第二十七話:幼馴染に帰りたい

れんちゃんは何飲む?」


「いえ、おかまいなく……」


「まあ、かしこまった言葉使えるようになっちゃって!」


 ……どうしてこうなった。


 小佐田おさだ家の玄関先で会った小佐田のお母さんに物理的に背中を押され、あれよあれよと言う間に家に招き入れられ、4名がけのダイニングテーブルの前におれは1人座らされていた。


 ダイニングとつらなって、大きめの観葉植物とローテーブルの置かれた綺麗きれいなリビングがある。


 すぐ近くのカウンターキッチンから、声が聞こえた。


「カルピスとオレンジジュース、どっちがいい?」


「ちょっとおかあさん、須賀すがくんだってもう子供じゃないんだから……」


 そのわきでは小佐田があきれたような声を出す。


「何言ってんの、なっちゃんが毎日飲んでるものしか言ってないでしょー?」


「そんなことありません!」


 なぜか敬語で言い放ち、ぷいっと顔をそらし、おれのもとへとやってくると、


「コーヒーで大丈夫かな?」


 と聞いてきた。


「お、おう……」


「うん、分かった。お砂糖とミルクはいる?」


「あ、ブラックで大丈夫です……」


「了解。れてくるからちょっと待っててね」


 そう言ってから、おれにだけ聞こえる音量で付け足した。


「……ごめんね、突然。うちのおかあさんちょっと強引ごういんだから……」


 そんな小佐田の言葉を聞いて、おれは思うのだ。




 いや、お前が突然どうした?




 思い上がりだったのかもしれない。勘違いだったのかもしれない。


 でも、おれのイメージする小佐田なら。


『ようこそ須賀くんっ! ついについに、わたしの家に上陸だねっ! 家で一緒にジュースを飲むなんて、んんーっ、すっごく幼馴染してるっ! 1日で2つ課題を解決するなんて、今日は月曜から幼馴染運が良いねっ!』


 とでも言いながらはしゃぐかと思った。ついでに小佐田劇場で何分か1人で盛り上がるところまでセットなはずだ。


 それがどうだ。


「はい、きたての豆で淹れたコーヒーだよ。お口に合うと良いんだけど……。ビスコッティもあるよ」


 おいおい、とうすぎやしないか……? ビスコッティってなに? この、ふ菓子がしのちっちゃいばんみたいなやつ?


 小佐田はティータイムの支度したくを終えて、おれの隣の席に座った。おれの向かいの席には小佐田のお母さんが座る。


 ふう、と小佐田が一息ついたのもつか


「なっちゃん、着替えてきたら? シャツは濡れてないみたいだけど、雨の中で靴下とか気持ち悪いでしょ?」


 小佐田のお母さんが小佐田にそんな提案をする。


「あー……うん、そうかも。そしたら、ちょっと着替えてこようかな。須賀くん、ごめんねわたしばっかり」


「いや、いいけど……」


 おい、その気遣きづかいはどこから出てきた……。


 小佐田は席をたち、リビングを出ようとドアを開ける。


「なっちゃん、パジャマとかに着替えて来ないのよー?」


 小佐田母がからかうのに振り返って、


「何言ってるの、そんなのに着替えてくるわけないでしょ……?」


 と答えた。


 いや、そんなのに着替えてくるわけはいくらでもある。おれの知っている小佐田はパジャマとかに着替えて来て、『今夜はトゥナイトだよっ!』とか言うタイプだ。


「それじゃ、須賀くん、ちょっとだけおかあさんの相手をして待っていてもらってもいいかな? ごめんね」


「い、いえ、とんでもないっす……」


 あいつは誰なんだ……。


 小佐田(仮)を見送ると、小佐田母が、ポンと手を叩く。


「あ、そうだ、蓮ちゃんが写った写真があるよ!」


 と言って、リビングの本棚から大きなアルバムを持ってきた。その仕草を見ると、むしろ小佐田母の方が小佐田なんじゃないかというか、小佐田母もそりゃ名字は小佐田ですよねというか、おれは何を言ってるんだ?


「見てみて、この写真!」


 小佐田母が指差した写真には、にへらーっと嬉しそうに笑う小佐田と、しかめっつらの自分が2人並んで写っていた。


「これ……幼稚園の時ですか?」


「そうそう! 蓮ちゃんは、この頃からずっとこういう引き締まった顔をしてたのよね。だからさっき玄関先で一目ひとめ見たらわかっちゃった。さすがに、同じ高校に進んだってことを菜摘なつみから聞いていたからっていうのもあるけどね」


 小佐田母は優しく微笑ほほえむ。


「菜摘もね、ちっちゃい時はこんな風に笑ってたのよ。今は友達の前だと、随分ずいぶんとお利口りこうさんになっちゃって……。多分、転校を何回もさせちゃったからなんでしょうね。行く先々さきざき上手じょうずにやっていくためにっていう感じかしら」


「あのあとも転校を?」


 それは、おれも知らなかった。


「うん、あの子が小2の時のを含めて全部で5回も。だからね、あの子には、『地元』って呼べる場所がないの」


「地元、ですか……」


 普通からしたらゆるいつながりだったが、それでも小佐田がわずかな関係性をたどって『かろうじて幼馴染』のおれを頼って来たのは、もしかしたらそういうことも理由にあるのかもしれない。


「高校くらいはさすがに3年間同じところに通わせたくて、私立の高校にしたんだ。もし私たちが遠くに引っ越すことになっても、武蔵野むさしの国際こくさいにはりょうがあるでしょ?」


「そうですね」


「家族だけの時にはカルピスかオレンジジュースばかり飲んでるような子なんだけどね。まだ、友達といる時は、かしこまった感じになるのよ」


 そして、その笑顔に少しの寂しさや申し訳なさみたいなものをにじませた。


「あの、変なこと言ってたら、申し訳ないんですけど」


「ん?」


 おれは、写真を指差す。


「小佐田は、今もこんな顔して笑ってますよ。おれのしかめっつらも変わらないかもしれませんけど、この写真見た時、小佐田はこの頃から全然変わらないなって思いました」


 おれはこの写真を見てから素直に思っていたことを話す。


 すると、キョトンとした顔がこちらを見る。


「そうなの……?」


 小佐田母が首をかしげたちょうどその時、小佐田が戻ってきた。


「お待たせー……って、あれ、何見てるの?」


 お利口りこうさんモードの小佐田がお母さんの肩越しにアルバムを見る。


 だが、その次の瞬間。


「あっ、ちっちゃい蓮くんだぁー、うへへー……」


 と、突如とつじょ、だらけきった顔になった。


 そんな小佐田を見て、


「なっちゃん、その表情……! 本当に、人の前でもできるように、なったんだね……?」


 口に手をあてて、小佐田母は涙ぐみはじめる。


 ……ちょっと待て、なにこれ、感動すべきシーンなのか?


「って、この写真を飲み物があるところで開かないでよおかあさんっ! こぼしちゃったらどうするのっ!?」


 小佐田はくるりと表情を変えてアルバムを取り上げ、リビングのテーブルの上に持っていく。


「うん、うん。ほんとに良かったね、なっちゃん……」


「うっへへぇー、かぁーわいいなぁー……」


 ダイニングで目頭めがしらをおさえる母と、リビングでデレデレしている娘。


 そして、放っておかれているおれ。




 えーと、もう帰っても良いのだろうか……?

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