言っているのかは分からない。おれに用があって来たなら、『須賀すがくん、いますか?』みたいなことを聞いてるんだろうけど……。


 聞こえるはずもないのになんとなく耳をすませていると、


「『須賀くん、どこにいったか、分かる?』」


 と耳元から声がした。


「ん!?」


 声のした方に振り返ると、


「私、読唇術どくしんじゅつ出来るから」


 と、凛子がこちらに視線を合わせることもなく、こともなげに言っている。


「ええ……そんな技術どうやって身に付けんだよ……?」


「しっ! 集中出来ない」


 いやおれは小佐田の表の顔よりも凛子の読唇術の方が気になるって……。心を読む方の読心術どくしんじゅつは使えないだろうな?


 視線を戻すと教室から立川たちかわが出てきて、周りを見渡す。


「『ガビーン!』……がびーん? まあいいか……えっと、『須賀なら今さっき凛子とどっか行ったよ。出たばっかりだから余裕のよっちゃん』……?『で、見つけられると思ったんだけど。またもや役に立てなくてめんごめんご』……ごめんの間違いかしら。えっと、『許してちょ』……『んまげ』……?」


 凛子の読唇術に、昭和言葉の翻訳機能は搭載とうさいされていないらしい。途切れ途切れで伝えられたから分かりづらかったけど、要するに『須賀は凛子とどっかいった、どこかはしらん』ということを立川は言ってるらしい。


「『今日は凛子ちゃんか! さすが須賀くんだなあ……。分かった、ありがとう! ラインしてみるね』」


 小佐田がはかなげに笑いながら胸元でちょこちょこと手を振り、その仕草に立川が胸をつらぬかれたようなジェスチャーをしてから、教室に引っ込んでいく。


「ちょっと蓮君、小佐田さんからライン来るみたいだから、既読きどくつけちゃダメだよ?」


「ええ、それはそれで可哀想かわいそうじゃない?」


「何言ってるの、小佐田さんのためでもあるんだから」


「ほんとかよ……?」


 そんな会話をしながら小佐田を見ていると、小佐田は小さな手でスマホをポケットから取り出す。


「『ふんふん♪』」


 耳元から鼻歌が聞こえる。


「えっ? 口開いてないけど、歌ってるのがわかるのか? しかもメロディまで!?」


「まさか。ハミングしてそうだから歌ってみただけ、メロディもテキトーに付けただけだよ」


「ややこしいことするなよ……」


 スマホをぴょこぴょこといじっていた小佐田の手は10秒後くらいにピタッと止まり、『むっ……?』と眉間にしわをよせたあと、『ハッ……!』と口を開けてから、『うわぁー』と泣きそうな顔になる。


 あいつ、表情の動きが大きすぎて読唇術なくてもだいたい分かるな……。


 そして、しゅんと肩を落としてスマホをポケットにしまった。


「ラインはどうしたのかしら……?」


「あ……」


 その時、ふと思い当たり、おれは自分のスマホを取り出す。


「おれ、小佐田とライン交換してねえわ」


「ええ、そうなの?」


「うん、考えてみたら、この間おれのところに小佐田が幼馴染どうとか言いにきて以来、いつも直接小佐田が会いにくるしおれも偶然も含めてそこにいたから支障ししょうがなかったんだ」


「なるほど。偶然を『含めて』って言い方がちょっと気になるけど……。でも今日も、私が蓮君を連れ出さなかったらそうなってたわけでしょう? 案外、運命の赤い糸で結ばれてたりして」


「なんだそれ」


すると、窓越し、小佐田がふむ、と頷き、こちらへと向かって歩いて来た。


「ん、こっちにくる!」


 そう言いながら、凛子はおれの手をとって、外階段の踊り場から数段上がり、完全に窓側から隠れるところにたった。


 ややあって、音を立てて扉が開き、コツコツと階段を降りていく足音がする。


「……運命の赤い糸でこっちが分かったのかしら?」


「運命の赤い糸ってそういうGPSみたいな機能なの?」


 別にそんなに難しいことじゃなくて、今が昼休みで、昼休みは一般的にはストーキングではなく昼飯を食べるための時間で、おれが食堂派だということを小佐田は知っていて、食堂への最短ルートがこの外階段だからそれでこちらに来てるだけだと思う。


「じゃ、尾行びこうするよ」


「なあ、これ、いつまでやんの?」




 外階段をり切ると、数歩前にいる小佐田はキョロキョロとあたりを見回したあと、はっ! と何かに気づいたような顔をしたあと、食堂とは逆、渡り廊下ろうかの方にタッタと走り出した。


「どうしたのかしら……?」


「さあ……」


 走った先を見やると、小佐田はノートを数十冊抱えた、ピンクベージュのふわふわツインテールの女子生徒に話しかけている。


「なんて言ってるんだ?」


「ちょっと待って……えーと……『あの、先輩、半分持ちましょうか?』」


「『んんー? 後輩ちゃん? 大丈夫だよぉー! 物理準備室まで行かなきゃだからちょっと遠いもん』」


「『いえ、遠いからこそお一人で行くのは大変じゃないですか! 持ちますっ』」


 小佐田は半分かそれより少し多いノートを勝手に引き取った。


「『えっへへぇー、いい子だねぇー! ありがとぉ!』」


「『とんでもないことです! 先輩はホームルーム委員なんですか?』」


「『そぉだよぉ! 2年6組の!』」


「『あ、わたし1年6組です! 縦割り一緒ですね!』」


 そんなにこやかな会話をしながら校舎の中へと消えていった。


 その後ろ姿を見届けてから。


「……なんだあいつ、いいやつかよ!」


 おれは呆然ぼうぜんとツッコミをいれていた。


「こんなに早くに頭角とうかくあらわすとは私も思わなかったけど……、もうちょっと見に行きましょう」


 凛子が早歩きで中庭を横切って行く。


「え、まだ?」



 とはいえ、その後も似たようなものであった。


 財布の中身をぶちまけてあわあわとしているウェーブがかった黒髪のミステリアスな一年生のお金を一緒に拾ってあげたり。


 売店でたくさん買い物をしていたギターを背負った男の先輩の荷物を、『これ、パシリじゃなくて罰ゲームだからね! オレのバンドはパシリとかはやんないんだ!』という嘘か本当か分からないべんに『素敵なバンドですね』と、ニコニコと頷きながら一緒に持ってロック部の部室まで届けてあげたり。(罰ゲーム、機能してない説ある)


 ロック部の部室から出てきた、ギターを背負った黒髪の天使みたいな先輩に『あ、ロック部の部長さん! 学園祭、部長さんのバンドの出番何時ですか?』と聞いて、出番を教えてもらって『絶対観に行きます!』と心底しんそこ嬉しそうにしたり。


 ロック部の部長と一緒に出て来たパーマがかった茶髪ショートボブの先輩に『器楽部部長さん! 学園祭パンフレット用の写真撮りに行くの、来週で大丈夫ですかっ?』と聞いて嬉しそうにしたその姉御肌あねごはだっぽい先輩に髪をわしゃわしゃと撫でられてくすぐったそうにしてたり。


 とにかく、小佐田おさだ菜摘なつみは。


完璧かんぺきかよ!」


「これは『メインヒロイン』と言われるのもうなずけるね……」


 凛子も感心を通り越して、驚嘆きょうたんしている。




 自ら面倒めんどうごとに関わっていって他人ひとを少しずつ幸せな気持ちにしたメインヒロインは、随分と遠回りしてやっとのこと食堂までたどり着いた。


 キョロキョロと中を見渡してから、人知れず、寂しそうな表情を浮かべる。


 人に笑顔をともして回った彼女が、ただ1人で、寂しそうな表情を。


「凛子、あのさ……」


「うん、行ってあげて」


 おれの言いたいことを察したのだろう。いや、自分が出張でばったらあの表情を変えられるなんて、思い上がりかもしれないし、だとしたら恥ずかしいのだが……。


 でもまあ、おれを探してくれているのは、多分間違いではないのだろうから。


「ありがとう」


 おれが歩き出すと、


「あ、蓮君」


 と呼び止められる。


「ん?」


 振り返ると、凛子はニコッと笑って。


「小佐田さんとだけじゃなくて、たまには今日みたいに私とも遊んでよね」


「なんだそれ」


 微笑ほほえみを返して食堂に入っていく。




「……あ、須賀くんっ!」


 食堂に入ったおれの姿を見つけた小佐田がパァっととびきりに明るい顔をしてこちらに近づいてくる。


 そんな顔をされると、さすがにおれも邪険じゃけんには出来ないな……。


「ねね、昼休みは終わっちゃったから……、今日の放課後、幼馴染しよ?」

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