第四十九話:幼馴染のうた

「……須賀すがくん、大丈夫?」


 あふれてくる自分の涙に耐えかねたのと、『凛子りんこがしっかりするため』という目的自体をもう既に凛子が果たせていないこと、というか果たす必要がなくなったことで、おれはそっと体育館の倉庫から離れた。


 電話をかけて、落ち合ったおれに小佐田おさだは心配そうに声をかけてきた。


「……大丈夫だけど」


「そっかそっか」


 赤い目を見られているのかもしれないが、小佐田はそれを見逃してくれるらしい。


 ……と思ったのだが、小佐田は背伸びをしておれの耳元に唇を寄せて、


「……声出すとバレちゃうのに、ちゃんと我慢できたんだね。偉かったね、蓮くん」


 と、くすぐったいほど優しくそうささやいてきた。


「おい、泣き声の話をしてるんだよな?」


「ええっ!? なんで泣いたって認めちゃうの!? わたしがこしょこしょ声にした意味! あずさちゃんと言い、須賀くんの地元はそういう感じなの!?」


「いや、小佐田も同じ出身地だろ……」


 おれがジト目でツッコむと、一瞬キョトンとした顔をしてから、やがて心から嬉しそうに、


「うん、そうだよっ!」


 と、笑顔を咲かせた。


「なんか良い話っぽくなってるけど、元を正せば小佐田の際どい発言からだからな……」


「ん、どゆこと?」


 ほけーっと首をかしげてくる小佐田を見ていると、間違っているのはおれな気がしてくるから不思議ふしぎだ。


 こほん、と咳払いをして、


「……で、次はどこ行くんだっけ?」


 と訊いてみた。


「次はロック部だよっ!」


 おー! と右手を振り上げる小佐田に連れられて、ロック部のライブ会場になっている大教室へと向かう。


 着くと、入り口付近に、これまた小柄な、栗色のボブの巻き髪の女子がギターを首からげて深呼吸していた。あったかいはずもないだろうに、両手で缶のカルピスを何かのおまもりみたいに握っている。


「あ、つばめちゃんこんにちは! 今日演奏するの?」


「わわ、菜摘なつみさん! こんにちはっ! そうなのです、自分、トップバッターなのです! えっとえっと、そちらの方は……?」


 おれに水を向けてくる。その瞬間、小佐田が目をキラリと光らせたのをおれは見逃さない。


「こちらはわたしのお友達の」「単なる幼馴染の須賀です。……あ」「にひひ、引っかかったね?」


 にやりとこちらを見上げてくる単なるお友達さん。


 いかん、小佐田と逆の言い方をするということばかり気にしていたら、引っかかってしまった。ちょろいと言うか、考えすぎて普通ハマらない罠にハマってるな、おれ……。


「わわっ! あなたがかの『ツートップ』の幼馴染さんということで有名な須賀さんですかっ! よろしくお願いします! それでそれで、菜摘さんとも幼馴染さんなのですかっ? それは自分、初耳なのですが……」


「ううん、わたしはお友達って紹介しようとしたのに、須賀くんが幼馴染って言うから、幼馴染なんじゃないかな? 困っちゃうなー。えへへ」


「顔がにやけきってますが……満更まんざらでもないどころじゃないですね……むしろ満更と言えますね」


「満更はダメってことなんじゃないの……?」


 首を傾げながら、ふと気づく。


 いや、ていうか、その喋り方、もしかして……!?


「小佐田、この人って……」


「うん、わたしと同じクラス・・・・・の、平良たいらつばめちゃんだよ!」


「やっぱり、お前がカルピスの!」


 こいつが、小佐田にペットボトルのカルピスを提供したり、先輩同士が幼馴染だという情報を流したりしている、同級生に敬語の変なやつだ!


「お、お前っ!? 今、自分は初対面の方にお前と呼ばれたのですかっ!?」


「ちょっと、須賀くん、ダメだよ。『お前』は、わたしだけだよ」


 頬を膨らませておれのすそをきゅっとつかむ小佐田。怒る理由を間違えてる気がする。


「ああ、ごめん。あ、今の『ごめん』はもちろん小佐田じゃなくて平良さんにな。ずっとどんな人だろうと気になってたもんだから、つい」


「ねえ、なんで出会ったばかりなのに口説くどいてるの!?」


 つかんだ裾をぎゅうっと引っ張られる。


「え、自分口説かれているのですか!? そんなそんな、困ります、自分には心に決めた人が……あれ、いませんね?」


「口説いてねえし何言ってるかわかんねえよ……。なんでもない、忘れてくれ……」


 この2人と話しているとおかしくなりそうだ。




 そのあと、平良さんは誰かを待っているみたいにそわそわとしていたが、やがて時間がきたらしく、ロック部の部長さんに「つばめちゃん、出番だよ。頑張ってね!」と呼ばれ「はいですっ!」と舞台ぶたいに上がっていった。


 平良さんの演奏も見ながら、小佐田の一番の目当ては最後トリのバンドだと言うので、結局最後までライブを見ていた。


 どのバンドも良かったが、小佐田が待ち望んでいただけあって、何よりも最後の部長さんたちのバンドが良かった。



 

 ロック部の演奏が終わり、大教室を出ると、窓の外では日がかたむき始めており、学園祭は終盤に差し掛かっているのだと実感する。


「いやー、満喫まんきつしたな……」


「だね……。それじゃ、そろそろ、写真部の展示、行こっか」


 大きく息を吸って、何かを覚悟したような小佐田から緊張感が伝わってきて、おれはついつい固唾かたずを呑んだ。




 おれと小佐田は、写真部の展示している教室へと向かう。


 開け放たれたその部屋には、今ちょうど誰もいないみたいだ。


 入り口の上、看板に可愛らしい字で書かれていたのは。


「『わたしのふるさと展』……?」


「うん……そう」


『わたし、5回も転校してて。ずっと仮住まいっていうか、故郷だなって思える場所もなかったし、今も続いてる友達って全然いないんだよね』


 そう言っていた小佐田の横顔を思い出し、そんな小佐田が自分の展示に『ふるさと』と名付けたことに、内心で首をかしげる。


「それじゃ、どうぞ」


 だが、その小佐田にうながされてその部屋に入った瞬間、おれはそのタイトルの意味を理解し、息を呑んだ。




 壁のそこかしこには、『もう一度、恋した。』の一コマ、一コマが大きく出力されたものが貼られている。


 恋している相手と喧嘩けんかしてしまって1人でとぼとぼと帰る川沿い。

 スーパーで買った焼き芋を食べるための、少し歩いたところにあるベンチ。

 他の幼馴染女子2人と、3人で帰る下校道。

 小さい頃に2人が遊んでいたのを懐かしむ公園の砂場。




 そして、それぞれの隣には。


 その1コマ1コマと全く同じ構図で撮られた写真が並んでいた。




「『わたしのふるさと』……そっか、小佐田はあの漫画に描かれてたのがおれたちの地元だって分かってて……」


「……うん、そだよ」


 それは、アニメや漫画でよくいう『聖地せいち巡礼じゅんれい』、いわゆるロケ地巡りの写真だった。だけど……。




 その写真には、漫画の主人公と同じポーズで映る、小佐田の姿があったのだ。




「……これ、小佐田が映ってるのは、どうしてなんだ? 主人公に、なりきりたかったのか?」


 震える声でそんなことを訊きながら、おれはもう、小佐田の本心にも、その事実にも、気づいていた。


「ううん。なりきりたかったんじゃないよ」


 小佐田は優しく微笑んで、こちらを向いた。





「だって、わたしを主人公にしてくれたのは、あなたでしょ?」





 そして、緊張するように一度大きく息を吐いてから、首をかしげる。







「ね、佐藤さとう明日葉あすはさん?」

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