第三十九話:すけべな幼馴染

「おはよっ、須賀すがくん!」


 翌朝、しっかりと熱も下がり、すっきりした体調で学校に向かう。


 あやは「ねえお兄ちゃん、高校って、あずちゃんもりんちゃんもオサダナツミも全員いるんだよね……? そんなところに行って大丈夫……?」と心配(警戒)してくれたけれど。ていうか小佐田おさだ、魔物扱いされてんな。


 新小金井しんこがねい駅の改札を出ると、天真てんしん爛漫らんまんな魔物が迎えにきてくれていた。


「おはよう、オサダナツミ」


「なんでフルネーム!?」


 小佐田が全身で驚きを表現する。


「はは、なんでもねえよ。昨日きのうはわざわざお見舞いありがとう」


「珍しく笑ってくれてるのになんか嬉しくないのはなんでだろ……?」


 小佐田が首をかしげているのを横目に歩き出す。小柄なローファーの足音が横に並んだ。


「っていうか、学園祭まで幼馴染研究はしないんじゃなかったっけ?」


「うんっ。でも、朝は須賀くんのよふかしにあんまり関係ないでしょ? どうせ登校はするんだし、その間一緒にいても迷惑かけないかなあと思って」


 どちらかというと迷惑なのは時間を拘束こうそくされることじゃなくて変な行動に付き合わされることなんだけど、とは思うが、言ったら本当に傷つきそうだからやめておく。


「わたしも放課後は学園祭の準備しないと間に合わなそうなんだけど、朝は関係ないから。朝練とかする部活じゃないし」


「そうか」


 そういえば凛子りんこはたまに朝練に行ってるっぽいな。


「でもまた早く幼馴染したいなー。昨日、須賀くんの部屋でもやりたいこと、色々あったんだよ?」


「だよ? って言われても」


「須賀くんに行けるなんて、絶好ぜっこうのタイミングだったもん。でも、昨日気づいたのは須賀くんが具合悪くないとわたしは須賀くんに行く理由がなくて、須賀くんが具合悪い時は幼馴染どころじゃないから『男の子の家編』の幼馴染は出来ないってことだよね……」


「そうだな……」


 なんでここまで図々ずうずうしいのにうち平時へいじに来る発想がないのだろうか。


「例えば、したかったことはね、」


 おお、このパターンは……。


 おれがそちらに注目すると、小佐田は「んんっ」と咳払いをして、声帯を整えた。なんだそのプロみたいな仕草しぐさ


「『にひひ、ベッドの下、見てもいい? どうせ、えっちな本とか隠してるでしょー?』女の子が言うんだよ。そうすると、マンガとか読みながら『おう、別にいいけど』って男の子が平然と答えるのね? 『いいんだ? なーんだ、ベッドの下はシロか、つまんないなー……』とか言いながら、『わたしもマンガ読もーっと』って本棚をあさるんだ。そうすると、『おい、お前、そこは……!』一転して、男の子が慌て始めるの。『おっ? ブツはここかな? 分かりやすすぎるぜっ』って舌なめずりして物色ぶっしょくを進めると、1つカバーが少しぶかぶかな少年マンガを発見します! もしかして、と思って開くとそこには……!」


 病み上がりの小佐田劇場がなんか男性向けラブコメだな……。なんだその90年代の漫画みたいな世界観の幼馴染は……。


 にやにやとしながら片手で本を開くような動作を見せてきている小佐田を見ながらおれは話の続きを予想する。


 小佐田は話をひねってくることがあるからな。そこにはカバーを付け替えられたエロマンガがあるかと思いきや、何か違うものだった、とかそういうパターンだろうか?


「……てきな話とか! あとねあとね、『あ、これ、わたしが昔買ってあげたおまもりじゃん! まだ持ってたんだー』的な話とかもあるよね」


「おいおいおいおい」


 せっかく人が予想しているのに『てきな話』とか言ってあくまで例示で終わらせようとするなよ。


「ほえ?」


「え、カバーがぶかぶかなマンガは?」


 

「あ、続き聞きたかった?」


 何を本当にキョトンとした顔してんだこいつ。


「物語を途中で切り上げられたら誰だって気になるだろ」


「やっぱり聞きたいんじゃんっ! もー仕方ないなー」


「そのお姉さんみたいな喋り方をやめろ」


 そしてそのお姉さんみたいなキャラもなんか古い。


「その少年マンガのカバーがかかった本を開くと、なんとそこにはえっちなマンガがあるんだよ!」


 キラキラとした瞳で見られて、「へえ……」と少し拍子抜けした声が出る。思ったよりも意外性がなかった。


 おれは、2人で撮った写真だけが集まったアルバムが漫画のカバーに挟まれて隠されていたのかな、くらいまで想像していたのだが。……ん? なんでおれがそこまで想像をしなきゃいけないんだ……?


「でね、『やっぱり持ってるんじゃん、こーゆーの!』とかいいながら、女の子がパラパラめくってたら、なんか女の子もなんか変な感じになってきちゃって……」


「変な感じってなんだよ……」


「で、女の子が言うんだ。『ねえ、あんたさ、こういうの、興味、あるの……?』って。もじもじしながら。そしたら男の子が『わ、わりいかよ』って。それでね、」


「ちょっと待て小佐田」


 その話の展開は結構まずそうだ。


 その先はヘタしたら、『ねえ、わたしと試してみよっか……?』的な展開になりかねない。なりかねないしなっても構わないのだが、それをなぜか小佐田の口から聞きたくない……。


 朝から不埒ふらちな想像をして慌てるおれの前で、小佐田は「なんでめられたのわたし?」とでも言いたげにほけーっと首をかしげる。


 そして、そのうちその理由に思い当たったらしく、ボンッ、と、顔を沸騰ふっとうさせた。


「……うわあ、え!? ええっ!? ち、ちがうの! そんな風にしたかったわけじゃなくてねっ! あの、単純に、『蓮くんも、男の子なんだね。いつまでも子供かと思ってたけど……』『は、はぁ!?』みたいな、その、昔一緒にお風呂に入ってたような人にもいつのまにか男の子の部分があるんだなあと実感するだけと言うか、別に、そんな……!」


 そして、「んんんんん……!」と顔を真っ赤にして、



「っていうか、そんなこと思う蓮くんがえっちだよ!」



 と叫んだ。


「おれ、何にも言ってないんだけど!?」


「でも思ってたじゃんっ!」


 くそ……!


 風邪は治ったはずなのに、顔が火照ほてったように熱くなる。


「なあ、小佐田……。やっぱり幼馴染研究は朝だろうとなんだろうと身体からだに悪い説があるな……」


「そ、そだね……ごめんね……悪いのは蓮くんだけどね……」


 そして2人してなんとなく相手の顔を見られないまま、学校まで静かに歩いていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る