第三十四話:幼馴染の落書き

「おかえり、お兄ちゃん」


「おお、ただいま」


 大丈夫だというのにうちまでついてきたあずさ凛子りんこに送られて家の玄関を開けると、妹のあやが帰りを迎えてくれた。


 綾はおれと一緒にいる2人に気づくと、『うわあ……』みたいな顔になり、


「今日は2人も連れて帰ってきてるんですけど……」


 と、吐き捨てた。


「お兄ちゃん、風邪引いてるんじゃなかったの? ママから、『帰りまだだからご飯作ってあげて』って連絡きたから、うちがこれからおかゆ作るとこなんだけど……」


「ごめんね綾ちゃん。私たちはすぐに帰るから」


 凛子が苦笑い気味にいう。


「ううん、りんちゃんはいいの! 問題はあずちゃんのほうで……」


 じろーっと梓に視線をうつす綾。


「は、あたし!? いや、だから昨日きのうのことは悪かったって! 誤解だってちゃんと説明しただろー?」


「うん、まあ……。でもあずちゃんがお兄ちゃんとうちに2人きりだったことは事実だし……なんか変なこといっぱい言ってたし……」


「あれ? あずさ、昨日れん君ちに上がったんだ? その話、私聞いてないけど?」


 梓が慌てて説明する横で凛子が純情ぶって小首をかしげる。その表情の奥に腹黒い笑顔が透けて見えるなあ……。


「い、いや、別に言う必要もねーだろ! つーか、綾、どっちかっつーとりんの方があぶねーからな? 気づいたら、お前の兄貴はこいつにかっさらわれてるかも知んねーぞ?」


「り、りんちゃんが……!?」


「ちょっとあずさ、私のことを売るならこっちにも考えがあるよ?」


「ほら見ろ! あぶねーだろ!?」


 冷ややかな笑顔を指差して、鬼の首をとったような梓。


 その姿を見て梓に頭脳戦はきかないと思ったのか、凛子は綾に向かってさとすように話しかける。


「まったくもう……。というかね、綾ちゃん。目下もっか、綾ちゃんが気にしないといけない相手は綾ちゃんの今知らないところにいるの。でも彼女が接近してくる日はきっと近いよ。小佐田おさだ菜摘なつみという名前をよく覚えておきなさい」


「2人とも、さっきから何言ってるの? べ、別に、うちは、お兄ちゃんを取られるのが嫌だとか言ってるじゃなくて、この家でその、セッ……そういうことがあるのが気持ち悪いって言ってるだけなんだから!」


「「セッ……!?」」


 2人とも大声出さないでくれ、頭が痛む……。


 身体からだがだるいので、このくだらない議論が勝手に収束しゅうそくすることを期待して待っていたのだが、事態はむしろ悪化しているので口を出すことにする。


「あー……えっと、綾。おれと梓は何もない。凛子とも何もない。OK?」


「ほんと? でも、お兄ちゃんは幼馴染が」「本当だ。信じるんだ」


 力強く言い切ると、綾も小さくうなずく。


「うん……わかった。じゃあ……その、オサダナツミとは?」


「……何もない」


「その一瞬のはなんだよ!?」「ちょっと蓮君、聞いてないよ!?」


 ああ、もう、ギャーギャー言うな……。


 この2人は高校だとカッコよかったりおとなしかったりするのに、なんで地元に帰ると子供みたいになるんだ……。


「はあ、本当になんもねえよ…… 。とりあえず、2人とも送ってくれてありがとう。もう大丈夫だ」


 もう強行突破するしかない。2人の背中を押して外へと追いやる。


「ちょっと蓮、ちゃんと説明しろよ!」「蓮君、小佐田さんとはまだ何もないよね!? 信じていいんだよね!?」「つーか、具合悪かったら無理せず明日は休めよ!?」「苦しかったらポカリとか買ってくるから言ってね!? 病院も行ってね!?」


 扉の向こうに消えていく抗議なんだか優しさなんだかよく分からない声たち。


「個性的な幼馴染が2人もいて楽しそうだねえ、お兄ちゃんの人生は……」


 呆れ顔で綾が言う。


「最近もう1人増えたんだよなあ……とびきり個性的なやつが……」


「え、幼馴染が増えるわけなくない……?」


「増えたんだよ、それが。おれも自分で何言ってるのかわかんねえけど」




 そのあと、綾が作ってくれた(というか電子レンジでチンしてくれた)おかゆを食べて、家にあった市販しはんの風邪薬を飲んだ。


 熱をはかってみると、37.8℃。


「うわあ、結構具合悪いなあ……」


「最近夜更かしし過ぎてるからだよ、無理しすぎなんじゃない?」


 リビングのソファに座ってぼやくと、食器を片付け終わった綾が寄ってくる。


「だよな……今日くらいはちゃんと寝るようにするわ」


「そうしてください。はい、お兄ちゃん、部屋行くよ」


「すまん……」


 差し伸べてくれた綾の手を取って立ち上がり、廊下を一緒に部屋の方まで歩いていく。おれの部屋と綾の部屋はドアが直角に隣接りんせつしている。


「うちも静かに本でも読んでよっと」


「そんなに気遣わなくて大丈夫だからな」

 

「別に、本好きなだけだし」


 そんなことを言いながら綾が部屋に入ると、がちゃりと本棚を開く音がする。


「あれ? お兄ちゃん」


 おれが部屋に入りがけ、綾が本棚の前から声をかけてくる。


お兄ちゃん・・・・・の本・・、減ってるけど大丈夫?」



「ああ、」


 おれは後ろ手に扉を閉めながら答える。


「それなら、梓に貸したんだ」

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