第38話 打ち上げ

僕の謹慎が解消になった翌日と、期末試験の結果発表は奇しくも同じ日だった。


結果は昼休みに、廊下の掲示板に貼り出される。

中間試験は順位を含めた結果用紙が各人に渡されるだけだが、期末の結果は貼り出されることになっていた。



僕は教室に行くと、真っ先に二人のクラスメイトの元に向かった。

もちろん、安原さんと眞白さんだ。


昨日、由加里先生から謹慎が無くなったことを聞いたとき、二人が協力してくれたおかげだという話も聞いた。

本当に嬉しかった。



「試験結果さー、三人で見に行こうよ」


僕が二人にお礼を言うと、返事代わりの安原さんの案により、僕達は昼休みに集まって、掲示板へと向かった。


結果表は既に貼り出されており、その前に人集りができていた。クラスの人達も何人かいるようだ。


僕達は人混みの後ろの方で、自分達の名前を探す。

安原さんは爪先立ちで胸を張って覗き込んでいるから、彼女の大きな膨らみが強調されている。いかんいかん、僕も探さないと。


「あ! あたしの名前あった! ウソっ、二十位くらい上がってんだけど」

「あ、私も。少し上がった」

「友瀬はー?」


僕も下から順に自分の名前を探していく。

前回はこんな後ろの方からじゃ見えないような順位ところにいるほど酷かった。

けど今回は……


「あった!……え? 僕が……51位」


僕達一年生の生徒数は、8クラスで306人ほど。その内の51位という結果に、一瞬目を疑った。


「ウソ!? 友瀬すごくない?」

「ほんとだ。それに、クラス内でも9位だよ。すごいよ」


信じられない。この僕が、こんな……


「やったじゃん! 友瀬」

「おめでとう。友瀬くん」

「ありがとう。二人のおかげだよ」


僕はあらためて、二人に頭を下げる。


「二人が先生たちに言ってくれていなかったら、僕はそもそも採点すらしてもらえなかった」

「それはもういいっての。あんたは何もしてないんだし、単純に実力じゃん」


それでも、僕は二人にお礼を言いたかった。たぶん感謝よりも、嬉しい気持ちの方が強かったと思う。


「あ、ねーねー! 二人とも今日ヒマ? あたし今日部活休みなんだけどさー、帰り三人で打ち上げしようよー」

「打ち上げ?」

「そ! 友瀬の復帰&あたし達全員、試験の順位上がったお祝いパーティー! みたいな」


なにそれ、すごい行きたい! めちゃくちゃ楽しそう!


「いいね! 僕は大丈夫だよ」


眞白さんはどうだろうか?

ふと隣の彼女を窺うと、眞白さんはなんだかソワソワとしながら周囲を気にしている様子だった。


「眞白さん?」

「えっ? あ、う、うん。私も大丈夫。ぜひ行きたいな」

「やった! 決まりねー」


こうして、僕達は放課後、三人で打ち上げをすることになった。

こんな友達同士のイベントらしいことをするのは、入学して初めてのことだった。




「それじゃあ、カンパ~イ!」


放課後。

僕達は、学校の帰り道にあるファミレスに寄った。ドリンクバーを注文し、安原さんの音頭で乾杯する。


「そういえばさ、来週から夏休みじゃん? 二人はなんか予定あんの」


安原さんが、隣に座る眞白さんと一緒にメニュー表に目を通しながら、僕たちに訊ねてくる。

そうか。もう夏休みなんだな。どうりで最近暑くなってきたと思った。


「私は園芸部の活動で何日か学校に行くかな。お花に水あげないとだから。あと、図書室で読書も」

「えっと、僕は……」


僕は、どうしようか?

そういえば夏休みも合宿していいのかな。


「僕はたぶん、勉強かな」

「えー! 夏休みまで勉強~?」


考えただけで頭痛いと言って、安原さんは額を押さえる。


「安原さんは、バスケ部、だよね」

「そ! 冬の大会予選に向けてね! 気合い入れてやってくよ」


ということは、顧問である由加里先生も夏休みは学校か。休みなのに大変だなぁ。その分、家のことは僕がしっかりサポートしよう。

そう思っていたのだが……


「夏は合宿もあるからね! 楽しみなんだよね~」


え?


「合宿があるの?」

「そだよん。一週間くらいね」


一週間……も?

それってつまり、一週間、由加里先生と会えないってことなのか。


「その合宿って、いつごろ?」

「えっとね~、八月入ってすぐだったかな」


だいたい二週間後くらいか。もうすぐじゃないか。


「がんばってね、安原さん」

「ありがとー! 可奈ちんもね~」


あと二週間後か。今夜ちょっと由加里先生と話してみようかな。


それから三人で他愛ない話で盛り上がった後、僕達は店を出た。

店を出て、僕はあらためて二人に向き直った。


「二人とも、今回は本当にありがとね」


僕が礼を言うと、安原さんは溜め息を吐いて頭の後ろで腕を組み、眞白さんはふわりと栗色のくせっ毛を揺らしながら微笑んだ。


「だからもういいってのー。言うほど大したことしてないし」

「うん。友瀬くんのおかげで私達も言い点数採れたんだしね」

「それでも、僕は嬉しかったんだ。だから、もし二人に何か困ったことがあったら、今度は僕が力になるから。なんでも言ってほしい」

「んじゃ、あたし今使う~。てか、二学期か。また試験勉強教えてよ~」


お願いします、と両手を合わせる安原さん。


「それはもちろん、喜んで」


僕の方から頼みたいくらいだ。三人でした勉強会は、とても楽しかったから。


「私は……」


眞白さんが小さく呟く。表情に少し翳りを帯びているように感じたが、すぐにぱっと顔を上げた。


「私はまだ、とっておこうかな」


大事に抱きしめるかのようなその嬉しそうな笑顔に、ドキッとした。

しかし、彼女の纏う空気には、いつものような澄んだ景色の他に違うものが混じっているように感じたが、それが何かは分からなかった。


「じゃ、また明日ね~! 今日は楽しかったよ」

「うん、僕も」

「私も」

「また来ようね! あ、そうだ! 友瀬」


去り際、安原さんに呼び止められる。


「ん? なに」

「あのさー、友瀬って……」


言いかけて、彼女は何かを思案するように口を噤んだ。


「いや、なんでもない! また今度でいいや」

「そ、そう……?」


なんだろう。気になるな。


「じゃあね~! 可奈ちん! 優徒」

「うん。またね、安原さ……ん?」


あれ? 今……?



僕は不意打ちで訪れた変化に顔を綻ばせながら、揺れるポニーテールを見送った。



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