第三十八話:ぜんぶ幼馴染

「いいか、れん。あたしの考えを話すぞ」


「おう……」


 おれの部屋の床にはあずさがあぐらをかいていて、その正面におれもあぐらをかいている。おれと梓の間には『もう一度、恋した。』が数冊並べられた。


 これから梓が『この漫画の作者は小佐田おさだなのではないか』という可能性について説明してくれるらしい。


 一度漫画を受け取ったあやはお茶をれに一度キッチンに行ってくれている。(「ドアは開けてくから変なことしないでね……?」とにらんでから去って行った)


 おれは一応今日風邪をひいて学校を休んでいたのだが、梓はそんなことお構いなしだ。昨日は心配してくれてたのに……。


 とはいえ、今日1日眠っていたからか、身体からだはかなり回復していた。明日は学校にも行けるだろう。




「まず、だ」


 梓が指を1本立てる。


「このマンガ、背景がほとんど、ここらへんの景色なんだよ。舞台がここらへんなんだろうな」


「へえ」


 梓がペラペラとめくっていくつかのページを見せてくれたが、そこにはおれたちの家の最寄駅もよりえきだったり、昔遊んだ公園だったり、通学路だったりが描き込まれていたりした。


「一番すげーのは小学校。中までこんなにしっかり描けてるってすごくねーか?」


 見せられたページは、ヒロインの回想シーン。おれたちの通っていた小学校の廊下ろうかや教室の景色が描かれている。これは、本当によく描けていておれもかなり驚いた。取材でもしたんだろうか?


 というか、こう見てみると回想シーンばっかりだな……。高校入ってからの話より回想の方が多いんじゃないのか……。


「次に、」


 梓が指を1本足して、『2』を示した。


「テーマが、小佐田っぽい」


「テーマ?」


 復唱ふくしょうすると、梓はうなずく。


「この話、幼馴染ものなんだ」


「知ってるけど……?」


 そもそも、それが理由でおれは小佐田に幼馴染研究をしようと誘われたのだ。


「うん」


 梓は再度、自信ありげにうなずいた。


「うん……?」


 おれは3つ目の根拠を待って、梓の顔をのぞきこむ。


 無駄に見つめ合う形になって、カチ……カチ……カチ……カチ……と秒針が5つほどかずかぞえたあと。


「……で、どーだ? あたしの推理は?」


「は? それだけ?」


 梓のドヤ顔に拍子ひょうし抜けしてしまう。


 根拠っていうのは3つくらいは欲しいな……。2つ目めっちゃ弱いし……。


「あたしらの小学校の卒業生で、幼馴染のことばっか考えてんのなんか、菜摘なつみしかいねーだろ!」


「いや……おれたちの小学校の卒業生が描いてる可能性があるっていうのは分かったけど、それが小佐田とは限らないだろ? 卒業生何人いると思ってんだよ」


「何人いるんだ?」


「いや、知らねえけど……」


 おれたちで30期とかだった気がするから、1学年100人だとして、それだけでもう3000人はいるよな。おれたちが卒業してからもっと増えているだろうからそれ以上であることは確実だ。


 まあ、1億人が3000人に絞れただけでも相当ではあるのだが……。


 でも、その話を考えているのが小佐田かどうかが怪しい理由は他にもある。


「ていうかさ、その話、原作者と作画家さくがかが分かれてるだろ?」


「はー? さくがかー?」


 首をかしげる梓にうなずきを返し、おれは漫画の表紙を指差す。そこには、『原作:佐藤さとう明日葉あすは 漫画:URANO」と書いてあった。


「……だから?」


「いや、だから、話を考えてる人と絵を描いてる人が別なんだって。で、今の梓の話は、絵の話だろ? だから、絵を描いてるこの……URANOって人がここらへん出身なんじゃないか?」


「ほー……じゃあ、菜摘がURANOってこと……じゃねーか、さすがに……」


 梓は馬鹿ばかっぽい言動はするものの、完全に脳筋のうきんというわけでもない。当てが外れてそうなことになんとなく気づいたのだろう。


「いやまあ、もちろん、小佐田が絵を描いてる可能性はなくはないんだけどな。だとしても、小さい頃に2年間しか通ってない小学校のこと、こんなに緻密ちみつに描けないだろ。陽の光が入って来る窓がどこにあるかとかまでバッチリじゃねえか。取材かなんかしたんじゃねえの?」


「やっぱそーか? んー、あたしのカンがめちゃくちゃ反応してんだけどなー。カンっていうかセンサー?」


「お前もセンサーの持ち主だったか……」


 小佐田、吾妻あずまさん、ときて3人目のセンサー持ちだ。


 まあ、梓の直感が鋭いことは、いなめない。なんせ、すごい嗅覚きゅうかくも持ってるしな……。


「つーかさ」


「ん?」


 ちょうどおれが嗅覚のことを考えた矢先やさき、梓がくんくんと鼻を鳴らす。


「この部屋、菜摘の匂いがしねーか?」


「ああ、さっきまでいたから……」


「さっきまでいたのか!?」


 梓が飛び跳ねる。


「あいつが、ここまで何しに来たんだよ……?」


「いやー、お見舞いっつーか……」


 小佐田がいる時間の大半たいはん、黒歴史の話をしていたため、なんとなく梓のまっすぐな目をみるのが気まずく、視線をそらす。


「おい、蓮。お前、なんかされてねーだろーな?」


「なんもされてねえよ……」


「ほんとか?」


 いぶかしげに、梓はおれの身体をペタペタと触る。触診しょくしんして何かわかんのか……?


 と、ちょうどその時。


「お兄ちゃん、あずちゃん、お茶いれたけ……ど……」


 開いたドアの向こうから妹が入って来る。


「あずちゃん……やっぱり……! やめてっていったのに……! みんなしてさかって、もうなんなの……!? 高校生ってそうなの……!? お兄ちゃん病み上がりなのに……!」


「ち、ちげーよ! あたしじゃねーって! 菜摘のやつが……!」


「そうやってみんなあのちっちゃい人のせいにして!」


「ああ……」


 そこには、もうあわてることにすら疲れ、諦観ていかんしている男子と、


「信じてくれって! 今のは触って確かめようとしてたなんだ!」


 それでもなんとかしたい、と、あがき続ける勇敢ゆうかんな女子がいた。

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