第四十三話:まぶしい幼馴染

「んじゃなー、れん菜摘なつみ


 天気も良いので中庭で撮影を終え、制服も元に戻したあずさが背中越しに手を振りながら立ち去っていく。ハードボイルドな映画のスターみたいだ。高校だとやっぱりカッコいいんだよなあ、あいつ……。


「じゃ、次は凛子りんこちゃんだねっ!」


「うん、まあ……」


「どしたの?」


「んー、なんにせよ本人に言わないわけにもいかないから、とりあえず行くか」


「んー……?」




 ということで、おれと小佐田は凛子のいるであろう4組に向かう。


「こんにちはー、真野まの凛子りんこちゃんいますか?」


「おっ、小佐田ちゃんだ、可愛い。真野ちゃんに用? どうしたの?」


 教室の入り口あたりにいた女子が応対してくれる。挨拶あいさつみたいに可愛いって言うのやめろよ、イタリア人か。


「えへへ、ありがと。ちょっと写真部の仕事でね、凛子ちゃんの写真が撮りたいんだー」


「あっ、もしやミスコン!?」


「あー、相手が凛子ちゃんだとさすがにバレちゃうかー……」


 小佐田が苦笑いしながら頭をかく。


「そしたら、超ナイスタイミングだよ。今、真野ちゃんはあの中だから」


 女子が指さす先には、四方しほうを囲うカーテンのついた着替えるためのスペースみたいなものがあり、周りではそちらを見てワクワク顔の女子たちと、なぜか背を向けて生唾なまつばを飲み込んでいる男子たち。


「ん? 着替えてるの?」


「そう、うちのクラス、メイド喫茶だから! 真野ちゃん、土曜の本番は器楽部の公演あるからメイド服着られなくて、でも、どうしても着てるところ見たくて、みんなで拝み倒して今着てもらってるんだ」


「「拝み倒したんだ……」」


 珍しく、おれと小佐田の声が重なった。


 結局メイド服着させられてるのか凛子は……。大丈夫だろうか。


 おれが小さくため息をつくとほぼ同時、


「「じゃーん!」」


 仕切りの中から女子2人に挟まれて、顔に照れ笑いを貼り付けた凛子が出てきた。


「「「おおおおお……!!」」」


 クラスに居合いあわせた男子も女子も声をあげる。


 たしかにメイド服は似合っている。ていうか凛子はなんでも似合う。けど。


「れ、れん君……! と、小佐田さん?」


 凛子はこちらを気づき、頬を少し染めてうつむく。


「凛子ちゃん!」


 とことこと小佐田が凛子に駆け寄り、小さな声で、


「凛子ちゃんがミスコンに選ばれたから、写真撮りに来たんだけど……どうかな?」


 と、おうかがいを立てた。


「ああー……」


「さあ、小佐田ちゃん! そしたら、このメイド姿で撮っちゃってよ! こんなに美しい! 完璧な! 女神様を!」


 小佐田の後ろから、案内してくれた女子がもてはやすように手をひらひら振る。


「……うん、そだねっ!」


 ん? 小佐田の今の一瞬の間はなんだろう?


「あ、一応、凛子ちゃんの制服も借りてってもいいかな?」


「ん? いいけど……?」


 着替えさせた女子から凛子の制服を受け取り、小佐田は凛子の手を引いて別の空き教室に移動した。





 教室に入って、おれはドアを閉める。


「小佐田さん、あのね……」


「はい、凛子ちゃん、着替えて!」


 凛子が何かを言いにくそうに言いかけたのをさえぎり、小佐田が手に持った制服を差し出した。


「へ?」


 凛子にしてはほうけた声が出た。


「あの……この格好で撮るんじゃないの?」


「ん? 撮らないよ?」


「どうして……? だってクラスのみんなが……」


「だって、凛子ちゃん、嬉しそうに笑ってないもん」


 その言葉に凛子がはっと息をむ。


「凛子ちゃんは多分、そうだなあ……。普通の制服着て、ネギとかがはみ出たスーパーの袋を持ってるみたいなのがいっちばん似合うかなあ。スーパーの袋とネギはちょっと用意できないけどね、えへへ」


「……ありがとう、小佐田さん」


「へえ……」


 小佐田の気遣いにおれも声が漏れ出た。


 凛子は、自分の容姿を持てはやされることが、好きではない。


 というよりは、距離を置かれることが好きではない。それがたとえ、神格化されたりアイドル扱いされるといった、『良い意味で』距離を置かれることでも。


 でもそれと同時に、『悪い意味で』距離を置かれることももちろん避けたいので、今日みたいなことがあったときには押しに弱い。メイド服を着た時よりも、徹底的に拒否をしてクラスの雰囲気を大きく壊してしまうことの方が怖いのだろう。


 凛子は自虐じぎゃく的に笑いながら、小佐田に問いかけた。


「ねえ、小佐田さん。断らなきゃだめだよって思ってる?」


「ううん、そんなことないよ。断ることないよ。わたし、転校ばっかしてるから、そういうの、なんか分かるもん」


 えへへ、と眉毛をハの字にして小佐田は笑う。


 小佐田は、教室で『凛子ちゃんのメイド姿は撮らない』とは言わなかった。別教室に誘導してから、その提案をしたのだ。きっと、それは、凛子の面目めんもくをつぶさないための、小佐田なりの気遣いなのだろう。


「小佐田さんも、周りの目とかって気にするの?」


「うーん、結構気にする方だと思う」


 その言葉は少し意外だった。ていうか気にするやつがあんな奇行ばっかするか? でも、たしかに外面そとづら用の小佐田は完璧だし……。うーん……?


「……つらくなったりしない?」


「辛いっていうか……慣れちゃったからそんなに辛くはないけど、最近、もしかしたらちょっと無理してたのかなって思い出すことはあるかな」


 小佐田とは思えないくらいしっとりと言ってから、表情をくるりと変え、にひっと笑う。


「多分ね、1人でもいいから、素顔が見せられる人がいたらいいんだと思うんだ」


 小佐田はおれを一度見てから、凛子にもう一度向き直り、


「ね?」


 と首をかしげた。


「かなわないなあ、もう……」


 凛子は呆れたように、諦めたように笑い、


「ありがとう、小佐田さん」


 とつぶやいた。


「というか、そもそもミスコン出場は大丈夫? もし嫌だったらわたしから実行委員の人に……」


「ううん、大丈夫。私には分かってくれてる人がいるって分かってるもの。それに、『私』がミスコン出なかったら、辞退したってバレちゃうでしょう?」


「あはは、それもそだね!」


 悪女っぽく笑う凛子に、ひまわりのような笑顔で返す小佐田。


 凛子はそのままの笑顔で続けた。


「じゃあ、着替えようかな。……ねえ、蓮君」


「え、おれ?」


 そしておれに背中を向けて、長い黒髪をそっと前によけて、言う。


「背中のファスナーを下ろしてもらってもいいかしら?」


「「はあっ!?」」


 小佐田が顔を真っ赤にして、凛子に近づく。


「凛子ちゃん! 素顔すがおは見せてもいいけど、素肌すはだは見せなくていいのっ! 須賀くん、一旦いったん出てって!」


「あら、蓮君とは裸の付き合いなのに?」


「んんんんんー!! そうなの!?」


 キッとこちらを睨み上げてくる。


「いや、そんなわけねえだろ、凛子と会ったのは小4のころだってば」


 この悪女がただただ面白がってカマかけてるだけだっての……。


「あら、じゃあ、あの夜のことは忘れてしまったの……?」


 凛子が嘘泣きをまじえてこちらを見てくる。


「だから、あることないこと言うなよ……」


「あることもあるの!?」


「あることもねえよ」


 おれと小佐田が日本語になっていない日本語で言い合いしている横でケラケラと無邪気むじゃきに笑う凛子は。


 最近久しく見ていなかった、陰りのない、すっきりとした顔をしていた。

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