第四十話:幼馴染のストーリー

須賀すが、そこにあるガムテープ、こっち持ってきてー!」


「ほい」


 1年1組の教室。机に乗った立川たちかわに呼ばれる。


 昨日きのう休んでいたせいですっかり頭から抜けていたが、今日木曜と明日金曜は、土曜日の学園祭の準備期間として、授業がなく、朝の出欠と帰りの出欠だけ取ったらそのあいだは基本的に終日自由活動らしい。


 見渡すと、準備などとはいいながら、学校中がすでにお祭り気分で充満していた。


 たしかに漫画なんか読んでいても、準備するシーンの方が青春してることが多いよなあ、と思う。学校に泊まりこみで準備する、みたいな。……小佐田、もしやそんなこと目論もくろんでないだろうな?


 そして、立川はうちのクラスの学園祭実行委員らしく、クラス内の作業の音頭おんどを取ってくれていた。


「ちょっと、がーすー! 巻いて巻いて! ケツカッチンなんだから! テッペンまでに完パケないと!」


 いや、それ昭和言葉とかじゃなくて業界用語だろ。そもそも、『がーすー』って、つい数秒前におれのこと須賀って呼んでたじゃん。あと、テッペンって昼の12時のことか……? だとしたら、登校して3時間で完パケたら、今日の午後と明日終日、何するんだよ。ていうか、一行いちぎょうでどれだけツッコミどころがあるんだよ。


「何黙って突っ立ってるんだ!? 働いて欲しいんだが!」


「ごめんなさい……」


 怒りのあまり昭和言葉でも業界用語でもなくなった立川のもとへ素直に謝りながら近くに置いてあったガムテープを持っていく。


「サンキューベリマッチ!」


「もはやただの英語」


 ツッコミながら手渡すと、


「ガビーン! 全然足りないじゃん!」


 と言われてしまう。


 確かに、渡したガムテープはほとんどしんしか残っていなかった。


「でも、もうクラスにはないっぽいけど?」


「冗談はよしこちゃん……! そんじゃ、須賀、悪いんだけど、ホームセンターに買いに行ってきてもらってもいいかい?」


「他のクラスに借りにいくんじゃダメなのか?」


「各クラスで備品の料金割り振られてるから、他クラスから借りるとわけわかめになっちゃうんだって! 準備にかこつけてどの幼馴染に会いにいくつもり?」


「別に幼馴染に会いに……」


 行くつもりはない、と言いかけて、おれが頼れる他のクラスの人はあの3人以外にはいないな、と気づいた。


「……こほん、じゃあ、とりあえず買い出し行ってくるよ。何本かってくればいい?」


「10コ! 領収書は前株マエカブ1年1組でもらってきてちょんまげ!」


「いつからうちのクラスは株式会社になったんだ……」


 あきれながらも教室を出る。


 あいつは、あれだな。昭和とかじゃなくて、単純におじさんの言葉を真似まねてるんだな。そんなおじさんが本当にいるのかは知らん。




 今日は秋晴れが気持ちいいなあ、と、散歩気分で正門せいもんの方へと歩いていると。


れん君?」


 と、後ろから清純黒髪少女が声をかけてきた。


「おお、凛子りんこ。買い出しか?」


「そう。私のクラスは定番のメイド喫茶なんだけど、私は当日は器楽部の演奏でシフト入れないから、事前準備くらいはせめて役に立とうと思ってね」


「ほお……1人で買い出し?」


「……教室にいると、『なんでメイドをやらないんだ』って詰め寄られてうるさいんだよ」


「なるほどなあ……」


 そっちが本命の理由か。


「……昨日きのう、お見舞い行けなくてごめんね」


 薄い微笑びしょうを浮かべながら、少し悔しそうに凛子がつぶやく。


「いや全然。別に来なきゃ行けないって話じゃないし、この通り元気だし。部活、大変なんだろ?」


「そうなあ……」


「なんだその喋り方」


「なんだろうね? 夏休みの合宿以来、たまに吾妻あずま部長が言うんだよね」


「ふーん……」


 夏休みにそんな口癖くちぐせが出来るような出来事でもあったんだろうか。それ、どんなイベントだよ。


「小佐田さんは昨日来てくれた?」


「ああ、まあ……。手土産てみやげ持って来てくれたよ」


「やっぱりね! 育ちがいいんだよ小佐田さんは。このあいだ持って行っておいて正解だったでしょ?」


「そうなあ……」


「もう使えるようになってるし!」


 凛子はケラケラと無邪気むじゃきに笑う。高校の近くでそんな笑い方をするのは珍しい。


「あずさは?」


「ああ、あずさも来たよ」


「じゃあ、私だけ行ってないんだなあ……。あずさは、手土産は?」


 今度は答えをわかりきって、意地悪いじわるな顔をして訊いてくる。


「持ってくるわけねえだろ……。あやに借りてた漫画返しに来たけど」


「ああ、『もう一度、恋した。』?」


「そうそう」


 小佐田作者説もセットで持って来てくれたが、根拠こんきょ不十分ふじゅうぶんにつき、凛子様まで稟議りんぎを上げる必要もないと判断した。



 そんなこんな無駄話をしながら、ホームセンターに到着した。


「蓮君、何買うの?」


「ガムテープ10本。凛子は?」


「マスキングテープ5……本って数えるの?」


「そうだよ。5本か、5まき。……ていうか5本って少ねえな。凛子お嬢様は箸より重いものは持てないんですか?」


 おれが呆れ目で見ると、


「ちょっと、そんな目で見ないでもらえる?」


 と、身体をよじらせる。


 そして、ポツリとつぶやいた。


「……これ以上頼まれようとすると、男子が付いてきちゃうんだよ」


「いや、付いて来てもらえよ。そんでもっとたくさん買え」


「いやだよ、好きになられちゃう」


「どっからその自信がつくんだよまじで……。いや、実績があるのはわかるけど」


 小学生から中学生まで、凛子とまともに一緒にいた男子はほとんどが凛子に恋をした。


 さすがにクラスで一緒だけ、とかの人まで全員落としていたわけじゃないが、そこに委員会が一緒になるとか、日直が何回も一緒になるとか、もう少しだけ一緒にいる時間が長くなった瞬間、その確率はほぼ100パーセントだ。


 その容姿の高嶺たかねの花っぽさと、その割に庶民派なところとのギャップとか、不意に自分を特別扱いしてくれるような言動にやられるらしい。(中学時代の友人談)


 自分に向けられた好意を『さばく』のが苦しいし疲れた、といつか凛子が言っていた。


「私、いやな女でしょう? まあ、ほぼ・・、100パーセントだけどね」


 冗談っぽく、嫌味いやみったらしくおれの顔を覗き込んでくる。


「おれは別だろ……」


「そうだね、蓮君は別だよ」


 そう言いながら、凛子は数歩進む。


「だから、別に」


「蓮君は、特別・・だよ」


 続けようとしたおれの言葉は、若干ニュアンスの異なる台詞せりふで遮られる。


「……は?」


 数歩先、振り返った凛子は、真面目な顔でおれの目をじっと見つめていた。


 たしかに、凛子の様子が最近おかしい気はした。


 だけど、まさか、でも……。


「……なあ、凛子、それって……」


「なんちゃってね!」


 言いかけた言葉は、再び、凛子に遮られる。


「ねえ、蓮君、どう? 今の。ドキッとした?」


「おい……」


 あきれたのと、緊張が一気にほどけたことで、深くため息をつく。


 あぶねえ、変なこと言うところだった……。


 凛子は相変わらず楽しそうに笑っている


「蓮君、今の台詞せりふ、使っていいよ」


「……何にだよ」


「なんだろう。幼馴染研究、だっけ?」


 凛子はへへ、と笑ってからまたおれに背中を向けて歩き出した。


「『本物の幼馴染が本気で告白しようとして、どうやらやっぱり無理むりそうだと悟って途中で誤魔化ごまかすシーン』かな」

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