第二話:青と幼馴染

「ねね、須賀すがくん」


 放課後。ホームルーム終わりにまた小佐田おさだがおれのことをむかえに来た。


 どうやら下の名前呼びは昨日きのう限定だったらしい。危なかった。


 ……いや違うそこじゃない。


「本当に来たのか……」


「へ? 何か予定あった?」


 いきなりあわあわとし始める小佐田。


「いや、ないけど……」


 ……いや? あったら回避かいひできるのか。明日からは使おう。


「なぁんだ! じゃ、行こっか?」


「なあ、小佐田、おれやっぱり……」


 にんまりと笑った小佐田がおれのそでを引くので、断ることをこころみると、小佐田がすぅっと息を吸う。


「あのね!! 須賀くんは、小1の時にね!!」


「わかったわかった! 行きます行きます!」


 バラそうとするなよ!? まじで小佐田の脳みそが小学生並なんじゃないの?


 弱みを握られて言うことをきいてしまうラブコメを読むたびに「いや、そこは毅然きぜんとした態度見せないと……」などと思っていたが、そんなことは出来るはずもなかった。なぜなら弱みを握られているからです。(小並感)


「なあ、あの2人っていきなりどうしたの?」「さあ……?」


 クラスメイトたちがひそひそと話しているのが聞こえるんだが、おれにも分かんないんだよなあ……。





「今日は、どうしよっか?」


「いや、だから、おれに意思いしはねえよ……」


 諦めのため息とともに吐き出す。


 ここは、また、昨日と同じしげみである。


「むーん……」


 そんなおれの前で小佐田はうーんと腕組みをして考え込んでいる。


「じゃ、今日は、目を閉じてノートを指差して、そこに書いてあるやつにしよっか!」


 天真てんしん爛漫らんまん、ヒマワリのような完璧な笑顔である。


「ていうか、なんでお前はそんなに元気なの?」


「……今、わたしのこと、『お前』って言った?」

 

 一転、試すような表情でこちらを見上げてくる。


「あ、すまん……嫌だったよな」


『お前』と言われることを嫌がる女子が多いと言うことを、最近テレビニュースで見た気がする。


 ついつい、妹と話してる感覚でそんなことを言ってしまった。


「うーん、ほんとはあんまり嬉しくないけど、今はそんなにやなかんじしなかったなー。なんでだろ?」


 首をコテリとかしげた。


 そして。


「そっか!」


 ピコン! と頭の上の電球をけた。本当に表情がくるくる変わるやつだなあ。


「幼馴染っぽいからだ! ちょっと乱暴なくらいが、気を許してる感じがするっていうか! ねっ!」


 いや、そんないい笑顔顔で「ねっ!」って言われてもな……。


「まあ、でも、ほんとは嫌なんだったら、やめとくわ」


「うーん、そう? 須賀くんなら良いけどなあ……」


「はいはい……」


 あんまいきなり特別扱いされるとおれもうまく反応出来なくなるからな……。




「まあ、とにかく! この『幼馴染ノート』をめくります!」


「ほい……」


 そんな名前ついてんのかそのノート。


「ストップって言ってね?」


「ほい……え?」


 指さすんじゃないの? と思っていると、小佐田がパラパラと、トランプをマジックでそうするのと同じ要領でノートをめくり始めた。


 数秒もせずにノートがめくり終わる。


「ストップって言ってって言ったじゃんっ!」


「え? そのノート、全ページにびっしり書いてあるの?」


「へ? そうだけど?」


 まじかよ、昨日見た見開き1ページだけじゃないのかよ……。あれだけでもかなり書いてあったのに。


「そんなにあったら、平日毎日やってても高校卒業しちゃうんじゃ……?」


「土日のやつもあるしねー。まあでも大丈夫だよ! 大学生になっても幼馴染は幼馴染だから!」


「大学同じとこ行かねえだろ……」


「なんで!?」


 なんでまじでびっくりしてんだよ。


「実質昨日きのう今日きょうの付き合いなのになんでそんなこと決めてんだよ……」


「……昨日今日の付き合いじゃないじゃん」


「いやだから実質って……」


「んー! もういいから早くやろ? ストップって言ってね?」


 小佐田はいきなり頬を膨らせて若干不機嫌になった。なんなんだ難しいな女子……。


「せーの!」


 パラパラパラ……。


「……ストップ」


「ほい、ここね!」


 そう言って、そのページを開き、こちらに向けてくる。


「じゃ、目、つぶって?」


「ほい……」


 言われた通り、目をつぶる。おれもたいがい素直だな……。


「じゃ、指差してくださーい!」


「ほい」


 そう言って、テキトーに指で目の前をさす。


 すると、紙に指が当たる。


 どうか変な内容じゃありませんように……!


 おそるおそる目を開くと、そこには。


「「うぁ……!」」


 今日の課題は、これらしい。


なんなしにジュースの回し飲み(でも女子は意識しちゃう!)』


 まじかよ……。


「これかー……。じゃ、はい、どうぞ……」


 頬を染めながらおずおずとに、カバンからペットボトルのカルピスを出してこちらに差し出す。


「なんでちょうど飲み物持ってんだよ?」


「同じクラスの子が昼休み『はっ! 自分としたことが缶ではなくペットボトルのカルピスを買ってしまいましたっ!』って言ってて、ちょうどわたしカルピス飲みたかったから買い取ったんだよね」


 えへへ、と照れくさそうに笑う。


「なんだその変な喋り方するやつは……言ってることも意味わかんねえし」


 小佐田のクラスには変なやつしかいないのか?


「まあ、とりあえず、このカルピスをぐぐっといっちゃって!」


 そういってキャップを外しておれに差し出す。


 おれが受け取らずにそれを見ると、中身は半分くらいになってる。


 ってことは……。


「これは、もう、小佐田が飲んだんだよな?」


「そう、です……!」


 いきなり敬語になるのやめろよ、照れてるのが伝わってくるだろうが……。


「飲まなきゃダメなんだよな?」


「あんまり何回も言わないでよぉ……。っていうか、その反応、全然幼馴染じゃないんだけど?」


「どう言う意味?」


「今日の課題、もっかい読んで! ハイ!」


 ビシビシとノートを叩く。


「えーと……『何の気なしにジュースの回し飲み(でも女子は意識しちゃう!)』だな」


「『何の気なしに』ってとこが大事なのっ!」


「そうなの?」


「伝わんないかなあ……。じゃ、イメージする会話をやるよ?」


 小佐田が今度は先生みたいな態度になった。


「はあ……?」


「まず、女の子がジュース飲んでるよね。ゴクゴクゴク……。そこで、男の子が『おっ美味うまそうじゃん、一口ひとくちもーらいっ!』って女の子の手からペットボトルをひったくるの!」


 ん!? 戸惑とまどっている間になんか寸劇が始まった……!?


「『ちょっと! それわたしのカルピス!』『お前のカルピスはおれのもんみたいなもんだろ! ゴクゴクゴク……』その時、女の子は心の中で思うんだ。『あ、間接キス……!』って」


 しかも、ちゃんと落語らくごみたいに話者わしゃによって身体からだの向きを変えている……。


「で、ほっぺを赤くしてる女の子にカレが言うんだよ、『なにお前、おれのこと意識してんの?』って! Sエスのある笑顔で! くぅー!」


「小佐田、まじで頭、大丈夫?」


「わたしは放り投げて返されたペットボトルを慌ててキャッチして、小さく呟くの! 『……れんくんの、バカ』って。……どう!?」


 ぐいっと前のめりに近づいてくる小佐田。


「どうも何も、最後、名前が……」


 おれのツッコミに。


「……ほぇ!?」


 小佐田がボンッと音を立てて顔を真っ赤にする。


「そ、そそ、そそそ、そんな感じで演じて欲しいって話だよっ!」


 手で小佐田が自分の顔をあおぐ。


 おれもその態度にあてられて急に恥ずかしくなってしまい、シャツの胸元をパタパタした。うん、まだ9月だから暑いな……!


「ああ、暑い、のどかわくじゃんっ……!」


 小佐田は手元のカルピスをゴクゴクと飲む。


「ほ、ほらっ、須賀くんも暑いでしょっ!?」


「お、おう!?」


 渡されたペットボトルを受け取り、ゴクゴクとおれもそれに口をつけて・・・・・飲んだ。


「「……んん!?」」


 そして、2人して自分たちのしたことに気づき。


「「んんー!?」」


 口にカルピスを含んだまま、顔を見合わせ、ゴクリと同時に飲み込み、そのあとおれたちは呼吸困難になりそうなほどにむのだった。


「けほっけほっ……れ、蓮くんの、バカ!」

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