第二十話:幼馴染のない世界

「あら、れん君」


『恥ずかしい、死ぬ』と『大丈夫だよ、生きて?』を何往復かしたあと、なんとか立ち上がることができるようになったおれは、小佐田おさだと一緒に吉祥寺きちじょうじ駅に戻る。


 ホームへの階段を上がると、芍薬しゃくやくだか牡丹ぼたんだか百合ゆりの花だか、何にたとえればいいのか忘れたが、とにかく清楚せいそかつ可憐かれんな黒髪の少女が立っていた。


「あ、凛子りんこちゃん」


「まあ、小佐田おさださんも。ごきげんよう」


「ご、ごきげんよう、です……!」


 あまりにもおしとやかな挨拶あいさつに小佐田がめんらっている。


「凛子、別にいつもそんな挨拶してねえだろうが……」


「あら、そうだったかしら?」


 口元に手をあてて笑う。これは凛子がたまにやるイタズラだ。


 凛子は自分がお嬢様っぽく見られているということを自覚していて、その他人からのイメージに自分の言動を合わせにいくことで、一旦・・『やっぱりそうなんだ』と思わせる。


 だから、このあとは……。


「んじゃ、小佐田さん、指相撲しよーぜ!」


「へっ!?」


 凛子はニヤリと笑って片手を差し出す。


「あはは、冗談冗談」


 楽しそうに笑う凛子と何が起こってるのかよくわかっていない小佐田。


 一度言動をお嬢様っぽくしてから、その直後にお嬢様っぽくないことを言うことで、「なんだ、凛子ちゃんって冗談とかも言う子なんだ」と思われる作戦だ。ちなみにこの指相撲の部分はその時で色々変わる。サッカーとかバスケとかの時もあるし、一回、セパタクローって言ってた時もあった。


 どうやら凛子は、お嬢様ぽく思われるのがあまり好きじゃないらしい。


「ほぇー、凛子ちゃんって、意外とお茶目ちゃめなんだね?」


「そうかしら?」


 嬉しそうだな、凛子。


「ねね、凛子ちゃん。その箱なぁに?」


 小佐田が指差した先、凛子の足元には取っ手のついた黒い箱。


「ああ、これ、サックスが入ってるんだよ」


「サックス! 楽器かぁ! あれ、凛子ちゃん、器楽きがく部だっけ?」


「そうだよー」


「わたし、来週月曜日に撮影に行くよ! わたし写真部だから、学園祭のパンフレット用の写真頼まれてるんだ!」


「そうなんだ! よろしくね!」


 初耳! みたいな顔してるけど、この間ストーキングしてた時に器楽部の部長さんと小佐田が話してるところばっちり見てただろうが。その演技力やら読唇術どくしんじゅつやら、どっから来るんだよ。


「今日部活だよね? どして吉祥寺?」


「土曜の部活はそんなに長くないんだ。リードっていう、んーと、サックスの部品みたいなものを買いに楽器屋さんに寄ってたの。それで、2人は何してたの?」


 凛子のその質問に『たりっ!』という顔をして、小佐田が元気いっぱい答えようとするので、


「あのね! かくれ」「かしら公園に行ってたんだ」


 とさえぎった。


 おい、おれのかくれんぼの傷をこれ以上広げるようなことするな。


「ふーん……デート?」


 凛子は小首をかしげる。


「で、でーと!? あ、あの、デートっていうか、ただ、わたしが誘って、かくれ」「デートです」


 だから、かくれんぼって言うなっての……。


 あきれてみやると、小佐田はその顔をボンッ、と音を立てて真っ赤にした。


「あ、あれ、デートだったのっ? そっか、須賀くんにとってはデートだったんだ……。それならもっとそのつもりで……初デートだったのに……! でも、そっかぁー、えへへ……」


 訂正しづらいところでなんかへらへらしてる。……まあ、なんか、めんどくさいし、なんかあれだし、もうデートでいいや。うん。別にいいや。うん。


「蓮君、顔真っ赤だけど……」


 凛子は苦笑をにじませながらそんなことをつぶやいたあと、女神のような顔で、


「ご機嫌きげんが本当にいようで何よりですわ」


 と笑う。だからその口調くちょう……。あと、おれ、顔赤くねえし。そういうこと言うのやめろし。




 そんなやりとりをしていると、


『まもなく、4番線に……』


 構内アナウンスで東京行きの電車が来ると流れる。


 おれと凛子はのぼり電車、小佐田はくだり電車だ。


「それじゃ、小佐田、おれたちはこっちだから」


 そう言うと、


「あ、須賀くんっ……」


「ん?」


 小佐田はわたわたとしながら自分のカバンをガサゴソとしている。


 そして、一冊のノートを取り出した。


「こ、これ、持って帰って」


「そ、それは……」


 表紙には何も書いていないが、おれにはわかる。『幼馴染ノート〜課題編〜』だ。


「えーっと、なんで?」


「い、いっかい、預かっておいて欲しいの。明日……日曜日だから」


「まじか……」


 ついに宿題が出ちゃったよ……。


「え、えとね、別に表紙見るだけもいいから」


「そうなの? なんで?」


 表紙何も書いてないから意味なくない?


 眉間みけんにしわを寄せて聞いてみると、


「なんでもっ! ほらほら、電車来たよっ! ばいばい!」


 と背中を押されてしまう。


「お、おう。じゃあな、小佐田」


「うん、また、月曜日にね!」




 電車に乗ると、閉まった扉の向こう、笑顔で手を振っている小佐田を見ながら、


「本当に、やることなすこと、全部可愛らしい子だね」


 と凛子が言う。


「いや、あずさから聞いてるだろ? このノート、中身すげえんだよ」


 おれが言うと、凛子は目を閉じて首を振った。


「『明日が日曜日だから』って言われたでしょう?」


 家庭教師のお姉さんみたいに、何かを教えるてい丁寧ていねいに質問をしてくる。


「ああ、うん。ごっこが出来ないからってことだろ?」


「そうね、正解。じゃあ、ごっこが出来ないのは、どうして?」


「そりゃ、学校がないから、そもそも小佐田と会わないからってことだろ」


「はい、よくできました。じゃあ、このノートを渡したメッセージは何?」


「ん……?」


 正解を連発しているはずなのに、いきなり話が分からなくなった。


 見かねたらしい凛子は、静かに、その正解を告げる。






「『会わない日も、わたしのこと、思い出してね』ってことでしょう?」






「え……」


 そんな声しか出せないおれを見てあきれたようにため息をつく凛子。


「本当に、蓮君は今も昔も・・・・乙女心が分からないんだから……」


「いや、こんな複雑な感情表現、普通わかんないだろ……」


 これはおれが鈍感どんかんとかそう言うことじゃないと思うし、そもそもそれが正解かも分からないし、と抗議すると。




「……ストレートには伝えられないことって、あるんだよ」




 車窓しゃそうの外、移り変わる景色を見ながら、凛子はしっとりと、そうつぶやいた。

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