第4話 クラスメイト

「あ、友瀬じゃん! おっはよー!」


下駄箱で上履きに履き替えていると、晴れ晴れとした明るい声に背中を叩かれる。いや、物理的にも叩かれる。痛い。


「ゲッホ……あ、お、おはよう、安原さん」

むせ返りながら振り返った先には、太陽のように眩しい笑顔と、ニッコリと笑う白い歯。そして大きな胸。


彼女はクラスメイトの安原やすはら美咲みさきさん。

運動神経抜群で、女子バスケ部期待のエースだ。


「どしたの? 咳き込んで。もしかしてカゼ」


いや、きみが背中叩いたからなんだが。

うつさないでね~なんて言いながら、安原さんは脱いだ靴を拾い上げる。フワッとポニーテールが揺れた。


目をつけられてしまうことを鑑みて、いじめられっ子と関わるのを避けたがる学校の集団生活において、安原さんは他のクラスメイトに対してと同じように僕にも接してくれる。

それは、彼女自身がサバサバした性格で、あまりクラス内の込み入った内情には無頓着なところがあるからだ。


けど、それ故に誰とでも分け隔てなく接する彼女は、イケメン柴山と並んで、クラスでも男女ともに人気者だ。

おまけにスタイルも良く、顔も可愛い美少女である。彼女を狙っている男子は、クラスや学年に関係なく大勢いるとか。


「今日さあ、試験結果配られるじゃん」


「そ、そうだね」

なんとなく流れで、僕達は一緒に教室に向かう。


「あたし運動ばっかで勉強できないからさぁ、全ッ然自信ないよー。この学校もスポーツ推薦で入ったし。っていうか、赤点なんかとったら絶対由加里ちゃんに殺されるわ」

「あ、そっか。安原さん、バスケ部だったもんね」

「そう。ほんと、その場で雷落っこちてきそう」

「そ、そうだね……はは」


苦笑いして返すが、まったくもって他人事ではない。

今回、あまりにもひどかった自覚はあるので、僕の下に落ちてきても不思議じゃないからだ。


「友瀬はどうなん?」

「いや、僕も全然。まったく自信ない」

「お! 一緒じゃん! じゃあ、お互い仲良く雷落っことされようねー」


ケラケラ笑いながら、安原さんは僕の背を軽快に叩く。だから痛い。


「死ぬときは一緒よ! 裏切ったら許さんからねー! いい?」


ずいっと詰め寄ってくると、安原さんは体を密着させて僕を見上げてくる。いや、近い近い近い!


「わわっ、わかったよっ! 了解了解」

「うむ! よろしい」


大仰に頷いてみせた後、彼女はにいっと笑った。


教室に近づくに連れて、僕は少し身を強張らせる。

安原さんはこんな僕にも分け隔てなく話し掛けてくれる珍しく、ありがたいクラスメイトなのだが、正直、僕はあまり彼女とおしゃべりをしていたくなかった。


理由は、僕が虐めを受けるようになったきっかけが、彼女だったからだ。


ただ、誤解してほしくないのは、彼女に非があるわけではないのだ。


先程も述べた通り、安原さんはクラスの人気者で、彼女のことが気になっている男子も多い。

そんな中で僕が今みたいに彼女と楽しそうにおしゃべりをしていたことが一部の男子たちの間で気にくわなかったらしく、目をつけられてしまったのだ。


だから、彼女自身には一切の非はないし、こんな僕にも話し掛けてくれる優しいクラスメイトなんだけど、これは火に油を注いでいる状況でもあるのだ。間違っても連中には見られたくない。

だからといって、同じ教室に向かっているのに先に行くのも不自然だし失礼だ。



そんなこんなで葛藤しながらも、とうとう教室に辿り着く。

終わった、と思った僕だったが、さすがはクラスの人気者。

教室に入るなり、安原さんは他のクラスメイト達から次々に挨拶を受けて迎え入れられていた。

おかげで僕の影はより薄くなり、なんとかこの場をやり過ごすことができた。


振り返れば、そこには瞬く間に人集りが。恐るべきクラスの人気者。



「ふう……」

自分の席に着き、一息つく。


「あ、お、おはよう……友瀬くん」


「え? あ、うん。お、おはよう、眞白ましろさん」

隣人に突然声を掛けられ、キョドりながらもなんとか挨拶を返す。


会話はそれっきりで終わり、互いの間に沈黙が流れる。これぞコミュ障の真髄。

せっかく相手から声を掛けてもらっても、その先に発展しない。先程まあまあ会話できていたのは、安原さんの圧倒的なコミュ力のおかげだろう。


しかし、隣の席に座るこの眞白ましろ可奈かなさんは、安原さんとはタイプが異なり、どちらかといえば大人しいタイプの小動物系女子だ。

どことなく僕と似た雰囲気を感じるなと思ったこともあったけど、それは彼女に失礼だよね、うん。


挨拶を交わして取りあえずこの場は終わりかなと思っていたが、眞白さんは、肩の高さに切りそろえたくせっ毛の横髪を指先でくるくるといじりながら、ちらちらと僕に視線を向けてくる。どうしたんだろう?

何か用でもあるのかと思ったけど、しかし一向に話し掛けてくる気配はない。


思えば、彼女はこれまでにも似たような様子でこちらを伺っていたことがあったことを思い出す。

少し、踏み込んでみようか。


「あ、あの、さ……僕の顔に、なんか付いてる?」


そんな言葉しか出てこなかった。

突然僕が話し掛けたためか、眞白さんは驚いて大きな目を丸くさせる。シュルッと指に巻かれていた髪が解け、栗色の短いくせっ毛がフワッと揺れた。


「あ、いえ、その……ごめんなさい」

いや、謝られても何がなんだか……


と、そこでタイミング良く始業のチャイムが鳴った。

それを合図に、僕達は席に居直る。


きっかけをもらえたことにホッとしながらも、少し残念にも思った。


もう少し話していたかった気持ちもあったが、もし私語を発しようものなら、もうすぐやってくる恐ろしい担任に殺されかねないので自重しておいた。

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