第七話:シャツを幼馴染

「おはよっ、須賀すがくん!」


「お、おう……」


 朝。


 高校の最寄駅もよりえきである新小金井しんこがねい駅の改札を出ると、朝日に照らされた健康的な笑顔が、こちらに向かって手を振ってきた。かたわらにはオレンジ色の自転車が停めてある。


「おいおい、小佐田おさだちゃんが須賀を迎えに来てるぞ」「ああ、なんか最近クラスにも来てるよね」「もしかして……」


 同級生たちがテンプレ通りの反応をして通り過ぎていく。


「えーと、小佐田、今日はどうした?」


 何を言い出すか分からないのでなるべく近づいて聞いてみると、


「そんなの決まってるよっ! 今日の課題は『朝、家まで迎えに行く』だよっ!」


 にこぱっと返事が返ってくる。声のトーン落として欲しいです。


「まあ、そうだろうな……」


 今日の課題はおれにもなんとなく予想出来た。


「ほんとは須賀くんの家まで迎えに行かないと達成したとは言えないんだけどね。いきなり行ったら須賀くんのご両親も驚いちゃうだろうし」


「その良識りょうしき、もう少し手前で使えなかった?」


「だから、今度ご挨拶あいさつにちゃんと伺ってからにするねっ! その後は、『幼馴染の部屋まで入って起こす』もセットで実行しますので!」


 手のひらを軽くあげて、敬礼みたいなポーズをする。


 その仕草とその笑顔があまりにもまぶしくて、おれは目を少しそらした。目をそらしただけだけだど心臓が少し跳ねたことがバレそうだったので、その動きのまま通学路を歩き出す。


 少し遅れてトコトコと小佐田の足音がついてくる。ついでに自転車を引くカラカラという音も合わせて、横に並んだ。


「おれは基本的には毎朝ちゃんと自分で起きられるから不要だ。多分、小佐田よりおれの方が朝強い」


 つい最近写真部の部室でうたた寝をしていた小佐田の気持ち良さそうな寝顔が思い出される。


「うっ、たしかにそうかも……。じゃあ須賀くんが起こしに来てくれるっていうのはどうかなっ? うち、高校に近いし!」


「いや、起こしにいかねえよ……。っていうか部屋まで起こしにくる幼馴染なんて現実には存在しねえだろ」


 創作の世界の幼馴染ヒロインってなんであんなに人の家にズカズカと入り込んでくるんだろうな……。


 あと、起こしに来るならまだしも、それもなくただただ迎えに来る幼馴染ヒロインはまじで意味が分からない。学校くらい1人で行けるよ。主人公たちはみんな方向ほうこう音痴おんちかなんかなのか。


「じゃあさじゃあさ、あずさちゃんとか凛子りんこちゃんにも起こされたことないの?」


「ないって」


「一回も?」


 興味津々に首をかしげておれの顔を覗き込んで来る大きな瞳。


「……まあ、一回くらいはあるかもしれないけど」


「あるんじゃんっ!」


 小さな身体からだを跳ねさせて、抗議こうぎの意を示してくる。


「梓ちゃん? 凛子ちゃん?」


「凛子だったな」


「んんんんー!!」


 口を閉じたまま文句を言うの、小佐田の癖なのか?


「ちげえよ、そういうんじゃなくて……。試験の前日に一夜いちやけでお互い勉強してて、寝る前に『明日の朝、ラインし合って、7時半までに返事がなかった時は電話しあって、それでも反応なければ家に行ってでも起こしあおう』って約束をしたんだよ。そんでおれがあんじょう起きられてなくて返事出来なかった時に、うちまで来て起こしに来てくれたってだけで……」


「なんにも違くないじゃんっ! まんま理想の幼馴染シチュじゃんっ!」


 またしても大きな目をかっぴろげて全力のツッコミだ。シチュー?


「いやいやそんなんじゃないだろ、普通にマジギレしてたよ、凛子……」


『ねえ、蓮君はバカなの? 私が起こしてくれると思ってたから寝てたの? そんなに自己管理出来ないの?』


 あの鬼の形相ぎょうそうと登校中ずっと続いていた罵倒ばとうがトラウマで朝が強くなった気さえするわ。


「ふぅーん……?」


 頬を膨らませる小佐田。


 ……かと思ったら、次の瞬間にはふふっと吹き出した。


「なに……?」


 そこまで表情がくるくる変わる人は本当に珍しいな、といつものごとく思う。


「須賀くん、ご両親には挨拶させてくれるみたいだから」


「え? あっ……」


『だから、今度ご挨拶あいさつにちゃんと伺ってからにするねっ!』


 その言葉を否定し忘れてた。


「お日取りはいつにしましょーか?」


 歩きながら、意地悪そうな声で質問してくる。


「いや、あれは小佐田がそのあとにあざとい仕草しぐさをするから……」


「あざとい仕草しぐさ? そんなのしてた?」


 キョトンとした顔で首をかしげて、今度はこちらを見上げて来た。


「してただろ、なんか、あの……」


 しどろもどろになりながら弁解しようとしていると、


「……あ、須賀くん」


 と、いきなりおれを呼びかける。


「ん?」


 おれが小佐田の方を向くと、


「うしろ、寝グセついてるよ?」


 それとほぼ同時、少し背伸びした小佐田の左手がおれの後頭部に触れていて。





「「うぁ……!」」




 お互いが想像するよりもずっと近く、鼻の頭が触れ合いそうな距離にその整った顔があった。


「い、いきなりこっち向かないでよ、蓮くん……」


「わ、わるい……」


 朝っぱらからお互いにそっぽを向いて赤くなっている2人の姿。




「お、幼馴染だったら、こんなにドキドキしなくてすむものなの、かな……?」

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